暴走書家

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あるバーのシリーズ(声)

 彼と付き合って時は行かなかったバーへ向かった。
 そのバーはほんと小ぢんまりしていて、落ち着いた雰囲気を持った店だった。
 マスターが独りっきりでやっているから、そんなに規模も大きく出来ないんだろう。
 俺が、独りで飲むには物静かで落ち着いていて良い。

 客が入っていない訳では決してない。
 そこそこ客が入っているし、恋人同士で話している人達だっている。
 けれど騒々しくならない。
 声掛けを目的にしていないから、独りで飲んでいても絡まれる事はない。

 それに何よりマスターの低く響く声が好きだった。
 この界隈に通うようになって出来た友達が、俺が静かに一人で飲むのが好きなタイプの人間だとわかって教えてくれた店。
 その友達にも感謝している。
 今でもたまに会って一緒に飲んだりする。
 恋愛関係には決してならないけど、大切な友達。
 似た空気を持っていたからなんだろうな、彼が声を掛けてくれたのは。

 彼はゲイだという自覚があってこの界隈に通っているけれど、あんまり恋愛をするタイプじゃないらしい。
 カラダが寂しくなったら、若しくは、同じゲイの人間と話をしたくなったら相手を探しに出掛ける。
 そして、カラダを重ねたとして、それが一回限りでなく数回寝たとしても恋愛関係には発展しない。
 声を掛ける相手もその相手の意見を尊重している。

 だから、俺も声を掛けられた。
 けれど、寝るだけの関係というのは俺には出来ないから、結局カラダの関係がない普通の友達となった。
 彼も、それで良かったようだ。
 カラダの関係を断っても彼はその時俺に接する態度を変えなかった。
 彼は、それでも中々人望があるらしく、カラダの関係になっても恋愛はしないけど普通の友達感覚を持っていられるようだった。
 友達として以上には見られなかったけれど、そんな彼が好きだった。

 今日別れたばかりの恋人が知らないオトコ。
 別れたばっかりで、誰か他人と話をしたいと思うのはその彼くらいだった。

 けれど残念ながら、彼は今日は飲みに来ていないようだ。
 まあ、良い、この店でなら独りで飲んで寂しくならない。

「いらっしゃいませ」
 マスターが俺が入ってきたのを確認して声をかける。
 俺は酒に強いけれど、詳しいわけじゃない。
 だから、大概、飲みたいタイプを伝えて、それをマスターに出してもらっていた。
 この店ではそれが利く。

 この店以外では、誰もが知っているような聞きなれた無難なメニューを選ぶ事が多い。
 無難なメニューなら、どこの店でも大概置いているからだ。
 俺は、人と離れてカウンターに座るとマスターに注文した。

「強めので辛いものをお願いします。」
「かしこまりました。」
 マスターの声が心地よく耳に響く。
 俺は今どんな顔をしているだろう。
 今の心境では笑えという方が無理だった。
 好きだった恋人と別れたばかりなのに。
 不幸そうな顔をしているだろうな、そう思う。

 でも誰にも問い詰めて欲しくはない。
 独り寂しく、でも完全に独りっきりではなく、感傷に浸っていたかった。

「おまたせしました。」
「ありがとうございます。」
「差し出がましいようですけれど、お酒で潰れないようにしてくださいね。」
「大丈夫です。俺酒には強いですから自棄酒(やけざけ)ではありません。ただちょっと飲みたいだけです。」
「そうですか。このお酒が貴方の今の心境に合うと良いです。」

 出された酒を飲んでみる。

 あー、辛い。
 涙が出そう。
 でも、今はこれくらいが調度良い。
 甘い酒なんて嫌いじゃないけど、今は飲んでいられないからね。
 マスターの心遣いもありがたかった。
 やっぱり客の事をよく見てくれてるんだな、と思う。
 このお酒も今の俺にぴったりだった。
 別れた恋人。
 彼は、別れようとは言わなかった。
 けれど、俺としては付き合い続けるのは無理だった。

 『結婚するんだ』

 なんで? なんで? なんで?
 あなたはゲイでしょ? オンナの人愛せないんでしょ? それなのに結婚するの?
 彼は決して馬鹿な訳じゃない。
 一流大学の医学部を卒業して大学病院で優秀な外科医としてやっているのは知っていた。
 実家は大きな病院だけど、次男だから、継がなくっても良いって言ってた。
 家の人にゲイだという事を伝えろとは言わないけど、結婚しなくったって良いじゃないか。

 『仕方がなかったんだ。お見合いさせられて、相手は付き合いがある病院の一人娘で世話になってるから、こっちからは嫌とは言えなかった。向こうがイエスと言ってきたらそれに従うしかなかったんだ。お前にわかってもらおうとは思ってない。だけど、そういう家の付き合いを俺は断る事が出来ない。見合いだから、向こうだって恋愛なんか別だとは思ってるさ。』

 確かに、俺に継ぐような家なんてないよ。
 だけど、貴方はオトコが好きなんでしょ? それを止められるの?

 『オトコが好きなのを変えることは出来ない。だけど、義務として子供を作る為に仕方なく女性と関係を持とうと思えば出来ないでもない。そこに快楽なんて伴わない。精神的に女性を愛する事だってできないから、妻になる女性を愛する事はない。ただ、カタチとして夫婦となるだけだ。』

 カタチとしての夫婦、それにどれだけ意味があるの?
 そうして生まれてきた子は不幸じゃないの?

 『夫婦の愛だけが子どもを育てるわけじゃない。俺は、父親を演じろと言うのなら、その役割を演じる事が出来る。』

 そりゃ、貴方は器用だからさ、温厚な夫や優しい父親を演じることは出来ると思うよ。
 実際、貴方は温厚だし優しいんだから。

 『俺が、お前を好きなのは変わらない。だけど、こうなって堂々とお前の恋人でいられるわけにもいかなくなった。お前がもう、俺と付き合えないって言うんならそれに従うしかないよ。』

 俺さえ良いって言えば、貴方が結婚しても付き合うって言うの?
 俺は無理だよ、そんな事。
 確かにおおっぴらには言えない関係かもしれないけれど、家族を持とうとしている貴方と付き合う事なんて出来ない。

 『俺はこういう人間なんだ。酷い奴だと思ってくれて良い。そのほうがお前も救われるだろ?』

 確かに酷いと思う。
 だけどそこで優しさなんて見せないで。
 余計に残酷だよ。

 『勝手な事だと思ってる。でも、やっぱりお前には正直なところ話しておこうと思って。』

 正直すぎて呆れるよ。
 騙してくれれば良かったのに。
 その方がもっと貴方の事を嫌いになれたのに。

 『仕方がない、これが俺だ。』

 そう言って煙草をふかす貴方。
 医者のくせに身体に悪いってわかっていて煙草を吸うんだから。

 そんな風にして、きっと貴方は俺と別れて、奥さんと結婚してもオトコを求めることを止められなくて夜の街を彷徨(さまよ)うんだろうな。

 もう貴方とは会いたくない。
 だから、貴方と出会った店にも行かない。
 貴方とよく行った店にも行かない。

 俺は、貴方を好きになって、それまで嫌いだった煙草も、コーヒーも、音楽も、映画も好きになった。
 自然とそうなれた。
 そうする事で、貴方と趣味を分かち合うことが出来て嬉しかった。

 だけど、貴方と別れて、貴方を嫌いになって、好きになった煙草も、コーヒーも、音楽も、映画もまた嫌いになった。
 街で煙草を吸う人を見かけて眉をひそめた。
 スーパーでコーヒー豆の匂いを嗅いだだけで嫌な気分になった。
 貴方との思い出の曲が流れるのを聞いて悲しくなった。
 貴方を知る為に買った映画のDVDも処分してしまおうと思う。

 貴方と知り合う前の状況に戻っただけなのに、こんなに辛い。
 知り合う前に通っていたこの店が救いだった。
 貴方と知り合ってからだって、貴方は忙しい人だから、独りっきりでいる事に慣れていたはずなのに、こんなにも誰か他人の存在を求めている。
 別れて初めて、独りが寂しいんだってわかった。

「お客様、お酒が口に合いませんでしたか? 泣きそうな顔をされてますよ。」
「いえ違うんです。恋人と別れたばっかりで辛かっただけです。泣いたりはしません。今の辛い気持ちに、このお酒は凄く合っているような気がします。」
「それでしたら良いんです。このお酒が、少しでもお客様の心を癒してくれたらいいと思います。やはり、適度なアルコールは必要ですからね。」
「はは。俺が酒に溺れるほど飲んだら大変な量になると思います。俺の(ふところ)の方が泣いてしまう。適度……そうですね。やっぱり最初は酒に溺れてみたかったのかもしれません。それじゃあ、ご迷惑を掛けてしまいますね。」
「お店の迷惑の事は考えてくださらなくても良いです。ただ、お客様にとってあまりそういう飲み方をされるのは良くないと思っただけです。お節介ながら。」
「いいえ、嬉しいです。そうやって心配してくださるだけで。俺は今、この味と適度なアルコールに癒されている気がします。」

「でも、泣きたい時に思いっきり無理なんてしなくて良いと思いますよ。泣く事で感情が晴らされる事もあるでしょう。科学的に言っても涙を流すのは良い事みたいですよ。」
「今、ここでは泣きません。多分、家に帰って独りになったら泣いてしまうと思いますけど。」
「それなら、それで良いと思います。誰にも気兼ねせずに泣いてください。」
「オトコだから、って強がって我慢しなくっても良いんですね。」
「オトコとかオンナとかそういうのは関係ないでしょう。やはり辛い時は辛いんですから。」

「マスターにそう言ってもらえて助かります。お酒に慰められて、マスターに慰められて。俺にもまだまだ幸せになれる機会(チャンス)はあるなって思えました。」
「それは光栄です。」

 マスターの声にも癒されてるな、そう思う。
 やっぱり強いお酒だったらしく数杯お変わりしていたら、ほんのり温かくなった。
 ここら辺で切り上げるのが潮時だろうな。

「マスター、お勘定お願いします。」
「はい。かしこまりました。」

 お金を払い店を後にする。

 今日は思いっきり泣いて、明日はまた新たな一歩を踏み出そう。
 色々会ったけど、多分これからも色々あるだろうけど、あのお店を知って、あのマスターに出会えて良かった。
 もう元には戻らないけど、別れた恋人も『家』と言うものを押し付けられて窮屈ではなかったんだろうか。

 『家』を押し付けられて出来た家族って一体何なんだろう。
 そんなた大層なものじゃないけど、俺にも一応両親と兄がいる。
 目立って不幸だったとか、幸福だとか思った事はない。
 兄は自立して結婚して奥さんと子供がいる。
 俺も一応自立してしまったから、両親は二人で実家に住んでいる。

 両親は俺にも家庭を持って欲しいと思っているだろうか。
 俺は両親にも兄にもカミングアウトしていない。
 ゲイじゃなくっても独り身でいる男は今現在珍しくない。
 だから、無理してカミングアウトして両親を困らせたくない。
 多少言えなくて息苦しいと思う事はあるけれどこの世界では珍しくない事だ。
 例え、話したとしても理解してもらえるかどうかだった怪しい。

 それなら、単に結婚に縁のない男を演じるだけだ。
 『演じる』といってもあながち嘘ではない。
 実際に、結婚に縁がないのだから。

 人は社会に出たら協調性を持つため何かしら自分を演じて見せるのではないだろうか。
 人間社会を成り立たせるために人が身につけた知恵だ。
 それを否定する事は出来ない。

 『自然体が一番』と思っても、難しいところだ。
 『演じて』いるからこそ『自然体』を望んでしまうんだ。

 俺は、幸せではないけれど、今お酒に酔って、自分の気持ちに素直になれていると思う。
 この素直な気持ちは大切にしよう。

 それで、今度は笑顔でまたあの店に通おう。


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