暴走書家

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

『まやかしの共有-6-』

 雫さんとあの店で話をして、数日後、俺は、雫さんに連絡を取った。
 いつ電話を掛けたらいいのか、雫さんの都合を聞いていなかったけれど、日中は、俺は会社で仕事をしているし、私用であまり話す事は出来ない。
 昼休みに、会社を離れて、とも思ったが、結局は、仕事が終わって、家に辿り着き、21時を回った頃だった。

 数コールすると、雫さんが、電話に出た。
 俺の名前を告げ、あの店で話をしたい、という旨を伝えると、雫さんは、俺の都合を尋ねてきた。
 平日なら、21時から22時以降なら、そして、土日は仕事が休みであるという事を伝える。
 少し間をおいた後、雫さんは、休みのところ、申し訳ないのだけれど、次の土曜日の22時で構わないかと、再度尋ねてくる。
 俺は、特に用事もないし、日曜日も休みだから、翌日に差し障る事もないので、その日、その時間でお願いします、と伝えた。

 その日の前に、パソコンのネットを立ち上げて、ゲイバー関連のホームページや、店の名前を検索してみたけれど、それらしきページは見当たらなかった。
 想一と行った時に待ち合わせた駅はわかっているので、俺の家から、そこの駅に辿り着くまでの路線と、到着時刻を調べる。
 あの日は、迷ったから、駅から店までに歩いて何分掛かるのか、正確にはわからないけれど、渡された地図と、その時一緒の渡された、店を簡単に案内した名刺を二つ折りにしたようなサイズも紙に記されている住所から、場所を検索してみて、普通に歩けば、10分くらいしか掛からないだろう。

 当日、それでも、一人で行くのは初めてだから、余裕を持って、駅には30分前に着くように計算をして家を出た。
 先日のうろ覚えの感覚と、地図を頼りにその店に向かうと、やや、10分を僅かに過ぎたくらいで到着した。
 慣れてしまえば、やはり、10分弱で来られるのではないだろうか。

 店の扉を開いて、中に入ると、マスターの低くてよく通る声に迎えられる。
「いらっしゃいませ。」
「今晩は。」
「オーナーとお待ち合わせでいらっしゃいますか?」
「え、ああ、はい。」
「先程、オーナーから店の方へ、連絡がありまして、車の状況で、間に合うとは思うが、多分、貴方が、先に来られるだろうから、もしかしたら、少し遅れるかもしれない、と。」

 電車でも、路線が何かの事情で止まったり、遅延したりする事がある。
 雫さんは、この店に車で着慣れてるから、大体の時間の目安は立てられるのだろうが、その日、その曜日によって、道路の混み具合も違うから、前もって計算をしても、ずれは出てくるだろう。

「こちらからお願いしたのに、そんなにお手間取らせて、申し訳ありません。」
「でも、オーナーから、お時間の方、指定されたのでしょう? まあ、この感じ方は人それぞれですが、相手を待たせる事をあまり好みませんから。特に、ご自身から、約束されたなら、尚更。貴方に対してなら、もしかしたら、過分な配慮になってしまうかもしれない、とも申しておりましたが。」

 確かに、人と待ち合わせる場合、一応時刻を決める。
 だがその人その人によって、待ち合わせぎりぎりになって来る人や、何分か前に来る人もいる。
 待つ事を好まない人、待たせる事を好まない人、そして、待たせる事に気を使ってしまう人。

 俺の中に、俺自身が、雫さんに会話をする為に会う事を望んだのだから、俺の方が、気を使って、早く来てしまう可能性が多分にあると、雫さんは思ったのだろう。
 だから、『過分』になるかもしれない、と。
 気を使い過ぎた結果、相手にも余計に気を使わせる事になる、こういう事は、ままある事だ。
 逆もまた、しかり。

 ……想一は、待ち合わせ時刻に遅れた事に何も言わなかったよな。
 何か言ったところで、遅れた、という事実が変わる事は無いから、無駄なのかもしれないが、結構、多くの人が、何かしら、言い訳をするものじゃないのだろうか。
 それが単なる言い訳の場合もあるし、遅れる事によって、相手に心配を掛けた事への、詫びになる事もある。

 先日会った時は、想一が約束を取り付けたのだろうが、雫さんは、想一が遅れる事、道に迷う事もある程度わかっていたのだろうが、恐らく、約束の時間より前に来ていたのではないだろうか。

 そんな事を考えていた、俺に、マスターが、声を掛けて来る。
「何か、召し上がられますか?」
「ええっと、じゃあ……。」
 メニューを示しながら、マスターが説明してくれる。
「こちらが、この間、お飲みになられたものです。ここら辺が、ベースが同じになります。それで、味として、系統的に似たようなのは、こちらとこちらですね。」
「では、こちらの方を、お願いします。」
「はい。かしこまりました。もし、お好みに合いませんでしたら、遠慮無く仰ってくださいね。」

 俺は、それ程、拘らないが、微妙な違い、というのは、わかる。
「俺、好み、って程の物はないですけど、この間のはこの間ので、これはこれで、また美味しいと思います。」
「そうですか。では、是非、色々な物をお試しください。」

 それを、少し口にし始めた頃、入り口の扉が開いて、雫さんが入って来た。
 時刻は、待ち合わせた22時より5分程早かった。

「こんばんは。やはり、少し待たせてしまったようですね。」
「いいえ。俺が、早く来すぎただけですから。」
「マスター、いつものをお願いします。」
「はい。」

「この間の、お話の続き、させてもらってもいいですか?」
「ええ。勿論。」
「俺は、世間という共同幻想の中に入り込めないし、恋愛にしろ、その他にしろ、その中に入り込む事が出来ません。そんな中で悩みながら、答えを探して、答えなんて無いんじゃないかと思って、でも、それでも、探してるんです。」

「とりあえず、共同幻想、という事は、一先ず置いておいて、籐也さんは答えが無いのではないかと感じていらっしゃる。恐らくそれは間違いではないでしょう。答えのない問いは、この世に多く存在します。問い続ける過程で、その一つの回答例を提示する場合もありますが、それも絶対的な答えではありません。例えば、『何故、人間は生きているのか』そして、『生きる事に意味はあるのか』。学者でも、こういった問いを追求して、何らかの、例えば、文章、本、というカタチである答えを導きます。けれど、こういう人達は、それが、一つの例でしかない事を知っているから、更に追求しようとします。生きて、研究を続けている内に、決して絶対的な答えに辿り着けない事を知っていながら。」

「そういう本は、読んだ事があります。そして、そこに、何か違和感を感じてしまう。ここは、違うのではないかと。少なくとも、俺は、そう考える事が出来ない、と。」

「読む人の中には、そこに、希望の光を見つけて、納得する人もいます。それは、その人の中では、ある種、正解だったのでしょう。考える事が苦しくて、癒しが欲しくて、回答を求める人もいますが、籐也さんは恐らくそうではないんでしょうね。年齢だけで判断する事は出来ませんが、籐也さんより、私や想一の方が、少し年上だけれども、決して、籐也さんに、答えを与える事は出来ないでしょう。別の意見を、提示する事は出来ますが。それは、私達には限らず、その道におけるどんな学者でも、別の知識人でも、同じ事でしょうね。所謂いわゆる、悟りを説く人、この人達は、もっと別人種でしょう。あまりお好きではないでしょう? あえて名前は挙げませんが、この世を解脱したような、高名な僧の話とか。例え、その人が、どんなに苦労して、生きてきた人間だとしても。」

「そう……ですね。今は、それ程でもありませんが、好きでない、というより、どちらかというと、嫌悪感の方が、強かったですね。」

「これは、どういう人が、偉い、という問題ではなくて、その人の考え方、物事の捉え方、そういった点で違ってきてしまいますからね。」
「俺は、ずっと問い続けるんでしょうかね。どこかで、そうしなければならないと感じています。その問いに、意味はあるんでしょうか。それも、無いような気がします。」

「意味付け、というのは難しいですね。幻想、に少し戻りましょうか。生きている事自体、幻想に過ぎない。でも、その中でも、逃れられない現実がどうしてもある。それが、幻想に過ぎなくても。問い続けなければいけないと、籐也さんが感じられている事、それは、籐也さんにとって、逃れられない現実、ではないでしょうか?」
「幻想の中の現実。まやかしでも、幻想でも、感覚はあって、痛ければ痛いし、苦しければ苦しい、確かに、実感はあります。」

「そう、悲しいですが、その実感欲しさに、業と自らを傷つけて、痛みを感じる事によって、生きている事の希薄さを消そうとする人もいます。」
「リストカット……とかですか。俺は、死にたいと、思った事があります。でも、出来なかった。」
「自殺、これに対する感じ方も人それぞれでしょうが、まあ、現実問題としては、自殺というものは生き残った人間にとっては、結構厄介だったり、どうして、それを救えなかったのかという無力感を引き起こしたりします。親しかったり、身近な人間にとっては、かなり複雑なんですが。自殺せず、生きている事が強いとも弱いとも言えません。自殺した人間に対しても同じです。考えても考えても、生きている意味が見つからなくて、しかも、生きている現実が辛くて、今は、精神疾患として、薬でコントロールする事も出来ますが、それでも、自殺者は、どうしても出てしまいます。そういう人にね、たまに、『生きていればいつかいい事がある』とかいう人も居ますが、それを、誰も保障できません。現実は、残酷で、いつまでたっても、それは訪れない事もありますし、何かを『いい事』だと、感じろ、と言われても、無理な時は無理です。」

「『いい事』の感じ方は、また人によって違いますからね。」
「『死ぬ気になれば、なんだって頑張れる』とも言いますが、本当に『死ぬ気』になった時、その人には、『死ぬ事』しか出来ないと思うんですよ。勇気と言うと少し語弊がありますが、『死ぬ勇気』と『生きる勇気』を比べてるんでしょうね。」

「幻想の中で、生きて、死んでいく。それでも、今は、生きていると実感できている。それでも、いつかは必ず訪れる死。自殺、不慮の事故、病、老衰……いずれにせよ、生を受けた限り、唯一『絶対』と言っていい、『死ぬ』と言う事。」
「死ぬ時は、独りです。例え、心中したとしてもね。誰か、看取ってくれる人がいたら、幸せか、それもわかりませんね。生きている内に願う人は、いるでしょう。でも、死んでしまえば、どちらでも、同じだと思うんですよ。勿論、看取った側の人間の心情は別としてですよ。」

「俺は、まだ、両親は健在だけれど、両親を看取りたい、と思った事はありません。現実としては、俺の方が、突発的なことで死なない限り、看取る事になるでしょうがね。俺は、生きている事が苦痛だから、俺を産んだ両親を憎んでます。科学的に、精子と卵子の数から言って、『俺』という人間が産まれたのが『奇跡』だといわれても、じゃあ、何で、それが、俺だったのかって。血の繋がりなんて、やはり、幻想でしかない、と。だから、きっと、その時を迎えても、悲しむ事はないんじゃないかと思います。」
「……血の繋がり、っていうのは、そんなに本当は、濃いものではありません。でも、その幻想への拘りは大きいですよ。今現在はありませんが、尊属殺人は、普通の殺人より罪が重かったですからね。血の繋がりに縋り付こうとする人もいれば、逆に、より深い憎しみとなって、殺人に至る場合もありますからね。」

「なんか、少し物騒な話になりましたね。」
「はは。すみません。つい。」
「批難しないんですね。俺が、育ててもらったはずの親を、憎んでいるって言っても。」
「否定も肯定もするつもりはありませんよ。ただ、血の繋がりを幻想だ、と感じながら、憎んでいる、というのは、その繋がりに縛られているからでしょうね。」

「血の呪縛。俺は、そこから逃れたいのか、それとも、拘り続けたいのか。解放されたら、少しは、楽になれるのか。」
「その呪縛からのがれても、生きている限り、籐也さんは、何かしらを考え続けるような気がします。他人が、何も考えずに通り過ぎるところを、どうしても、考えてしまう。そういう自分を少しずつでも、受け入れられれば、また、考え方も違ってくるでしょう。先の事はまだわかりませんがね。独りで考え過ぎると、どうしても、行き詰ったり、考えが凝り固まってしまいます。私の話を聞くのも良いですが、想一は想一で、まあ、籐也さんは少しはわかっていると思いますが、仕事に対して熱心だし、能力もありますが、世間的に少しずれてるところがありますからね。そういう想一のずれたところは籐也さんの、凝り固まったところを少し解してくれるんじゃないでしょうか。想一は私を紹介したかもしれませんが、私は、籐也さんは、想一と話しても、得られるものはあると思いますよ。」

「想一は、忙しいから、殆ど会わないしなぁ。」
「確かに、仕事は忙しいけれど、プライベートで2、3時間位時間作れるでしょうに。想一も少しは仕事以外に頭を使ってみても良いんです。籐也さんも、最低、それくらい時間があれば、想一と楽しめるでしょう? あんまり、他人のプライベートに立ち入りたくは無いのですが、想一に、それくらいの時間を作らせますよ。想一と話してみて、また私と話をしたくなったら、連絡を下さい。」
「あ、はい。」
「そろそろ帰ります? 最寄り駅までお送りしますよ。」

 駅名を告げて、そこまで、車で雫さんに送ってもらった。
 しかし、どうやって、想一に時間を作らせる事が出来るんだろうか。
スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。