暴走書家

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『寂しい魚-1-』

 狭い水槽の中で必死で息継ぎをしながら群れることを知らず泳ぐ魚達。
 多分俺達は、そんな寂しさを抱えていたんだ。

 俺、藤崎智也ふじさきともやは両親の顔を覚えていない。
 幼い頃、交通事故で両方とも亡くなってしまった。
 俺も、同乗していたが、奇跡的に助かった。
 多少の傷はあったものの、殆ど肉体的ダメージは受けていなかった。
 両親の死を、隠そうとしても隠し切れる訳はない。
 俺は、病院のベッドの上で、その事実を知らされた。
 親戚の叔父さんは、泣いても良いんだよ、と、俺の小さい身体を抱きしめた。
 けれど、俺は泣かなかった。
 実感としての死が俺にはまだなかったから。

 幼い俺が一人で暮らせる訳がなかった。
 だから、子供のないその叔父さんの家へ引き取られる事となった。
 幸いにも、俺の両親は裕福で、金に困った事は一度もなかった。

 叔父さん夫婦は、俺の事を我が子のように可愛がってくれたけれど、どうしてもそこに俺の居場所を見つける事は出来なかった。

 優しさも、壁一枚隔てているようで、どこかぎこちなかった。
 俺も、そんな叔父さん夫婦に迷惑をかけまいと、必死で良い子に振舞った。
 そして、その振る舞いは、自然と俺の身についていた。
 過剰に叔父さんたちが俺に何かを求めて来なかったからかもしれない。

 お互いが、お互いに負い目を感じていたから、どうやって振舞っても、窮屈さは拭えなかった。
 子供なんだから、もっと我侭をいっても良いんだよ、と言われても、俺はその方法を知らなかった。

 高校生になったとき初めて、俺は叔父さん夫婦に望んだ。
 一人暮らしをさせて欲しい、と。
 いずれは出て行かなければならない家だ。
 両親の貯蓄は十分にあったし、少しでも早く自立したい。
 その望みを、叔父さんたちは聞き入れてくれた。

 そうして少し、両親の呪縛から解放された。
 そして、それと共に、俺はオトコしか好きになれないんだと、自覚した。
 そこに関連性はあったのだろうか?
 多分何もない。

 叔父さんの元を離れても、相変わらず俺は所謂いわゆる優等生だった。
 勉強は好きだったし、何より数字として結果が出るのが嬉しかった。
 良い成績を出せば教師は褒めてくれたが、それはおまけだった。
 不幸そうな顔をしてはいけない。
 俺の境遇を知る人間たちに同情を買うのは真っ平だった。
 だからといって、笑顔になれる訳でもなく、誰にも関心を持たないような仮面を被っていた。

 一応の整った顔立ちで、そんな表情をしていると、硬質な近寄りがたい人形のように見えるらしかった。
 泣きたいと思った事も、笑いたいと思った事も、怒りたいと思った事も特にはなかった。
 だから、それはあながち仮面ではなく、俺そのものの作り出した表情なのだ。

 オトコが好きだとわかって、そういう店にも出入りしたが、長く付き合えた人間はいなかった。
 付き合えば、それなりに好きだと思ったし、だからセックスもした。
 けれど、いつも、相手は、俺のココロがわからない、そういって去っていった。
 そして、それは、仕方がないことだと半ば諦めていた。

 大学に進学してしばらくして店で、一人のオトコと出会う事になる。
 多分、俺と同じ年くらいだろう。
 一見、屈託のない笑顔を持った男で、周りに集うオトコも結構いた。
 その裏側でウリをしていることも知った。
 そうして、それを悪びれることもしなかった。

 偶然俺は、彼が珍しく一人でいる所に出くわした。
 そして、その時、いつもの彼らしくない、暗い瞳を持っていることを知った。
 そんな彼に俺は興味を持ち、初めて話しかけた。

 彼は、晴彦はるひこ、そう自分の名を名乗った。

 俺が話しかけた後、晴彦はいつも通りの表情に戻っていた。
 でも俺は、その暗い瞳が頭の中でこびりついて離れなかった。
 それから少し、たわいもない話をした。
「じゃあね、智也。俺、そろそろ仕事があるから。」
「ウリ?」
「あ、知ってたんだ。そうそう。」
「ねえ、それって楽しい?」
「んー。楽しいのかな? よくわからないけど、何となく、始めて、続いちゃってるな。」
「ふーん。何となくか。」
「智也は? 大学生なんでしょ?何かバイトしてるの?」
「カテキョ。」
「おおー、それっぽい。で、楽しい? それ。」
「別に。何となく出来そうだからしてるだけ。」
「なんだ、俺と一緒じゃん。」
 一緒? そうなるのか?

 それから、何度か、晴彦と話す機会があった。
「晴彦は、何か、悲しい事あった?」
「え? なんで?」
「初めて見た時、とても暗そうな瞳をしてたから。」
「俺、そんなに暗そうにしてた?」
「ううん。ただ、何となく瞳が暗かっただけ。」
 それから、なんども晴彦の事を気に掛けていた。
 実際笑っていても、どこかに影が、潜めている感じがした。

「ごめん。変なこと聞いた? でも、何となく気になってて。」
 少しの間、晴彦は押し黙った。
 そして。
「俺に、そんな事言ったの智也が初めてだよ。」
 そして、晴彦は語りだした。

 ずっと、実の兄の事が好きだった事。
 もちろん、そんな気持ちを伝える気はなくて、仲の良い弟でいられたらどんなに良いかと願っていた事。
 兄は憧れの存在で、いつか、兄のようになれたら、と感じていた事。
 家族の中で、兄の存在は大きくて、でも、それがとても自慢だった事。
 けれど、兄にとって家族の期待は重すぎて、そのプレッシャーに押しつぶされ自殺してしまった事。
 それを期に、家族の絆が壊れてしまったこと事。
「俺たち家族が、兄貴を殺してしまったんだ。」
 そう、自嘲気味て言う晴彦。

「今でも、お兄さんの事好きなの?」
「わからない。でも忘れられない。」

 多分、死んでしまったから、その記憶が強すぎて、忘れられないのだろう。
 それまであったはずの日常が壊れた時、晴彦はどんな音を聞いたのだろうか。

「変な話聞かせちゃってゴメンね。」
「聞いたのは、俺の方だから。思い出させちゃったかな?」
「忘れられたら、どんなに楽か。でも、忘れられた日はいつだってない。誰が傍にいても、誰と寝ても。」

「それでも、俺が、晴彦の事気になるって言ったらどうする?」
「それは、俺に同情してるの?」
「そうなのかもしれない。でも違うかもしれない。でも、よくわからないけど、晴彦の事が気になるんだ。」
「そんな風に優しくされたら、俺、智也につけこんじゃうかもしれないよ?」
「いいよ。それでも。」
 だって、晴彦に弱みを晒させて、つけこませたのは俺の方だから。

 優しさは、とても残酷で、甘い顔をして人を傷付けていくものだから。
 それを知っていても尚、どうしても縋ってしまって、傷付く事を望むから。

 寂しさと言う罠に陥ってしまった二匹の魚は、どこを向いて泳いでいくのだろう。
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