暴走書家

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あるバーのシリーズ(嘘)

 無事、バーを開店させることができた。
 とりあえずは、マスターの恋人が開店祝いに駆けつけてくれると言うので、そこは野暮(やぼ)ったい事はせずに開店時刻より結構遅れて、でもその日中に何とか、店に駆けつける事が出来た。
 まあ、その日は俺も仕事が立て込んでいて中々駆けつける時間を作れなかったのは事実だ。
 前もって約束しておいた通り、共同出資者となった、その人と、その人の恋人を連れて店へ出向いた。

 店へ入ると、数人客がいた。
 大々的に広告はしていなかったものの、俺が、今日店を開く事は、何人にか告げていた。
 だから、その人達や、その人から聞いた人達が店にやって来てくれているのだろう。
 ありがたい事だった。

「マスター、こんばんわ。」
「あ、こんばんわ。いらしてくださったんですね。なんかまだ、マスターって言われると気恥ずかしいです。」
「そのうちしっくりくるようになりますよ。こちら、僕の古い友人で、この店の共同出資者になってくれている方と、その恋人です。」

 お互い、はじめましてと、挨拶を交わす。

「中々、落ち着いた雰囲気の店ですね。」
「それは、やっぱり、お客さんに落ち着いてゆっくりお酒を堪能してもらいたいから。普段忙しい人でも、ここに来て落ち着いてもらえると嬉しいです。」

 俺自身忙しい。
 だから、店を立ち上げても、そんなに頻繁には通う事が出来ないだろう。
 けれど、ふっとした時、安らげる場所が欲しかった。

 俺は大学で働きながら、その人の仕事に興味があって、法律の勉強も始めていた。
 元々進もうと思っていた道だ。
 参考書を片手にほとんど独学だけれども、勉強していて楽しかった。

 店の経営の方も少し勉強したけれど、所詮素人なので、税金関係は、知り合いの税理士に頼んで やってもらう事にしていた。

 俺たち三人はカウンターに陣取って、それぞれ酒を頼み、マスターに話しかけたりしている。
 その人の恋人は、『恋人』と紹介してもらって嬉しそうだった。
 社会生活をしていて、中々紹介なんて出来るものでもないからな。

「こんなことあんまり話せることじゃないんだけど、僕はゲイだって認められなくって、両親に勧められるまま、まあ、この人だったらやっていけないでもないか、っていう人と結婚したんです。子供もいたんですよ。男の子です。子供自体は嫌いじゃないんです。だから可愛がりましたね。それでもなんででしょう、妻は自分が愛されていないことに気づいていたんでしょうね。好きな人がいるから別れよう、と言われて。僕は、しょうがないな、って感じで別れて。子供は妻が引き取りました。今は、再婚して、その人と上手くやっているから、それで良いなって思えるんです。離婚して、すっと肩の荷が下りたんでしょうね。僕もゲイだって事隠せなくって。この人と付き合うようになって、自分自身は幸せなんだけれど、誰にも、言う事が出来ないでいるんです。純粋に、この人を愛してるって思えるんですけれど、おおっぴらには公表できない。する必要が無い、って言われれば、それまでなんですけど、こうやって、誰かに紹介してもらえるって嬉しいんです。両親には、申し訳ないけれど、それを話さずに隠していることが出来なかったんです。」
「社会的にどう思われていようと、それは関係ないでしょう、貴方は貴方たなんだから。」
「ゲイだってわかってても、私みたいに恋人がいない人はいないですよ。それは、ゲイだからとか、ノンケだから関係ないです。」
「この辺の店にも殆ど来た事ないんです。オトコの人好きになっても、ノンケだったら報われないってわかっているんですけど、ただ、セックスをするだけじゃ嫌でやっぱり精神的な愛を求めるんです。」
「それでも、今の恋人のこと愛しているんでしょう?」
「そうですね。だから、この辺の店に来ても今は、やっぱり正解だったな、と思います。じゃないと付き合えなかったから。」

 本当に純粋に恋愛してセックスしたい人なんだな、と思う。
 その人も、この恋人と付き合うようになって、俺とセックスすることも無くなったし、多分、恋人以外の誰ともしていないんじゃないかな。
 契機(きっかけ)は、どうしても、こういう界隈じゃないと、まず、性癖を受け入れられない。
 俺がいうのもなんだけど、ただ、同じ性癖を持った友達でも、出来るんだけどな、こういう界隈に来ると。
 セックスを介在させる友達、介在させない友達、両方ともいる。

「良いもんですよ、こういうところも。仮面を被って偽らないで過ごせる場所。独りっきりになったり、恋人といたりしてもいいかもしれないですけれど、バーの雰囲気を楽しみたかったら、またこの店にいらしてください。私でよかったら相手になりますよ。」
「ありがとうございます。でも僕、あんまりお酒強くなくって。」
「少量でも気分がよくなれれば、それで良いですよ。ノンアルコールのものもお出し出来ますし。」
「そうですか。ほろ酔い加減でいるのが一番気持ち良いです。若い頃はわからなくって、飲み過ぎる事もありましたが、今は適量がわかりますからね。」

「酒場には酒場特有の雰囲気があります。日常の雑務とは切り離されたところですね。そんな空間を提供出来れば良いと思っています。」
「例え、一人で飲みに来ても、家で一人で飲むのとはまた違った雰囲気になれますよ。たった一人で飲むと閉鎖的ですけど、誰かにお酒を作ってもらう分少し解放されます。」
「一人だけど、独りじゃない、ですか。」
「そうそう、この店が目指すのはそんなところです。」
「だから、私は店を持とうと思った。私は、声を掛けられるのは嫌いじゃないけど、ただ、純粋にお酒を楽しめる場所が欲しかったですからね。この店は、恋人と来たり、待ち合わせしたりしてもいいけど、ナンパは禁止ですから。」
「ナンパ禁止なんですか。」
「ええ。それでも私はニーズがあると思ってますよ。今はそれぞれ、店の特色を持ったところがありますからね。この店のコンセプトをわかってくれて、それを必要としている人が。この店はゲイの人間が多く集まるでしょうけれど、普通のところでも、こういう店はあります。」

「息継ぎが出来る空間が増えた、という事でしょうかね。」
「人間どこか一箇所にいると、息苦しくなってしまう事がありますからね。恋人といて安らげる、って思うかもしれないけれど、この店の出資者としては、飲みたくなったら、一人でも、恋人と一緒でも良いから、またこの店に来てもらえるとありがたいですね。」
「何か僕、恋人と出会えて、貴方達と出会えて、世界が広がった気がします。」
「貴方はさっき、ご両親には申し訳ない、と仰ったけれど、それはそれで良いと思いますよ。貴方も両親の幸せを願っていて、ご両親も貴方の幸せを願ってくれているのなら。」

「隠してきた事は決して間違いではないという事ですか。」
「例え、間違いだって修正出来る場合もあります。」
「修正出来る道があるからこそ、世の中回っていけるんですよ。貴方の元の奥さんだって、修正できたから、今家庭を持っていらっしゃるのでしょう。」
「人は間違いを犯す生き物です。でも、それでも人は生き続ける。」
「後から気付くことが多いですね。ああ、あの時自分は間違っていたんだって。まあ、たまに間違いだと思っても突き進む人はいますが。」

「あれ、それってひょっとして、私の事言ってます?」
「いえいえ、決してそんな事は。」
「まあ、良いけどね。私は今こういう風にしか生きれない。たくさん嘘はつくけど、正直に嘘をついてるから。」
「正直な嘘ってあるんですか。」
「例えをあげるのは難しいけどね、私が私自身、嘘を付こうと思って言っているからね。その点で私は私自身に正直なんですよ。」
「貴方、人を騙すのが上手いですからね。」
「騙す、っていうと、何か人聞きが悪いですね。表現の問題ですよ。甘美な嘘と言ってください。それに、失楽はさせないつもりですよ。」

「貴方には、今も良い夢見させてもらってますよ。この店を持たせてもらって。」
「それは夢じゃない。現実です。これから、良い事ばかりじゃないけど、何とか乗り切っていかなくては。正念場はまだまだ先にありますよ。」
「それは覚悟しているつもりです。私なりにね。」
「恋人といたって、良い時もあれば悪い時もある。悪いからって、じゃあ、別れれば良いかってそれだけの問題じゃない。二人で乗り越えていかなければならない試練もある。」
「まだそれを、実感した事は無いですけど。」
「貴方の気持ちと相手の気持ちを大切にする事ですね。見失ってしまわないように大切にしてください。」

 お互いの気持ちがあっても上手くいかない時もある。
 それは別に今言わなくても良い。
 知らなくて済むことは知らないままでもいいんだ。
 その時の事を恐れていたら何も出来なくなってしまう。
 どうしようもない事実に向き合わされて無力だと感じ、絶望する時が来るかもしれない。

 絶対的な別れ、それは、死。

 いつかはわからないけれど、必ずやって来るもの。
 どんなに愛し合っていたとしても。
 相手の死に絶望して、自ら死を選ぶ人もいるだろう。
 けれど、それを乗り越えて生きる人もまた多くいる。
 出会い、そして別れ。

 出会った時は別れなんか想像しなくとも、人はそれといつも隣り合わせにいる。
 別れを恐れ、自らの殻の中に閉じこもってしまうか。
 その生き方もまた否定は出来ないだろう。
 俺は、恐れているのだろうか、誰かと出会い、そして別れてしまう事を。
 だから、恋愛に深入りしないのだろうか。
 わからない。

 甘美な嘘、それはアルコールに似ている。
 人を一時酔わせ、夢を見せてくれる。

 俺はまだ酔っているのだろう。
 そんな嘘に。
 俺自身が作った嘘の世界に。


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