暴走書家

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『偽装と真実の仮面-8-』

 誰かに、甘えちゃいけない。
 それが、自ら掘った穴ならば。
 それでも、甘えてしまいたくなる時もある。

「静香、ごめん、今日、飯、静香が作ってくれる?」
 晴彦と別れて家に帰った後、普段なら、日曜日は俺がご飯を作るのだけれど、とてもそんな気にはなれなかった。
「私はいいけど……文句は言わないでよ。たいした材料もないし。」
「大丈夫。静香が作ったもので、不味かったものなんてないから。」
「……彼と、何かあったの?」
「話したんだ。俺が結婚してる事。」
「そっか。」
 静香は、それ以上追及して来なかった。
 考えてみれば、俺には、静香がいて、帰る場所がある。
 けれど、晴彦は、一人、誰も待たない家に帰るのだ。
 こんなにも、晴彦に背負わせて。
 改めて俺の狡さを知った。

「そういえばさ、静香。」
「何?」
「神崎晴彦って小説家知ってる?」
「知ってるわよ。家にも本あるし。」
「あ、そうなの?」
「ええ。単行本も、文庫本も揃ってるわよ。確か、私達より、若い作家よ。本名で書いてるはず。少し前かしら、若手作家の進出が流行ったことがあって、その内の一人よ。」
「へえ、静香は昔から知ってたの?」
「ある文芸誌の新人賞を取ったのよ。『いつか晴天を信じて』っていう作品で。まだ、確か21かそこらだったんじゃないかしら。若いから、まだ文章の書き方に難がある、っていう意見もあったけど、それを押し切るだけの魅力がある作品よ。だから、受賞出来たのね。」

「へえ、面白い?」
「それは何とも言えないわ。例え、どんな大御所の作品だったとしても、人それぞれ好みがあると思うから。有名な賞をとった作品でも、私の好みとは違うものだってあるし。だから、本なんて一概に他人に面白いって勧められないわ。」
「でも、静香は、好きなんだろ? それだけ本を揃えてるんだから。」
「そうね。受賞作もそうだけど、やっぱり、作品には、その作家の感性が表れると思うの。私は、彼の感性が好き。文章力も、成長してきてるわ。」
「俺は知らなかったけど、有名なの?」
「有名性ねぇ。どうなのかしら。あまりそういうところは気にした事なかったから。ただ、作品を書き続けられているって事は、それだけ読んでくれる人がいるって事じゃない?」
「読んでみようかな。」
「どうぞ。本棚に、全部並んでるわ。」

 『いつか晴天を信じて』『果てない終焉』『いつか、ここで』『不如帰が鳴くとき』そして、多分、最新作なのだろう、『巻かれた螺子』。
 主な長編がそれだけと、短編集が何冊か並んでいた。
 俺は、その本を、古い順から、1冊ずつ手にとって読んでいった。

 晴彦と最後に会って、2週間が経とうと言う日、晴彦から連絡があった。
 『隆弘の家に行ってもいい?』
 簡単なメールだった。
 『日曜日、大丈夫?』
 『うん。奥さん、静香さんもいるの?』
 『ああ。それでもいいなら。』
 『良いよ。迎えに来てくれる?』
 『何時ごろ?』
 『朝10時。ダメ?』
 『わかった。○○駅の西改札口で。』
 『了解。』

 晴彦が、決断を下した。
 この2週間の間、どうやって過ごしていたんだろう。
 俺は、ただ待つ事しか出来なかった。
 例え、晴彦がどんな決断をくだしたとしても、受け入れる為に。

「静香。今度の日曜なんだけど。」
「何かあるの?」
「例の彼が、家に来る。」
「私、いない方がいいかしら?」
「いや、向こうはわかってるから。いてくれていい。それで、その彼なんだけど……。」
「何?」
「晴彦って言うんだ。神崎晴彦。」
「え?」

 ちょっと、と言うか、かなり、静香は驚いているようだった。
 実際、日曜日が来て、指定した待ち合わせ場所まで、車で迎えに行く。
 久し振りに会う晴彦は、いつも通りだった。

「久し振り。」
「うん。久し振り。家、すぐ近く?」
「ああ。本当の最寄り駅は隣の駅なんだけど、判りやすい方がいいと思って。」
「ふーん。俺の家、3つ隣の駅なんだ。」
「そういえば、読んだよ。晴彦の本。静香が全部持ってたんだ。」
「静香さん、俺の本読むんだ。」

 晴彦は、静香の事をどう思っているんだろうか。
 そして今、そんな俺の事をどう思っているんだろうか。
 当たり障りのない会話をしている内に、家に着いた。

「へえ、結構良い家に住んでるんだ。新しいし。」
「まだ1年半しか経ってないしな。」

 ただいま、そう言って、リビングへ晴彦を通す。
 静香も、リビングへやって来た。

「はじめまして。静香さん。」
「はじめまして。晴彦くん、でいいのかしら?」
「はい。」
「飲み物でも入れるわ。晴彦くん、何飲む?」
「コーヒーあります?」
「インスタントでいいのなら。」
「じゃあ、それで。砂糖とミルクもお願いします。」
「隆弘もそれでいい?」
「ああ。」

 静香が、キッチンへ向かい、晴彦と二人きりになる。
「綺麗な人ですね。」
「どうも。」
 なんか気まずい。

 すぐにコーヒーを3人分入れて静香が戻ってくる。
「晴彦くん。私がいてもいいのかしら?」
「ええ。静香さんとも話してみたかったし。」
「そう。ならいいわ。」
「静香さんは、知ってたんですよね。隆弘がゲイで、恋人がいるって事。」
「正確には違うわ。隆弘がゲイだってことは知ってたけど、結婚した当初は、恋人はいなかったから。」

「それでも、その可能性はわかっていた。実際、恋人は出来たんだし。」
「そうね。それは当たっているわ。」
「俺が、隆弘と別れる気はないって言ったらどうします?」
「晴彦くんは、私の事、隆弘からなんて聞いてるの?」
「大切な人だと。」
「そう。そうね。晴彦くんには残酷な事かもしれないけど、私にとっても隆弘は大切な人なの。」
「隆弘と静香さんを繋ぐものって何なんですか? 隆弘は、恋愛感情を持った事はないって言ってた。静香さんもそうだって。セックスもないって聞いた。だけど、パートナーでいられるんだって。」
「何かと問われても、明確な答えは出せないわ。言葉に出来ないから。」

 静香と晴彦が会話しているのを、俺はただ横で聞いていた。
 何も選べない俺。

「晴彦くん。お昼、食べていかない?」
「え?」
「日曜日は、隆弘が食事を作るから。」
「そうなんですか?」
「ええ。」
「じゃあ、隆弘、昼食お願いね。」

 そう言って、俺はキッチンへ追いやられた。

「晴彦くん。」
「何ですか?」
「結婚してた事、隆弘を責めないで欲しいの。この結婚を持ち掛けたのは私よ。別に隆弘はゲイである事を隠す為に結婚したんじゃないわ。確かに、ゲイである事はおおっぴらに出来ないかもしれないわ。でも、私は羨ましかったの。隆弘が。私は、誰にも恋愛感情が持てないから。例え同性同士でも、恋愛できる隆弘が。そして、貴方の事も羨ましいわ。」
「静香さんは、平気なんですか? 世間一般的にみれば、浮気をしてたのは、隆弘なんですよ。」
「言ったでしょ。私たちの間には、恋愛感情なんて存在しないって。そして、お互いが、その対象になることはないって。セックスに関しても同じよ。」

「だからって……。」
「友達がいたら、恋人を作っちゃいけないの? 友達は、恋人に妬いたりするのかしら? 私達は、友達よりはもう少し深い絆で結ばれているかもしれないけれど、そういう関係の夫婦なのよ。形式になんて囚われたくなかった。どんなカタチの夫婦がいたっていいじゃない? ……でも、結局は、晴彦くんを傷つける結果になってしまったのよね。」
「なんで、そんなにまで、他人の事を心配するんですか?」
「どうでもいい人の事なんて、心配したりしないわ。隆弘が、晴彦くんの事を恋人として大切に思っているから、そう思うのよ。」

「俺は、隆弘が好きだから、大切にしたいと思う。」
「それは、とても、健全な事ね。」
「でも、その隆弘が、静香さんの事を大切だと思うなら、それも傷付けたくない。」
「隆弘を、そして、晴彦くんを傷付けたのは私よ。」
「確かに、隆弘が結婚してると聞いて俺は騙されたと思った。傷付けられたと。実際、静香さんと話してると、そうじゃない気がしてくる。」
「そう言って貰えると、助かるわ。」

「静香さんは、形式に囚われていると言った。それでも、型どおりの形式には囚われたくないと。隆弘には、相手が出来たら、離婚する、って言ったんですよね? でも、そうしたら、静香さんは一生呪縛から逃れられないような気がする。」
「晴彦くん、そんな心配までしなくって良いのよ。」
「でも俺は、本当に隆弘の事が好きだから、その大切なものを壊したくない。」
「……」
「俺は、本当は、俺自身がどうしたいのかわからなかった。それでも、隆弘とはきちんと向き合わなければいけないと思って、今日、ここに来た。隆弘と、静香さんと話せば、何か答えが出る気がして。」
「答えは出たのかしら?」

「狡いですよね。相手に答えを求めるなんて。」
「そうね。でも、それしか出来ないから。」
「俺が出した答えが、どんな答えでも、受け入れるつもりなんですか?」
「なんか、ちょっと怖いわね。」
「俺も、世の中の常識を覆したいんです。」

 そうして、静香と晴彦の間で交わされた密約。

「準備、出来たぞ。」
「今行くわ。」

 3人で食卓に着く。
 隆弘らしい、工夫を凝らした、軽めのフレンチ。
「二人で何、話してたんだ?」
「隆弘には内緒。」
「何だよそれは。」
「ねえ、晴彦君。」
 静香がにっこり笑い、晴彦も、それに答える。
「何で、俺がのけ者になってるんだよ。」
「だからそれも内緒。」

 沈痛な面持ちでない事はわかる。

「ご馳走様、隆弘。愛してるよ。」

 そう言って、帰って行く晴彦。

 静香と晴彦との間で交わされた密約を知るのは、また2週間先になる。
 静香とは、それまでとは変わらない生活を送っていたし、晴彦からは、それまで、一向に連絡がなかった。
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