暴走書家

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『ココロの距離-7-』

 約束はあくまでも約束であって、必ずしも遂行される訳ではない。
 それなりに、予定を組んで仕事をしているが、どうしても、はずせない場合も出てくる。
 無責任にもその仕事を放り出す訳けにはいかないし、仕方なく、蛍との約束をキャンセルする。

「思いがけず、仕事が立て込んで今回は会えそうにない。」
 そう伝えると、蛍からは、『仕事が片付いたら、また連絡して。もしかしたら、僕の方が、その時忙しくて会えないかもしれないけれど』そう返事が返ってきた。

 しかし、いきなり、と言うのも無理だろう、ある程度落ち着いた段階で、再び、蛍に連絡を入れて、お互い都合をつけて、会う約束をした。

 それまで、暫らく、間があったので、仕事と家の行き帰りだけ、というのも味気なくて、独りで、ふらりとバーに顔を出す。
 世間から隔絶された、雰囲気を持つ、その場所は、日常を忘れさせてくれる。
 そして、そこで出てくる酒はまた格別だった。

 勿論、味自体もそうだし、程よい酔いをもたらしてくれるのは、アルコールだけじゃない。
 現実から逃れたい訳ではなく、ただ、一時の安らぎの為に、訪れるのは悪くない。

 安らぎは、また、日常への活力となってくれるから。
 現実社会において、多少のストレスは仕方がない。
 それをどう上手く発散できるか。
 それによってまた精神状態も違ってくる。

 元々、それほど、ストレスを溜め込む性質たちではないけれど、俺にとって、このバーはとても居心地がいい。
 独りで飲んでいても、蛍と飲んでいても、それはそれで、また別の楽しみがある。

 マスターも、こちらが話しかければ、それに答えてくれるが、必要以上には絡んでこない。

 わいわいと、騒ぎたい人間にとっては、この店は不向きだろう。
 他人が楽しそうに騒ぐのをみて、また、それに楽しみを覚える事もある。
 俺自身もその感覚がわからない訳ではない。
 もし、それが欲しくなった時は、他の店をあたればいいだけの話だ。

「そういえば。」
 そう言った、マスターから、ダークブラウンの葉書を二つ折りにしたような紙を手を渡された。
 『有限の時の中で、記念の一夜を貴方と共に』
 そんな文句と、日時、バーの名前が白いペンで達筆に書かれている。
 おそらく、これは、手書きの物だろう。

「これは?」
「今度、ささやかながら、10周年記念をしようと思いまして。もしお時間が合えば、智也さんもいらっしゃってください。」
「いいんですか? 俺なんか、まだ、この店にそう何回も来ている訳ではないのに。」
「回数は問題ではありませんし、こちらとしても、別に参加を強制しているわけではありませんから。蛍さんにはもう話してありますし、蛍さんから智也さんにお誘いがあるかもしれませんし。まあ、大した規模の店ではありませんから、記念、と言っても、そんなに期待されるような事はいたしませんが。」
「いえ。嬉しいです。お誘いいただいて。あの、これ、お手製ですよね。マスターが?」
「いえいえ。私は、こういうのは得意な方ではありません。もし私が作るんなら、本当にありきたりなものを、印刷会社に頼んでしまいますよ。そういう商売もありますからね。ただ、この店のオーナーが、こういうのが、好きな人でして、それ程お暇な人ではないんですが、まめにやってくださるんです。」

「経営は、そのオーナーが?」
「実質的には、私が殆ど任されています。経理関係で、色々な諸手続きは、オーナーのつてで、オーナーの知り合いにやってもらっています。」
「そうなんですか。でも、本当に手が込んでますね。だって、これだって、一枚一枚、手書きで書かなければならないでしょう? どれだけの数を書かれているか知りませんが。」
「それだけ、大切にされているんです。嬉しい事です。」

 マスターも、オーナーもこの店を愛している。
 そして、この店に集う客もまた、こう言う店を愛している。
 それが、温もりとなって、ココロに染み渡ってくる。

「まだもうちょっと先ですね。是非、何とか都合をつけたいと思います。」
「ありがとうございます。開始時刻に間に合うように来ていただければ、ある程度の食べ物も、用意させていただきますから。」

 実際、どれくらいの人間が集まるんだろうか。
 他の客の事は殆ど知らない。
 それでも、この店に来る人だから、やっぱり、この店に惹かれているんだろうな、と思う。

 夜が遅くならない内に、マスターにお礼を言い、温もりを抱きしめて帰った。

 それから数日後、今度は、蛍と約束をしていたので、再びバーへ向かった。
「久し振り、智也。」
「この間は、ゴメン。」
「いいよ。だって仕事でしょ? 仕方ないじゃん。僕だって、もしかしたら、何か別の事を優先させる事だってあるだろうしさ。」

 蛍が、決して冷めている訳ではない。
 ただ、物事の優先順位において、何を、優先させるべきか、自分の中ではっきりさせている。
 何が大切なのか、何を一番にもってくるのか、それは人それぞれで、また、時によって異なる。
 蛍は、多分、それをよく知っている。

「あ、そういえばさ、今度、このバーで10周年記念やるんだけど、ええっと、この日。空けられそう?」
「ああ、その話なら、私から、智也さんにしましたよ。招待状も渡しましたし。」
「ええ? そうだったの? まあ、いいや。それなら話が早い。どう? 智也?」
「何とか、時間作るよ。」
「そっか。よかった。」

「蛍は、この店、好きなんだね。」
「え、ああ。うん。もちろん。智也も、そうでしょ? ここにいて、全然違和感感じないもん。」
「ああ、そうだね。この店に会えて、本当に良かったと思ってるよ。」
「だってさ。よかったね。マスター。」
「ええ。」

 店に入る時も、いる時も、出た後も、その時その時が、それぞれの味わいがある。

 店を出て、俺の家に向かいながら考える。
 蛍が今まで歩んできた道。
 そして、俺が、今まで歩んできた道。
 その中で出会ってきた人々。

 誰かの人生を背負い込める程、人は大きな存在じゃない。
 その人の、全てを受け入れなければ、真に付き合っていけないのか。
 それも、やはり違うんではないかと思う。

 一緒にいる時間とか、会った回数とか、そんなことも関係なく、それで、お互いの存在を認め合えるのなら、一部を共有しながら、生きていけるのではないかと。
 求め合う関係に、ずれが生じても、それが、決定的な別れには繋がる訳ではない。
 俺は蛍と、蛍は俺と、そこに、ずれがあるのを知りながら、付き合い始めた。

 もし仮に、誰かに、『恋人か?』と聞かれたら、蛍はどう答えるだろうか。
 そして俺は。
 『恋人』である事に、何か意味はあるのか?
 贅沢を、望むなら、『友達』でもなく、『恋人』でもなく、そんな枠組みに囚われない、それ以上の存在を。
 それが、決して崇高なわけじゃない。
 だけど、俺達は、本当に『友達』とも『恋人』とも違うから。

 より密な関係を望んでいる訳じゃない。
 上手く、距離をとりながら、時には一緒に、時には独りになって、そのどちらの存在も尊重したい。

「蛍は、浮気されたらどうする?」
「何? 智也、浮気したいの?」
「いや、そうじゃなくてさ。」
「んー、ゴメン。そもそも、僕に、浮気っていう定義がわからない。どこまで、どうしたら、浮気なのか。」
「じゃあ、もし俺が、他のオトコとセックスしたら。」
「んー、んー。ゴメン、本当にやっぱりわかんないや。あ、でも、きっと、何とも思わないと思う。智也の事を、どうでも良いと思っている訳じゃないけど、それだけが物差しじゃないからなぁ。」

「蛍のそういう感覚。ちょっと、蛍の方が心配だよ。」
「僕? まぁ、前科者だから、何とも言えないけど、今は、世間一般の貞操観念に基づいて、行動してるつもりだけど?」
「貞操観念……」
「あ、僕が言っても、説得力ない?」
「いや、そういう訳じゃないけど。」

「浮気。浮気、ねぇ。それに拘られる事自体あんまり好きじゃないなぁ。」
「あー、蛍に聞いた俺の方が馬鹿なような気がしてきた。」
「でも、智也も、あんまりそういう事って気にしないほうじゃない? 相手の時間は相手の時間。自分の時間は自分の時間。そこで何してようが自由。放任主義、とは、ちょっと違うんだろうけどさ。それが、智也なりの、相手への尊重の示し方なんじゃないの?」

 相手の事を愛している。
 だから、その人間の事を尊重したいし、信頼したい。
 実際そのつもりだった。
 けれど、人によっては、それでは、不満なんだろう。

「あ、そういえば、これあげる。」
「何?」
 手渡されたのは、名刺だった。
「これ、僕の、名刺。『蛍』は『蛍』で良いって言ってくれたでしょ? でも、やっぱり一応、知らせておくべきなんじゃないかと思って。二人でいる時は、どっちで呼んでもらっても構わないよ。ああいう店に行く時は、『蛍』で通して欲しいけど。」
「ああ、ありがとう。靖史っていうんだね。」

「これから、付き合っていても、多分、知らない事って、沢山あると思う。そして、その全てがわかる訳じゃない。でも、もし、僕の何かを知りたいと思って、僕が答えられる範囲だったら、答えるよ。」

「それは、俺も、同じってことだな。」

「そうだね。だから、今夜は……。」

 そうして、ベッドの波に溺れていく。
 何度か、重ねた肌を、蛍は、更に探るかのように触れてくる。

 蛍が触れる指先から、蛍の舌が這う所から、俺の官能を引きずり出して。

 突き上げられるアナルの裡のもっと、もっと奥まで。
 蛍のペニスを飲み込んで。

「あ……ああ…ん……あ……靖史……」
 それは、まだ呼びなれない名前。
 けれど、ずっと知っていた存在。

 抽挿され、前立腺を刺激されると、快感が、漏れ出るように湧き出てくる。

「ん……はぁ……あ……ああ!」
「智也……」

 求めても、求めても、求めきれない物がある。
 それが、カラダを重ねることで埋められる訳じゃない。
 けれど、それを、欲してしまうから。

 長く続く、絶頂の中で、蛍の、靖史の存在を、感じていた。

そうやって、蛍が俺を欲して抱く事も、俺が、蛍を欲して抱く事も、俺達ちには、自然なカタチなんだ。

 知らないから知りたい。
 知りたいけど知りたくない。
 そんな矛盾した感情に人は、支配されているけど、それは、それで良いんだと。
 それが、どんな、些細なことでも。
 もしかしたらそれは、二人にとって、大切な事かもしれないから。
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