暴走書家

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『越える必要のない壁-2-』

 雫も俺も、それのなりに、それなりの人間と付き合ってきているから、何となく相手の微妙な違いがわかる。
 相手の事を観察しようとする癖を、俺も、雫も持っている。
 色々な経験から言って、俺が雫に敵う事はないだろう。

 人はそれぞれ、生まれて来る環境を選べない。
 その結果、今まで歩んできた雫の人生と俺の人生を比べるなんて事は無意味だ。
 ちょっとした強引さと、引き際の加減。
 それをわきまえるのは難しい。
 相手の立場や意思を尊重したいからこそ、難しくっても心得ておかなければならない。

 雫が、自分自身の過去をどれだけ受け入れ、どう克服して生きているのか。
 人が誰しも持ち合わせる、強さと弱さ。
 強さを強調するだけが、ベストではないのと同時に、弱味を見せることが、決して、己の立場を低くすることには繋がらない。

 勿論、それをする相手は限られてくるだろう。
 だが、少なくとも、俺達の間では、そういった事はない。
 セックスフレンドであるという壁は越える事はないだろう。
 しかし、それでいて、それ以上の何か、があるのは確かだと思う。
 俺は、それを確かめたかった。

 雫は、相手が、自分の事をどういう風に見ているのか大体把握している。
 そして、その通りに振舞う事もあるし、いい意味で裏切る事もある。
 どこかで、自分という人間を演じて見せる事、それをある種楽しみにしている節も感じられる。
 だから、嘘を付くのも上手い。
 下手な人間が付くと、不整合性でどうしてもばれてしまうけれど、現実の中に上手く嘘を塗りこめて、あたかも、それが真実であるように錯覚させる事も出来る。

 相手にとって、不愉快さを感じさせない嘘、そして、その嘘を突き通す覚悟、時には、それが、お互いの為になる事もある。
 俺に対して、それをしないのは、ある程度現実を知っていて、その現実が、過酷なものであっても、俺自身が受け入れる能力を持っていると認めてくれているからだろう。

 再び、雫に連絡を取り、バーで落ち合って、雫の家に向かう。
 嘗て、雫の愛人だったオトコ、高部が買い与えたマンション。
 愛人としての関係が切れた今でも尚、交友関係は続いていると言う。
 実の父親を知らない雫が、『父親のような存在』と評するオトコ。

 はっきり言えば、高部がしていた事は犯罪行為だ。
 社会的に法を守るべき立場にある高部が、その禁を犯してまで、雫の中に何を見ていたのだろうか。
 勿論、俺自身も、他人の事は言えない。
 俺が、靖史との関係を続けた事、それは、言い逃れの出来ない事実だ。
 それぞれ個性を持つだろう人間の中でも、一風変わったように、そしてどこか、同じような匂いを持つ靖史という人間の成長を見てみたいと思った。
 それなら単に、普通の関係を、持てばいいだろう、という話なのだが、世間的には認められない、と知りながら、手を出し、その関係を続けてしまった。
 靖史がそこに何かを見出そうとしていたので、余計に手放せなかった。

「そういえば、高部さん、今、どうしてるの?」
「んん? 特に変わった事ないんじゃない。恋人とは上手くいってるみたいだし、仕事の方も、まあ、忙しそうだけど、順調みたいだし。」
「確か、バーの方も、出資してもらってるんだろ?」
「ああ、それね。そっちの方は、全部返済したよ。あのまま、共同出資でもよかったんだけど、あんまり甘えるのもね。まあ、このマンション貰っておきながら言うのも何だけど。」
「そこら辺の線引きは、お前なりにしてるんだろうけどさ、よくそんな金作れたよな。お前、確か、実家にも、金使ったんだろ?」
「切り詰める所を切り詰めて、儲けようと思うところで、そうすればなんとかね。でも、実家の話なんて、もう随分前の話だろ? 向こうからは、とっくに見放されてたし、俺なりに、俺自身が、完全に縁を切る為にやった事だ。変に恩を着せられたくないしね。」

「完全に絶縁、か。完璧主義というか、その拘りは凄いよ。普通そこまで思い切れないから。」
「別に、完璧主義な訳じゃないよ。まあ、でも、心理的にも、金銭的にも、縁を切る事が出来て、吹っ切る事が出来たから。確かに厳しかったけど、礼儀作法は身に付ける事が出来たし、あそこにあった、日本の良いもの、を改めて認識する事が出来たよ。」
「それが、お茶とか、御香に対する拘り?」
「そうそう。本質的に好きなんだろうね、俺自身が。その事で、実家の事をどうこうもう、思い出したりしないよ。」
「でも、耳には入ってくるんだろ?」
「直接は来ないけどね。高部さんから聞いた。弟が、継ぐんだろうね。まあ、向こうにしたら、年も離れてるし、物心ついてからは、会った事ないから、俺の事なんて、知らないんじゃない? 戸籍上は、残ってしまってるけど、血縁も何も、関係ないし。それに、全く関係ない職に就いてしまってるだろ?」

 血縁や血統、それを重んじる家。
 古くからある京都では名だたる茶道の名家だと聞いている。
 血の繋がりはないにしろ、戸籍上では正式な長男だから、遺産相続なんかにも関係してくるんだろうが、おそらく、雫は、そこら辺も、きちんと法律的に勉強して放棄しているのだろう。

 多少金はあっても、跡目争いが起きるような家に生まれつかなかった、俺には想像出来ないだろう。
 だから、俺は、独身を通して、子供を作らなくってもやっていける。
 そして、俺は、家族にゲイである事を告げる気はない。
 多分、その方が、両親にも負担にならないだろうから。
 ただ単に、結婚相手に恵まれなかった不運なオトコ、それで、十分だ。

「そういえば、もう周りの友人を見渡せば、随分の人間が結婚して、子供がいたりするんだよな。」
「早い人は早いし、遅い人は遅いからなぁ。女性は、やっぱり、早く結婚して、早めに子供を作った方が、安全だけど、俺の大学時代の友人の一人は、早く結婚したくせに、全く子供作る気ないしな。『出来ない』んじゃなくて、『作らない』。まあ、出来なくって、欲しい夫婦からしたら、贅沢なのかもしれないけど、その選択を、否定する事なんて、誰にも出来ないだろ。」
「まあ、そうだよな。ゲイでも子供が欲しい人だっているしな。俺は、そういう風に思った事ないけど。」
「俺もないな。後二人、俺の友人で、親しい人間が、男と女、一人ずついるけど、この二人は、モテるくせに、全く結婚する気ないからな。」
「何か、雫の友人らしいよ。」

「どっちにしろ、俺達には関係ない話だろ? 何? それとも、悟、ゲイ婚したいの?」
「いや、ふと、何となく思いついてね。ほら、今でこそ少なくなったけど、一時期は、上官とか、親から、勧められたりしたからさ。」
「それは、それで大変だな。上手く断るの、気を使うだろ?」
「本当の理由言う訳にもいかないしな。」
「まあ、その点で言うと、俺は、職場の人間も知ってるから、全然そいうのなかったけど。」
「受け入れられている事実は羨ましいと思うけど、カミングアウトするにもリスクを伴うだろ? 俺には、そのリスクは踏む勇気はなかったな。」
「別に、俺の場合、勇気じゃないよ。既に、大学時代に、半分は自棄でカミングアウトして、そのまま大学に残ったから、ずるずると、って言う感じだから。」
「自棄ねぇ。それでも、ある程度は覚悟はしてたんだろ?」
「まあ、そりゃあ、一応はな。」

「そういえば、久し振りに雫の料理食べたよ。本当に、感心するよ。」
「悟だって、自分で作るだろ? それに、褒めても、何にも出てこないぞ。」
「雫には敵わないよ。あ、食後のお茶入れてくれるだけでいいから。」
「はいはい。」

 圧倒的に独りで食事をすることが多いけれど、他人に食べてもらうのは嫌いではない。
 雫も、俺も、それは同じ。
 そして、独りだからといって、決して手を抜かないところも。
 手を抜こうと思えば、ずるずると妥協出来る。
 一度妥協してしまえば、それを持ち直すのは難しい。
 勿論、妥協しないでい続ける事も難しいのだが。

「雫は……」
 更に話し掛けようとして、止めた。
 まだ時間はある。
 焦る事はないから。

「何?」
「いや、なんでもない。シャワー浴びてくる。」
 雫は、恐らく、俺が、今、何か誤魔化そうとしている事に気が付いている。
 けれど、雫から、その話を強いてくる事はない。
 そして、隠そうとした俺に気付かない振りをしてくれる。

 本当に気付いて欲しい事なら、ちゃんと、話しやすいようにしてくれる。
 それが、雫なりの優しさ。
 その優しさの根底にある、厳しさを、また俺は知っている。

 俺達が、カラダを重ねる事に意味などない。
 それでも、その心地よさに身を委ねてしまう。

 キスを交わし、俺の愛撫に身を任せる雫は確かに魅力的だと思う。
 それは、逆でも同じ事。
 でも、今は……。

 その肌に、指を、舌を這わせ、繰り返し刺激をする。
 それに、素直に反応してくるカラダ。
「んん……あ…あ……」

 本当に木目細かい、日本人の肌、と言うのは、こういうものを言うのだな、というのが、雫を抱いているとよくわかる。
 不健康ではなく、どちらかというと、しっかりと鍛えられた筋肉を持つ白い肌が、僅かに朱色に染まっていく。

 そして、欲望の兆しをみせている、お互いの勃ち上がったペニス。
 そこから、雫のアナルに指を伸ばす。

 十分解したアナルに、ペニスを挿入していく。
 その締め付けのキツさに、達してしまいそうになるのを我慢して、抽挿を開始する。

「ふ……ん……あ……」
 漏れ出る喘ぎが聴覚を刺激する。
 全ての感覚を持って、意味のなさないはずの快感が、脳髄に行き渡る。

 そうして、向かえる、射精という解放。
 確かに、それを求めているはずなのだけれど、本当に、解放される事を求めているのだろうか。

 一度、射精して、再び勃ち上がった雫のペニスを受け入れて、受け入れる事によって、また、別の快感を感じることが出来るのは、ただ、精を吐き出す、という事が全てではない、という事を感じる。

 虚しいとは思わない。
 この行為を。
 そして、俺達の関係を。

 無駄だと、諦めてしまえば、そこで終わり。
 本当に無駄な事でも、充実している時はあるから。
 大きく変化することはないだろうけど、僅かに変えようとしている、俺達の関係性が、どうか、壊れないようにと願っていた。

 家まで、車で向かいながら、そんな事を考える。
 このままでも良いのだけれど、ここままでいたくない。
 俺に対して、雫から働きかける事はないだろう。
 だから。

「また、連絡するよ。」
「わかった。」

 僅かに会話を交わし、去っていく雫。
 見送りはしない。
 ただ、前へと進むだけ。

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『越える必要のない壁-1-』

 もう出会ってから随分経つけれど、俺達の関係が、セックスフレンド以上になる事はなかった。
 そして、お互いそれを知りながら、その関係を続けてきた。

 向こうが、俺の知っている範囲でも、知らない範囲でも、俺以外の人間とセックスする事に口出しをする気も不満を持つ事もなかったし、向こうにとっても、そうだった。

 何かしらが、契機きっかけとなってその関係に終止符が打たれるかもしれない、そんな可能性は多分にあったけれど、何故かずっと続いている。

 この関係を変える気はなかったし、特に止めるような出来事もなかった。
 色々な人間と関係を持つ中で、俺達の間は途切れる事なく続いていた。

 俺も、向こうも、忙しい身だから、そんなに頻繁に会う訳じゃない。
 けれど、たまに、連絡を取って、会う事になる。
 向こうから連絡があるか、俺が連絡をするかは、その時次第だし、その時抱えている状況によっては、会わない事もある。

 かなり気心が知れている、それも、俺達の関係を続けさせる要因だった。

 ある日、何となくその気になって、久し振りに連絡を取った。
 向こうも、時間を取れるみたいだったので、彼が、オーナーを勤めるバーで落ち合う事にした。

 そのバーの事を知ったのも、彼経由だったが、今は、かなり気に入っているバーの一つだ。
 彼の本業は、バーの経営ではない。
 大学も、研究する分野も全く違えど、そこに在を置いている。

 俺は、社会学の道に進み、大学院を出て、運よく、大学の研究室に残ることが出来た。
そして、向こうは、医学部で、法医学を専攻し、大学で、研究を続けながら、実地として、観察医務院にも出向いている。
 そして、弁護士としての資格ももっているつわものだ。
 実際、弁護士として活動はしていないが、その関係上の知り合いはいる。

 バーを経営する、という事においても、かなり広い面で、人脈を持っており、それを生かしてこそ、かなり拘りをもったバーを経営する事が出来ている。
 勿論、始めから、それらの人と、知り合いだった訳ではないだろう。
 人は人を繋ぐ、その連鎖をもって、人脈を掘り進めて行ったのだろう。

 そして、自分がゲイであることを、通常においても、あまり隠さず、また、バーの性質上、そういうものだ、と知っていて尚、力を貸してくれるのは、彼が人を見る目が在るのか、彼の人徳だろうか。

 このマスター自身も、彼が、見つけて来たと言う。
 マスター自身、この店に馴染み、この店の持つ独特の雰囲気をよりいっそう深いものにしてくれている。

 すっかり、馴染みになったバーで、お気に入りの酒を嗜みながら、彼が、やって来るのを待っている。
 待つ時間が苦痛にならない。
 元々、俺自身、性格的にそうだが、このバーはそれ以上に快適な場所なのだ。

 小一時間待っただろうか。
 やっと、彼がバーに姿を現した。

「いらっしゃいませ。」
 まず、マスターが声をかける。
 そうして、カウンターに腰掛けていた、俺の隣の席へ、腰掛ける。
「久し振り、悟。」
「ああ。雫、お前もな。」

「マスター、いつものお願い。」
「はい。かしこまりました。」

 それ程、多くは会話を交わさなくとも、それなりにお互いの近況は知っている。
 基本的に特定の相手がいる間は、連絡を取っても、あまり会ったりしない。
 その辺のところはきちんと心得ている。
 そして、会わなくても、途切れる事のない、俺達の関係。

 雫は、ゲイであることも、その他の事に関しても、結構おおっぴらに話をする。
 隠し事なんてないんじゃないか、というくらい。
 けれど、その実、実際に長く付き合ってみるとわかるけど、自ら進んで話さない事もある。
 おそらく、問われれば、きちんと答えるだろう。
 けれど、そうでない限り、どこか、他人と少し距離を置いている。
 そして、それを悟らせない。

 マスターを交え、3人で、会話を交わしてから、バーを後にする。
「今日も、車で来てるんだろ?」
「ああ。」

 普通に考えれば、酒を飲む事を前提でやってくるのに、雫は、必ずといって良いほど、車でやってくる。
 飲酒運転をする訳ではない。
 バーのオーナーをしながら、雫自身は酒を飲まないから。
 もっとも、開いた当時は、まだ酒を飲んでいたから、飲めない、という訳ではない。
 飲まなくなった原因も、ただ単に車を多用することになり、犯罪者にはなりたくないから、ただそれだけだ。

 車があるところまで行って、当たり前のように、助手席に滑り込む。
「どっちにする?」
 そう尋ねてきたのは、俺の家にするか、雫の家にするか、という事。
「雫の家でいいか?」
「構わないよ。」
 行き先を決定して、雫は、車を走り出させる。

「最近までいたんじゃないのか? そいつ、もう来ないの?」
「ああ。うん。鍵もちゃんと返してもらったし。もう、何の音沙汰もないよ。」
「いや、でも、急に押しかけて来たりとか。」
「それはないよ。元々、そういうタイプの人間じゃないし、最初は、危なっかしい子だったんだけどね。今は、もう、大丈夫なんじゃないかな。」
「……もしかして、あの話持ち出したのか?」
「ああ。うん。それで、彼なりに自分で答えを出したんだろ。」
「まあ、普通の人間なら、ついていけないと思うぞ、お前の考え。」
「それなら、それで仕方がないだろ? それより、悟の方こそいいのか? この間、バーに連れてきた子。お気に入りの子じゃないの?」
「靖史くんか。無関係、とは言わないけど、そういうんじゃないから。」
「靖史くん……、ああ、蛍くんの本名か。でも、あの子、まだ未成年じゃないの?」
「やっぱり、雫の目は誤魔化せないか。しっかりしてるし、見た目も大人っぽいから、いけると思ったんだけどな。」
「あのね。どうやって知り合ったか知らないけど、悟の方が犯罪者になるんだよ? 分かってる? 酒を出した店のほうも問題になるし。」
「ちゃんと時効が成立するくらいまで、隠し通すよ。捕まるようなヘマはしないって。俺も、気をつけるし、靖史くんの方も羽目をはずすような事はしないだろうし、雫も、協力してよ。」
「俺からは口に出来ないよ。店の存続にも関わるし、気付いた時点で止めなかった以上、俺も同罪なんだし。」

 同罪、か。
 いや、多分、見つかったら雫にかかる罪は重いだろう。
 活動はしていなくとも、弁護士、という肩書きを持っているのだから。
 まあ、でも、経験上、雫は上手く立ち回るだろう。
 法を遵守するため、正義感から弁護士という資格を取った訳ではない。
 勿論、そういうタイプの弁護士もいてもらわなければ困るだろうけれど、雫に弁護士という選択を選ばせた人間自体、そういうタイプではないから。

 そうこうしている内に、雫のマンションに着いた。
 ファミリータイプではなく、それでいて、通常の独身の人間が手に入れられるものではない、少々金をもてあました単身者用のマンション。
 マンション自体が、雫のものだ。
 その最上階のワンフロアが、雫自身が住居としている場所。

 エレベーターを上がりながら、雫に話しかける。
「しかし、凄いよな、金持ちってやつは。マンションごと貰ったんだろ?」
「ああ。あの人なりの、嫌味な使い方じゃないか? 金を与えられた愛人の子が、更に、愛人に使うなんて。」
「高部さん、だっけか? それでも、まだ、金あるんだろ?」
「そりゃそうだろ。自分自身の生活費もいるんだから。高部さんは、恋人の事も、ちゃんと考えてるだろうし。」
「そこら辺はちゃんとしてるんだな。」
「あの人は、ああいう人だし、決して人徳者なんかじゃないけど、弁護士としても有能だよ? じゃなければ、いくら、金持ちの家の愛人の子、とはいえ、弁護士事務所まで持たせてはもらえないよ。」

「本人の努力の成果、って訳ね。」
「努力次第で、全てが何とかなる訳じゃないけど、はなっから、努力しない人間より、ずっといいだろ? それに、愛人の子、っていう、逆境にいたからこそ、余計、じゃないのか?」
「逆境、って言ったら、雫だってそうだろ?」

 その問いに、雫は押し黙った。
 肯定する程、お調子者ではない。
 こうやって、普通に話しているけど、雫の過去を、これだけ知っているのは、きっと、俺と、高部、と言う男だけだろう。

 家の中に入って、一息つこうと、雫が、お茶を入れてくれると言う。
 ここら辺も、雫自身拘りがあるから、かなり高級な玉露あたりが出てくるだろう。
 また、その味をきちんと生かして出してくれるから、嬉しい。
 カフェインの所為で目が醒めてしまうかもしれないけれど、まだ、寝に入る訳ではないから良いだろう。

「シャワーだけでいい?」
「ああ。」

 先にシャワーを借り、バスローブを身にまとって、寝室に行く。
 かすかに残る、御香の香り。これは、何の御香だろうか?
 それ程珍しい香りではない。

「お待たせ。どうしたの?」
「いや、これ、何の香り?」
「ああ、白檀ね。ずっと前から使ってるけど、気になる?」
「いや。別に。」

 以前に来た時もそうだったかな?
 気分で、そんなにころころ変えるタイプじゃないから、きっと同じものなんだろうけど。
 オトコが変わると、香水を変えるオンナがいるというけれど、雫は、自分が気に入ったものを使い続けるからな。

 あのバーは別として、雫が、結構、和物にこだわる理由。
 そこにどんな心理が働いているのだろうか。
 実は、これは、聞いてみた事はない。
 雫の実家が、実家だけに、何となく聞けずにいる。
 尋ねたら、多分、答えてくれるのだろうけど。

 雫が圧し掛かってきて、ベッドが二人分の重さに僅かに軋む。
 丁寧に与えられる口付けが少し懐かしい。
 舌を絡ませあい、唾液が入り混じる。

「ん……ふ……」
 久し振りで、次第に、深く、激しくなるけれど、決して、性急にならないのは、相手が、雫だからだろうか。

 口付けながら、お互いのバスローブを肌蹴させていく。
 乳首を摘まれて、軽く、身じろいだ。
 それから、唇が、離れて行き、肌へと降り注いでくる。

 首筋に這わされる舌先。
 鎖骨を甘噛みされて、その刺激に軽く呻く。
 そして、立ち上がった乳首へ。

「ああ……ん……」
 与えらえる刺激を享受する。

 それから、俺は、雫のペニスをゆっくりと、深くまで、咥えていく。
 手で支え、唇を使って扱き上げていくと、硬度を増してくる。
 雫は雫で、俺のアナルに指を挿入し、解している。

 お互いに準備が整った所で、雫は、ゴムを被せたペニスを挿入してきた。
「ん……っ……」
「悟、コッチ、久し振り?」
「ああ、ちょっと。」

 多分、大分前に雫とシて以来、シてなかったと思う。
 それを、考慮し、雫は、ゆっくり挿入すると、入りきった段階で、一旦動きを止めた。
 俺が、落ち着くのを待って、ゆっくりと抽挿を開始する。

 何度も重ねたカラダは、ちゃんと感じる場所を覚えている。
「んん……あ……はぁ……あ…ああ!」
 少し、焦らしながら、それでも、的確に俺の前立腺を突き上げてくる。

 俺が、受け入れるのに十分慣れたのを見計らって、雫の腰の動きが早くなる。
「雫、も……イきそ……」
「ああ、俺も……」
 雫の指が、俺の解放を促すようにペニスに触れてきた。
 そして、その動きに堪らず放っていた。
 それから、雫も。

 倒れこんだ、ベッドの上で、早まる鼓動と、息を整える。
 息をしていると、自然と、御香の香りが、鼻腔を刺激する。
 こういう匂いを嫌う人間もいるけれど、柔らかい、雫らしい香りだ。

 落ち着いてきて、まどろんでいると、雫が、俺のペニスに触れてきた。
「まだ、出来そうだろ?」
 その意味が、わからない訳はない。
 雫の口淫を受け、勃ち上がったペニスを、今度は、雫のアナルに挿入していった。

 再び射精して、もう一休憩し、シャワーを浴びて、着替え終えると、雫の運転で、俺の家まで送ってもらった。
「再来週くらい、また、時間作れるか?」

 今まで、それ程、頻繁に会った事はない。
 雫は、少し怪訝な顔をしたけれど、了解を得た。
 詳しくは、また連絡するから、といって別れた。

 恋人になるとか、そういうことを望んでいる訳じゃない。
 けれど、もし、この関係が破綻する事になるかもしれないけれど、もう少し、雫の中に入り込まなければいけないような気がする。

 そして、それは、自惚れではなく、セックスフレンドとして、長く付き合ってきた俺にしか、出来ない事だと思っている。

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『まやかしの共有-9-(完)』

 どんなに生きている事を希薄に感じても、やはり俺は生きている限りは、生きなければならない。
 そんな中で、どうやって生きていくのか。
 雫さんが話した事は、一つの意見であり、丸々、そのまま俺に当てはめる事は出来ないし、雫さんもそうは考えていないだろう。
 けれど、俺が、悩み問い続ける上で、一つの足掛かりになる事は確かだと思う。

 マジョリティの感覚を受け入れられず、俺の感覚もまた、マジョリティに受け入れられる事はなくて、それでもそれが欲しくて、その裏返しとして、妬んで、憎んできたのだろうか。
 そうだとしても、マジョリティの価値観を認識しておかない訳にはいかない。
 そして、数多あまたのマイノリティの存在も。
 受け入れる事は出来なくても、その存在を認識しておく事、全てのマイノリティを把握できなくても、もし、その存在を知った時に、無視する事は出来ない。

 自分自身を好きになれない現状で、誰か他人を好きになる事は出来るのだろうか。
 好きか嫌いか、それ以外の感覚、物、人間においても、二分化されるものではない。
 俺は、どうしても、極論に走りがちだが、その危険性を知らない訳ではない。
 黒か白かはっきりとさせる事。
 必要な場合もあるが、グレーゾーンの存在もまた、その黒と白の割合がどうであれ、認めなければならない。

 イエス、ノーをはっきりとさせる欧米文化と、曖昧性の中に、色々な意味を含めてきた日本。
 近代化の中で、欧米文化を取り入れ、あたかも、そちらの方が良い様な捕らえ方がされてきたが、どちらが、本当に良いのか、それもまたわからないだろう。
 それぞれ、その歴史の中で築き上げてきたものだから。
 ただ、やはり、閉鎖的であった日本が、世界の中でその一部として存在していく為には、受け入れる事も必要だし、築き上げてきた文化を保存する事も大切だろう。

 現に、日本の文化で世界に受け入れられているものもある。
 諸外国に学ぶ事もまた必要で、そうやって成長していく面もあるのだろう。
 アイデンティティと言う概念を持たなかった日本人は、自己を確立する事はやはり苦手なのだろう。
 どんな俺であっても、それは俺であり、それを認めなければならない。
 そして、どんなカタチであれ、他者や社会と関わっていかなければならない。

 想一は、『俺が望む限り』と言った。
 今、俺は確かに想一の色んな面で存在を望んでいる。
 では、想一は、望まないのか?
 関係を続ける事を。
 いや、望んでも、必ずしも叶う訳ではない事を、知っているからだろう。

 長い時間でなくとも良い、共に過ごせる時間がある事、それはそれで有意義だ。
 そして、ごくたまに普段よりは長い時間を共に過ごす事、それもまた別に楽しみである。
 以前は、絶対に踏み込んで欲しくなかった自分の家も、想一なら構わない、と思い出したけれど、短い時間を過ごす時は、想一の仕事の合間であって、想一の家から遠く離れる訳にもいかず、多少長く時間が取れても、想一は、自分の家の方が寛げるようだから、結局は、想一の家で過ごす事になる。

 想一は、以前は、仕事の合間の数時間を、相手と過ごす事はなかったと言った。
 仕事の合間といったって、色々あるだろうし、俺にも俺の仕事があり、都合があるから、そうそう頻繁に会っている訳ではないが、想一が想一なりに俺に対して、多少歩み寄りをみせたのは、やはり、雫さんが、始めに言った、『時間を作らせる』という言葉が、効いているのではないだろうか。
 そして、久し振りに今日は少し長く時間が取れそうだ。

 行きつけの店で食事をして、休憩を取ってから、ベッドの上で縺れ合う。
 背中をベッドに預け、下から、求めるように想一の腕が俺の首に巻きついてくる。
 そんな想一に口付け、舌を絡ませて、口腔内を味わう。

「…ふ……ん……」

 一旦、離れた唇から吐息が漏れ、それを奪うかのように再び口付けて。
 軽く触れるような口付けが次第に深まって交じり合った唾液は、どちらのものなのか。

 想一の肌に這わせた指がカラダのラインをなぞっていき、唇を首筋に落して、吸い上げる。

「……ぁ……」
 そのまま、舌先で肌を撫で、鎖骨に軽く歯を立てた。

「…は……ぁ……」

 乳首に辿り着いた指が、そこを弄ると、勃ち上がってくる。
 勃ち上がった乳首を、摘んで転がす。
 そこに唇をあてて舌先で同じようにして、甘噛みする。

「……ぁ……ん……籐也……」

 お互いのペニスに手を伸ばすと、そこは、欲望の兆しを見せている。
 一旦、想一が、カラダを起こし、俺のペニスを模る様に舐めて口に含んでいく。
 舌を強く押し当てて、深く飲み込んでから、唇と舌で刺激し、硬さが増してくる。

「……想一……んん……」

 完全に勃起した俺のペニスから口が離されると、今度は、俺が、想一のペニスを咥えていく。
 唇で扱いて、吸い上げて、硬度が増すのを味わいながら、アナルに指を伸ばし、解していく。
 解しながら内壁の感じる部分を探り当て、そこを指で刺激する。

「あぁ……ん……ぁ……籐也……も……」

 指を抜き去ると、アナルとゴムを着けたペニスにローションを垂らして、挿入していく。
 入り口のキツさを味わいながら、奥まで挿入しきって、そこで、一旦動きを止める。
 そのまま、想一に軽く口付けて、唇を離してから抽挿を開始する。

「……んん……ぁ……あぁ…っ……ぁっ…!」

 内壁の感じられるその場所をペニスで擦るように抽挿する。
 ペニスをギリギリまで引き抜いてから、突き上げると、想一の口から、声が漏れる。

「……イイよ……籐也……ソコ…!……あ…っ…!」

 俺も、想一も限界まで感じている。
 そして、射精を促すようにペニスに手を這わせ、扱いていく。
 想一も、アナルを締め付けて、俺のペニスに刺激を与える。

「……籐也…!……イ…く……んん……ぁあ…っ…!」
「ん……く……ぁ……」

 やがて、二人とも射精を向かえた。
 萎えたペニスを引き抜くと、想一が俺に覆いかぶさってきて、唇を求めてくる。
 その口付けに答えて、唇を重ね合わせる。

 ゆっくりと、想一の愛撫によって、再び欲望が昂ぶってくる。
 それは、想一も同じで。

 アナルに想一のペニスを受け入れて、突き上げられて、その快感に酔いしれる。

「…あ……ぁあ……ん……想一……っ…!……ぁ…っ…!」

 その僅かな時を、少しでも長く感じていたかった。
 それから、絶頂を迎えても、それは、終わりではない。

「…想一……もう少し、このまま……」
「ん…。」

 萎えてもまだリアルに繋がっていると感じられる。
 それが、例えまやかしでも、少しでもそこにリアルがあれば。
 そして、それを、共有していければ。

 ペニスが抜かれ、シャワーを浴びて、情痕を洗い流して、ベッドの上に身を投げる。
 何かを話したり、話さなかったり。
 そして、時たま、想一は、いつもベッドの脇に置いている紙とペンを手にとって、そこに、何かを描いている。
 インスピレーションも大事だから、と、こんな時にでも、仕事に繋げていく、そういう想一が嫌いではない。

「そういえば、籐也、あのバーによく行ってるんだって?」
「よく……って言えるかどうかわからないけど、たまに通ってる。」
「雫とも、まだよく話してるの?」
「一時期ほどは、もうあんまり。マスターとも、雫さん相手とは違う話をしたりするし、独りでも、楽しめるから。」

「そっか。まあ、でも、紹介して良かったよ。あそこは、結構、客を選ぶから。」
「俺も、想一に会えて、あの店を紹介してくれて、感謝してる。」
「籐也は、俺に何を見てるんだろうか。」
「何だろう。『自己』は『他者』なくしては、ありえない。俺にとって、一番近い、『他者』が想一なんだと思う。観ている世界は、全然違っても、幻想は共有し合えるって、雫さんは言ってた。」

「共有、ねぇ。価値観が違っても、その相性が合えば、やっていけるんだろうね。」
「想一は、雫さんには絶対的に踏み込めない領域があった、って言ったけど、敢えて、踏み込もうとは思わなかったの?」
「思わなかった、とは言わない。でも、出来なかった。そして、しなかった時点で、結局は同じなんだ。」
「考えて、そして、何らかのカタチで行動に移す事か。」

 思うだけでも、行動するだけでも、足りないものがある。
 俺にとって、行動とは、他者との対話にある。
 幾つになっても、仮初の答えを出しながら、問い続けていく。
 その時、その時のベストであって、よりベターな答えを求めて、俺の人生を模っていく。

 どんなに自己否定をしても、他者を否定しても、それは認めざるを得ない俺だから。
 そして、想一がそんな俺を否定しないから、俺は想一と共にいられる。
 俺も、想一が観ている世界を、否定せずに見守っていきたい。

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『まやかしの共有-8-』

 雫さんに連絡を取って、次に会う日を決めた。
 それまでの期間が、少し長かったので、一人で、あのバーに行ってみる事にした。
 会話をしていた時はあまり気付かなかったけれど、そこに流れる穏やかな雰囲気は、不思議と俺の思考をクリアにしてくれる。

 絡まった糸を次第に解すかのように、そして、それを急かす事もない。
 俺は、独りで考えている内に、ずっと、深みにはまり込みすぎていたし、出ないとわかりながらも、必死で答えを探し、それを急いでいた。
 急げば急ぐほど、焦ってしまい、悪循環に陥るのをずっと止める事が出来なかった。

 誰かと会話をする訳でもなく、やはり独りで考えているのに、場によってこうも違うものなのだろうか。
 確かに、どの場所も、それぞれ異なっていて、人に提供するものは違う。
 その場、その場はそれぞれ、役割を担っていて、目的に応じて場所を選ぶ。
 それは、人も同じ事だ。

 そんな人と場所。
 提供するものと、それを求めてそこに向かう人間。
 たまに『場違いな』と感じられる人もいるけれども、それは、その他の人と、その人とのその場所に求めるものが異なるからなのだろう。
 自ら、ここは『場違いだ』と感じる場合もあるが、その場が提供するものと、自分が求めるものが、異なってくるからだ。

 そういう意味で、俺は、この店を居心地が悪いと感じないし、寧ろ、良い、と言って良いくらいだ。
 雫さんと話をするのも良いが、独りで飲むのにも、良い場所だ。
 周りを見れば、ゲイカップルもいるけれども、彼らは彼らで、この空間とお酒を楽しんでいるのだろう。

 やって来た、雫さんと会う日。
 今度は一人で来るのは初めてではないので、前回ほど、早めに店に向かう必要はないが、それで も、約束の時刻より少し早めに着くように行った。
 雫さんは、既に来ており、こないだ話をした、すこし奥まった席で待っていた。

「こんばんは。久し振りです。籐也さん。」
「こちらこそ。ありがとうございます。またお時間作っていただいて。」
「気になさらなくていいですよ。何か飲まれます?」
「ええ。はい。」

 マスターにカクテルを注文し、それが、運ばれてくると、雫さんが話し掛けてくる。

「この間、お独りで来ていただいたんですってね。ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ、おかげで、いい時間を過ごす事が出来ました。」
「そう言って頂けると、嬉しいですね。そうそう、共同幻想の話でしたね。」

「ええ。人間は、それぞれ他人で、同じ感覚を持っていないのはわかっています。諦めではなくて、完全に価値観が一致するのは不可能な事です。それでも、社会は、成り立っているし、異なった感覚を共有する、謂わば、共同幻想を生み出すことによって、人間関係は保たれているんですよね。だから、俺と、他の人の感覚が異なるのは当たり前なんですが、それでも、その社会という共同幻想にどうしても、疎外感を感じてしまう。」

「同じ幻想を共有する事で、あたかも、価値観まで相手に同じである事を求める人もたまにいますけれどね。人間は、そういった社会なくして、生きてはいけません。産まれてまず始めに触れるのが、家族という名の他人が集まった一つの社会。そして、学校、会社、その他、社会活動における様々な人間関係。友人や恋人も含めて。そして、どんなに頑張っても、自分中心に社会を見てしまいます。他者の視点に立ったつもりでも、それが、自分である事には変わりがないのですから。」

「わかっているつもりでも、実際、理解出来ている訳ではない。社会の共同幻想に反感を覚えながらも、自分の価値観を認められたいと願ってしまう。他者の価値観を否定してしまっているのに。どうやっても、生きている限り、逃れられない社会の枠組みの中で、人間が人間社会を守る為に、生み出した、道徳や規範、法律、それらに、守られている部分もあるでしょうけれど、そこに、疑問を見出してしまう。」

「社会が成り立っているのは、感覚は異なるながらも、大部分で、共有している人たちが、大勢いるからです。多少崩れる事もありますが、生まれてから教育課程を経て、社会に出て、家庭を作り、それを、また子供へと、と循環していきます。社会の規範を乱さない為、その和を乱すものを犯罪として裁きます。時代の移り変わりによって、変わっていく事もありますが、そこには、圧倒的に崩れる事のないマジョリティが存在しているからです。」

「大多数が共有する、マジョリティ、ですか。俺が、違和感や反感を覚えるのはそこですかね。」
「ある程度は、そうでしょうね。マジョリティも社会の多様化によって、ある程度は、マイノリティの存在も、認めてきています。今でもまだ引きずっている面もありますが、古く言えば、人種問題。かつて、白人がマジョリティであった時代は、薄れています。マイノリティの中にも、色々ありますが。もう一例として、セクシャル・マイノリティの一つである、ゲイという存在。その細部までは、わからないけれど、そういう人が存在するという事実は変えようが無いですし。」

「認められているマイノリティ。認められないマイノリティも存在するのでしょう?」
「そうですね。その存在さえ認知されていないマイノリティもありますからね。マジョリティがマイノリティの存在を認めても、マジョリティはマジョリティとして崩れる事は無いでしょう。だから、そのマイノリティの存在を認めることが出来るのです。籐也さんの感覚というのは、マイノリティである部分が多いのでしょうね。」

「マイノリティであるが故に、マジョリティを意識し過ぎ、ですか? 大多数であるマジョリティのカタチはかなりしっかりしているのでしょうが、少数であるマイノリティは多種多様なカタチで存在するのでしょう?」

「マイノリティでも、その中で似たような傾向を持った人達が集まって、その存在を認めてもらおうとする事もあります。実際、例としてないわけではありません。けれど、それは、決して、マジョリティに認められたとしても、マジョリティになる可能性は少ないでしょう。あまりにも数が多くなれば、マジョリティの一部に組み込まれる事もあるでしょうが。籐也さんが、マジョリティを意識し過ぎ、かどうかはわかりませんが、マジョリティをマジョリティとして認識しておく必要はあります。感覚として受け入れられなくても。」

「マジョリティの認識。社会における価値観を、ですか。」
「マイノリティのマジョリティ批判は稀な事ではありません。その為には、マジョリティの事を知っておかなければなりませんからね。認められていないマイノリティであれば尚更です。存在自体を認められていないマイノリティに対して、マジョリティの中には自らが、違和感を感じないからこそ、無自覚に暴力的になることもあります。存在しているのに、その存在を否定されているのですからね。でも、本当は、両者ともその存在も危ういのですがね。」

「先程は、認めてもらいらい、と言いましたが、同時に、認められて、マジョリティに受け入れてもらいたい訳じゃない、という思いは、矛盾してるんでしょうか。」
「元々、人間なんて、色々矛盾した存在なのですがね。籐也さんは、マジョリティの暴力を感じてきたから、そうはなりたくはないのでしょう。かつてのマイノリティその中の社会的弱者であった身体障害者。彼らは、その弱さゆえに優遇されるケースもありますが、そうなってしまうと、もう、弱者、ではないですね。この問題が出たとき、この困難の克服は本にもなって、感動を呼びましたが、その存在が認められたからか、作者の知能が高かったからか、それ以外のマイノリティ、特に同じ『障害者』でありながら、『知的障害者』には一部、反感を買いましたね。」

「マイノリティ同士でも、それぞれを受け入れる事は出来ない、と言う事ですか。」
「受け入れる事は出来ない。でも、受け入れなくても、その存在は、やはり、認識しておいて欲しいですね。そして、これも、難しい事ですが、自分の感覚を否定しない事。籐也さんは、ご自身を好きになれない、好きじゃないものを好きになれ、と言われても、無理な事です。始めに申しましたように、他者の視点に立つ事は不可能です。けれども、様々な感覚を持った、他人が存在しているのだという事実を、認識していないのとしているのでは、考え方にも幅が出来てくるでしょう。籐也さんが、正解の無い答えを求めて、生きている限り問い続ける。そういった人生に有用ではないでしょうか。」

「悩んで、迷って、行き詰って、転んで、失敗して、それでも、歩き続けるんですね。」
「『未熟者』という言葉を聞きますが、本当に何においても完成した人間なんていませんから。目指す事を、悪いとは思いません。でも、そう思い込んでしまう方が怖いです。」
「俺からすると、雫さんは、きちんと自分の考えを持っている気がするんですが。」
「それは、多少は、人によっては、経験値の違いというものはありますから。けれど、完全になる事はありません。考える、学ぶ、経験する、この事に、終着点はありません。死によって絶たれるまで。」

「想一は、どういう事を考えているんでしょうかね。」
「さあ。籐也さんとは、大分違うとは思いますが。仕事に関しては、かなりのものです。でも、それ以外では、本人も自覚していますし、社会性に欠けているところがあります。その面では、社会常識を受け入れる事の出来ない籐也さんでも、その分、社会常識を知っていますから、想一にはそういう人間が必要なんじゃないでしょうか。そして、籐也さんにとっては、社会常識から離れている人間だから、受け入れやすいんじゃないですか?」

「それは……そうですね。でも、社会常識、っていうのなら、雫さんだってちゃんと持ってるじゃないですか。昔、想一と付き合ってたんでしょう? 大きな問題も無かったって、想一は言ってた。」
「……問題が、大きいか、小さいかではありませんよ。想一は、別れた理由について、何か言ってましたか?」
「雫さんには、絶対的に踏み込めない領域があったって。」
「そう思わせてしまった時点で、もう終わりでしょう。例え、想一が、あの時、多少踏み込んできたとして、私がそれに答えたとしても、埋まらない溝が出来てしまっていたんですから。」

「素直に受け入れる事が出来るものなんですか?」
「想一にそう感じさせてしまった、原因が私にあるのはわかっていましたから。私は別に、踏み込ませたくない訳じゃないんですけど、踏み込みにくいものがあるんでしょうね。」
「そう……なんですか。」
「でも、あれですよ。想一は、本当にマイペース過ぎるほどマイペースですけれど、そのペースの基本が確立しているから、それを掴む事が出来たら、合わせ易い事は合わせ易いですよ。籐也さんにもご都合がおありでしょうから、全て、想一に合わせる必要はないですが、籐也さんの気が向く限り付き合ってやってください。同じ幻想を見ることが出来なくても、共有する事は可能なんじゃないかと思いますよ。」

 マジョリティに縛られずに、その存在を認めて生きていく事。
 異なる視点を持つ想一とどこまで幻想を共有出来るだろうか。
 迷いながらも、それでも、歩き続ける覚悟を。

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『まやかしの共有-7-』

 雫さんは、想一に時間を作らせると言った。
 それで、もし、想一が、時間を作れる時、というのは、具体的にどんな時なのだろうか。
 自らを、仕事人間だと言うし、恋人よりも仕事を優先させる、とも言った。
 どんな時にどれくらい、仕事が忙しいのかもわからない。

 それまで、恋人にも誰にも話した事のなかった事、それを、想一と話したのは事実だけれど、別に、恋人な訳じゃないし、まあ、だから、そういう話が出来たのかもしれないが、かなりの割合で、目的はセックスだったし、別にそれが嫌な訳でもなく、それはそれで良いのだけれど、話をする事を目的とした時、想一に俺から、連絡を取るべきなのだろうか。
 その為に、時間を割いてくれと。

 でも、話をしたい方は俺なのだから、俺から連絡するしかないのだろうとも思う。
 本来、自分から行動を起こす事が苦手だから、特に、相手の都合などを考えてしまうと、どうしても二の足を踏んでしまう。
 その上、俺自身の仕事が押してしまって、残業が数日続いたものだから、その間、連絡を取れずにいた。

 仕事が一段落して、取り敢えず連絡だけ取ってみようかと、考えてた頃に調度、想一から連絡があった。
 次の、金曜日か、土曜日の22時頃に時間が取れるか、と。
 翌日の負担を考えれば、どちらの日でも、休みだから、困る事はないし、それに、仕事も、何とか落ち着いてきていて、一時期のように、帰宅が日付を回ったり、それに近くなるような事もなくなっていた。

 日付を指定してきた以上、想一もその日に何とか都合を付けられるのだろうが、どちらの方が想一にはいいのだろうか。
 『どっちでもいい』と言う返事は、相手を尊重しているようでも、相手に判断を委ねる事で、自分の負担が軽くなり、こちらの決断力の無さ、を示す事になるので、やはりこれも考えて使わなければならない。
 が、一応、どちらでも時間が取れるのは事実なので、やはり、想一の都合も、尋ねてみようと、『俺は、どちらの日も時間を取る事が出来るが、想一は、どちらの方が、より都合がいいのか』と返信する。

 どちらの日もあまり変わらない。
 本当に3時間くらいしか時間が取れないから、想一の家に俺が、行く事が出来る日を選んでくれれば良い、そう返って来た。
 そんな状態ならば、やはり、こちらが合わせるしかなくて、それでも、金曜日なら、もしかしたら、仕事上のハプニングで、間に合わないかもしれないので、土曜日に想一の家に向かう旨を伝えた。

 雫さんと話をして、調度2週間後の土曜日。
 想一の家に着き、インターホンを鳴らすと、少しして、想一が出てきた。

「もしかして、まだ仕事中だった?」
「いや、ちょっと区切りを付けようと思って。」
「仕事、独りでしてるの?」
「もう2人いるけど、大幅に忙しい時以外は、先に上がってもらってる。」

 仕事をしていたらしきパソコンの電源を落とし、机の上に重ねてある紙の束を、整えている。
「もしかして、俺が帰ったら、また仕事するの?」
「ん、ああ。そのつもりだったが、良いところでで終わったから、今日は、もうしない。」
「そんなに忙しいのに、態々、時間割いてくれなくても……。」
「まあ、仕事に集中する時は集中する時で、そうするけど、そうじゃない時は、やっぱり、気分転換は必要だし、それが、短時間でも、籐也は気にしないから、……って雫に言われたんだけど。雫と話したんだろ?」
「うん。まあ。それで、想一とも話をしてみたらって。」

「俺、殆ど仕事関係の事しか考えてないから、まあ、頭もカラダもリフレッシュってね。」
「俺と、話して、頭のリフレッシュになるの?」
「俺とか、今まで付き合ってきた人間とかは、あんまり考えないような事だから、新鮮ではあるね。」
「それならいいけど。」

「んじゃあ、取り敢えず、カラダのリフレッシュからいきますか。」

 それぞれ、シャワーを浴びて、本当に、比較的、散らばっていない、寝室兼プライベートルームに向かう。
 それでも、ベッドのすぐ傍に、紙が数枚あって、手にとってみると、簡単な図と、俺には意味不明の記号としか取れないような、多分、文字が書かれていた。
 この文字って、後からみて、本人は判読できるんだろうか。

「これ、仕事の?」
「ん、まあ、そう。思いついた時に、紙とペンがあると、その時に書き留めておきたいからね。」
「この文字って、想一は、自分では読めるの?」
「読み取れない事も、多々あるよ。それで、諦める時もあるし、雰囲気で、こんな事を書いたんだろうと、思い返す事もある。もう少し、読めるように書けばいいんだけど、その時の思いつきだから、どうしても、こんな感じになってしまうんだ。本当に覚えておきたい事は、きちんと、まあ、汚いけど、読める程度には書いてるよ。」
「プライベートルームまで、仕事、持ち込んでるんだね。」
「まあ、俺にとっては、仕事もプライベートの一部だから。でも、今は、そんな事関係ないでしょ。」

 想一は、そう言って、唇を重ねてくる。
 今は、それを考える時間ではない。
 薄く唇を開いた所で、舌を絡ませ合って。

「……ふ……」

 舌を絡ませながら、唇を唇に押し当てて、より深く、口腔内を舌で探り合う。
 そうしてまた舌を絡ませる。
 離れた唇が、俺の肌に触れてきて、指先と舌で、感じる場所を、刺激されていく。

「…ん……ぁ……想一……」

 乳首を摘み上げられて、その刺激に快感に敏感になって、尖っていく。
 それを、更に指で弄られて、舌で触れられ、軽く歯を立てられる。
 研ぎ澄まされた神経は、ただ、その感覚を快感として受け止めている。

 そして、勃ち上がりかけているペニスを口に含まれて、その快感を煽られる。
 舌で、唇で、ペニスを扱かれ、吸い上げられる。

「は……んん……あ……イイ……想一……」

 俺のアナルに想一の指が触れられ、ローションの滑りを借りて、挿入されてくる。
 入り口を広げられながら、内壁を刺激してくる。
 受け入れる事に慣れてきているアナルに指が、もう一本、もう一本、と挿入され、解されていく。

 指が抜かれて、代わりに、ゴムを着けて、ローションが垂らされたペニスを挿入してくる。
 俺は、その質量を受け入れようと、大きく息を吐き、出来るだけ、カラダの力を抜く。
 そうすると、想一のペニスが、奥まで入って来る。

 抽挿が開始されると、受け入れる為に力を抜いていたアナルを今度は、想一を感じさせる為に、締め付ける。
 想一は、想一で、俺の感じる場所をペニスで、擦り上げてくる。

「んん……ぁ…あぁ…!……ん……はぁ……」

 突き上げられる速さが、増して来る事で、俺の快感もどんどん溢れて来て。

「あ……はぁ……ん……イイ…!…ぁ…ぁあっ……!」

「籐也…そんなに、締め付けたら、もう……」

「ん……俺も、も……イきそう……」

 突き上げられながら、ペニスを手で扱かれて、もうすぐそこまで射精感が迫っていて、俺は、アナルを締め付ける。

「ぁ……イ…く……!あぁっ…!……ぁ!」

「籐也……んん……っ…!」

 2人とも射精して、その一時の区切りを向かえる。
 けれど、吐精して尚、想一が、口付けを求めてくる。
 俺も、それに応じて、お互いのカラダの熱が、再び昂ぶってくる。

 想一を組み敷いて、その肌に愛撫を加えていく。
 勃ち上がり始めたお互いのペニスを、扱き合って、その硬度を確実なものにする。

 アナルを解してから、ペニスを想一に挿入し、抽挿し始める。
 想一のアナルの締め付けを感じながら、内壁を突き上げる。

「んん……ぁ……イイよ……籐也……」

 快感の波に飲まれて、再び、欲望を放った。
 行為の後の、特有の気だるさにベッドの上で、寛いでいる。

 セックスして、はい、さようなら、って訳じゃ、ないんだよな。
 その方が、気楽だと思ってたけど。
 馴れ合ったり、じゃれ合ったり、そういう事もしないけど。

「想一はさあ、生きてるのが嫌になったり、辛くなったりする事ってある?」
「無くはないけど、まあ、それでも、生きてるんだから、仕方ないよな。」
「それはそうなんだけどさ、それ以上に考えちゃうんだよね。」
「仕方がない、で済まされる事もあるけど、そうじゃない事も、沢山あるからな。籐也にとっては、重要な事なんだろ。」

「重要……っていうのも、何か違うような気がするんだよね。俺は、多くの人間の感覚を、どうしても受け入れられなくって、その他人の感覚も嫌だし、そういう風に感じている俺自身も、やっぱり嫌なんだ。」
「俺も、あんまり、他人と協調性がないというか、あ、一応自覚はしてるんだよ、それでも、まあ、俺なりに生きていくしかないからな。一般社会とずれながら、それでも俺と籐也では観てる世界が違うんだろうな。」

「俺は、受け入れられない、社会の一般的な常識を嫌いながら、いや、嫌ってるから、それを、意識してしまうんだよね。だから、想一が、そこからずれているのがわかるし、ずれているから、拒否反応が起こらないんだよね。」
「拒否反応、か。籐也は、社会から拒否されていると感じるの? それでもって、籐也の方も拒否反応を起こしてしまうのか。」
「俺が、一方的に感じているだけなんだろうけど、受け入れられない、拒否される、拒絶されている、と思ってしまう。」

「俺は、あんまり言葉にするのが得意じゃないからなぁ。でも、籐也は雫に、俺と話してみた方がいい、って言われたんだろ?」
「想一が、さっき言ったんだけど、『ずれてるけど、観てる世界が違う』って。そういう視点が、俺には必要なんだと思う。」

「必要、か。そう言う事で必要とされた事ないな、俺は。」
「俺が、一方的に想一を必要としてるみたいな感じになってるけど。」
「いや、それは、違うよ。違う……気がする。じゃなきゃ、今日だって、会ってないだろ? 雫に言われたからって、俺は、俺なりに、考えてるよ。」

「始めの方にさ、想一に俺が、『これからも遊んで』って言ったら、『望む限り』って言ったけど、あれって何で? 遊ぶんだったら、他にもいただろうし、実際、政司……だっけか、遊んで欲しそうだったけど。」
「何でだろうな。ただの、遊び相手が欲しい訳じゃないからな。籐也だって、『ただの』遊び相手、としての俺が欲しかった訳じゃないだろ?」
「まあ、俺はそうだけど……。」
「深く考えない俺に、それ以上の答えても無駄だよ。感覚としてしか、捉えてないから。まあ、過去に、何回も失敗してるけど、こいつとなら、上手く付き合っていけるんじゃないかってね。」

 過去の失敗と、これから先の事。
 決して繋がる訳ではない。
 そして、俺自身もどうなるかわからない。
 俺は、雫さんに対話を求め、雫さんも応じてくれた。
 想一に紹介された俺を、多分、雫さんは、想一のそう言う相手だと知っているのだろう。
 そんな俺と想一の関係の中に雫さんは、何を見ていたのだろう。
 まだ、他にも、色々、雫さんとも話してみたい。
 それが、一方的にならないように。

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『まやかしの共有-6-』

 雫さんとあの店で話をして、数日後、俺は、雫さんに連絡を取った。
 いつ電話を掛けたらいいのか、雫さんの都合を聞いていなかったけれど、日中は、俺は会社で仕事をしているし、私用であまり話す事は出来ない。
 昼休みに、会社を離れて、とも思ったが、結局は、仕事が終わって、家に辿り着き、21時を回った頃だった。

 数コールすると、雫さんが、電話に出た。
 俺の名前を告げ、あの店で話をしたい、という旨を伝えると、雫さんは、俺の都合を尋ねてきた。
 平日なら、21時から22時以降なら、そして、土日は仕事が休みであるという事を伝える。
 少し間をおいた後、雫さんは、休みのところ、申し訳ないのだけれど、次の土曜日の22時で構わないかと、再度尋ねてくる。
 俺は、特に用事もないし、日曜日も休みだから、翌日に差し障る事もないので、その日、その時間でお願いします、と伝えた。

 その日の前に、パソコンのネットを立ち上げて、ゲイバー関連のホームページや、店の名前を検索してみたけれど、それらしきページは見当たらなかった。
 想一と行った時に待ち合わせた駅はわかっているので、俺の家から、そこの駅に辿り着くまでの路線と、到着時刻を調べる。
 あの日は、迷ったから、駅から店までに歩いて何分掛かるのか、正確にはわからないけれど、渡された地図と、その時一緒の渡された、店を簡単に案内した名刺を二つ折りにしたようなサイズも紙に記されている住所から、場所を検索してみて、普通に歩けば、10分くらいしか掛からないだろう。

 当日、それでも、一人で行くのは初めてだから、余裕を持って、駅には30分前に着くように計算をして家を出た。
 先日のうろ覚えの感覚と、地図を頼りにその店に向かうと、やや、10分を僅かに過ぎたくらいで到着した。
 慣れてしまえば、やはり、10分弱で来られるのではないだろうか。

 店の扉を開いて、中に入ると、マスターの低くてよく通る声に迎えられる。
「いらっしゃいませ。」
「今晩は。」
「オーナーとお待ち合わせでいらっしゃいますか?」
「え、ああ、はい。」
「先程、オーナーから店の方へ、連絡がありまして、車の状況で、間に合うとは思うが、多分、貴方が、先に来られるだろうから、もしかしたら、少し遅れるかもしれない、と。」

 電車でも、路線が何かの事情で止まったり、遅延したりする事がある。
 雫さんは、この店に車で着慣れてるから、大体の時間の目安は立てられるのだろうが、その日、その曜日によって、道路の混み具合も違うから、前もって計算をしても、ずれは出てくるだろう。

「こちらからお願いしたのに、そんなにお手間取らせて、申し訳ありません。」
「でも、オーナーから、お時間の方、指定されたのでしょう? まあ、この感じ方は人それぞれですが、相手を待たせる事をあまり好みませんから。特に、ご自身から、約束されたなら、尚更。貴方に対してなら、もしかしたら、過分な配慮になってしまうかもしれない、とも申しておりましたが。」

 確かに、人と待ち合わせる場合、一応時刻を決める。
 だがその人その人によって、待ち合わせぎりぎりになって来る人や、何分か前に来る人もいる。
 待つ事を好まない人、待たせる事を好まない人、そして、待たせる事に気を使ってしまう人。

 俺の中に、俺自身が、雫さんに会話をする為に会う事を望んだのだから、俺の方が、気を使って、早く来てしまう可能性が多分にあると、雫さんは思ったのだろう。
 だから、『過分』になるかもしれない、と。
 気を使い過ぎた結果、相手にも余計に気を使わせる事になる、こういう事は、ままある事だ。
 逆もまた、しかり。

 ……想一は、待ち合わせ時刻に遅れた事に何も言わなかったよな。
 何か言ったところで、遅れた、という事実が変わる事は無いから、無駄なのかもしれないが、結構、多くの人が、何かしら、言い訳をするものじゃないのだろうか。
 それが単なる言い訳の場合もあるし、遅れる事によって、相手に心配を掛けた事への、詫びになる事もある。

 先日会った時は、想一が約束を取り付けたのだろうが、雫さんは、想一が遅れる事、道に迷う事もある程度わかっていたのだろうが、恐らく、約束の時間より前に来ていたのではないだろうか。

 そんな事を考えていた、俺に、マスターが、声を掛けて来る。
「何か、召し上がられますか?」
「ええっと、じゃあ……。」
 メニューを示しながら、マスターが説明してくれる。
「こちらが、この間、お飲みになられたものです。ここら辺が、ベースが同じになります。それで、味として、系統的に似たようなのは、こちらとこちらですね。」
「では、こちらの方を、お願いします。」
「はい。かしこまりました。もし、お好みに合いませんでしたら、遠慮無く仰ってくださいね。」

 俺は、それ程、拘らないが、微妙な違い、というのは、わかる。
「俺、好み、って程の物はないですけど、この間のはこの間ので、これはこれで、また美味しいと思います。」
「そうですか。では、是非、色々な物をお試しください。」

 それを、少し口にし始めた頃、入り口の扉が開いて、雫さんが入って来た。
 時刻は、待ち合わせた22時より5分程早かった。

「こんばんは。やはり、少し待たせてしまったようですね。」
「いいえ。俺が、早く来すぎただけですから。」
「マスター、いつものをお願いします。」
「はい。」

「この間の、お話の続き、させてもらってもいいですか?」
「ええ。勿論。」
「俺は、世間という共同幻想の中に入り込めないし、恋愛にしろ、その他にしろ、その中に入り込む事が出来ません。そんな中で悩みながら、答えを探して、答えなんて無いんじゃないかと思って、でも、それでも、探してるんです。」

「とりあえず、共同幻想、という事は、一先ず置いておいて、籐也さんは答えが無いのではないかと感じていらっしゃる。恐らくそれは間違いではないでしょう。答えのない問いは、この世に多く存在します。問い続ける過程で、その一つの回答例を提示する場合もありますが、それも絶対的な答えではありません。例えば、『何故、人間は生きているのか』そして、『生きる事に意味はあるのか』。学者でも、こういった問いを追求して、何らかの、例えば、文章、本、というカタチである答えを導きます。けれど、こういう人達は、それが、一つの例でしかない事を知っているから、更に追求しようとします。生きて、研究を続けている内に、決して絶対的な答えに辿り着けない事を知っていながら。」

「そういう本は、読んだ事があります。そして、そこに、何か違和感を感じてしまう。ここは、違うのではないかと。少なくとも、俺は、そう考える事が出来ない、と。」

「読む人の中には、そこに、希望の光を見つけて、納得する人もいます。それは、その人の中では、ある種、正解だったのでしょう。考える事が苦しくて、癒しが欲しくて、回答を求める人もいますが、籐也さんは恐らくそうではないんでしょうね。年齢だけで判断する事は出来ませんが、籐也さんより、私や想一の方が、少し年上だけれども、決して、籐也さんに、答えを与える事は出来ないでしょう。別の意見を、提示する事は出来ますが。それは、私達には限らず、その道におけるどんな学者でも、別の知識人でも、同じ事でしょうね。所謂いわゆる、悟りを説く人、この人達は、もっと別人種でしょう。あまりお好きではないでしょう? あえて名前は挙げませんが、この世を解脱したような、高名な僧の話とか。例え、その人が、どんなに苦労して、生きてきた人間だとしても。」

「そう……ですね。今は、それ程でもありませんが、好きでない、というより、どちらかというと、嫌悪感の方が、強かったですね。」

「これは、どういう人が、偉い、という問題ではなくて、その人の考え方、物事の捉え方、そういった点で違ってきてしまいますからね。」
「俺は、ずっと問い続けるんでしょうかね。どこかで、そうしなければならないと感じています。その問いに、意味はあるんでしょうか。それも、無いような気がします。」

「意味付け、というのは難しいですね。幻想、に少し戻りましょうか。生きている事自体、幻想に過ぎない。でも、その中でも、逃れられない現実がどうしてもある。それが、幻想に過ぎなくても。問い続けなければいけないと、籐也さんが感じられている事、それは、籐也さんにとって、逃れられない現実、ではないでしょうか?」
「幻想の中の現実。まやかしでも、幻想でも、感覚はあって、痛ければ痛いし、苦しければ苦しい、確かに、実感はあります。」

「そう、悲しいですが、その実感欲しさに、業と自らを傷つけて、痛みを感じる事によって、生きている事の希薄さを消そうとする人もいます。」
「リストカット……とかですか。俺は、死にたいと、思った事があります。でも、出来なかった。」
「自殺、これに対する感じ方も人それぞれでしょうが、まあ、現実問題としては、自殺というものは生き残った人間にとっては、結構厄介だったり、どうして、それを救えなかったのかという無力感を引き起こしたりします。親しかったり、身近な人間にとっては、かなり複雑なんですが。自殺せず、生きている事が強いとも弱いとも言えません。自殺した人間に対しても同じです。考えても考えても、生きている意味が見つからなくて、しかも、生きている現実が辛くて、今は、精神疾患として、薬でコントロールする事も出来ますが、それでも、自殺者は、どうしても出てしまいます。そういう人にね、たまに、『生きていればいつかいい事がある』とかいう人も居ますが、それを、誰も保障できません。現実は、残酷で、いつまでたっても、それは訪れない事もありますし、何かを『いい事』だと、感じろ、と言われても、無理な時は無理です。」

「『いい事』の感じ方は、また人によって違いますからね。」
「『死ぬ気になれば、なんだって頑張れる』とも言いますが、本当に『死ぬ気』になった時、その人には、『死ぬ事』しか出来ないと思うんですよ。勇気と言うと少し語弊がありますが、『死ぬ勇気』と『生きる勇気』を比べてるんでしょうね。」

「幻想の中で、生きて、死んでいく。それでも、今は、生きていると実感できている。それでも、いつかは必ず訪れる死。自殺、不慮の事故、病、老衰……いずれにせよ、生を受けた限り、唯一『絶対』と言っていい、『死ぬ』と言う事。」
「死ぬ時は、独りです。例え、心中したとしてもね。誰か、看取ってくれる人がいたら、幸せか、それもわかりませんね。生きている内に願う人は、いるでしょう。でも、死んでしまえば、どちらでも、同じだと思うんですよ。勿論、看取った側の人間の心情は別としてですよ。」

「俺は、まだ、両親は健在だけれど、両親を看取りたい、と思った事はありません。現実としては、俺の方が、突発的なことで死なない限り、看取る事になるでしょうがね。俺は、生きている事が苦痛だから、俺を産んだ両親を憎んでます。科学的に、精子と卵子の数から言って、『俺』という人間が産まれたのが『奇跡』だといわれても、じゃあ、何で、それが、俺だったのかって。血の繋がりなんて、やはり、幻想でしかない、と。だから、きっと、その時を迎えても、悲しむ事はないんじゃないかと思います。」
「……血の繋がり、っていうのは、そんなに本当は、濃いものではありません。でも、その幻想への拘りは大きいですよ。今現在はありませんが、尊属殺人は、普通の殺人より罪が重かったですからね。血の繋がりに縋り付こうとする人もいれば、逆に、より深い憎しみとなって、殺人に至る場合もありますからね。」

「なんか、少し物騒な話になりましたね。」
「はは。すみません。つい。」
「批難しないんですね。俺が、育ててもらったはずの親を、憎んでいるって言っても。」
「否定も肯定もするつもりはありませんよ。ただ、血の繋がりを幻想だ、と感じながら、憎んでいる、というのは、その繋がりに縛られているからでしょうね。」

「血の呪縛。俺は、そこから逃れたいのか、それとも、拘り続けたいのか。解放されたら、少しは、楽になれるのか。」
「その呪縛からのがれても、生きている限り、籐也さんは、何かしらを考え続けるような気がします。他人が、何も考えずに通り過ぎるところを、どうしても、考えてしまう。そういう自分を少しずつでも、受け入れられれば、また、考え方も違ってくるでしょう。先の事はまだわかりませんがね。独りで考え過ぎると、どうしても、行き詰ったり、考えが凝り固まってしまいます。私の話を聞くのも良いですが、想一は想一で、まあ、籐也さんは少しはわかっていると思いますが、仕事に対して熱心だし、能力もありますが、世間的に少しずれてるところがありますからね。そういう想一のずれたところは籐也さんの、凝り固まったところを少し解してくれるんじゃないでしょうか。想一は私を紹介したかもしれませんが、私は、籐也さんは、想一と話しても、得られるものはあると思いますよ。」

「想一は、忙しいから、殆ど会わないしなぁ。」
「確かに、仕事は忙しいけれど、プライベートで2、3時間位時間作れるでしょうに。想一も少しは仕事以外に頭を使ってみても良いんです。籐也さんも、最低、それくらい時間があれば、想一と楽しめるでしょう? あんまり、他人のプライベートに立ち入りたくは無いのですが、想一に、それくらいの時間を作らせますよ。想一と話してみて、また私と話をしたくなったら、連絡を下さい。」
「あ、はい。」
「そろそろ帰ります? 最寄り駅までお送りしますよ。」

 駅名を告げて、そこまで、車で雫さんに送ってもらった。
 しかし、どうやって、想一に時間を作らせる事が出来るんだろうか。

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『まやかしの共有-5-』

「あ、まだこんな時間か。」
 想一が、時計を見てそう言った。
 それにつられて、俺も時計に目をやったが、待ち合わせてから想一が遅れること15分、そして、道に迷った挙句に辿り着いた事を差し引いても、実際に話をしていたのは、小一時間位だろう。

 時間を過ごす時、ほんの数分間が、とても苦痛で、長いように感じられる場合もあるし、俺自身は、あまり経験が無いが、楽しくて楽しくて、ついつい話し込んでいる内に知らず知らず何時間もある。
 独りでいても、ネットを徘徊したり、本を読みふけっている内に、いつの間にか、時がかなり経過している事も。
 TVを観ていても、その放映時間は決まっているから、はっきりと、どれくらいの時間、というのはわかるのだが、その番組の退屈さや、面白さから、感覚として受ける時間は異なる。

 今日は、俺自身、言葉につまりながら話したし、雫さんの口調も、ゆっくりと穏やかだったから、かなり長い時間話をしていた気がするのだが、実際はそうではなかった。
 ある程度のところで、区切ってくれたから、疲れたという感じもないし、時間的に短かったけれど、不満は残らない。

 話をするには、時間を掛ければ良い事もあるけれど、では、時間が長ければ長い方がいいか、その方がより深い話が出来るか、というとそうではない。
 時間的に短くても、端的に話した方が、わかりやすい事もあるし、もちろん、時間の都合上、短時間しか取れなくて、会話が途中で終わってしまう場合もある。

「今日は、ここに来るのが目的だったけど、折角会ったから、俺、まだ時間余裕あるし、籐也も時間大丈夫なら、家来る?」
「ええ、まだ、この時間なら大丈夫ですけど。」
「ここからだと、どうやって帰るのが、一番速いんだっけか。」

 携帯電話を片手に、路線を調べているようだ。
 そこへ、先に席をはずした、雫さんがやって来て、声を掛けてくる。

「想一の家で構わないのなら、私が、車で送りましょうか? 私ももう帰りますし。」
「車? 飲酒運転じゃないか。」
「私は、一滴もアルコールを口にしてませんよ。少ししたら、表へ出待っていて下さい。車を回してきます。」

 そう言って、雫さんは、店から出て行った。
 俺達も、会計を終え、店の外に出る。
 脇道に入ったその店から、車の通れる道まで出て、待っていると、やがて、雫さんが車でやって来た。
 俺達二人を、後部座席に乗せると、そのまま車を発進させる。

 想一の家に着くまで、雫さんも、想一も、俺も一言も発しなかったけれど、それが特に、気不味いと言う事はなかった。
 到着すると、そこで、俺と想一は、雫さんの車から降り、送ってもらったお礼を言って別れた。

 想一の家の中は、この前来た時もそうだけど、相変わらずといえば相変わらずだ。
 多分、ずっとこんな感じなのだろう。

「想一ってさ、こういう状態の家に、恋人とか呼んでたの?」
「んー、まあ、時と場合によって。まあ、でも、大抵呆れられるよね。でも、俺、これ以上片付けられないし。一回、見るに見かねた相手に片付けられた事あったけど、確かに綺麗になったんだけど、俺が、その状態を保てるはずもないし、その前に、他人が片付けたから、何がどこにあるかわからなくなって、結局、片付ける以前以上に散らかった状態になって、で、見捨てられた。」

「はあ。俺は、想一程、散らかしてないけど、他人に家に来られるのは、嫌。でも、これだけ、散らかってても、呼べるところは凄いよね。」
「まあ、これが、俺の素だから、どうしようもないし、あんまり変に幻想持たれても、それを叶えるのは、俺には出来ないし、その上、かなりの面で、恋人より、仕事を優先させるもんだから、俺は、結局、振られるのね。」

 そうだよな。
 初めて会った時もそうだけど、想一の見た目からは、こういう状態って、あんまり想像出来ないんじゃないんだろうか。
 俺は、それに対して、期待をしていないから、多少は呆れても、受け入れる事は出来る。
 そういう意味では、俺は、現実的な気がしてくる。

 それでまあ、俺が、想一の家に来てスる事は一つしかない。
 まあ、想一とは少し話もするけれど。

 シャワーを浴びて、ベッドに向かって、カラダを重ねる。
 想一から誘うように開かれた口に舌を差し入れて、口付ける。
 絡ませてくる舌に俺の舌を絡ませて、お互いの舌の感触を味わう。
 俺の口の中に入ってきた、舌を少し強く吸い上げて。

「…ん……」

 それから、想一の肌に口付けを落していく。
 指を這わせて、乳首を摘み上げ、刺激する。

「…ぁ……ん……」

 硬く尖ってきたそこをさらに刺激していると、想一の口から、声が漏れて。
 想一が、俺のペニスに触れてきて、ゆっくりと扱いてくる。
 俺も、想一のペニスに手を伸ばし、扱いていく。

 ある程度、勃起した段階で、体勢を変えて、お互い相手のペニスを口に含んでいく。
 その口淫によって、更に硬度を増していく。
 俺は、そのままローションに手を伸ばし、想一のアナルに指を挿入させていく。

「ん……籐也……もう、いいよ……」

 指で解したアナルにペニスを押し当てて、挿入する。
 そして、ゆっくりと抽挿を開始した。

「あぁ……は……ぁ……ん……あっ……」

 アナルに締め付けられる快感を味わいながら、内壁を突き上げる。

「……ぁあ…!ソコ…!イイよ……籐也……」

 想一のペニスに触れると、張り詰めたそこからも、限界が近いことがわかる。
 内壁を擦り上げながら、ペニスを扱き、射精を促す。

「んん……ぁ……も……イく……!」
「俺も、もう……」

「ぁ…ああ!…ん…ぁ!」
「ん……くぅ…!」

 そうして、お互い、達していた。

「想一も、シてくれるでしょ?」
「そこは、お望み通りに。」

 少し、落ち着いてから、再び、カラダを重ね、ペニスが硬度を増していく。
 想一の愛撫を受け入れ、快感を追い、相手に快感を与える以外に、今は、何も考える必要はない。

 アナルに想一のペニスを受け入れて、抽挿に身を任せる。

「…はぁ……あ……あ……想一…ソコ…!」

 ちゃんと、感じる場所を突き上げてくれて、俺も、アナルを締め付けて、想一に快感を与えようとする。
 そんな快感を我慢する必要もなくて、俺達は、再度絶頂を迎えた。

「想一に、あのバーを紹介してもらって、嬉しいけど、知り合ったのが仕事上、っていう割りには、雫さんの事よく知ってるんじゃないの? 関わった仕事が、ゲイバーだったから?」
「俺が、あの店の仕事の話を持ちかけられた時は、独立しようかどうかと考えてた頃で、その時は、まだ、今程はゲイだって事は、殆ど公にしてなかった。確かに、あそこはゲイバーだけど、かなり特殊だから、そういう仕事が出来る人間を雫は探していたんだと思う。雫は、自分がゲイだって事は、かなりオープンにしている。あの店じゃなくて、他でも。雫は、だから、俺が、ゲイだって知ってて、仕事を持ちかけたんじゃない。実際、他に関わっていた人間で、ゲイじゃない人間もいたし。」

「そういうのって、受け入れられるものなの?」
「仕事としてみれば、割り切って受け入れられる、という事もあるだろう。実際、それが受け入れられる人間が携わってたんだし、それでも、受け入れられない人間に雫は、無理強いはしないだろう。」
「それでも、ゲイだって事で、拒否されるのは、怖いんじゃない?」
「雫は、そこのところはちゃんと覚悟している。受け入れられても、ちゃんと理解されている訳じゃないって事も。」

「それでも、言える、って凄いよね。まあ、俺の場合は、それ以前の問題が色々あるけど。」
「仕事をしていれば、ある程度信頼関係が生まれる。そんな中でかな、俺も、ゲイだって、雫に言ったのは。仕事の間は何もなかったよ。開店した後かな、雫に誘われて、俺達は、少し付き合った。雫が、唯一だな。俺の方から、別れを切り出したのは。」
「別れた理由を聞くなんて野暮だとは思うけど、何でなの?」

「恋愛は、お互いの共同幻想だろ? 俺は、その時も、本当に自分のペースを崩さなかったけど、雫は、無理して、じゃなく、そのペースに合わせてくるのが上手い。はっきりと言葉にした事は無かったけど、その態度とか、配慮から、雫に愛されている、と感じる事が自然と出来た。付き合っていく内に、次第に見えてくるものもある。雫の仕事面での顔と、プライベートでの顔と両方知っていたけれど、それでも、尚、雫には絶対的に俺には踏み込めない領域があった。まあ、過不足なく付き合っていく事は出来ただろうけど、俺には、恋人として付き合っていく事は、もう出来ないと思った。それを、雫は受け入れた。」

「それでも、今でも、普通に付き合っていけてるんだね。」
「不思議だけどな。仕事面では、まあそういう事もあるけど、友人としていた方が、見えてくる事もある。機転の上手さだとか、思慮の深さとか、多分、色々な経験に基づくものなんだろうけど、だから、籐也にとって、話を交わす相手として、ある程度は、役に立つんじゃないかと思って、紹介した。あの店も、籐也に合うんじゃないかと思って。」

「まあ、実際そうだよね。雫さんと話していると、会話の仕方とかも、上手いよね。諭されるのとは違う、悩みを悩みとして引き出してくれる。想一もそうだけど、雫さんも、俺が、今まで会った事のない人だ。」

 幻想の海の中で、独りで溺れ、足掻いている事しか出来なかった俺に、泳ぎ方を、それとなく告げてくれる人。
 それぞれ、違う存在だけれど、いや、違うからこそ、今、学べる事を学んでおこう。

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『まやかしの共有-4-』

 独りでいると考えてしまうから、何とか無理矢理、他人の輪に入って、その話題に耳を傾けていた事もあった。
 俺から話しをする事は殆どなかったけれど、それでもたまに、意見を向けられる事もある。
 当たり障りのない範囲内で答えて、適当に笑って誤魔化して、そして、そんな中で、独りでいるよりもずっと孤独を感じた。

 社会に溶け込もうと努力した結果、どうしても追い付けなくて、疎外感を感じて、自分からも、距離を置くようになった。
 ある程度は仕方がないと思っていた、価値観の違いも、決定的なもので、俺自身の存在価値観すら否定されているようで。
 じゃあ、そもそも、存在価値とは何か、自分に問うてみても、答えなんて出なかった。

 想一には、独りで考えて過ぎるとよくない、と言われたが、それはどこかで気付いていた事で、それでも、自分の頭で考えなければならないと、思っていた。
 考えて、考えて、考えた結果、俺が欲しいものは何なんだろうか。
 もし仮に、何か欲しいものがあったとしても、待っているだけではどうしようもないから、やはりその事についても考えてしまう。

 他人を愛せない、そして、それ以上に自分の事を好きになれない。
 そんな俺を、俺の都合の良いように愛してもらおうなんて、そんな事が叶うはずもないし願っている自分もまた嫌だった。
 俺は、それでも自分が大切なんだろうか。

 想一からの『近い内に』という『近い』という、想一の感覚もわからなくて、わからなけど、何となく、やはり想一のいう『近い』という意味は、多分、俺の感覚とも、世間の感覚ともどこかずれているような感じがして、本当に、期待せずに、ただ日々を過ごしていた。
 会ってから、どれくらい経ったのか忘れてしまったけれど、期待していなかった分、その連絡は早かったように思う。

 今度の連絡は、1週間後の夜に、時間が取れるかどうか、尋ねて来た。
 世間の感覚とはずれていると感じる俺だけど、この間のような、いきなり『明日空いているから』なんていう連絡の取り方より、今回の方が、普通だと思う。
 『普通』という言葉が嫌いな俺でも、そう思う。

 そして、それくらい余裕を持ってくれれば、俺としても、殆ど埋まる事はないが、予定の立てようもあるし、仕事の都合だってつけられる。
 了解の旨をメールで伝えると、具体的に待ち合わせ場所と時間が送られてきた。

 時間としては、中途半端なのだが、バーがドリンクオンリーだというので、仕事場の近くで、夕食を摂って、待ち合わせ場所に向かう。
 しかし、まあ、あれだな。
 予測は何となくしてたのだが、想一は、自分で時刻を指定しておきながら、15分程遅れてやって来た。
「ごめん、ごめん。ちょっと遅れちゃった。」
 そこで、俺が『そんな事ないよ、俺も今来たばっかりだから』なんていう関係でも俺の柄でもなくて。

 店を知っている、想一が、道順を案内するように俺の横を歩いている。
 そんなに、遠くは無いから、という割には、結構歩いた気がするのだが、やっぱり、これは想一のいう、『そんなに』と俺の感じる『そんなに』の違いなのだろうか。
 が、そうではなかった。

「あ、ちょっと、迷っちゃったみたい。ごめん、一度、駅に戻ってもいい?」
「はあ。」
 あれだけ、自信満々に道案内をしていたように見えたのに、道を間違えたのか。
 来た道を何とか、戻り、駅に辿り着くと、想一は、地図を取り出した。
 始めから地図を見れば良いのに。

 地図を見ながら、再び、歩き始める。
 分かれ道と地図を確認しながら何とか店に辿り着く。
 少し大きな通りから、横道に入ってすぐのところだった。
 が、入り口はバーという感じの、店ではない。

 確かに、一応標識に『Bar-Labyrinth-』銘うってはあるのだが。
 店内に入ると、その独特の雰囲気に飲み込まれそうになる。
 あまり、こういった形式のバーには来た事が無い。
 だから、こういう傾向の店として、これが、どの程度なのかわからないが、日常とはかけ離れた、亜空間という感じだ。

「いらっしゃいませ。」
 低く、落ち着いたトーンの声が出迎える。
「お久し振りです。マスター。雫、もう来てます?」
「ええ。はい。あの、失礼ですが、お連れ様? お仕事の方で?」
「いや、仕事ではないんです。プライベートの方で。」
「そうでしたか。今、少し奥におりますので、声を掛けて来ます。」
「お願いします。」

 マスターが場を離れ、その人物を呼ぶ為に姿を消した。
 少し奥で、マスターとその人物らしき人が、会話を交わしているのが聞こえる。

「オーナー、桐生きりゅうさんがお見えになりました。でも、お仕事では無いそうで。」
「想一が? 用があると言うから、てっきり、仕事の事かと思ったのだけれど。」
「お連れ様もいらっしゃるようで。」

 それから、程なくして、マスターと、そのオトコがやって来た。
 オーナー、と呼ばれていたが、まだ若そうに見える、が、その落ち着いた雰囲気が、年齢不詳にしている。
 決して、目立つのではないけれど、恐らく、会ったら忘れないだろう、その整った容姿。

 優しく微笑んで、声を掛けられた。
「始めまして。いらっしゃいませ。」
「あ、こちらこそ始めまして。」
「珍しいじゃない? 想一が、仕事以外で、この店に来るなんて。」
「たまには、来てるよ。本当に、ごくたまにだけど。まあ、今日は、俺が来たかった、っていうより、こいつを連れて来たかっただけだから。」

「それは、ご紹介、どうもありがとう。申し遅れました、私、宮下雫、と言います。雫、で構いません。あまりかしこまられても、困るので。」
「籐也と言います。根岸籐也ねぎしとうや。」
「籐也さん。よろしくお願いします。で、想一、私に、何か用でも? でなければ、私を一々呼び出したりしないでも良いでしょうに。」

「俺が、用、っていうよりも、籐也を一回、雫と会わせたくって。雫なら、色々話が出来るだろうから。」
「話なら、マスターの方が、聞き慣れてますよ。」
「将来的には、マスターが聞いてくれても良いんだけど、今は、雫の方が、相手になると思うから。」
「私は別に構いませんけれど、どういうお話なのですか?」

「俺が、言うよりも、直接、籐也の口から話した方が。」
「あの、でも、俺自身も、あまり上手く話せるかどうか。」
「それで構いませんよ。仰りたくない事があれば、それはそれでいいですし。私自身が、想一や籐也さんのご期待に沿えるかどうかもわかりませんし。ああ、でも、その前に、折角、店に来ているのだから、何か飲みませんか?」

 想一は想一で自分の好きな物を頼んでいたし、雫さんは、特に頼まなくても、という感じで、マスターが、俺のアルコールの強さとか、好みとか聞いてくれて、数種類提示されたお勧めのメニューの中から、選択した。

 頭の中で、ぐるぐる回っている言葉が、どこから、何を、どう話せばいいのかわからなくて、逡巡していた俺に、雫さんが、俺が話しやすいように、言葉を提示してくれて、それに助けられて、俺は、今まで、本当に誰にも打ち明けた事のなかった、かなりの話を、初めて会った、雫さんにしていた。

 その原因が、アルコールにあるのか、この店の雰囲気にあるのか、それとも雫さんが促してくれるからか、多分、全部なのだと思う。

「籐也さんは、『わかるよ』とか、そういう言葉、嫌いでしょうけど、何となく、感覚的に理解出来る気がしますよ。人は、生きている限り、幻想の中の迷宮で彷徨い続けます。それが、自覚的でも、自覚的でなくても。籐也さんは、それに気付いてしまった時、その中で、多くの人との共有できない感覚が沢山ある分、独りで、深い場所まで行ってしまったんでしょうね。答えなんてないとわかりながら、それでも、答えを求めて、問い続ける。そういう人の中でも、何とか、自分を誤魔化して、社会と適合させて、自分自身を納得させる人もいます。それで、楽になるのなら、それがその人の生き方だけれど、でも、籐也さんは、それが出来ないし、そして、そこに『癒し』も求めていない。想一が籐也さんに言ったように、こういう問題は、独りで考えても、堂々巡りになるし、頑なな思考を生み出してしまいます。多分、籐也さんは、ずっと続けていらっしゃったから、結構、もう、そういう部分もあるんじゃないでしょうか。」

「ええ、きっと。今話をしているのが不思議なくらいです。偏りすぎた思考が、もう誰の意見も耳に入れたくなくなってしまっていて。」

「それでも、想一とは、何回か会われているのでしょう? そして、ある程度話しをしたから、恐らく、想一は、こちらの店に籐也さんを連れて来られたんでしょうから。」

「会ったのは、本当に数回くらいですよ。」
「それでも、籐也さんとは違った意味で、世間からずれているのは、わかるでしょう? きちんと仕事は出来るし、仕事に対する熱意とセンスは、かなりのものだから、私も仕事をご一緒させてもらったんですが。」

「雫さんは、想一と会って、もう長いんですか?」
「私が、この店を立ち上げる時からですからね。もう結構経ちますね。当初は、結構顔を会わせましたが、店の方も、ある程度落ち着いてきているので、今は、滅多に会いませんが。手がける仕事も多くて、この店構っている暇もないでしょうに。」
「それでも、この店の事、雫さんの事は、印象に残っているみたいですよ。」

「どんな印象なんでしょうね。まあ、いいですが。私も、想一程ではないですが、仕事は一応忙しいですし、籐也さんも、お仕事があるでしょうから、大変でしょうが、私は、籐也さんがされた類の話は嫌いではありませんし、籐也さんさえよろしければ、またここで、話をさせてもらってもいいですよ。勿論、私を介さなくとも、この店を少しでも、気に留めてくださったら、また来てくださったら嬉しいですし。」

「問題が、解決した訳ではないけれど、話せる場所が出来て、良かったです。でも、俺の問題を持ち込んで、雫さんに、甘えるような真似はできません。」
「甘え、ではありませんよ。誰かと対話をする事は、大切な事です。それは、決して、一方的なものではありません。それは、籐也さんが、私と話しても、想一と話しても同じです。」

「また、寄らせてもらってもいいですか?」
「ええ。ああ、でも、想一と一緒に来られたんですよね。どうせ迷ったんでしょう。地図も渡したのに。籐也さんにも、一応渡しておきましょう。後、こちら、私の連絡先になります。いつでも、という訳にもまいりませんが、こちらの店でなら、お話のお相手させてもらいますよ。籐也さんは、まだ沢山問題を抱えてそうですから。では、すみません。私は、ここら辺で失礼させていただきます。」

「あ、はい。今日はありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。」

「想一も、ありがとう。想一も、携わったの? この店に。」
「ああ、少しは。雫のこの店への徹底ぶりには、正直、苦労させられたよ。まあ、だからこそ、印象が深いんだろうけどな。ところで、マスター。雫って、今誰かいるの?」
「さあ、オーナーのそう言ったプライベート面は、全然感知しておりませんので。」

 対話をする事。
 それは、俺が諦めていた事。
 絶対にわかり会う事はないから。
 でも、想一とも、雫さんとも、いや、この人達が与えてくれた機会を、少なくとも今は、大切にしよう。

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『まやかしの共有-3-』

 また遊んでくれる、そう約束した、その時に、お互いの携帯の連絡先を交換した。
 今回会ったのでも、想一はかなり疲れていた様子で、本人も、何日か殆ど寝ていない、と言っていた。
 そんな、想一に会う約束を取り付けるのには、ある程度自由度をもった、携帯メールの方が良い。
 空いた時間に用件を見れば良いし、返信するにしても同じだ。

 忙しい想一にとっても、携帯に時間を束縛されたくない俺にとってもその方が良い。
 次に誘いを掛けるのはどちらなのだろうか。
 始めに俺に声を掛けてきた想一か、それとも、これからも、会ってみたいと思った俺からなのだろうか。

 どこに居ても、居場所を見つける事が出来ない俺。
 独りでいる時でさえ、自分を見失ってしまう。
 勿論、独りっきりの時が、気は楽なのは楽なのだが、変に頭を動かして堂々巡りの考えを持ち込んでしまう。
 自分探し、居場所探し、何て事をやってみたとしても、どこにも辿り着く事はなく、うろうろするのはわかっていたし、実際繰り返してみると、愚かな事をやっている気になってくる。

 会社に行って、誰とも殆ど馴染めずに、それでも、付き合い程度に誤魔化して、愛想笑いをして、相手の気分を害さないように適当に相槌を打っている。
 仕事上、必要最低限の会話、というのはわかる。
 けれど、それを超えた範囲で、必要な会話は、どれくらいあるのだろうか。

 一見して不必要に見えても、趣味が合うもの同士なら、その趣味、趣向について語るのも、必要な事なんだろう。
 滅多に他人の会話に付き合う事は無いのだけれど、たまたまその場に居合わせてしまって、俺自身が全く興味のない、最近流行っている映画について、『あの映画が面白かった』『あの映画に感動た』『絶対面白いから、観てみて』なんて話されても、こういう会話のノリに着いていけないし、そして多分、その感覚を共有する事は出来ないんだろうな、と感じている。

 そして、俺の趣味、って何なんだろう。
 これ、って思い当たるものが無い。
 『趣味の一つや二つ持っていたほうが、人生楽しい』
 と言われても、その楽しい、と思える事がないのだからしょうがない。
 産まれてしまったからには、生きていくしかなく、その為には、お金が必要だから働く。

 就職活動をしている時は必死だったが、いざ内定が出て、これから社会人になってしまうんだ、思ったとき、その事実に愕然として、このまま死んでしまいたい、という願望が生まれて来た。
 『生まれて来た命を粗末にするな』、とか、『両親の気持ちを考えろ』、とかいう以前に自殺する勇気さえ起こす事が出来ずに、そのまま今も生きている。
 それを『勇気』と呼ぶのはどうかと思うが、俺にとってはそうだった。
 いずれは死ぬ、とわかっていても、今、生きている事実には変わりなくて、それがいつまで続くんだろうか。

 まあ、俺が死ぬまで続くんだろうけど。
 確証は無いのだけれど、夜が来れば次には朝が来て、朝が過ぎればいずれまた夜になる。
 そんな一日一日の繰り返し。
 じゃあ、何かしら、変わった事が起こったらいいのか、といったらそうでもない。

 辛さの程度を測る事となんて出来ないけど、『どんなに辛い夜でも、やがて朝が来る』そう言われても、ピンと来なくて、朝は朝でまた辛いのではないのか、と思ってしまう。
 それはまだ、俺が辛い思いをした事がないからなのだろうか。
 じゃあ、どうやったら、辛い思いが出来る?
 苦い経験が出来る?
 そこに、踏み込んでいく勇気も無いくせに。

 『社会は共同幻想で出来ている』
 というフレーズを読んだ時に、ああ、そうだったのか、と納得した部分もあった。
 幻想に過ぎない人生、それに安堵したのと同時に、虚しさを覚えた。
 そして、俺自身が『共同』出来ないという事。

 そんな事ばっかり考えていても、やはりしょうがなくって、想一に会いたくなって、メールを送ったけれど、『悪いけど、その日は、都合が悪い』という返事が来て、結局会えなかった。
 その後、再度、同じような内容と、それに加えて、都合が付きそうな日があったら、連絡が欲しい、という旨を付け加えて、送った。
 結局、その日も都合が悪かったらしい返事が来て、もうこれ以上会う事も催促することも出来なくて(だって、本当は、もしかしたら、俺とは会いたくないのかもしれないから)、暫らく、想一からのメールを待ってみて、連絡が来なければ、想一の事は、もう忘れて、誰か、遊び相手を見つけに行こうか、と考えていた。

 のだが、想一からメールがあった。
 『明日の夜なら空いてる』と。
 いや、普通は、いきなり、明日、とか言われても無理だろうに。
 まあでも、俺には、特に予定もなかったし、仕事も押してなかったので、了承の旨を伝えた。
 待ち合わせの場所と、時刻を指定されて、そこに向かう。

 仕事上がりで、夕食がまだだろうから、一緒に摂ろうという事になって、小料理屋に入る。
 想一はそこを行きつけにしていると言う。
 素朴な風味のおかずと、ご飯と、味噌汁はお代わり自由だと言う。

「ここの店、自宅から近いんですか? それとも仕事場から?」
「自宅兼仕事場から、近いから便利なんだ。夜来るとこんな感じで、昼は昼で、定食とかもあるから、結構食べに来る。」
「はあ。ご自宅、ここの近くなんですか。」
「別に、俺の家でも、構わないでしょ?」
「想一がそれでいいなら。」

 そうして、そのまま、想一の家に向かう。
 仕事場を兼ねている、というのだから、まあ、ある程度は広い。
 玄関を開けると、直仕事場、という感じで、やはり、面積としても、結構あるのだろうが、かなり、色んな本やら紙やらが散らばっている。
 パソコンのデスクが2つあって、デスクの上にも、物が色々乗っている。

「まあ、散らばってるけど、足の踏み場くらいあるから、そこら辺上手く避けて通ってね。紙を踏ん付けると、転ぶから。」
 確かに、足の踏み場はあるのだが、そういう問題なのだろうか。
「はあ。気を付けます。」

「部屋は、それ程散らばってないから、大丈夫だよ。」
 まあ、確かにね。
 それ程、ね。
 セックスするだけなら、十分だ。

「シャワーどこです?」
「えっと、廊下出てすぐそこ、右。」
「じゃあ、先お借りします。」
「そのまま、スーツで出て来る訳にはいかないだろ。これ、フリーサイズだから、どうぞ。」
「どうも。」

 手渡された服と、タオルを手に浴室に向かい、シャワーを浴びる。
 そして、スーツを皺にならないようにして、渡された服に着替えるて、寝室に戻る。
 交代で想一がシャワーへ向かう。
 俺も、そんなに綺麗に片付ける方じゃないけど、ここまでじゃない。
 まあ、もっとも、俺の場合、あまり物がないのも事実なんだが。

「なんか、セックスするの凄い久し振りだわ。今日はそんなに疲れてないから、大丈夫だよ。」
 そういえば、俺も、久し振りだ。
 前に、想一を抱いてから、誰ともシてないから。

「籐也……」
 想一が俺の名前を呼び、唇を重ねてくる。
 始めは触れるだけだった口付けが、薄く口を開いて、舌が侵入してきて、俺の舌が絡めとられる。
 俺も、その舌に、自分の舌を絡ませていく。
 舌を少し強く吸われて思わず喉が鳴る。

「ん……」

 想一の指が、俺の肌に降り、乳首をきゅっと摘まれた。
 そうして、弄られていると、次第に感じてくる。

「…ぁ……ん……」

 唇が唇から離れ、俺の耳朶を甘噛みすると、そこから、舌が首筋をなぞってくる。
 その感覚にゾクゾクする。
 弄られて尖った乳首を口に含まれて、舌先で転がされながら、もう片方の乳首を、指で弄ってくる。

「は……ぁ……想一……」

 勃起したペニスを刺激されて、更に硬くなって、想一が俺のアナルにローションの滑りを借りて、指を進入させてくる。

「…ん……ぁ……は……」

 入り口を解してくる指の本数が増えて、受け入れる準備が整ってくる。

「想一、もう大丈夫だから、イれて……」
「俺も、そろそろヤバイかも。」

 そう言って、想一が、ペニスにゴムを被せて、更にローションを足し、俺のアナルに、ペニスを挿入してくる。

「ん……ふ……んん……」
 一旦、根元まで挿入されてから、少し、動きが止まる。

「も、いいよ、動いて。」
「ああ。」

 抽挿を開始され、内壁をペニスで擦り上げられて、たまらない感覚に陥る。
 次第に抽挿が激しくなって、感じる場所を突き上げられて、快感が溢れて来る。

「は……あ……イイよ、想一……もっと……!」

 俺が、欲しいと思っている場所を、突き上げられて、俺も、アナルを締め付けて、想一に快感を与えようとする。
 張り詰めたペニスを手で扱かれて、先走りが溢れ始め、もう、そこまで、射精感が待っていた。

「…んん……あ……あぁ…!イく…!」
「っ…く……」

 俺が達している裡で、想一も少し遅れて、射精した。

 速まった鼓動が、徐々に落ち着いてきて、元のリズムを取り戻す。

「久し振りだし、もう一回、今度は、籐也がシて?」
 その誘惑に抗う必要もなくて、想一のカラダを刺激していく。

 再び頭をもたげ始めたペニスを口に含み、舌と、唇で、扱き上げていく。
 口の中で、硬くなってくるペニスを味わいながら、指を、想一のアナルに挿入して、解していく。

 それから、ペニスを挿入して。
「籐也……もうちょっとこのまま……」
 二度目だから、そんなに我慢できない事はない。
「挿入してる時の、あの締め付けもイイけど、受け入れてる時のこの感覚も堪んないよね。」

 それは、俺もわかる。
 オトコの脈打つペニスを、受け入れる時、そしてその先にある快感と充足感。

「そろそろ、いい?」
「ああ。うん。」

 俺が、腰を動かして、抽挿を始め、想一の裡を刺激していく。

「んん……は……ぁ……ん……あっ……」

 突き上げて、締め付けられて、再び達した。

「籐也はさ、以前ちょっと話しただけだけど、幻想とかに縛られてるの?」
「縛られているっていうか、まあ、そうはそうなんだけど、上手く言えないけど、俺自身が、そんな中で、何で生きてるのか、とか、色々考えてしまって。」
「そういう事って、独りで考えすぎると、凝り固まって、動けなくなるよ。変に頑なな思考に取り込まれるから。」
「それがわかっていても、誰にも話出来ないし、それで、どうしても、行き詰ってしまって……。」

「まあ、確かに。俺は、あんまりそういう話できないしなぁ。……ああ、でも、あいつなら、ある程度は、聞いてくれるかも。」
「知り合いなんですか? でも、想一って、仕事以外は、人間関係ボロボロ、とか言ってたじゃない?」
「まあ、知り合ったのは、一応、仕事上。それに、籐也なら、あの店気に入りそうだから、紹介するよ、今度。」

「……今度、っていつなんですか。」
「いや、本当に、今度は近い内に。向こうには、都合付けさせるから。」
「はぁ……。」

 まあ、あまり期待しないで待っておこう。
 想一の言う、近い内、というのも当てにならないし。

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『まやかしの共有-2-』

 自分自身に人間としての感覚の欠如に気付いていて、それがどうしてそうなったのか、何の所為でそうなったのか、原因を探してみても見つからなかったし、社会や周囲の人間の所為にしてみたって、結局俺自身が変われる訳ではないので、そんな責任転換をしてみても仕方がなかった。

 全て俺自身の所為なんだよ、なんて卑下て見ても虚しいだけで、そんな事をして他人の同情を拾ってもらおうなんて考えていなかった。
 例え同情を向けてもらったとしても、俺は受け入れることが出来ない。
 捻じ曲がった視点でしか物事を捉える事の出来ない俺は、結局、他人と深く関わらない事で、自分自身の中に浮き上がる苛立ちや嫌悪感から避けて通るしかなかったのだ。

 そうやって、俺が今まで切り捨て、諦めたものを惜しいとは思わない。
 多分、多くの人を傷つけて生きてきた。
 俺の無配慮さは、自覚出来ないが故にその暴力的である事を止める事が出来なかった。

 人は傷つけ合って生きていくもの、そう言われても、他人を傷つけるかもしれない、不安、そしてもしかしたら、自分も傷ついているのかもしれないと言う不安。
 それが俺の精神が成熟していない故なのか、もし仮にそうだとして、どうやったら、ある程度、社会に適合した感覚を持つ事が出来るのか。
 そんな事を考えていても、社会人になって何年か経ってしまうと、現状を受け入れることも視野に入れなければならないと感じ始めていた。

 もっと歳をとれば、独りでいる事が寂しくなるだろうか?
 それとも、今まで通り変わらないだろうか。
 仮に、寂しくなったからといって、その寂しさを埋めるために他人を利用することは俺には出来ないだろう。

 人はいずれ、独りで死んでいく。
 その時誰かに看取られようが、そうでなかろうが、独りで死ぬ事には変わりないのだ。
 現代というこの時代に、親は子に看取られることを期待していないだろう。
 嘗てあった、その数珠状の連鎖は、もう断ち切られてしまっている。
 何の情も感じない親だが、俺は、もしかしたら、両親を看取ることがあるかもしれない。
 けれど、俺は、決して我が子にそれを求めてはいけないと思っている。
 もちろん、ゲイである俺に子供を作ることなんて出来るはずないのだが。
 いや、例え、ゲイでなかったとしても、俺はそういう風に人を愛せないだろう。

 他人を愛せない以上に、血の繋がりという幻想的な呪縛を俺は何より嫌っていた。
 離れて暮らしてみると良くわかる。
 血の繋がりなんて、縋ろうとしても虚構でしかないのだと。
 DNAに何の意味がある?
 科学が発達して、二重螺旋構造も解明されて、病気の因子となることまで解明されて。
 実際に実の親から捨てられて、養護院などで育った人間にそれを解こうとは思わない。
 そういう意味では俺は、恵まれた人間なのだから。
 何をもって恵まれたと言うのかわからないけれど。

 他人との距離のとり方がわからなくて、自然と遠めに距離をおいてしまうのは、俺がゲイである事を他人にばれたくない、と願うのもあって、何の面白みもない、付き合いの悪い人間、というレッテルを貼られているのだった。

 ゲイバーに行けば苦痛の何割かは和らぐ。
 少なくとも、ここでは俺はゲイであることを隠す必要などない。
 根本的な、人間との付き合い辛さは直りはしなかったが。

「あれ、貴方、この間、想一さんと一緒だった人でしょ?」
 独りで飲んでいると話し掛けられた。
 中々思い起こせなかったが、確か……、あ、名前聞いた気がするけど、思い出せない。
「えーっと、君は……」
「覚えてない? ショック。俺は、いいオトコは一発で覚えてるんだけどな。」
「顔は覚えてるよ。名前は……ごめん、忘れた。」
「政司。覚えておいてね。独り? 想一さんは?」
「別に、彼と付き合ってる訳じゃないし、あれ以来会ってないよ。」
「そうなの? 想一さんは、結構、お気に入りみたいな感じだったんだけど、じゃあ、今晩暇なの? 俺と、どう?」
「君は、彼の事が気に入ってるんじゃないの?」
「俺がその気でも、向こうにその気がないんだから、しょうがないじゃん。それに、例え、貴方が、想一さんと付き合ってるんだとしても、想一さんはこういうの気にしないよ。」

 想一。
 前に俺と寝たオトコ。
 そして、一方的に連絡先を押し付けてきたオトコ。
 そのメモを捨てられなくて、何となく、携帯のメモリに入れてしまったけれど、結局、掛けたことは一度も無かった。

 他人に何かを期待するのは嫌だ。
 期待されるのも嫌だ。
 俺には答える事が出来ないから。
 想一は連絡先を俺に知らせる事でどうしようとしていたのだろう。
 政司というオトコは俺なんかよりずっと想一との付き合いは長いんだろう。

「ねえ、どうする? 俺と遊ぶ?」
 普段ならその誘いにのっていたに違いない。
 けれど、俺は何となく想一の事が気になっていた。

「ごめん、俺、用事思い出したから……。」
 そう体よく断って。
「ちぇっ。残念。まあ、いいや。また今度会おうね。」
 そう言って、政司は俺の元を去っていった。

 店を出て、俺は初めて想一に連絡を入れた。
 数コールして、応答する。
「はい。もしもし。」
「あの……覚えてますか? 籐也ですけど。」
「ああ、ちょっと待って、場所変えるから。」
 通話中のまましばらく待つ。
「お待たせ。久し振りだね。連絡くれて嬉しいよ。」
「俺が、本当に連絡するかなんてわからないじゃないですか。」
「まあ、そうだけど、実際くれたじゃない?」
「掛けてくるかわからない相手を待つのって、しんどくないですか?」
「ずっと待っていたよ……って、言いたいところだけど、名前聞くまでさっぱり忘れてた。」

 その答えは、あっけらかんとしていて。
「今、どこにいるの? これから会う?」
「あ、この前の店の前です。会いたいとか別に思った訳じゃないんですけど。」
「んー、じゃあ、何で連絡してきたの?」
 そんな事言われても、俺にもわからない。
「まあ、いいや、俺、これから、やっと時間作れそうだから、会おうか。」
「わかりました。」
「今から、1時間くらいかかるけど、いい?」
「あ、はい。」

 ひたすら店の前で待ち続けて。
 1時間も待っているとそのうち何回か、このまま、帰ってしまおうか、という気になったけど、何とか我慢して、その場に留まり続けた。

「お待たせ。」
 やっとそのオトコはやって来た。
「忙しかったんですか?」
「ええ? ああ。何とか一段落ついた。」
「すいません。俺の都合で呼び出して。」
「いいって。もし俺に都合が悪ければちゃんと断ってたし。」
 断られる可能性もあったんだ、そうだよな、この人にもこの人の都合っていうものがあるんだし。

「あんまり長い時間取れないですけどいいですか?」
「ん? いいよ。別に。」
「じゃあ、行きましょうか。」
「今日はお任せします。」

 そうして、そのままホテルに向かった。
 先に想一がシャワーを浴び、俺が続いてシャワーを浴びて出てくると、想一は少しうとうとしていた。
 俺が、声を掛けると、はっとしたように気がついて。
 横になったまま、俺の首に腕を絡ませてきて、耳元で囁かれた。
「今日は、籐也が抱いて……」
 そのまま、ベッドに体重をかけて、想一の唇を奪った。
「んん……ふ……ん……」
 想一の腕はしっかり俺の首を捕まえていて、離そうとしない。
 その力強い口付けに負けじと俺も、舌を絡ませる。
 濃厚な口付けは、それだけでも刺激的だった。

 そこから、俺が想一の肌に指を這わせていくと、やっと、俺の首は解放されて、その先の愛撫を促す。
「は……あ……」
 この間の時とは違う、感じて、吐息を漏らす想一に俺も興奮していた。

「イれて……いい…?」

「あ……うん…」

 一応了解を取って、指を埋めていく。

「……は…あ…くぅ……ん……」

 乱暴に扱う気はない。
 丹念にアナルを解していった。

「…ああ……ぁん…も……いいよ…イれて……」

 俺のほうも十分に勃起したペニスにゴムを被せ、想一のアナルに挿入していった。

「籐也……ゆっくり……」

「うん……」

 締め付けのキツさに一気に押し入りたかったけど、何とか我慢した。
 それから、ゆっくり抽挿を開始する。

「ああ……籐也……ソコ…イイよ…」

 想一が感じていると告げた場所を重点的にペニスで擦りあげる。

「んん…はぁ…ああ…!」

 快感に顔を歪ませる想一の表情はとても扇情的で。

「想一……想一……」

「ん……籐也!ああ!くぅ……」

 今は、ただ、快感だけを追っていればいいから。
 快感を与え合う、そのカラダが欲しいのだ。

「籐也……もっと突いて!」

 その快感に貪欲でいて何が悪い?
 お互いの事を何も知らなくとも、こうやってカラダを求める事は出来るのだ。
 俺は……俺は……。

 でも、もうそんな事を考えている余裕はなくて。
 想一が達して、そのアナルが俺のペニスを締め付けて、俺も達していた。

「あー、疲れた。気分よくって、このまま寝ちゃいそう。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちゃんと家まで帰りつくから。」
「想一、もしかしたら始めから疲れてなかった?」
「最近殆ど寝てなかったからね、仕事が一段落して、ちょっとほっとしてたんだ。」
「すみません。疲れているのに付き合わせてしまって。」
「いいって。いい運動したから、今夜はぐっすり眠れそう。」

「そんなに、忙しいんですか?」
「俺、基本的に仕事人間だからね。どうしても、仕事を優先させちゃうんだわ。おかげで、仕事以外の人間関係はボロボロ。」
「それで、恋人に振られたんですか?」
「そうそう。一応誠実に付き合ってるつもりなんだけどね。まあ、難しいわ。俺が、こんな人間だから、付き合ってても、相手が浮気しても、どうこう言うつもりもない。放っておく俺も悪いんだからね。でも、それじゃあ、付き合ってる相手としては物足りないんだろうね。相手の望むものを与えられないのも決定的なんでしょ? 『付き合ってる』って言う価値観自体が違っちゃってるんだから。」

「都合のいい相手が欲しいわけ?」
「そうなっちゃうのかな。そういうつもりは全然ないんだけど。相手にそう取られても仕方ないよね。」
「籐也は、どういう相手が欲しい訳?」
「俺? 俺は……よくわからない。俺自身含めて、誰も好きになったりしないから。それでもいい、って言ってくれても、そう思われるのは重たいから。別に、不特定の人間と寝たいわけじゃないけど、でも、一人に絞って、縛られるのは嫌なんだ。我侭だってわかってるんだけどね。」

「我侭、か。でも、自分の事を一番考えられるのは自分だからね。コドモみたいに何でもかんでも手に入るとは思ってないでしょ。籐也が何を一番大切に思ってるかわからないけど、大切な何か、があればいいんじゃない? それで人生そうそう上手くいくものじゃないから。」
「後悔しても始まらない?」
「違う違う、人生、後悔の連続なの。一度失敗しても、二度も、三度も失敗し続けるんだから。だからって、妥協する訳にいかないもの。」

「失敗から学ぶ事はないんですか? 失敗して傷付かないんですか?」
「ある程度は学んでも、同じような過ちを繰り返す。そうそう賢く生きれるものじゃないよ。それに傷付いてもも、傷付けても、ボロボロになっても、どうしようもないの。」
「俺は、自分が傷付いたと思った事は殆どない。強がりじゃなくて、そんな風に関心を持てない。いつも、ずっと、俺は幻想の中で生きて、それを誰かにわかってもらいたい訳じゃない。独りで、幻想の海を彷徨っているから。」

「感覚を共有してると思うのだって、共同幻想でしょ。わかった振りをしてるだけ。若しくはそう思い込んでるだけ。他人を理解しようとする事は大切かもしれないよ。だけど、それで、わかった気になったら終わり。勘違いしてる事にさえ気付けなくなる。」
「俺はそれが怖いから、必要以上に他人に近付かない。」
「籐也がそれで良いなら、良いんじゃない? 他人の人生に口出しするなんて野暮な話だから。」
「想一は俺の中に何を見たの?」
「別に何も。カッコイイオトコだなー、と思っただけ。」

「中身が最悪でも?」
「いちいち考えてないよ。俺はずるいから、ちゃんと逃げ道を作っておく人間だから。嫌になったら、速攻逃げる。それに、君にも逃げ道を作ってあげたでしょ。」
 このオトコは、俺を追い詰めたりしない。
 それが、このオトコなりの生き方で、常に自分にも、相手に逃げ道を作っている。

 そして、また、このオトコと会ってもいい気になったのは、このオトコが常に逃げ道を用意してくれているから。

「また遊んでくれますか?」
「籐也にその気がある限り。」

 そうして、強大な遊具に俺は取り込まれた。

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『まやかしの共有-1-』

 自分がオトコしか好きになれないのに気付いたのが高校の頃。
 そして、まともに恋愛出来ないって気付いたのは社会人の頃。
 元々、そんなに長く付き合った事はなくって、告白されて、俺も好きだな、と思えて付き合っていたんだけど、このオトコとずっと付き合っていくのかな、とか思い始めていて、相手も『好きだ』と言ってくれて、俺も『好きだよ』、と言葉にしていたんだけど、繰り返すうちにどんどん気持ちが冷めていく自分がいた。

 お互いいいオトナなんだから、それぞれのフィールドに恋人とは別の付き合いってものがあって、それはそれで、尊重してくれないと困る。
 それをいちいち勘ぐられて、疑われて、勝手に嫉妬されて。
「本当は、俺の事好きじゃないんだろ?」
 と問われて、始めの方は、『そんなことないよ。好きだよ』と言っていたけど、その気持ちも随分怪しくなってきて、もうそう答えるのが面倒くさくなってきていた。
「もう、そういうことやめて。何かその言葉を聞くたびに、どんどん貴方の事嫌になってきた。」
 これは、俺の我侭なのだろうか。

 仕事ならば、一応その場でそれなりに協調性をもって、仕事と割り切って付き合っていけるけど、プライベートで自分自身の時間が持てないのがとても嫌だった。
 どっちかっていうと、俺は独りでいる時間の方が好きだ。
 その時間がないと窮屈になってしまって、身動きがとりにくい。
 大学に入って独り暮らしを初めて、その気楽さに慣れてしまったら、卒業して一度実家に戻ったけれど、ゲイだという事を隠さなければいけないのと、それ以外でも、生活で血は繋がっているけど、親子という名の他人と一緒に住むのが苦痛で仕方がなかった。
 何とか理由をつけて、親元から独立して、生活を立て始めた。

 その自由になった時間を、恋人の為に裂くのも、次第に嫌気がさしていた。
 嫌々付き合っていると、益々相手の事が嫌いになって、そんな風に他人を嫌いになる自分の事も嫌いになっていった。
 それなら早く別れればいいものを、相手のしつこさにずるずると捕まってしまった。
 長引けば長引くほどいい方向には向かわないとわかっているのに。
 それで、思い切って俺の方から別れを切り出した。
 何発か殴られたけど、それくらいで済むのならそれでよかった。
 恋愛関係の破綻の原因がどちらか一方にあるとは限らないけれど、その相手から解放されて清々した。

 後になって考えてみれば、どうして、そのオトコと付き合っていた事さえ不思議で仕方がなかった。
 そのオトコのどこが悪いと言うんではない。
 そのオトコが俺の運命の相手じゃなかったとか、そんな事ではなくて。

 それでも、独りっきりでいると、何となく人恋しくなって、ふらりと、セックスの相手を求めて、ゲイバーに出掛ける。

 他人を人として好きになれなくっても、好みはある。
 が、即物的な快感だけを求めている俺にはそれほど選り好みは出来なくて。
 後腐れのなさそうな、適当な相手を見繕って、セックスをする。

 社会という共同幻想も、恋愛という幻想も持てる人間の方が不思議だった。
 それでも、世の中の多くの人間はそれを共有している。

 もちろん、俺も幻想なしで生きている訳ではない。
 多分、俺自身の人生もまやかしでしかないのだ。

「どうしたの、そんな暗い顔して。折角のいいオトコが台無しだよ。」
 そうにこやかに話しかけられた。
「はあ……」
 俺は気の抜けた返事しか出来なかった。
「奥の席で一緒に飲まない?」
 そう言われて、特に断る理由も見つからなくて。
 声を掛けて来たオトコの見た目も、かなりいい。
 どっちかっていうと好みだ。

「じゃあ、お近づきの印に。」
 そう言ってグラスをコツンと当ててきた。
 相手の会話のテンポが上手いんだと思う。
 ゆったりとした特有の空間が男を取り巻いていて、その空間に俺も知らず知らずの内に飲み込まれていた。

「名前、聞いてもいい?」
籐也とうや。」
 普段は教えないんだけど、何となく告げていた。
「俺は、想一そういち。よろしくね。」

 二人で飲んでいると、店の端っこで飲んでいるにも関わらず、一人の男が声をかけてきた。
「あー、想一さん、久し振り。珍しいじゃん、店に来るなんて。彼氏、どうしたの? 別れたの?」
「振られたの。愛想つかされて。」
「えー、別れたんなら、俺に声かけてくれてもいいのに。俺も、ロンリーなのに。」
「ごめんね。今度遊んであげるから。」
「ちぇー。想一さん、忙しいから、絶対遊んでくれないじゃん、っていうか、こっちの彼もカッコいいじゃん。ずるいな、想一さん。」
「いいでしょ? 俺が、先に声かけたから俺の勝ちね。」
「お兄さん、俺、政司まさしっていうの。縁があったら、今度、遊ぼうね。」
 そう言うと、ひらひらと手を振り背を向けて去っていった。

「籐也、政司の言ったこと本気にしなくっていいからね。」
「恋人、いたんだ。」
「別れたけどね。」
「恋人って欲しいもの?」
「は? 何?」
「いや、俺は別に恋人が欲しいわけじゃないから。」
「ふーん。別に俺も欲しい訳じゃないけど、何となく、かな。まあ、そんなんだから、いつも振られるんだけど。」
「恋人とかになったら、色々面倒くさくないですか?」 

「俺は、面倒なことはしない主義なの。相手の事はそれなりに尊重するけど、基本、マイペースを崩すことないから。それが原因で振られる事になってもね。」
「それなりに……って。」
「どう感じるかは、その人次第。俺は、自分が、自分勝手なこと知ってるからね。それでも、どうしようもないし。という訳で、こういう酷い人間だけど、暫らく俺と付き合わない?」
「え? 俺は別に、恋人を作る気は……。」
「だから、それでも、いいんだけど。」
「はあ。」
「どっちにしろ、取り敢えず、今日の目的は、セックス出来ればいいんじゃないの?」
「否定しないですけど。」
「そういう、欲望に忠実なところはいいね。んじゃ、行こうか。」

 オトコとホテルに行って、セックスをして、欲望を吐き出せればいい。
 それは、生理現象の一つなのだから仕方がない。
 独りで処理することはあっても、それだけでは物足りないから。
 その代用として、他人のカラダを使う。

「そういえば、籐也は、タチネコどっち?」
「相手次第。」
「うーん。じゃあ、どうしようかな。基本、俺も、どっちでもいいからなぁ。」
「誘ってきたの、想一でしょ?」
「籐也、後ろ使える?」
「え? あ、うん。」
「じゃあ、遠慮なく。させてもらいます。」

 そう言って、想一が覆いかぶさってきて、唇を重ねた。
 うーん、本当は、あんまりキス好きじゃないんだけどな。
 それでも、唇を開いて、想一の舌を受け入れて、絡み合わせた。
 あー、でも、この人キス上手いかも。
 舌で舌を愛撫されて、吸い上げられて。
「んふ……んん……」
 それから、するりと舌が抜けていって、今度は軽くちゅっと音を立てて、口付けられた。

 指先が、俺の肌を確かめるように撫でていく。
 そうして探られた感じる場所に舌を這わされて。
 やがて下肢に辿り着いた。

 勃ち上がりかけたペニスに触れられ、口に含まれていく。
 唇と舌、そして、指先を使われて器用に愛撫された。
 その愛撫を受け入れて、俺のペニスは十分に勃起していった。
 俺が感じているのを見届けて、想一は俺のアナルに指を這わせていった。

 ローションのぬめりを借り、指を挿入させていく。
 慣れてくると、挿入される指の本数が増えていった。
「ん……く……あぁ……」
「籐也、そろそろ、いい?」
「ん……うん。」

 指が抜き取られ、代わりにペニスがそこにあてがわれる。
 ぐいっと足を掲げられて、挿入されてくるペニス。
「くぅ……はぁ……」
 息苦しくってキツいけれど、それだけじゃない事を俺は知っている。
 何とか息を吐いて、力を抜こうと努める。

 その度に奥にペニスが入ってくる。
「籐也、動くよ。」
 そう告げられて、律動を開始された。
「は……あ……あぁ……」
 想一は決して焦らず、ゆっくりと腰を動かしている。
「んん……あぁ…!ソコ……あ…!」
 俺が、感じる場所を伝えると、想一は的確にソコを擦りあげてくる。
 その刺激に漏れ出てくるような快感がたまらなくって。

「あ…は…んん…ぁん……ああ!はぁ!」
 感じている声を止めることなんて出来ない。
「イイよ……籐也……もっと、感じて……」

 そうして、想一の手が俺のペニスに触れてくる。
「想一…そんなにしたら、もう、もたない……」

「籐也、いいよ。イっても。」
「んん!はぁ…あ!ぁあ……はぁん!」
 そうして俺は射精していた。
 想一の方も、その後すぐに達したようだった。

 帰り際に、メモを手渡された。
「これ、俺の携帯ね。また、遊びたくなったら、呼んでね。」

 想一の方は、俺の事を聞いて来なかった。
 だから、もし、また会うとしたら、俺が想一に連絡をした時だ。

 連絡を取るかどうか、まだ決めていない。
 取り敢えず、そのメモをポケットに突っ込んだ。

 俺を支配しているのは、幻想の中にある確かな肉感だけ。
 それでも、幻想の中でしか泳ぐ事が出来ない。
 生きている事全てが、夢、幻のようなものだから。

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