暴走書家

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『ココロの距離-2-』

 行き慣れているバーに行くのも良いけれど、たまには、違った店で飲むのも良い。
 そう思って一軒のバーを訪ねる。
 割と小ぢんまりしているけれど、内装はしっかりしていて、結構金をかけているのだろう、穏やかな色合いの壁にバロック調の装飾品がところどころに見られた。

 目に見える所のカウンターや椅子は、店内の薄暗い光でも、質の良い木が光沢するようなものがあつらえてある。

 店内には、邪魔にならない程度に、パイプオルガンの音が流れている。
 入り口を見ただけでは全然わからなかったけれど、亜空間に飛び込んだような気分だった。

 店内に入ってから、一歩足を踏み出すのに戸惑ったが、バーのマスターが穏やかな笑みで迎えてくれたので、何とかカウンターに落ち着く事が出来た。
 ドリンクの値段も、そこら辺の普通のバーの値段とは変わらない。

 周りの客を見れば、確かにゲイバーなのには変わりないだろう。
 それぞれの店が、それぞれの店なりに、特徴を出そうとしてはいるだろうが、その中でも、この店は変わっているように見えた。

 始めは、戸惑ったけれど、その独特の空間に次第に慣れていった。
 アルコールの質も、決して悪くない。

 そうして、独りで飲んでいると、一人のオトコが、バーに入ってきた。

「こんばんは。マスター。」

「いらっしゃい。ケイくん。」

 『ケイ』そうマスターに名前を呼ばれた男。
 おそらく、この店の常連なんだろう。
 そのいでたちは、かなりの軽装だったが、年齢は、俺より若干、下、位だろうか?

 俺が、眺めているのに気付いたのか、そのオトコは、俺の方に近付いてきた。
「こんばんは。見かけない顔だけど、ここの店、初めてですか?」
「あ、ええ。そうです。」
「隣座ってもいいですか? それとも、お独りの方がいいですか?」
「どうぞ、構わないですよ。」
「ありがとうございます。じゃ、失礼して。」

 そうして、俺の隣の席にそのオトコは腰をかけた。
「あ、マスター、いつものお願いね。」
「はい。でも、忙しくないんですか? こんなによく店に来てもらって。」
「忙しいよ。でもだから、来たくなる時ってあるじゃない? それとも迷惑? 来られたら。」
「ケイくんさえ構わなければ、いいんですが。」
「その、『くん』付けさぁ、いつになったら止めてくれるの? いつまでも、僕がコドモみたいじゃん。」
「ああ、すいません。もう、ちゃんと社会人になって何年も経つのについ。」

 マスターは苦笑いして、そのオトコの前にアルコールの入ったグラスを置く。
 男は、今度は、俺の方に向かって話し掛けてくる。
「改めて、始めまして。どうです? この店、他のバーと比べて大分変わってるんじゃないですか?」
「そうですね。入った時は、ちょっと、吃驚びっくりしました。」
「普段は、どんなとこ行ってるんですか?」
そう聞かれて、2,3割とよく通う店の名前を答えた。

「ああ、そこだったら、僕も何度か行った事があります。もしかしたら、どこかでお会いしてるかもしれないですね。」

「ええ。広いようで狭い世界ですから。」
「確かに。それでいて、狭いようで広いですよね。」
「世間なんて、えてしてそんなものでしょう。」
「まあ、そうですね。誰が、どうやって、誰かと出会う、なんてわからない事ですからね。」
「どんな縁が転がってるかわからないですからね。」
「僕が、今日、貴方と出会ったのもそうですね。」
「偶然、というのはそういうものでしょう。」

 出会いの、偶然性、必然性、それは、どこで区切られるのだろう。
 その境界は、とても曖昧で、そして、偶然を必然に変える事も出来る。

「僕から言うのもなんですが、もうちょっとかしこまった口調、何とかしません? 僕の方も、許してくれるとありがたいのですが。」
「ああ、そうですね。」

「で、どう? この店? 僕は好きだからよく来るし、常連さんとかは、顔とか知ってるし、結構、客を選ぶって言うか、あ、まあ、それは、どこの店も、それなりにそうかもしれないけど。」
「悪くないと思うよ。この雰囲気は。」

「まあ、僕の店じゃないけどさ、オーナーとマスターが凝り性だから、色んなところに金掛けててさ、ねえ、マスター?」
 そうやって、マスターの方に話を振ると、マスターは、「半分、道楽みたいな感じでやってますから」と、そう答えた。

「道楽、っていっても、オーナーとマスターの人脈でしょ? 実際、何年もこうやって経営できてるんだから。」
「そういう意味では、恵まれてますよ。私は。」

「何年くらい、このお店、やってらっしゃるんですか?」

「なんとか、もうすぐ10年になりますね。私が、30の時に始めた店ですから。」
「マスターお独りで?」
「裏では色々支えてくださる方もいますが、実際は、店に出るのは私独りですね。」

「客商売は、大変そうですね。特に夜の世界は。」
「いえいえ。仕事をするのに、楽、なんてものはないでしょう。その人なりに、苦労されてる事ですよ。」

 好きで着いた職業でも、生活のため仕方なくついた職業でも、やはり、仕事をするという事は、それなりに責任を持つ事。
 その責任の重さを、本人が、どれくらい負担を感じているかわからないけれど。
 ストレス社会、といわれる中で、それぞれが、それなりに、ストレスを感じている。
 上手く発散できるか、そうでないかは、また人それぞれだ。

「そういえば、僕も、もう6年もこの店に来てるんだよな。開店、10周年記念とかはするの?」
「ささやかなりには一応。」

 バーに行くこと自体そうだけれど、このバーはこのバーで特有の非日常を含んでいる。
 日常に疲れ、安らぎを求める時、ここは、良い場所になるのではないかと思う。
 そう思う人間がいるからこそ、この店は、それなりの固定客が存在し、やっていけてるのではないか。

「貴方も、もし良かったら、またこの店に来て。」
「ああ、是非そうさせてもらう。君は、よく来るんだっけ?」
「うん。時間がある時はよく。家で独りで飲んでもつまらないから、家では基本飲まないし、でも、好きだから。」
「酒が? 店が?」
「両方。」

 この店の雰囲気を考えても、男漁りをするタイプの店ではない。
 それはわかる。
 でも、そういう店を好んでいる人間だからこそ、もう少し、よく知ってみたいとも思う。

 この出会いが、どう転ぶか。
 もし、このオトコをここで誘って、どう出てくるか。
 それはわからない。

 折角だから、この機会を、逃がしたくないとも思う。
 拒絶される事を恐れ、行動に出ないでいるのは、恐らく後悔する事になるから。
 そんな後悔の仕方はしたくない。

「君に……また会いたい、って言ったらどうする?」
「え……? えっと、それって、もしかしたら、僕、誘われてるのかな?」
「そのつもりだけど。」

 そのオトコは、少し考えるような仕草をした。

「僕は、別に、構わないけど、貴方の方が嫌になるんじゃないかな?」
「どうして?」
「うーん、過去の経験上から。僕、恋愛には不向きだよ。」
「恋愛……か。恋愛関係にしても、友情関係にしても、それはそれで、いろいろカタチがあるから、一概にはそうも言えないんじゃない?」
「まあ、貴方が、それでもいいって言うんなら。」
「君こそ不本意じゃないの、俺相手で。」
「よく知ってるわけじゃないけど、取りあえず、第一印象は悪くないし。」
「そう。無理矢理つき合わせるのは不本意だからね。」

「あ、ちなみに、僕の事は『ケイ』って呼んで。『蛍』って書いて、『ケイ』って読むんだ。本名じゃないんだけどね。ここら辺の、店とか、友達とかではその名前で通ってるし。」

「本名じゃない…? 偽名って訳でもなさそうだよね。変身願望、なのかな?」

「そうだね。ある意味、日常とはかけ離れた自分になりたいんだろうね。本名が嫌いなわけじゃないけど、『蛍』と本名と両方知ってる人間は殆どいないよ。」

「そういえば、私も蛍さんの本名って、知りませんね。」
 マスターがそう言った。

「俺は、藤崎智也ふじさきともや。『智也』で良いよ。あ、本名だから。」
「OK。智也。よろしく。あ、僕、明日早いから、そろそろ帰らないと。智也、今度いつ会う?」
「週末は忙しい?」
「土曜? 夜なら大丈夫だけど。」
「じゃあ、またこの店で。」
「了解。じゃあ、またね。」

 勘定を済ませ、店から出て行く。

 恋愛には向かない、そう言った彼だけど、何をもって、彼をそう言わせているんだろうか。
 そしてまた、恋愛向きな人間とはどういう人間なのか。

 俺自身もまた、何となく恋愛向きではない、という事はわかっている。
 そんな俺達が、どんな関係を築いていけるだろうか?
 まだ出会ったばかりだけど、もしお互いが、その先に何かを見つけることが出来るなら、それはそれで良いと思う。
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