暴走書家

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『偽装と真実の仮面-3-』

 誰かに、何かを話さないでいる時、それは、秘密にしているという事になるのだろうか。
 追求されて、答えをはぐらかした時、それは、嘘を付いている事になるのだろうか。

 あえて、自分がゲイであることをオープンにする人もいるけれど、そうしない人たちも沢山いる。
 別に、誰にも話さなかったといって、自分がゲイである事には変わらないし、自分自身の存在を否定している事にはならない。
 だから、俺は、ずっと、ゲイである事を打ち明けたりして来なかった。
 家族にさえも。
 もし仮に、打ち明けるとしたら、家族と友人、どちらの方が受け入れてもらいやすいのだろうか。
 ゲイでなくとも、独身を貫く男性はたくさんいる。
 その人にはその人なりの、それぞれの理由があるのだろう。
 もしかしたら、したくても出来ないのかもしれないが。

 そんな俺が静香という人間に打ち明け、その結果、どういう訳か結婚した。
 俺と静香の間にも、話していない事は沢山あるだろう。
 そして、それは、別にその必要がないのなら、あえて何もかもを打ち明けるのが最善の策ではないという事を知っている。
 悩んで、自分自身で、答えを見つけなければならない事もあるし、どういうカタチにせよ夫婦なのだから、相談して物事を決める事もある。

 もし何か、後になってから、「どうして話してくれなかったんだ」と言う事になったとしても、「特に話す必要はないと思っていたから」それ位で済んでしまう。
 それは、お互いがどうでもいいからではなく、お互いを一人の人間として、共に人生を歩んでいく者として認めているからだ。

 そうして何とか、結婚して一年が経った。
 盆に暮れ、日本独自の親戚が集う機会があるけれど、まあ、カタチだけは、一応参加しないと不味いだろうから、という事で、顔出しだけはしていた。
 長時間いると、きっと気不味いから。
 それは、お互いがそれぞれの親と話して、そうさせてもらっている。

 静香との生活が円滑に行われていたとしても、またその親となると別だから。
 それは、静香の方だって同じだろう。
 打ち明ける必要がないと言いながら、俺は、自分の親兄弟を前にするより静香といる時の方が自然でいられた。

 論文作成が佳境に迫り、静香も、俺も忙しい時を過ごしていた。
 研究の集大成として論文を仕上げなければならない。
 そして、それなりのものになれば、学会発表をすることだってありうる。
 どちらかというと、俺も静香も、研究する事の方が、好きで、論文というカタチにまとめるのは苦手だった。
 ある程度形式は決まっているとはいえ、単純作業のようで、頭を使わなくてはならなくて、とにかく苦手なものは苦手なのだ。
 もちろん、研究者として、それは必要な作業だから、出来ない訳ではない。
 ただ単に、どちらが好きかと問われた時に、研究をしている時の方が楽しい、それだけなのだが。

 それでも、論文を仕上げ、学会が終わると、一仕事した、という気分になれる。
 そんな良い気分のまま、俺は飲みに出かけた。

 自分がゲイであることを偽らなくてもいい空間。
 まあ、俺の場合は、静香の前でもそうだけれども、また違った雰囲気が店には漂っている。
 そして、そこに集う人間と話をするのも好きだった。
 一言にゲイ、といっても色んな種類のゲイがいる。
 けれど、店によって、集う種類の人間も異なるから、自分に向いている店を訪れるのが習慣だ。

 週の半ばという事もあり、そんなに大勢の客がたむろっている訳ではない。
 だが、そこそこ人は入っている。
 カップル同士で話をしているものもいれば、好みのタイプを探している人間もいる。
 俺は、店の中を一通り見渡して、カウンターに腰掛け、ウィスキーを頼んだ。
「お煙草はお吸いになられますか?」
 店員に尋ねられ、ノーと答えた。

 そういえば、今は、喫煙者もある種異端者だな。
 そう思う。
 この店でも、喫煙の空間は限られた場所に設置されている。
 だから、俺が陣取ったカウンターの席には煙草に煙はやって来ない。
 どちらかというと、俺自身も、あまり煙草の臭いが好きではないので、好ましいと思ってしまう。
 何かを嫌悪してしまう事、それはそれで、もう仕方がないのだ。
 差別をしているとか、そういう問題ではない。

 ただ、社会は複雑化している一方で、それを単純に見せかけようとする。
 そこで生まれる齟齬はどうやったら変えられるのだろう。
 その、社会のねじれにはまり込み、肩身の狭い思いをしている人間は、少なからずいるのだ。

 酒を飲みながら、そんな難しい事を考えていた訳ではない。
 酒を嫌う人間もいるだろう。
 実際、俺も静香も結構酒を飲む。
 それでも、飲みすぎたときの二日酔いの匂いは気持ち良いものではない。
 勿論、二日酔いの状態にある本人は辛いのだろうが、自業自得といったところだ。
 元来、日本人にはアルコールを代謝させる酵素が多く備わっていない人種だと言う。
 アルコール自体の臭いは良くても、その中間代謝物であるアセトアルデヒド臭は不快なものだ。
 二日酔いをもたらす原因物質でもある。
 酒を飲みすぎる人間に禁酒をさせる手段として、業と、二日酔い状態を作り出す、薬もあるくらいだ。

 まだ、酒を飲み慣れない頃は、限度を知らず、飲み過ぎる事もあったが、やはり、ほろ酔い加減で留めてておくのが一番気持ちが良い。
 勿論、これも、経験がものを言う。
 ただ、何度も失敗ばかりしている人間は愚かだと思うし、業と、酔い潰れるまで飲む人間は、多分、それ以上にその人間自身で制御できない何かを抱えているのだろう。
 そんな他人の事情に踏み込むのは野暮だと思っている。

 俺には、酒に溺れている奴がいたとして、それの手を差し伸べられるほど役に立つ人間じゃないし、きっと役立つことは出来ないだろう。
 何かを求めて、無茶をして、それを満たせるのは、多分限られた人間だ。
 それが病人で、医者ならば、それ相応の処置を取るだろう。
 けれど、俺はそんな事も出来ない。
 もしそれを、救える何かがあるのなら、それが見つかればいいと思うが、俺には、ただ、それを願う事しか出来ない。
 だからと言って、無力感に打ちひしがれている訳ではない。

 俺は、苦しむ人たちの為に何かをしなければならない、その為に自分を犠牲に出来るほど善人じゃない。
 キング牧師やマザー・テレサ、ナイチンゲールのようになりたい訳じゃないし、なれる訳でもない。
 彼らは、自らの意思によってそれを行ったのであって、確かに、多くの人を救ったかもしれないけれど、それは同時に彼ら自身の為でもあったのだと思う。
 粉骨砕身、という言葉があるけれど、決して、自ら意思を犠牲にしているのではないだろう。
 それが、人の『意思』というものではないのだろうか。

 語り継がれるような偉大な人間はいるけれども、本当に一人の人間とは、ちっぽけな存在だと思う。
 決して卑下して言っている訳ではない。
 自分を知る事。
 それは簡単なようで難しい。
 けれど、自分が望むように生きてみたいと思う。

 一杯目を飲み干し、もう一杯目を注文して、そのグラスに手を伸ばすと、隣から、一人のオトコが声を掛けてきた。

「お一人ですか? 隣、ご一緒させてもらってもいいですか?」
 特に断る理由もなかった。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
 そう言って、オトコは俺の隣に腰掛け、カクテルを注文した。

「綺麗な指ですね。」
 指? 俺の指のことを言っているのか? 多分、俺の指は、オトコにしては細いと思う。
 だが、長さは結構あるはずだ。
 顕微鏡を使った細かい研究をするのに、俺の指は確かに適していた。
 その指の細さから言えば、俺が行っている研究は器用さを伴えば、女性のほうが向いているだろう。

「そう? そんなことで褒められるとは思ってもみなかったね。」
「ごめんなさい。俺、何か人の指を見ちゃう傾向があるみたいで。」
「こういう指が好きなの?」
「指フェチって言われた事があります。」
「今は結構自覚してるっぽけど?」
「そうですね。そいつに指摘されて、そうなのかも、って思って。でも変ですよね。指だけ見て、その人に声を掛けるなんて。」
「さあ。どこを見て、他人に惹かれるか、なんて、その人それぞれじゃない?」
「まあ、そうなんですけど。やっぱり、ルックスとかって重要じゃないですか。」
「それもそれで、良いと思うけどね。」
「でも、実際、ルックスも貴方、好みかも。色々話してみたいですけど良いですか。」

 そのオトコを眺めてみる。
 年齢は多分、俺よりも少し下だろう。
 眼鏡をかけ、知的に見える割に、服装は、ジーンズにシャツ、といったラフな感じだった。

「別に、俺は構わないよ。」
「それって、俺は、貴方にとって、ルックス的にOKっていうこと?」
「否定はしないよ。」
「俺、晴彦って言います。年は、今28です。」
「俺は、隆弘。年は……この間31になったところかな。」

 それから、俺達は、当たり障りのない話しをした。
 特に何かを要求してくる訳でもないし、押し付けてくる訳でもない。
 それなりに、自分の価値観をもっていて、相手のそれを否定しようとはしない。

「いつも一人で来てるんですか?」
「たまにね。」
「またお会い出来ますか?」
「構わないけど……。晴彦は普段、よくここに来るの?」
「まあ、たまに。隆弘は、今度いつ、来るつもり? 俺、それに合わせるから。」
「いつって言われてもなぁ。今は、仕事が一段落着いて、時間は空けられるけど。」

「普通に日曜日とか休みのですか?」
「忙しい時は、日曜も出るけど、暫らくはないよ。」
「じゃあ、今週の土曜日は駄目ですか?」
「ああ、構わないよ。夕食とかはどうしてるの?」
「外食か、レトルトもの。たまにご飯炊いて、惣菜買ってくるとか、そんな感じです。」
「時間が大丈夫なら、一緒に食べに行く?」
「良いいんですか? それなら是非。」

「嫌いなものとかある? イタリアンとかは大丈夫?」
「大丈夫です。たぶん。好き嫌いは……色々ありますけど。」
「実は俺、今、イタリアンに凝ってて、美味しい店知ってるんだ。もしよかったらそこで。」
「お勧めなら、是非。」

 その店の最寄り駅を待ち合わせ場所にした。
 そんなに大きな駅じゃないから、迷うこともないだろう。
 改札口は、幾つかあるけど、その店に行く為に便利な改札口は待ち合わせても、迷わない程度に広くはない。
 詳細を打ち合わせて、その日は別れる事にした。
「じゃあ、楽しみにしてます。」

 そう言われて悪い気分はしない。
 実際その店は美味しいし、実は静香とも行った事のある店だ。
 そんなに広い店ではないが、パスタもいいし、リゾットもいい。
 ワインも良いものが揃っている。
 それでいて、そんなに値が張らないのだ。
 気どった店ではないから、普段着でも入れる。

 晴彦が俺に何を求めているかまだわからないし、俺も、晴彦に何を求めているかわからない。
 もしかしたら、晴彦と静香を天秤にかける日が来るのだろうか。
 いや、いざとなったとき、俺は、やはり、静香の事を話すべきなのだろう。
 そうなった時、晴彦が、どう感じるか。
 それは予想が付かない。

 『自分の為に生きる』そう言った静香を否定しないし、俺もそうしたいと思っている。
 だったら、もし、仮に、選択した道に失敗が待っていようとも、進んでみようと思う。
 例え、それで全てを失ったとしても、俺自身を失わないでいたいから。
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