暴走書家

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『越える必要のない壁-7-(完)』

 その後、一言も言葉を交わさずに、雫は俺の家に向かって、車を走らせた。
 その沈黙の中で、雫は何を考えていたのだろうか。
 表情からは何も読み取れない。
 俺も、その沈黙を崩そうとはせず、流れる風景を眺めていた。

 お互いの立場を、その関係を崩す気はない。
 けれど、一つ、俺は、その壁を越えようとしている。
 それでも越えられない壁、いや、越える必要のない壁も、あるだろう。
 越える事を、決して諦める訳ではなく、その壁の存在を認めて、受け入れる事。

 マンションの駐車場に入り、来客用のスペースに車を止めて、俺の家まで上がってきた。
 夕食の準備をするから、と雫に伝えると、雫は、リビングで、雑誌を手に取り、そこに目を移していった。
 リビングに雫を残し、俺はキッチンへと向かう。
 雫ほど上手ではないが、それでも、不快にさせない程度のものは作る事は出来る。

 出来上がって雫を呼びにいくと、雑誌から目を上げ、俺に続いてキッチンへと入ってきた。
「悟の手料理って随分久し振りだな。」
「口に合わなかったら、遠慮なく言ってくれ。」
「あはは。そうさせてもらうよ。でも、悟がそんな、手抜かりする訳ないだろ。」
「手は抜かなくっても、雫には敵わないからな。」
「好みの問題もあるだろ?」
「まあ、そうだが。」

「じゃあ、いただきます。」
「いただきます。」
「あ、へえ、これは、ちょっと変わってるね。こういう味付けは、俺はしないからな。でも、美味しいよ。」
「ああ、これは、ちょっと秘密があって、でも、少し癖があるだろ?」
「そうだね。でも、嫌味な味じゃないよ。」
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。」

「でも、こっちの煮物の方は、もう少し薄めにした方がいいんじゃないか? 折角、良い出汁使っているんだろうし、ちょっともったいない気がする。」
「まあ……言われてみるとそうかもな。」
「でしょ? 今度試してみなよ。」
「ああ。」

 一人で食べている分には、あまり気付かない事。
 指摘されてみて、自分でも考えてみて、答えを出す。
 食事だけに限らず、何らかの行動においてもそうだ。
 そういう相手が、いてくれるのは嬉しい。
 その人その人によるが、欠点を指摘するだけでは駄目、長点だけを誉めそやすのでも駄目。
 どうしたら、相手が、より伸びる事が出来るのか、的確に判断するのは難しい。

「ごちそうさま。外食も良いけど、他人の手作り、って言うのもまた良いな。」
「お前、外食は殆どしないだろ?」
「基本的にはね。でも、ごくたまに、腕が良いって言う店の料理を食べてみるのも、良いものだよ。流石にプロ、って言うだけある。」
「雫にそう言わせるとは、本物だろうな。」

「後片付け、手伝おうか?」
「ああ、ありがとう。じゃあ、そっちを。」
「了解。」

 片付け終わると、雫が、先ほど読んでいたのだろう、雑誌の事のついて尋ねてきたので、俺の知っている範囲で答えた。
 とある小説家が書いた、小説風のエッセイ。
 その連載は、まだ、始まったばっかりだったが、俺も、それを気に入っていたので、長編小説なら、単行本になっている、と伝えた。
 何作か出しているが、まだ、俺は、一冊しか読んでいない。
 しかし、それも面白かったので、他の作品も読んでみようと思っているところだった。
 
 雫は、その小説家の名前『神崎晴彦』とそのデビュー作『いつか晴天を信じて』をメモにとっていた。
 最近、雫に面白かった本があったか、と尋ねたら、短編集だけど、と立川怜と言う作家の『海の底の底』と言う本を紹介された。
 そして、その単行本の表紙を手がけたイラストレーターと知り合いなんだと。

 それから、ベッドへ向かった。
 ここで、雫とセックスをするのは、本当に久し振りな気がする。
 大概、雫の家に行ってしまうから。
 それでも、雫以外とシていないわけでないから、一応のものは揃っている。

 重なってくる雫のカラダの重みを受け止める。
 唇が啄ばむ様に触れてきて、やがてしっとりと重ねあい、その舌の進入を許す。
 腕を首に回して、更に深く口付けながら、舌を絡め合い、吸い上げる。

「ん……ふ……」

 キスに酔いしれながら、更に深い繋がりを求める。
 雫の細くて長い指が、器用に俺の肌をまさぐり、官能を高めていく。
 やがて唇が離れ、肌へと沿っていく。

 指で、舌で、歯で、唇で、愛撫され、敏感にその快感を受け取っていく、乳首。
「ああ……ん……は……」
 自分のペニスが、勃ち上がっていくのがわかる。

 そうして、勃ち上がったペニスを口に含まれて。
 その唇と、舌で、刺激され、更に、弱い部分に軽く歯を立てられた。
 それから、その部分を舌で舐め上げられる。

「あ……雫……ローションとゴム、上から二番目の引き出しに入ってるから……。」

 一旦、行為を中断し、引き出しから、それを、取り出す。
 ローションを手に垂らして、俺のアナルに挿入しながら、再び口淫を開始する。
 射精を促す訳ではなく、快感を引き出すための口淫。

 俺のカラダが受け入れる準備が整ったのを見計らって、雫は、ゴムをつけて、ペニスをアナルに挿入してくる。
 ゆっくり奥まで埋め込んでから、抽挿を開始した。
 前立腺を擦りあげ、俺が感じられるようにしながら、腰を動かす。

「は……ああ……ん……あ……」

 今はまだ触れられていないのに、ペニスの先端から、快感があふれてくるこの感じ。
 押し留める術も知らず、享受する。

 その上、手を添えられて、刺激され、募った射精感を解放した。
「あ……も……イ……く!」
 締め付けた、アナルの中で、雫もまた。

 その熱が、冷めぬ内に、雫のカラダを求める。
 雫のアナルに挿入し、雫もまた、それを享受する。
 お互いが、お互いの、快感を分け合える場所で、それを求め合う。

 そうして果てた快感の後で、その余韻に浸り、乱れたシーツの上にその身を投げ出した。
 火照りが静まった頃、そのままでは、風邪をひいてしまうので、交互にシャワーに向かい、身に衣を纏う。

「なあ、雫が、そのピアスを付け続けるのも、黒い服を選んで着るのも、亡くなった恋人の為か?」
「ピアスはともかく、黒い服を着るのは、元々だよ? まあ、ここまで、徹底はしてなかったけどね。でも、あいつの為、というより、俺自身の為かな。」
「雫の?」
「あいつの死を忘れない為、というよりも、自分への戒めの為だ。俺が、俺自身が、自分の生と向き合って、覚悟して、生きていく為。」
「覚悟? 何の?」
「具体的には……何だろうな。あいつの死に立ち会うまで、俺は、自分が生きている事をどうでも良いと思っていた。生きる事を、どこかで放棄していた。でも、現実には生きている。そして、それは決して独りではない。だから、生きている限り、生き続ける覚悟を、そして、生きていれば、現実に起こりうる事を受け入れる事の出来る覚悟を。」

 普通は、そんな覚悟をして生きてはいないだろう。
 けれど、雫は、覚悟をしているからこそ、恋人の自殺、という現実を受け入れた。
 ただ、それを嘆くだけでは、何にもならないと。
 それが、雫を支える芯にある強さなのだろう。

「雫にとって、大切な人間だったんだな。」
「皮肉な事に、死んだから、こそだな。その頃の俺は、あいつとどこか似てたから、あいつが、死に急いでいるに気が付いていた。そして、それでいて何も出来なかった。確かに、あいつの事を『愛してた』とは思う。だけど、それは、恋愛感情じゃなかった。それは、あいつにしても同じ事。得る事の出来なかった、家族としての愛を、感じていたんじゃないだろうか。恋人だと言うけれど、実際は、それとは違うだろう。」

 恋人ではない、けれど、きっと、もっと深いところで繋がっていたのだろう。
 深かったけれど、脆かった絆。
 いや、脆かったというよりも、強かったけれど、強いからと言って、決して切れない訳じゃない絆。

「実際家族がいても、その愛情は、千差万別だ。当たり前のように感じ取っているから、それを愛情だと感じる事は往々にしてある訳じゃない。」
「知らないからこそ、憧れを、もっと強いものを求めたんだ。それでも飢えて、求める先がなくなって、あいつは死んでいった。俺にはまだ、高部さんがいたからな。そういう意味でも、また違ったんだろう。」

「本物の家族を知らないからこそ、家族という存在に、憧れる、か。まあ、わからないでもないけどな。持てないからこそ、その存在に幻想を抱き、より憧れる。」
「それが、幻想だと気づいた時、絶望するか、それとも、それを、受け入れられるかによって大分違う。」

 雫は、幻想だと気付き、それでも、別のカタチで、他人との関係を結べることを受け入れられている。
 その他人との関係性における様々なカタチを。
 そうして、雫のセックスフレンドであり続ける俺。
 けれども……。

「雫、いつだったか、お前が、俺に話した事。俺は、お前の『共犯者』になれないか?」
「あれは、俺の、理想論だ。誰かに、本当に受け入れてもらおうと思った事はない。けれど、悟は、本当にそれを望んでいるのか?」
「俺は、冗談で言ってるわけじゃない。俺も、お前も、お互いにセックスフレンドという関係を切るはない。ならば、そこに、もう一つ上書きしてもいいんじゃないか?」
「他人から、それを持ち掛けられるとは思ってもみなかったよ。けれど、そうだな、それなら、それなりに、覚悟は必要だぞ。」
「それは、承知の上だ。」
「だけど悟、俺は、お前の事を、ただのセックスフレンドだと思ったことは、一度もないよ。」

 ああ、だから、雫は、これだけ、俺に信頼を寄せているのだろう。
 確かに、『ただの』セックスフレンドではない。
 いつの頃からか、既に、共犯者としての道を進み始めていたのだろう。
 そして、それを、俺が今自覚した。

 その日が、雫をこれだけ、強い人間にした男の命日だったのは、俺が、決めていたからか、それとも運命か。
 俺は、冷蔵庫に冷やしてあった、年代物の白ワインをグラスに注ぎ、雫に手渡す。

「おい、俺は、酒は。」
「いいだろ? 今日くらい。車の心配はするな。アルコールが抜けるまで、ゆっくりしていけばいい。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
 そうして、グラスを重ね合わせた。
 これから、共犯者として生きていく決意として。

 様々な人間が、人生と言う迷路に彷徨いながら生きている。
 何かしらの手懸りを求めて。
 共犯者として認め合っても尚、俺達の関係が大きく変わる事はないだろう。

 けれど、共に生きる。
 そう、雫が開いたバー、ドイツ語で『Labyrinth 』-迷宮-。
 その巨大な、迷宮の中で、歩き続ける。
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