暴走書家

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あるバーのシリーズ(軽重)

 店をいつもどおりの時刻に開けると間もなく彼がやって来た。
 平日のしかも週初めの開店間際にやって来る客は殆どいない。
 大概は夜深まってから、わいわいと言い出すのだ。
 だから、こんな早い時間に店を開ける意味があるのか? と思われるが、何故か、界隈の他の店よりも一足早くいつも店を開けるのだ。
 家にいてもやる事がないからな。

 準備しながら開店させてしまう、という事をやってしまう。
 そんな関係でたまに今日の彼みたいに入ってくる客がいる。
「いらっしゃいませ。お早いですね。まだ準備も途中ですがどうぞ。」
「ああ、ありがとうございます。やっぱり早いから、誰もいないですね。ちょうどいい。ただ無性に独りで飲みたくなってそれでも独りっきりでいたくなかったので。」
「恋人はどうしたのですか?」
「ああ、彼とは待ち合わせをしています。でも、まだ時間が早すぎます。彼とは別に独りでただ飲みたかったんです。それに、マスターがお酒を作ってくれるから独りっきりでなくていい。」
「私に聞いて欲しいことでもあるんですか?」
「そうですね。親しい人ではない、ごく他人に戯言のように聞いて欲しいのです。」

 彼はかなりカッコイイ。
 自分から見てもそう思う。
 それでいて、おっとりした雰囲気を持っているからとっつきやすい。
 だから、かなりモテる。
 この界隈そんなに世界が広いものじゃない。
 彼ぐらい見た目がいいオトコとなれば噂にも登る。
 『来るもの拒まず、去るもの追わず』と言った感じでいつも誰かしらと付き合っている。
 重複して付き合ったりしないけど、大概は断らないらしい。

「私で何らかのお役に立てるんであれば貢献しますよ。」
「ありがとうございます。」

 プレイボーイといった感じでもない。
 こうやって話す彼はとても素直だ。
 今、彼が付き合っている恋人は、多分あの人だろう。
 この間一緒にこの店に飲みに来ていた。
 変わっている可能性はないとは言えないが。

 付き合う相手のサイクルが決して長くはなかった。
 その前までは違う相手と飲みに来ていたし。
 明るい、よくしゃべる人だった。
 それを、笑顔で聞いている彼の姿が思い起こされた。

「今の恋人ともね、もうそう長くはない、そんな気がするんですよ。」
 彼は、そう切り出し始めた。
「僕は誰かが、僕を好きになってくれるんなら、それに付き合ってあげたいと思うんですよ。実際それはそれで楽しいですし。けれどね、僕から好きになる事が出来ない、だから相手が離れていくんですね。」
 酒を一飲みして更に話を続ける。

「昔、もう大分昔になりますけれど、付き合っていた恋人がいたんですよ。僕が初めて好きになって告白して、付き合ってもらった相手でもあるんですけどね。」
「貴方から、告白したんですか。聞いた事のない話ですね。」
「この店に来るようになるずいぶん前の事ですね。ずっと一緒にいたい、一緒に暮らしたいと思ってました。彼も、僕の事を好きだって言ってくれてましたし、当然、僕と同じように彼も思ってくれてるんだと思ってました。長く付き合っていく内にね、やっぱり、彼は仕事が忙しくって連絡が取れなかったりして寂しい、と不満を漏らしたりしました。僕はその時まだ学生で、社会というものを知らなかったから、そんな忙しい状況知りもしなかったんですね。そういう時もある、仕方ないって彼は言ったんですよ。彼にも僕と会えなくって寂しい、と言って欲しかったのに。僕は正直に僕の気持ちを伝えました。彼は笑って受け流していましたね。世間の目、と言うものがわかってませんでしたから、一緒に住もう、と僕が言い出したんです。彼の立場も考えずにね。悪いけど、考えさせてくれ、彼はそう言うばかりでした。その内だんだん連絡が取れなくなってきたんですよ。夜に電話しても常に留守電で、これを聞いたら、いつでもいいから連絡をくれ、そう吹き込むしかありませんでした。初めの内は頻繁に、でも、折り返しかかってくる回数が減ってきたんです。それで、ある日言われたんです。別れようって。何で? って思いましたよ。それで彼の家まで押しかけていったんです。かなり感情的になってました。お前の恋愛は重すぎるんだ、って言われました。嫌いになったの? と尋ねても、そうじゃないけど、もう一緒にいて疲れるんだ、と。僕は、ずっと一緒にいたかったのに。拒絶されたんです。もう、僕とは付き合っていられない、の一点張りで。しつこく食い下がったけど駄目だった。その分余計ダメージは酷かったですね。家を追い返されてでも、自分の部屋以外行くところはなくて、帰って泣いてました。それから暫らくの間はいつか、また彼から連絡があるんじゃないかと思ってしばらく誰とも付き合いませんでした。結局、いつまでたっても連絡がなくって。ある日電話をかけてみたら、その電話番号は、もう使われてなくて、彼も引っ越して行ってしまっていました。会社に聞けばわかるんじゃないかとも思いましたがそこまでは出来ませんでした。もう決定的に僕からは避けられてるな、って思って。今、彼がどうしているかは知りませんし、もう、今となっては知りたいとは思いません。」

「彼の事、愛してらしたんですね。」
「そうですね。過去形ですね。もう。僕の中でそれなりの決着が付いてから、また店に通うようになったのは。彼と付き合ってた頃は通っていませんでしたから。いろんな店に行きました。で、声を掛けられたんです。嫌いなタイプじゃなかったし付き合うようになりました。でも、好きにはなれなかったんです。今もそうです。今の彼の事を愛しているとは思えない。」
「でも、手当たり次第に付き合っている訳じゃないでしょう。一応それなりにその人と向き合って付き合っていらっしゃる。」
「向き合ってみても駄目ですね。付き合っている間も、こうやって店には顔を出すし、まあ、声は掛けられますけど、一応付き合っている人がいるから、重複して付き合うだけのメリットもありませんしね。恋人になっても、僕が相手を愛していないという事を感じ出すと、相手が離れていく。それはそれで仕方がありませんね。僕も、追おうとは思いません。愛して拒絶されるのが怖くなってしまったんです。それで愛する事自体出来なくなってしまいました。今は、僕ももう独り立ちして仕事をして、僕自身食べていかなくちゃ生きていけない。だから、仕事に縋る事が出来る。それでも、寂しくなってしまうから、ついつい、こうやって店に顔を出してしまう。今度は、好きになれるんじゃないかと思って、誰かと付き合ってみるけど、やっぱり怖くって無理なんです。ごめんなさい。マスター、こんな話して。」
「いいですよ。まだ誰もいませんし。誰かに話したかったのでしょう?」
「こういう話、誰にも出来ませんからね。聞きたい話でもないでしょうしね。」
「お客さんの話に耳を傾けてあげるのもまた商売です。」
「そう言ってくださると助かります。」

「恋人なんて無理して作る必要もないと思いますし、ただ、他人のカラダを求める人間だっています。それが間違っているとは思いません。」
「僕は、カラダを求め合う必要がどこにあるかまだわかりません。でもやっぱり人の温もりを求めてしまう事がありますね。」
「他人を傷つけるのが良い事だとは思いませんけれど、時には仕方なく傷つけてしまう事もあります。実際貴方だって傷付いているでしょう。」
「やっぱり、僕は付き合う人間を傷付けてるんでしょうか。」
「そういう場合もあります。でもあんまり深く考え込まない方が良いです。そうやって貴方は、貴方自身を傷付けている。」
「僕自身を……ですか。」
「そうです。私にはそう見えます。」
「何か自虐的ですね。」

「人それぞれの性質というのもあります。貴方は、自分が前の彼によって付けられた傷を晒したままでいる。彼を許せとは言えません。でも、貴方自身が許されても良いんじゃないですか。」
「僕を……許す、ですか。」
「実際許されたいと願っているでしょう、こうやって話しているんだから。」
「僕は許されて良いんでしょうか。」
「それは誰かが決める事ではありません。貴方自身が許されたいと願うなら、許されても良いと思います。」
「僕はマスターに許されているような気がします。」
「それは気のせいですよ。私はそんなに偉くはありません。ただ、助けをしているだけです。手助けが必要なら私の手で良かったら貸してあげようと思っただけです。」
「僕を本当に許すのは何なんでしょうか。」
「それは何とも言えませんね。貴方自身であるとも言えるし、そうでもないと言えます。ただ、言える事は、貴方が許されたと思ったのならそれで良いのだと思います。」

「僕は、今日こうやって話せて良かったと思えます。今なら、彼の言うことも少しはわかるし、でも、僕は彼にはなれないし、なろうとも思わない。ずっと引きずっていた彼の事から一つ開放されたような気分です。」
「ならばそれで良いのですよ。」

「マスターは今恋人がいますか?」
「私ですか。一応いますよ。私がこんな夜の仕事をしているから、あんまり時間を取れないけれど、普通にサラリーマンをしている彼が。」
「長いんです?」
「私がこの店を持つ前からですからね。あの時30でしたから6年になりますね。」
「結構経つんですね。」
「そうですね。一緒に住んだりはしませんが彼の寝顔を確認して、朝ご飯を作って見送って私が家へ帰って寝て、くらいですけどね。」
「一緒に暮らしたいとは思わないんですか?」
「それぞれ、生活の基盤がありましたからね。それを崩すのは中々大変で結局今の関係で落ち着いていますね。将来どうなるかはわかりませんけれど。一緒に暮らす、暮らさないで付き合いの軽い重いが決まる訳ではありませんし付き合いが崩れるわけでもありません。」
「そう……そうですよね。大切な事を見落とすところでした。」

「貴方自身の今の気持ちを大切にしてください。」
「はい。それで、相手の事ももう少しよく見てみようと思います。」

「おっと、グラスが空になってますね。まだ飲みますか?」
「あ、はい。同じものをお願いします。今日は気持ちよく飲めそうです。」
「美味しくお酒を飲んで会話をしてくれると私も店をやっていて嬉しいと思いますよ。」
「良かった。暗いだけにならなくって。」
「そろそろ他のお客さんもやってきますね。私はそちらの方の準備もします。」
「ありがとうございます。聞いてくださって。」
「いえいえ。たいした事はしてません。お気になさらずに。」

 そう言って話を切り上げる。
 ちょうど、他の客が入ってくるところだった。

 いつもの夜に戻る。

 人それぞれ恋愛事情を抱えている。
 悩みを抱えながらそれぞれ探り合っていくしかない。
 それは、自分と恋人との間にも言える事だった。

 『一緒に暮らしたいと思わない?』

 果たして自分はイエスだろうかノーだろうか。
 自分から恋人を誘う事はないだろう。
 でも、恋人に誘われたら?
 多分今の状況だとイエスと言うだろう。

 やっぱり社会的な立場だと思う。
 自分は、こういう商売に就いているから自分の性癖を露にしてもいいがサラリーマンという性質上それはあまり良い事ではないだろう。

 元々、そういうことが窮屈で始めた商売だった。
 だからと言って、恋人にそれを強いる事は出来ないし、したいと思わない。
 恋人同士である事を、他人に認めてもらわなければ成り立つものでもない。
 でも、恋人がいてくれてよかったなと思う事は沢山ある。
 自分も今はそれで十分なのだ。

 恋愛の駆け引きを楽しむ人もいるだろう。
 それもまた一つの恋愛のカタチだ。

 報われなくてただカラダを求めて彷徨さまよう人もいるだろう。
 それとは別にカラダを求める人も。

 だけど、皆一回しかない人生だ。
 何が正しくて何が間違いだなんて言えるものじゃない。
 恋愛の重い軽いも感じ方人それぞれなのだ。
 それぞれが自分に合った生き方をするしかない。

 あの彼も今は恋人と楽しく飲んでいる。
 こういう店が一つの契機(きっかけ)になれれば良い。
 出会う人もいれば別れる人もいるだろう。
 それは終わりでも始まりでもない。
 道のりの途中なのだ。

 今を生きる。

 一寸先は本当に闇の中だ。
 それでも生きる。
 どんな人生になろうとも。

 だから、今一時が大切なのだ。
 そんな時間をこの場所で共有してもらえたら嬉しいと思う。


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