暴走書家

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

『まやかしの共有-8-』

 雫さんに連絡を取って、次に会う日を決めた。
 それまでの期間が、少し長かったので、一人で、あのバーに行ってみる事にした。
 会話をしていた時はあまり気付かなかったけれど、そこに流れる穏やかな雰囲気は、不思議と俺の思考をクリアにしてくれる。

 絡まった糸を次第に解すかのように、そして、それを急かす事もない。
 俺は、独りで考えている内に、ずっと、深みにはまり込みすぎていたし、出ないとわかりながらも、必死で答えを探し、それを急いでいた。
 急げば急ぐほど、焦ってしまい、悪循環に陥るのをずっと止める事が出来なかった。

 誰かと会話をする訳でもなく、やはり独りで考えているのに、場によってこうも違うものなのだろうか。
 確かに、どの場所も、それぞれ異なっていて、人に提供するものは違う。
 その場、その場はそれぞれ、役割を担っていて、目的に応じて場所を選ぶ。
 それは、人も同じ事だ。

 そんな人と場所。
 提供するものと、それを求めてそこに向かう人間。
 たまに『場違いな』と感じられる人もいるけれども、それは、その他の人と、その人とのその場所に求めるものが異なるからなのだろう。
 自ら、ここは『場違いだ』と感じる場合もあるが、その場が提供するものと、自分が求めるものが、異なってくるからだ。

 そういう意味で、俺は、この店を居心地が悪いと感じないし、寧ろ、良い、と言って良いくらいだ。
 雫さんと話をするのも良いが、独りで飲むのにも、良い場所だ。
 周りを見れば、ゲイカップルもいるけれども、彼らは彼らで、この空間とお酒を楽しんでいるのだろう。

 やって来た、雫さんと会う日。
 今度は一人で来るのは初めてではないので、前回ほど、早めに店に向かう必要はないが、それで も、約束の時刻より少し早めに着くように行った。
 雫さんは、既に来ており、こないだ話をした、すこし奥まった席で待っていた。

「こんばんは。久し振りです。籐也さん。」
「こちらこそ。ありがとうございます。またお時間作っていただいて。」
「気になさらなくていいですよ。何か飲まれます?」
「ええ。はい。」

 マスターにカクテルを注文し、それが、運ばれてくると、雫さんが話し掛けてくる。

「この間、お独りで来ていただいたんですってね。ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ、おかげで、いい時間を過ごす事が出来ました。」
「そう言って頂けると、嬉しいですね。そうそう、共同幻想の話でしたね。」

「ええ。人間は、それぞれ他人で、同じ感覚を持っていないのはわかっています。諦めではなくて、完全に価値観が一致するのは不可能な事です。それでも、社会は、成り立っているし、異なった感覚を共有する、謂わば、共同幻想を生み出すことによって、人間関係は保たれているんですよね。だから、俺と、他の人の感覚が異なるのは当たり前なんですが、それでも、その社会という共同幻想にどうしても、疎外感を感じてしまう。」

「同じ幻想を共有する事で、あたかも、価値観まで相手に同じである事を求める人もたまにいますけれどね。人間は、そういった社会なくして、生きてはいけません。産まれてまず始めに触れるのが、家族という名の他人が集まった一つの社会。そして、学校、会社、その他、社会活動における様々な人間関係。友人や恋人も含めて。そして、どんなに頑張っても、自分中心に社会を見てしまいます。他者の視点に立ったつもりでも、それが、自分である事には変わりがないのですから。」

「わかっているつもりでも、実際、理解出来ている訳ではない。社会の共同幻想に反感を覚えながらも、自分の価値観を認められたいと願ってしまう。他者の価値観を否定してしまっているのに。どうやっても、生きている限り、逃れられない社会の枠組みの中で、人間が人間社会を守る為に、生み出した、道徳や規範、法律、それらに、守られている部分もあるでしょうけれど、そこに、疑問を見出してしまう。」

「社会が成り立っているのは、感覚は異なるながらも、大部分で、共有している人たちが、大勢いるからです。多少崩れる事もありますが、生まれてから教育課程を経て、社会に出て、家庭を作り、それを、また子供へと、と循環していきます。社会の規範を乱さない為、その和を乱すものを犯罪として裁きます。時代の移り変わりによって、変わっていく事もありますが、そこには、圧倒的に崩れる事のないマジョリティが存在しているからです。」

「大多数が共有する、マジョリティ、ですか。俺が、違和感や反感を覚えるのはそこですかね。」
「ある程度は、そうでしょうね。マジョリティも社会の多様化によって、ある程度は、マイノリティの存在も、認めてきています。今でもまだ引きずっている面もありますが、古く言えば、人種問題。かつて、白人がマジョリティであった時代は、薄れています。マイノリティの中にも、色々ありますが。もう一例として、セクシャル・マイノリティの一つである、ゲイという存在。その細部までは、わからないけれど、そういう人が存在するという事実は変えようが無いですし。」

「認められているマイノリティ。認められないマイノリティも存在するのでしょう?」
「そうですね。その存在さえ認知されていないマイノリティもありますからね。マジョリティがマイノリティの存在を認めても、マジョリティはマジョリティとして崩れる事は無いでしょう。だから、そのマイノリティの存在を認めることが出来るのです。籐也さんの感覚というのは、マイノリティである部分が多いのでしょうね。」

「マイノリティであるが故に、マジョリティを意識し過ぎ、ですか? 大多数であるマジョリティのカタチはかなりしっかりしているのでしょうが、少数であるマイノリティは多種多様なカタチで存在するのでしょう?」

「マイノリティでも、その中で似たような傾向を持った人達が集まって、その存在を認めてもらおうとする事もあります。実際、例としてないわけではありません。けれど、それは、決して、マジョリティに認められたとしても、マジョリティになる可能性は少ないでしょう。あまりにも数が多くなれば、マジョリティの一部に組み込まれる事もあるでしょうが。籐也さんが、マジョリティを意識し過ぎ、かどうかはわかりませんが、マジョリティをマジョリティとして認識しておく必要はあります。感覚として受け入れられなくても。」

「マジョリティの認識。社会における価値観を、ですか。」
「マイノリティのマジョリティ批判は稀な事ではありません。その為には、マジョリティの事を知っておかなければなりませんからね。認められていないマイノリティであれば尚更です。存在自体を認められていないマイノリティに対して、マジョリティの中には自らが、違和感を感じないからこそ、無自覚に暴力的になることもあります。存在しているのに、その存在を否定されているのですからね。でも、本当は、両者ともその存在も危ういのですがね。」

「先程は、認めてもらいらい、と言いましたが、同時に、認められて、マジョリティに受け入れてもらいたい訳じゃない、という思いは、矛盾してるんでしょうか。」
「元々、人間なんて、色々矛盾した存在なのですがね。籐也さんは、マジョリティの暴力を感じてきたから、そうはなりたくはないのでしょう。かつてのマイノリティその中の社会的弱者であった身体障害者。彼らは、その弱さゆえに優遇されるケースもありますが、そうなってしまうと、もう、弱者、ではないですね。この問題が出たとき、この困難の克服は本にもなって、感動を呼びましたが、その存在が認められたからか、作者の知能が高かったからか、それ以外のマイノリティ、特に同じ『障害者』でありながら、『知的障害者』には一部、反感を買いましたね。」

「マイノリティ同士でも、それぞれを受け入れる事は出来ない、と言う事ですか。」
「受け入れる事は出来ない。でも、受け入れなくても、その存在は、やはり、認識しておいて欲しいですね。そして、これも、難しい事ですが、自分の感覚を否定しない事。籐也さんは、ご自身を好きになれない、好きじゃないものを好きになれ、と言われても、無理な事です。始めに申しましたように、他者の視点に立つ事は不可能です。けれども、様々な感覚を持った、他人が存在しているのだという事実を、認識していないのとしているのでは、考え方にも幅が出来てくるでしょう。籐也さんが、正解の無い答えを求めて、生きている限り問い続ける。そういった人生に有用ではないでしょうか。」

「悩んで、迷って、行き詰って、転んで、失敗して、それでも、歩き続けるんですね。」
「『未熟者』という言葉を聞きますが、本当に何においても完成した人間なんていませんから。目指す事を、悪いとは思いません。でも、そう思い込んでしまう方が怖いです。」
「俺からすると、雫さんは、きちんと自分の考えを持っている気がするんですが。」
「それは、多少は、人によっては、経験値の違いというものはありますから。けれど、完全になる事はありません。考える、学ぶ、経験する、この事に、終着点はありません。死によって絶たれるまで。」

「想一は、どういう事を考えているんでしょうかね。」
「さあ。籐也さんとは、大分違うとは思いますが。仕事に関しては、かなりのものです。でも、それ以外では、本人も自覚していますし、社会性に欠けているところがあります。その面では、社会常識を受け入れる事の出来ない籐也さんでも、その分、社会常識を知っていますから、想一にはそういう人間が必要なんじゃないでしょうか。そして、籐也さんにとっては、社会常識から離れている人間だから、受け入れやすいんじゃないですか?」

「それは……そうですね。でも、社会常識、っていうのなら、雫さんだってちゃんと持ってるじゃないですか。昔、想一と付き合ってたんでしょう? 大きな問題も無かったって、想一は言ってた。」
「……問題が、大きいか、小さいかではありませんよ。想一は、別れた理由について、何か言ってましたか?」
「雫さんには、絶対的に踏み込めない領域があったって。」
「そう思わせてしまった時点で、もう終わりでしょう。例え、想一が、あの時、多少踏み込んできたとして、私がそれに答えたとしても、埋まらない溝が出来てしまっていたんですから。」

「素直に受け入れる事が出来るものなんですか?」
「想一にそう感じさせてしまった、原因が私にあるのはわかっていましたから。私は別に、踏み込ませたくない訳じゃないんですけど、踏み込みにくいものがあるんでしょうね。」
「そう……なんですか。」
「でも、あれですよ。想一は、本当にマイペース過ぎるほどマイペースですけれど、そのペースの基本が確立しているから、それを掴む事が出来たら、合わせ易い事は合わせ易いですよ。籐也さんにもご都合がおありでしょうから、全て、想一に合わせる必要はないですが、籐也さんの気が向く限り付き合ってやってください。同じ幻想を見ることが出来なくても、共有する事は可能なんじゃないかと思いますよ。」

 マジョリティに縛られずに、その存在を認めて生きていく事。
 異なる視点を持つ想一とどこまで幻想を共有出来るだろうか。
 迷いながらも、それでも、歩き続ける覚悟を。
スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。