暴走書家

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『運命めを奏でる調べ-1-』

 知り合いがバーを開いて、数ヶ月がたった。瀬田(せた)浩志(ひろし)は、浩志自身も夜の職業に今のところまだ就いている事もあって、中々顔を出す事は出来ないし、顔を出したとしても、仕事以外で殆どアルコールを口にしようとは思っていなかったので、バーに来ても、一杯をゆっくりと飲んで、まだ時間があれば、ノンアルコールのものにしてもらっている。仕事で飲んでいて、それ以上飲む気にはなれない。それでも、一杯だけでも、と思えるのは、このバーだからだろう。浩志の知り合い、知り合ったのは、浩志の勤め先でだった。一緒に働いていた期間は短かった。浩志がそのホスト・クラブ『ムーンライト』に入った時、彼、宮下雫はそこのNo.2のホストだった。雫は、学業との両立の中、浩志が入った半年後に、卒業と共に辞めていった。

 浩志は職場では知られていないが、流石に、客の耳までその話が届く事はなかったが、雫がゲイである、という噂は、『ムーンライト』のホスト内でも、有名な話だった。その噂の出所は知らないし、真実かどうかもわからなかったが、ホスト内でも、やはり、上下関係がある中で、入ったばかりの浩志と、No.2である雫の間にはかなり差があると思うのだが、雫は話し掛けやすかった。真面目に聞きたかったが、それは怖くて出来ず、心の中では真剣だったが、表面的には冗談交じりに雫に尋ねてみた事がある。冗談交じりに、それもやはり、相手が雫だったからだろう。

 ゲイであるというのが、あまり大きく噂になっては、困らないのか、と。この時、まだ浩志は、雫に対して、自分もゲイである事をカミングアウトしてはいなかった。それに対して、雫が答えたのは、雫がゲイなのは真実だから、否定しようがないし、仮に真実でなくとも、下手に否定すれば、余計に噂は悪い方向に大きくなる、ただ単にそういう噂がある分には、害はないし、ホストもそう長くは続けるつもりはないから、そう言っていた。浩志が雫に自らもゲイである事を話したのは、その後の事だ。

 その当時、まあ、今もなのだが、浩志に特定の恋人はいなかった。浩志は、それに憧れながらも、どこかで半ば諦めてもいた。どういった心境でかわからないが、男に飢えている、というより、現実の男では満足出来ずに、ホストクラブに通う女性たち。そんな女性客と、それに接する浩志自身から、現実に本当に誰かを好きでい続ける事が出来るのか、自信がなかった。それでも、そんな事ばかり思って、臆病で何も行動出来ない人間ではいたくなかったので、ほんの数人だけど、付き合ってみたりしたけれど、中々、一緒にいる時間が作れなくて、それだけが理由ではないと思うのだが、別れてしまった。別れる事がある可能性、それもわかってはいるつもりだ。しかしたまに、浩志が過大に憧れがありすぎるのではないかと思う時もある。

「運命的な出会い、ってあると思いますか?」
「さあ。何をもって運命的、というかはわからないけど、偶然にせよ必然にせよ、どれだけ努力しても、運に任せるしかない時は多いんじゃないかな? 実力も才能も運の内。そうしたら、大体の事が、運命なんじゃないのかな」
「雫さんは、そういうのって感じるんですか?」
「そうだね……。もう別れたけど、彼との出会いは、運命だと思ってるよ。あまり、その言葉に拘るのは、僕は好きではないけどね、そう思う」
「何となくわかる部分もあるような気もしますし、俺が感じている事と違うことがあるような気もします」
「そんなものでしょう。僕が勝手に、そう思っているだけで、その相手の方が、そう思っていたかどうかも定かではないし、ただ、僕の今の考えだから。浩志には浩志の考え方があるだろうし、それでいいんじゃないの?」
「もし、よくない、といわれても、どうする事も出来ないですけど」
「何がどうよくないのかにもよるけどね。どうする事が出来ない事は、本当に、どうする事も出来ないからね」
「諦めるしかないんですかね。やっぱりそういう事は」
「諦める……ねぇ。何となく、聞こえがよくないけど、まあ、どんな言葉を使おうと、現実に起こしている行動に変わりはないよ」
「雫さんは、その恋人と別れて、今はいないんですか?」
「うーん。出会いは出会いでそれなりにあるんだけど、付き合うか、ってなると中々、そこまでいかないね」
「そういう風に好きにはなれない?」
「それもあるし、僕が好きになっても、相手がなってくれなければ駄目だし、逆でも、ね」
「まあ、そうですよね」
「ま、一生そういう相手と出会えないかもしれないけど、そうじゃなきゃいけない訳でもないし、そういった可能性は、零でも百でもないからね。例え相手が出来ても、僕は僕の人生しか生きられないし、浩志は浩志の人生しか生きられないでしょ」
「それはそうですね。どんなに好きな相手と両想いになれて、一緒にいられたとしても」
「そうそう」

 それから、雫が辞めるまでの間、会話を交わしたし、辞めた後も、完全に連絡が途切れたわけではなかった。雫がバーを開いた時も、連絡があったし、その後は、バーに行っても、雫と顔を会わせる事は、滅多になかったし、そこで恋人が出来たか、というとそれもないけれど、恋人ではないけれど、新しい出会いはあった。浩志も浩志で、少しずつ変わっているのもあったし、時代、文化の流れの中で、出会いも多様になってきている。そして、恋人云々もあるけれど、浩志はこの先の事、どれだけ考え、それが実を結ぶ事かわからないけれど、今、手に仕掛けたきっかけを一つの区切りに、少し考えていた。


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