暴走書家

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『偽装と真実の仮面-6-』

 晴彦と会うようになってから、土曜の夜は、大概、一緒に食事をし、それからバーに立ち寄るか、そのままホテルに行くかのどちらかが多かった。
 一番初めに行ったような、凝った店にはあまり行かないけれど、それなりに、美味しそうな店を探して、食事を摂っていた。
 外食するならするで、それなりにプロの味というものを味わいたかったから。
 それは、静香と外食をする時も同じなのだが。
 そんな訳で、土曜日は、夕食を家で食べずにいたのだが、今週は、晴彦は遅くなるらしく、会いえるけれど、一緒に食事をするのは無理だと連絡があった。

「静香、明日だけど夕食、家で食べるから。」
「土曜日なのに? 会えないの?」
「いや、会うのは会うんだけど、夜遅くなるって連絡があったから。」
「わかったわ。」

 土曜の夜に夕食を摂る時は、静香に伝えておかなければならない。
 一人で外食する気にもならないし、静香は自分の分は作るのだから、それにあやかって作ってもらう。
 晴彦に会う前は、ずっとそうだったから。
 土曜日以外に、晴彦に会う時は、その時で、前もって静香に夕食はいらない、と伝える。
 平日に会うと、さすがに泊まる訳には行かないから、終電に間に合うように帰ってくる。
 土曜日に会う時は、大概泊まるから、朝食まで晴彦と一緒に摂ることになる。

 静香と俺との生活の間には、暗黙の内にそういうルールが作られていた。
 それで大きな齟齬をきたした事はなかったし、習慣化してしまえば問題はなかった。

 夜が遅いので、バーで待ち合わせをする事になった。
 定刻に間に合うように、いつも通り、15分くらい前に着くように家を出る。
 店に着くと、カウンターの端に座り、ウィスキーを注文する。
 待ち合わせの時間、23時になった頃、晴彦は現れた。

「隆弘、お待たせ。何とか間に合った。」
「忙しかったのか?」
「うん。ちょっと。でもそのおかげで、一仕事切り抜けたから。」
「そっか。お疲れ様。一杯、やってくだろ?」
「うん。マスター、クラッシックお願い。」

 『クラシック』とはブランデーをベースにして、オレンジ・キュラソー、マラスキーノ、レモンジュースをシェイクしたものだ。
 晴彦は、割と、あまり、辛めでないものを頼む事が多い。柑橘系の物がかなり好きらしい。

「もう少し暑くなったらさ、ビアガーデンでも行きたいよね。」
「そうだな。」

 そういえば、もうそんな時期か、と思う。
 春先に出会って、もう7月を迎えようとしているのだ。
 いつの間にか、時は経っていく。

 グラスを空けると、夜の街中に出て行った。
 行く、といっても、こんな夜遅くに行く場所なんて決まっているのだが。
 晴彦の家に入ったことがないし、もちろん、俺の家にも呼べる訳がない。
 だから、自然とホテルに行くことになる。
 そして今宵も。


「…ぅん…あ…あ…隆弘…あ…」
 俺が突き上げる腰の動きに合わせて、晴彦のカラダも揺れる。
 お互いのカラダを求め合うように繋げて、揺すり上げる。
 そしてその快感を分かち合う。

「あ…はぁ…も…イ…きそ……」
「俺も、もう…いいよ、イって……晴彦…」
 突き上げながら、勃起したペニスを擦りあげて、解放を促す。

「ふぅ…く……あぁ!」
「んん……くっ」

 射精を迎えて、快感の余韻に浸って晴彦は、俺の胸に頭を預けている。
「隆弘の心臓の音が聞こえる。」
 トクン、トクンと脈打つ心臓。
 その速度は、次第に落ちついていって、一定のリズムを刻んでいく。

「ねえ、隆弘。」
「ん? なんだ?」
「今度は、俺がイれてもいい?」
「あ、ああ。」

 晴彦は体勢を立て直して、俺の上に覆いかぶさってきた。
 そして口付けて。
 その舌先で求め合うのは、いつもと同じ。
 絡め合って、吸い上げて、甘噛みして。
 それが、お互いの官能を高めていく。

 そして、指で、肌を探って、感じられる場所を刺激していく。
 その感じられる場所を、舌先で追って、肌を、きつく吸い上げて。
「ん……」
 思わず吐息が漏れるのは、確かに感じているから。
「ここ、感じる?」
 そう問われて、乳首を弄られて。
「ああ……」
 生暖かい舌で舐められたのがわかる。
 そうして尖った先を吸い上げられて充血する。
 そこを、指で摘みあげられて。
「ん…あ……晴彦…」

 愛撫を受けて、ペニスが勃起していく。
 そうして、愛撫を加えている晴彦のペニスも硬くなっているのがわかる。

 カラダの位置を入れ替えて、お互いのペニスが、お互いの口元に来るようにして、口と、指で直接ペニスに刺激を加えていく。
 晴彦に咥えられて、充血し硬度を増す俺のペニス。
 そして、同様に十分に勃起していく晴彦のペニス。
 感じながら、感じさせて、それが興奮を誘う。
 俺も、晴彦も、丹念にそれを舐めあげ咥えこんでいく。

 晴彦は、それと同時に、ローションで俺のアナルに指を挿入していく。
 舐めあげながら、裡を刺激して、入り口を解して。

「晴彦……も…いいよ…」
「うん。」

 俺が促したのに対し、晴彦は、ゴムを装着し、亀頭をアナルに押し当ててゆっくりと挿入していく。
 始めはキツいけれど、慣れていくのはわかっているから。
 晴彦も、俺が慣れるのを待ってくれている。
 根元まですっぽり入り、カラダを密着させている。

「隆弘、もう大丈夫そう?」
「ああ。」
 それから、抽挿を開始する。
 内臓を引きずり出される感覚と、押し込まれる感覚が、繰り返される。
 奇妙な感覚だが、それがまたイイと感じてしまうのが不思議な所だ。
「あ…ああ!……はぁ!あ……」
「イイ? ここ。」
 俺のカラダが反応した場所を晴彦が刺激してくる。
「ん…んん!…あ!……」

「キツいよ、隆弘。俺、もう、イっちゃいそう……」
「も…ちょっと……あ…ああ!」
 そう言っている間にも、晴彦の動きは激しくなっていて、ガクガクとカラダが揺さぶられる。
「ダメ…も…イ…くぅ…!」
 そうして、俺のアナルの中で晴彦は射精した。

「ゴメ……。」
「いいよ。」
「ちゃんと、スルから。」
 晴彦は、再び、俺のペニスを咥え、指で、扱いてきた。
 今度はちゃんと射精を促すように強く刺激してくる。
 限界に近付いていた、俺のペニスは、やがて、精を吐き出した。

 精液で汚れた、指や腹をティッシュでぬぐっていく。
 それからまた、晴彦は、俺の指に自分の指を絡めてきた。
 でも、性欲は、もう満たされていて、それは、単なる戯れに過ぎない。

「汗かいたままだとカラダに悪いよ。」
「そだね。」
 名残惜しげに指を離し、晴彦はシャワーに向かっていく。
 そして、きちんとバスローブをはおり、出てきた。
 交代に、俺はシャワールームへ向かう。

 今夜こそは、といつも思うのだけど、なかなか告白できずにいる俺。
 きっかけが、中々掴めない。
 色々話をするけど、深く突っ込んだ話までは。
 そういえば、俺たちは、お互いの仕事の事も何も知らないんだな。

 知らなくても済む事だけど、知りたいと思うのは、相手のテリトリーに少しでも入っていきたいから。

 シャワーを浴び終え、ベッドにいる晴彦の元へと向かう。
 そうしたら、また軽く唇を寄せてきて、指を絡ませてきた。

「晴彦って、仕事何してるの? 今日は随分遅かったんだね。」
「俺? えーっと、あの、一応、小説書いてるんだ。」
「へえ、小説家。それで生活してるの?PNは?」
「一応生活できてる。PN考えるの面倒くさくって、本名使ってるけど。」
「神崎晴彦、だっけ?」
「うん。」
「結構不規則な生活なんじゃないの? 今まで、俺に合わせてて大丈夫だった?」
「うん。何とか、上手く調整してたし。晴彦は? 会社員?」
「いや、俺は、大学で助教してるの。主に研究かな。」
「へえ、何の?」
「『細胞工学』って知ってる?人工的操作によって細胞を加工したり,胚細胞(発生初期の細胞)を培養するの。」
「へえ、わかんないけど、先進的なことなんだろうね。」
「一応ね。本当にものすごく細かいことなんだよ。晴彦が、弄ってる指が、とても大切なんだ。」
「色々器用なんだね。隆弘の指。」

「始めのときから言ってたよね、俺の指が好きだって。」
「うん。なんかね、似てたんだ。俺を救ってくれた指に。あいつが、あの時、手を差し伸べてくれなかったら、今の俺はないと思う。」
「昔の恋人?」
「恋人……だったのかな? 一緒に暮らして、セックスもしてたけど、多分、恋人とは違ったんだと思う。あいつも、俺の事を、そういう風には見てなかっただろうし。」
「それでも、大切な人だったんだろう?」
「そうだね。全然違ったんだけどね、お互い寂しかったんだ。それを必死に隠して押し殺して生きていて、でも、それをお互い見抜いていたんだ。お互いの、寂しさを癒せればいいって。その為に一緒にいるのは心地良かった。」
「どうして終わりにしたの?」
「自分の弱さを認められて、それで、今度は自分の足で、しっかり立ってみようと思ったんだ。それが、ちょうど、あいつの大学卒業の時と、俺の小説家としての第一歩を踏み出せた時だったから。あいつといても、上手くいったと思う。だけど、別の可能性を試してみたかったんだ。」

「その彼が、何となく羨ましいな。そういう人間と出会えるって、そうそうない事だから。」
「でも、あいつと別れてなかったら、隆弘と出会ってないじゃん。それに、あいつと出会ってなかったら、多分、誰かと、真面目に付き合おうなんて思ってなかったと思う。」
「寂しい、って感じるのは人間として自然の摂理だと思うけどね。きっと、君達のはとても深かったんだろうね。」

「俺さ、兄貴の事が好きだったんだ。そういう対象として。もちろん叶わないってわかってたけど。それでも、その内、違うオトコの事が好きになれるんじゃないかと思ってた。兄貴は本当に出来のいい人間でさ。親も期待してたし、俺もそんな兄貴を尊敬もしてた。けどね、兄貴には、それが重荷みたいだったんだ。出来の良い人間である事、親の期待に答える事、弟の俺の尊敬を裏切らない事。それを演じるのに限界がきちゃったみたいでさ、優秀な大学に入ったんだけど、自殺しちゃったんだ。俺はまだ兄貴の事が振り切れてなくって、親も、まさか、兄貴がそんな事になるなんて思ってなかったみたいで、家族がバラバラになっちゃったんだ。寂しいのは俺だけじゃない、両親もそうなんだって、だから、悲しんでばかりいられないって。だから、わざと明るく振舞ってた。そんな俺を見抜いてくれたのが、あいつだったんだ。」

「……今、彼はどうしてるの?」
「知らない。探そうと思えば出来るだろうけど、してない。そういえば、あいつ、大学院に行くって言ってた。案外、隆弘と似たような道を進んでるのかも。」

「そう。会うのは怖い?」

「そうじゃないけど。過去からは卒業したから。」
「でも、晴彦の今があるのは、全部過去をひっくるめてだよ。辛い過去も、受け入れられたから、今があるんでしょ?」
「そうだね。もしあいつが、今幸せなら、会ってみたいと思う。」
「晴彦は、今、幸せなの?」
「そうだね。」

「人が人を好きになるって、例えどんな過去を持っていようが、いや、過去の全てが現在のその人を形成させてるんだよね。」

「それがわかっていても、正直好きだから、嫌な過去とか、昔の好きだったり、付き合ってたりした相手の事を話したくない。でも、話さないと、先に進めないんだ。だから、隆弘には、やっぱり知って欲しかった。」

 俺も、やはり話さなければならないんだろう。
 きっと、これはいい機会だ。
 晴彦が、作ってくれたこの機会を逃す訳にはいかない。
 結果、晴彦が、俺の事をどう思おうとも。
 それが、現在の俺であり、俺が選んだ人生なのだから。
 そして、話す事により、俺はきっと、一歩踏み出せるだろう。

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『偽装と真実の仮面-5-』

 二兎追うものは一兎も得ず、とはよく言ったものだ。
 俺にとって、やはり、静香は静香で特別な存在。
 そしてまた、晴彦は晴彦で特別なのだ。

 晴彦とは、ホテルで朝食を取った後、いつまでも一緒にいる訳にはいかなかったので、次に会う約束をして別れた。
 日曜日の昼食と夕食の担当は俺なので、それに間に合うように家には着いた。
 昨日話題に出ていた所為か、チーズリゾットが食べたくなってそれを作った。

「『sottotetto』に行くって言ってなかったっけ? イタリアン続きでいいの?」
「行ったから、何となく食べたくなっちゃって。昨日は、コースにしたから、リゾットは食べなかったんだ。」
『『sottotetto』のリゾットの次くらいに美味しいわ。」
「俺も、『sottotetto』に勝てるとは思ってないよ。でも、その次だなんて嬉しいな。」
「まあ、でも、私の舌をあてにされても困るんだけどね。」

 静香はあまり食べ物に頓着する方ではない。
 それなりの味で、食べられれば、それでいい、と言う人間だ。
 それでも、静香の料理は、一つのものに凝りだして、それを追求する、俺の料理とは違って、レパートリーが広く、栄養バランスもよく考えられている。
 『いい奥さんになるよ』なんて言ったら、多分、静香は嫌がるから言わないけど、毎日毎日、毎食毎食、凝ったものばかり食べるのも、やっぱり無理で、日常の料理は、やはり静香の作ったものの方が良い。

 俺が、週に一度だけど、いわゆる『家庭的』ではない料理を追及する性格は、静香に言わせれば『研究者向き』と言うことになる。
 俺自身も、本当はそれ程、日々の食べ物に固執するタイプではない。
 もし仮に、3日間カレーライスが続いたとしても、何とも思わずに食べるだろう。

 だから、毎日の食事で、『昨夜、何食べた?』と聞かれても、覚えてはいない。
 毎週やってくる日曜日に『次は何をつくろうかな』という事は考えたりしていても。
 日曜の夕食は、たまに外食をする。
 ネットで店を調べていて、ここに行ってみたいな、と思ったら、そこに出かけたりして。
 一度、中華料理のコースを食べたくなったことがあったけど、やはり、あの円卓を楽しむのには、2人では寂しい、と言う静香の指摘もあって、職場の仲間をなんらか理由をつけて集めて食べに行ったりもした。

 晴彦とは定期的に会うようになった。
 だからといって、特別、日常に変化が起きた訳ではない。
 楽しみが一つ増えた、と言う事くらいだろう。
 『恋人』と呼んでいいのだろうか。
 でも、事実を見れば、『不倫』に他ならないのだが。

 『不倫』
 決していい響きではない。
 けれど、そうなってしまう事は、静香と結婚した時に俺は覚悟していたはずではないのか?
 その形態が違ったとしても、静香と俺は夫婦なのだ。
 婚姻届に判を押した瞬間から、それは決まっていた。

 俺は、静香と結婚した事を後悔はしていない。
 実際、ゲイの中にも、結婚して、子供を作っている人間だっている。
 結婚はしていても、静香は俺に『夫』として、『男』として俺を見ている訳ではないし、俺も、静香の事を『妻』として『女』として見ることはない。
 それじゃあ、俺達という夫婦は何なのか? と問われても、答えに窮してしまう。

 静香は、『女』である自分を嫌悪している、と言うけれど、一方で、『女』である事を求めている。
「見栄っ張りなのよ」
 静香はそう言う。
 かつて、俺と結婚する前、多分誰とも結婚しないだろうと思っていた時でも、『出来ない』のではなくて、『しない』と人間だと思われたいのだと言った。
 そういう対象として見られる事を嫌いながら、必要最低限のお洒落をし、化粧をしていた。
 それは今も変わってはいない。
 お洒落をしたり、化粧をしたりするのは、同性から見た自分がちゃんと『女』として見られる為だという。

 今では、『男性用化粧品』などというものが存在しているが、それでも、ファンデーションや口紅などはしない。
「女性にとって化粧は社会に出るための武装の一つ。どうして、スッピンじゃいけないのかしら。男だって化粧をすればいいのに。」
 『女』だと見せる為にする『化粧』。
 『女』を捨てている、と見せない為に。

 そんな静香は、家の中ではスッピンでいる。
 それで、十分綺麗だと思うのだが、世間ではそうではないらしい。
 静香いわく『夫の前でも化粧を落とさない女』はいるらしい。
 それも仮面の一つなのだろうと思う。
 そういう夫婦は、お互いに何を見ているのだろうか。

 女性とは付き合わない、俺にはわかりかねる事だ。
 俺は、『男』であって、『男』である人間が好きだ。
 『男』でも、ニューハーフ(これも面白い言葉だと思う)や、女装する男性などは対象にならない。
 実は、そう言った種類の人間は、むしろ『女』を感じさせるから、本当の『女』同様に遠い存在だといえる。

「静香は、自分の大切な人間が二人溺れていたら、どうする?」
「どちらかを選択する、ってこと?」
「実際には、両方、って言うのは無理じゃない? 辛いかもしれないけど、選ばなくっちゃいけないんだ。」
「それ、以前、漫画で読んだことがあるわ。曖昧にしか覚えてないけど、男性に向かって尋ねるの。恋人と母親が崖から落ちそうになっていたら、どちらを助けるかって。その漫画の中で、それぞれキャラは、色々考えた挙句、答えを出すんだけど、出題者の正解の意図は『答えがない』ってことなの。でも、現実は残酷で、実際そういう場面はありうるんだって。そして、選ばなければならないんだって。残酷な決断だけど。」

「やっぱり、全てを得る、なんて事は出来ないんだよね。」
「確かに、そういう場合もあるかもしれないわ。『命を助ける』なんて究極よね。そうね、私は残酷だから、多分どちらも選べずに見捨てるわ。だって、もし、助けようとして、自分まで巻き込まれてしまったら嫌じゃない? 若しくは、私は、偽善者だから、両方に手を差し伸べて、力不足で、3人とも命を落としてしまうか。片方だけ助けて、もう片方を助けられなかった事を悔いながら生きるのは嫌なの。」
「命の選択まではいかなくっても、人生において、幾重にも別れている道の一つを選ばなければならない事ってあるんだよね。その選択が間違っていたか、正かなんて、選ぶ時点ではわからない。後になって、後悔して、あの時、別の道を選んでいたら、って思うかもしれないけれど、もしかしたら、別の道を選んでいた場合、もっと酷い目にあっていたかもしれないんだよね。」

「歴史に『if』なんて無いと言うわ。無意味だと。でも一方で、それを考えるのも有意義な事だと。未来へ繋ぐ為に。でも、本当に、それは生かされているのかしら? きっと誰にもわからないわよね。先になってみないと。」
「そうだね。それで現状に満足出来ずに言うんだ。『昔は良かった』と。より良い未来を作り上げようと生きてきた筈なのに、」
「過去を振り返る事は大切だわ。でも、それで懐古主義に浸っていても仕方がないのに。」
「人間の歴史、ってそんなものだよね。後悔はしても、その時くだした決断を否定したくはない。その時は、それが精一杯考えての事だったんだから。」
「隆弘は何でいきなりそんな事、私に尋ねたの?」

「……俺にとって、静香は特別だし、別れたい、とは思えない。でも、実際恋人が出来てしまったら……。」
「それって、今、付き合ってる人の事?」
「うん。静香と、その人とは全然違う。なのにやっぱり、どちらかを選ばなければいけないんだろうか、と思って。」
「離婚することになっても、隆弘と私の関係は変わらないと思うわ。そりゃあ、親戚には多少ばつは悪いかもしれないけど。」
「それは、俺も、そう思ってる。確かに、結婚は形式上のものかもしれない。でも、俺にとって、それ以上の意味を持ってしまってる。」
「ごめんなさい。私には何も言えないわ。私の方から、別れて、とは言えない。例え、受け入れる覚悟が出来ているとしても。」

 晴彦と静香では全然違う存在だ。
 言葉にしてしまえば『大切な人』そうなってしまうけれど。
 そんな、種類の異なる大切なものを同じ天秤の上で計る事が出来るだろうか。
 そうする事自体間違いだとわかっていても、それしか方法がない。

 晴彦に会うたびに静香の事を話そう、話そう、と思っているのだけれど、いざって言うきっかけがない。
 それをいい事に、ずるずると関係を続けてしまっている。
 晴彦の事を恋人として愛している。
 けれど、人間関係それだけではないから。
 全てが、恋愛で成り立っている訳ではないから。

 本当に、静香との結婚が、ただの偽装結婚だっら、もう少し割り切れていただろうか?
 どっちのほうが、狡い男でいられただろうか。
 人生は、計算通りには進まない。
 だからこそ、生きる価値がある。
 もっと計算高く、静香とも、晴彦とも付き合えたなら。
 不器用な人間だ。
 でも、器用に生きようとは思わないし、そうなれるとも思わない。

 ゲイとして、特定のパートナーと付き合いたいのなら、結婚すべきではない。
 結婚したゲイならば、特定の恋人を作るべきではない。
 ココロも、カラダも欲しいと願うのは、贅沢なのだ。
 結婚すると決めた時から。

 静香が普通の『女』なら、『浮気』する俺を責めるだろう。
 しかし、そうではないから、俺は静香と結婚したんだ。

 晴彦に対しても、これ以上、話さずにいる訳にはいられない。
 結果的に、今は、晴彦に隠している事になってしまっているけれど、『嘘』を付きたくないから。
 必要な『嘘』もあるとは思うけど、きちんと、晴彦とも向き合う為に。
 その結果、晴彦に振られる事になったとしても。

 そうして、俺は、また晴彦に連絡を取った。
 もし、次回が駄目でも、その次回にこそ。
 その、先延ばしにしようとする思考が駄目なのだろうけどな。

 真実は、1つのようで、決して1つではないと思う。
 その複雑さゆえに見失って、足掻いて、生きていく。
 例えそれが、釈迦の手のひらの上を這いずり回っているに過ぎなくとも、それは、格好悪い事ではない。

 俺の人生は、俺が決めるしかないのだ。
 どれだけ周りを巻き込もうとも。

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『偽装と真実の仮面-4-』

 相手に対する印象というものは、勿論一目会っただけではわからない。
 少ししゃべったからといって、わかる訳でもない。
 何かを装っているなら尚更、その本質を見抜くのは難しい。
 だが、人が何かを演じている時、それを見抜いてあげるのが親切なのか、そのまま騙されてあげるのが親切なのか、迷うところだ。

 誰にも悟られたくないから、仮面を被って、その自分という役を演じている。
 それに気付いて欲しいと、何らかのサインを送っていたとして、それが誰でも良い訳ではない。
 俺は、静香と結婚して始めの方は、静香を強い人間だと思った。
 実際、静香は、一人で生きる事が出来る為、強くあろうとしていたのだろう。
 けれど、やはり静香もやはり人間だという事。
 勿論、多少、他人と相容れないところがあったとしても、いや、相容れないことが多いと知っているからこそ、静香は自分の弱さを知っていた。
 俺に助けを求める訳ではない。
 静香は、それを望んではいない。
 俺に出来るのは、そんな静香を見守ってやる事だけだ。
 そして、その事を静香は望んでいる。

 晴彦の事は静香には話していない。
 静香に言ったところでどうなるものでもないし、静香としても、何とも言う事は出来ないだろう。
 あの晩飲みに出かけた事は知っているし、土曜日の夜に夕食を摂らず、他人と食事に行く。
 ただ、その事実を伝えただけだ。
 いいオトナなんだから、夜遅く帰ったとしても心配はない。
 ただ、住まいを共にするものとして、一応の報告は必要だ。

 週末はすぐやって来た。
 土曜と言えど、一応仕事はあったが、一旦家に帰り、私服に着替えて出直した。
 待ち合わせに遅れまいと15分程余裕を持って着くように行ったが、もう既に、そこに晴彦の姿はあった。
 携帯電話を持ってなにやらいじっている。
 それほどの人混みでもなかったので、すぐに声をかける事が出来た。

「ごめん。早めに来たつもりだったんだけど、待たせちゃったみたいだね。」
「俺、結構方向音痴だからさ、始めてくる場所にはどうしても余裕を持って来ちゃうんだ。やっぱり、人を待たせるのって失礼でしょ? でも、もし見つけられなかったらどうしようとか、心配してた。実際来てみて、そんなに広くなかったから安心したけど。」
「連絡先、聞いておけば良かったかな。昔と違って、今は携帯が普及してるから、電話を掛けるのも、メールで連絡をするのも便利だし。」
「そうだね。すっかり忘れてた。顔覚えてるから、いいや、とか思って油断してたかな。」
「俺も。でも、ちゃんと見つけられてよかった。本当は、俺が先に来て、晴彦を待ってるつもりだったんだけどね。」
「待つのってあんまり気にしないけど、人を待たせるのって、気を使っちゃうんだよね。」

「お互いそうみたいだね。待ち合わせ時刻より早く来るんだから。最も中には、遅れてきて平気な人間もいるみたいだけどね。」
「そうだよね。初回から遅れてくるのはどうかと思うけど、付き合いが長くなる内に、いっつも予定時刻より遅れてくる人間っているよね。」
「経験あり?」
「あるよ。本当に昔の話だけどさ、何人かで遊びに行こうっていう時に絶対遅れてくる奴がいたの。当時はさ、まだ携帯なんかなくってさ、始めは心配してたんだけど、そういう奴なんだとわかって、数回目からは、そいつにだけは、他の人間より早めの待ち合わせ時刻を設定しておくの。」
「今だったら、携帯があるから、状況を把握できるよね。」

「今は誰かと、待ち合わせなんて滅多にしないけどね。隆弘なら、何の連絡もなく、相手が来なかったら、何分経ったら、連絡取る?」
「うーん。15分くらいかな。電車一本分くらい。晴彦は?」
「俺も、それくらいかなぁ。もしさ、連絡が取れない場合、今日みたいに連絡先知らずに待ち合わせしてさ、もしだよ? 会えなかったら、どれくらいしたら帰ってた?」
「1時間くらいかなぁ。それ以内に会えたら、多分、道に迷ってたりしたんだろうし、それ以上は待っても、もう振られたとして、諦めて帰るんじゃないかな。」
「家に?」
「多分飲みに行ってるだろうけど。」
「もしかしたら、そっちで鉢合わせしてたりして。」
「その可能性もあるね。」
「まあ、どっちにしても、会えたって事で、良しにしよう。」
「うん。店、予約入れてあるから、行こうか。」

「結構混むの? その店。」
「店自体が広くないからね。それに一応隠れた名店だし。土曜の夜って事もあるし。」
「この間会ったの、火曜だったよね。あんまり期間なかったと思うんだけど、予約取れたんだ。」
「うん。なんとかね。」

 駅から5分と歩かない少し奥まった路地裏にその店はある。
 そんなに派手な店構えじゃないけど、一応、イタリア料理店の構えは取っている。

「へえ、結構、お洒落だね。えっと、『sottotetto』? 『ソットテット』って読んでいいのかな? イタリア料理だから、イタリア語とか?」
「うん。そう。俺も、店長に尋ねて知ったんだけど、『屋根裏』とか『屋根裏部屋』って言う意味なんだって。」

 店内に入ると、ほの暗く明かりがついている。
 奥に4人掛けのテーブルが二つと2人掛けのテーブルが6つ並んでいる。
 内装にも店長がこだわりを持っているようで、イタリアワインの空きボトルや中世イタリアを描いた絵画、ランプが掲げられている。

「すいません。20:00に予約していた『成瀬なるせ』と申し上げますけど。」
「はい。承っております。2人様ですね。こちらの席へどうぞ。ただいまメニューをお持ちいたします。」

 そうして席へと案内される。
 席と席は壁で隔てられていて、ちょっとした個室感覚だ。

「どう? こういう店。落ち着いた感じの店でしょ?」
「そうだね。さっき聞いちゃったけど、苗字、成瀬さん、って言うの?」
「うん。そう。成瀬隆弘。」
「俺も名乗ってなかったっけ。フルネームは神崎晴彦。」
「そういえば、この店、禁煙なんだけど大丈夫? そこら辺聞いてなかったな。」
「うん。俺、煙草吸わないし。」
「そう。良かった。実は、俺、煙草苦手なんだ。」
「俺は、相手が吸う分には気にならないけどね。まあ、でも、煙草って臭いが移るからね。」

 店員が、メニューと水の入ったグラスを持ってやってきた。
「どうする? 一応、コースメニューとかあるけど。」
「俺、イタリアンのコースって食べたことないや。パスタ単品でとかしか。」
「値段も手ごろだし、お勧めコースってことでいい? あ、ワインもいけるよね。」
「はい。」

 まあ、実際、『お勧め』って言うのは選ぶこっちとしては気が楽だ。
 でも、それを偽らない品物が出てくるからありがたい。
 決まった所で、店員を呼ぶ。

「注文いいですか? シェフお勧めのコースで。ワインもお願いします。」
「かしこまりました。」

 前菜がやってくるまでに晴彦と連絡先の交換をした。
 電話は苦手だ、という晴彦に、実は、自分も、と笑って答えた。
 メール自体も殆どしないと言う。
 それでも、万が一の為に携帯は持っているのだと。
 だから、機能にはこだわらず、何年も同じ携帯を使っていると言った。

 携帯電話は、今は多種多能な機能を持って、次から次へと新しい機種が出てくる。
 俺自身は、半年前ほどに、もう何年も使っているので、そろそろ買い換えてもいいか、というので、一応新しい機種を買ったが、その機能の殆どを使っていない。
 着信音も、始めから携帯に備わっている、クラッシック音楽を使っている。
 晴彦は、電話特有の音を使っているという。
 その方が、電話が鳴ったという気がするかららしい。

 やがて料理が運ばれてくる。
 本場、イタリアンではあるが、シェフの手を加えられて、日本人好みに味付けが多少変えられてあると言う。

「今回のコースにはないけどね、『キノコのチーズリゾット』が結構美味しいんだ。チーズが嫌いじゃなかったら、一度味わってみると良いよ。」
「食べたことあるんですか?」
「うん。俺、チーズが元々好きだからね。結構いろんな所のチーズリゾット食べてるよ。それが高じて自分でも作ったりするし。でも、ここのチーズリゾットには敵わないね。」
「へえ。もしよかったら、また、連れて来てくださいよ。一人じゃ、味気ないし。」
「機会があればね。サラダとリゾットくらいだったら、ランチでもちょうどいいかな。」
「他にも、色々隠れた名店、とか詳しいんですか?」
「詳しくはないけど、興味はあるね。ネットとかチェックしたりしてるし。グルメって程じゃないけど、やっぱり、美味しいって感じるもの食べたいじゃない?」
「俺は、あんまり興味なかったなぁ。お腹がふくれれば良いというか。確かに、この店の料理は美味しいと思うけど。」

「俺も、若い頃はそうだったよ。食べられれば何でも良いと言うか。歳を取ってくると、何か楽しみが欲しくなるんだよね。」
「歳を取るって、俺と3つしか違わないじゃないですか。」
「楽しみは人それぞれってことで、たまたま、俺が興味を持ったのが料理だったんだよ。」
「楽しみかぁ。俺は何だろうな。」
「深く考える必要はないけどね。」

 食事をワインを堪能し、食後に出てきた、コーヒーをすする。
「普段、インスタントしか飲まないなぁ。しかも、ミルクも砂糖も結構入れて。」
「それなら、一度、ブラックで飲んでみるといいよ。相性が良ければ、ミルクや砂糖はなくても美味しいよ。」
 俺の言葉に、晴彦はとりあえず、何もいれずに一口、口に含んだ。
「あ、ほんとだ。美味しいかも。」
「直挽きしてるからね。豆の種類にもよるけど、コーヒー自体の味が違うよ。」

 晴彦はその店を気に入ってくれたようだ。
 やっぱり、一緒に食事をして、会話をするのなら、美味しいものの方が良い。
 もちろん、好みは人それぞれだから、相手が、その店を気に入ってくれるかどうかはわからない。
 でも、自分が美味しいと思った店を紹介するしかない。
 自分の味覚に自信がある訳じゃないけど、自分が美味しいと思えない店を紹介する事なんて出来ないし。
 紹介するのはちょっと怖いけど、気に入ってくれた時はかなり嬉しい。

「隆弘、この後どうする?」
「どうしようか。」
「俺の家……って言えれば良いんだけど、残念ながら、他人が足を踏み入れる場所がないようなところに住んでるから……。」
「ええっと……俺も、似たようなものかな。」
「仕方ないから、ホテルにしよっか。」
「土曜の夜だから混むだろうなぁ。」
「それ専門は無理か。」
「普通のホテルなんて使わないけど……ネットで調べてみるか。幸い携帯があるし。」
「うん。」

 幸い、というか、何とか、近場でツインの部屋をとることができた。
 男同士だから、普通のホテルで、ダブルって言うわけにはいかないからな。
 普通のホテルだから、ゴムとかローションも常備していない訳で。
 お互い持ち歩いているわけではないから、専門の店に寄って買い物をしてから向かった。

「隆弘ってタチ?」
「どっちかって言うと、基本そうかな。別にネコが嫌なわけじゃないけど。」
「俺は、結構どっちでもいいかなぁ。」
「気分次第?」
「それと相手次第。」
「それで今日は? どんな気分?」
「え? 俺に選ばせるの? だって、基本的に隆弘はタチなんでしょ?」
「うん、そうだけど、何となく聞いてみたくって。」
「隆弘がシたいようにシて……。」
「うん……。」

 シャワーを浴びて、裸のまま抱き合って唇を重ねた。
 舌を口腔内に進入させて味あうと、先ほどのコーヒーの味がほんのりとした。
 お互いの口中がその味で満たされているから、本当に僅かにだけれど。
 舌と舌を絡め合わせて、吸い上げる。
「ん……」

 一旦、唇を離し、唾液で濡れた唇にもう一度口付けた。
 舌で口腔内を愛撫していく。
 今度は、舌を吸われて、軽く甘噛みされた。

 口付けながら、一方で胸に指を這わせ、乳首を刺激する。
 小さな突起を摘み上げると、その刺激に少しツンと立ち上がる。
「あ……は……」
 それに感じたのか、晴彦は、俺の唇から自分の口を離した。

 舌を解放されて、俺は、晴彦の肌に舌を這わせた。
 首筋を舐めおろし、鎖骨に軽く歯を立てる。
「んん……」
 そこから、先ほどまで、指で刺激していた、乳首へと口を移す。
 充血し、尖った乳首に吸い付き、歯で刺激を与える。
「あ……は……んん……も…隆弘……」
 その先を促されて、勃ちあがったペニスに触れ、口腔内に取り込んでいく。
 芯を持った幹の部分を指で押さえ、できるだけ深く、口に含む。
 その状態で、舌で刺激したり、吸い上げたりする。
 敏感なカリの部分に軽く歯を立て、今度は根元から先端に向かって舌を這わせる。

「く…あ…は……隆弘……もう…いい…よ…俺も…スるから……」

 体制を変えて、晴彦が、俺のペニスに口淫を加えていく。
 口の中でも十分に温かくって。
 その刺激だけでも、イけそうだったけど、その快感を十分味わって、晴彦にその行為をやめさせた。
 そうして、今度は、俺が、晴彦のアナルに指を触れさせる。
 準備してあったローションのぬめりを借りて、ゆっくりと挿入していった。
「ん…く……」
 挿入する瞬間の異物感はわかる。
 けれど、それも次第に慣れていくから。
 その為に、指で解しているのだから。

 アナルの入り口をくつろげながら、裡を指で刺激する。
「ん…は…あ……ソコ!……」
 晴彦がうったえた部分を擦りあげていく。
「ああ……は……も……」
「うん。俺も……」
 そろそろ我慢の限界だ。
 指を引き抜いて、ペニスにゴムを被せ、指の代わりにペニスを挿入させていく。
「は……あ……あ……はぁ……」
 キツくなり過ぎないように、晴彦は息を吐いて力を抜こうとする。
 俺もそれに合わせて、ゆっくりと挿入していった。

 奥まで挿入して、晴彦が落ち着くのを待つ。
「もう、大丈夫そう?」
「あ…うん。」
 了解を得て、抽挿を開始する。
 始めはゆっくりと、そして、徐々に速度を速める。
 それでも、きちんと晴彦が感じられるように、その前立腺に狙いを定めて、突き上げるようにする。
「…あ…はぁ…んん!…あ…ああ!」
 確かに晴彦も感じていて、ペニスは硬く勃ちあがったままだ。

「あ…イイ…!!……もっと……もっと、シて!」
 晴彦が望むように突き上げて、その晴彦のアナルに俺自身のペニスは締め付けられて今にも達してしまいそうなほど感じている。
 もっと、ずっと、味わっていたかったけど、やっぱり、終わりはやってくる。
 俺は、突き上げながら、晴彦のペニスを指で刺激し、射精に追いやる。

「ん……はぁ…あ…イく……!!」
 そうして、腹の上に精液を放出した。
 晴彦が達したのを見届けて、俺自身も射精する。
「ん…く…ぅ……」

 射精の快感から醒め、萎えたペニスを晴彦のアナルから引き抜いた。
 そのまま、ベッドの上に倒れこんで息を整えていると、俺の指に晴彦が指を絡めてきた。
「やっぱり、指、好きなの?」
「ん……そうだね。でも、もう自然にいじってしまうのは癖かも。」
 セックスの後の気だるさに身を任せて、指の感覚だけを味わっていた。

「シャワー浴びる?それとも湯船浸かる?」
「ん……シャワー……。」
「先に貰ってもいい?」
「うん。」

 名残惜しげに指を離して、シャワーへ向かった。
 少しぬるめのお湯で、火照ったカラダを沈めていく。
 一通り、汗を流し終えると、晴彦と交代した。

 そういえば、帰らない、とは言っておかなかったっけ。
 晴彦がシャワーを浴びているうちに、俺は、静香にメールを送った。

 俺はやはり狡い。
 静香は良い。
 事情をわかってくれるから。
 だが晴彦には、まだ何も伝えていない。
 いつ伝えるべきか。
 もし、罰を受けるとしたら、俺だけでいい。

 このまま晴彦と付き合っていくなら、いつかは伝えなければいけない。
 そうしたら、晴彦と終わりになるかもしれないけれど。
 深く知り合わない内に伝えるべきなのだろうか。
 俺はまだ迷っていた。

 それほど晴彦の事を知っている訳ではない。
 晴彦の事を知りたいと思う一方で、静香の事も気になっていた。
 静香を手放したくないと思う、この気持ちは何なのだろう。

 後ろめたいのは、晴彦に対して。
 すまない。
 もう少し考えさせて欲しい。

 シャワーを浴び終えた晴彦が出てきた。
 そうして、俺が寝っ転がっているベッドに入ってくる。
「指、握っててもいい?」
「ああ」
 そうして二人、深い眠りに落ちていった。

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『偽装と真実の仮面-3-』

 誰かに、何かを話さないでいる時、それは、秘密にしているという事になるのだろうか。
 追求されて、答えをはぐらかした時、それは、嘘を付いている事になるのだろうか。

 あえて、自分がゲイであることをオープンにする人もいるけれど、そうしない人たちも沢山いる。
 別に、誰にも話さなかったといって、自分がゲイである事には変わらないし、自分自身の存在を否定している事にはならない。
 だから、俺は、ずっと、ゲイである事を打ち明けたりして来なかった。
 家族にさえも。
 もし仮に、打ち明けるとしたら、家族と友人、どちらの方が受け入れてもらいやすいのだろうか。
 ゲイでなくとも、独身を貫く男性はたくさんいる。
 その人にはその人なりの、それぞれの理由があるのだろう。
 もしかしたら、したくても出来ないのかもしれないが。

 そんな俺が静香という人間に打ち明け、その結果、どういう訳か結婚した。
 俺と静香の間にも、話していない事は沢山あるだろう。
 そして、それは、別にその必要がないのなら、あえて何もかもを打ち明けるのが最善の策ではないという事を知っている。
 悩んで、自分自身で、答えを見つけなければならない事もあるし、どういうカタチにせよ夫婦なのだから、相談して物事を決める事もある。

 もし何か、後になってから、「どうして話してくれなかったんだ」と言う事になったとしても、「特に話す必要はないと思っていたから」それ位で済んでしまう。
 それは、お互いがどうでもいいからではなく、お互いを一人の人間として、共に人生を歩んでいく者として認めているからだ。

 そうして何とか、結婚して一年が経った。
 盆に暮れ、日本独自の親戚が集う機会があるけれど、まあ、カタチだけは、一応参加しないと不味いだろうから、という事で、顔出しだけはしていた。
 長時間いると、きっと気不味いから。
 それは、お互いがそれぞれの親と話して、そうさせてもらっている。

 静香との生活が円滑に行われていたとしても、またその親となると別だから。
 それは、静香の方だって同じだろう。
 打ち明ける必要がないと言いながら、俺は、自分の親兄弟を前にするより静香といる時の方が自然でいられた。

 論文作成が佳境に迫り、静香も、俺も忙しい時を過ごしていた。
 研究の集大成として論文を仕上げなければならない。
 そして、それなりのものになれば、学会発表をすることだってありうる。
 どちらかというと、俺も静香も、研究する事の方が、好きで、論文というカタチにまとめるのは苦手だった。
 ある程度形式は決まっているとはいえ、単純作業のようで、頭を使わなくてはならなくて、とにかく苦手なものは苦手なのだ。
 もちろん、研究者として、それは必要な作業だから、出来ない訳ではない。
 ただ単に、どちらが好きかと問われた時に、研究をしている時の方が楽しい、それだけなのだが。

 それでも、論文を仕上げ、学会が終わると、一仕事した、という気分になれる。
 そんな良い気分のまま、俺は飲みに出かけた。

 自分がゲイであることを偽らなくてもいい空間。
 まあ、俺の場合は、静香の前でもそうだけれども、また違った雰囲気が店には漂っている。
 そして、そこに集う人間と話をするのも好きだった。
 一言にゲイ、といっても色んな種類のゲイがいる。
 けれど、店によって、集う種類の人間も異なるから、自分に向いている店を訪れるのが習慣だ。

 週の半ばという事もあり、そんなに大勢の客がたむろっている訳ではない。
 だが、そこそこ人は入っている。
 カップル同士で話をしているものもいれば、好みのタイプを探している人間もいる。
 俺は、店の中を一通り見渡して、カウンターに腰掛け、ウィスキーを頼んだ。
「お煙草はお吸いになられますか?」
 店員に尋ねられ、ノーと答えた。

 そういえば、今は、喫煙者もある種異端者だな。
 そう思う。
 この店でも、喫煙の空間は限られた場所に設置されている。
 だから、俺が陣取ったカウンターの席には煙草に煙はやって来ない。
 どちらかというと、俺自身も、あまり煙草の臭いが好きではないので、好ましいと思ってしまう。
 何かを嫌悪してしまう事、それはそれで、もう仕方がないのだ。
 差別をしているとか、そういう問題ではない。

 ただ、社会は複雑化している一方で、それを単純に見せかけようとする。
 そこで生まれる齟齬はどうやったら変えられるのだろう。
 その、社会のねじれにはまり込み、肩身の狭い思いをしている人間は、少なからずいるのだ。

 酒を飲みながら、そんな難しい事を考えていた訳ではない。
 酒を嫌う人間もいるだろう。
 実際、俺も静香も結構酒を飲む。
 それでも、飲みすぎたときの二日酔いの匂いは気持ち良いものではない。
 勿論、二日酔いの状態にある本人は辛いのだろうが、自業自得といったところだ。
 元来、日本人にはアルコールを代謝させる酵素が多く備わっていない人種だと言う。
 アルコール自体の臭いは良くても、その中間代謝物であるアセトアルデヒド臭は不快なものだ。
 二日酔いをもたらす原因物質でもある。
 酒を飲みすぎる人間に禁酒をさせる手段として、業と、二日酔い状態を作り出す、薬もあるくらいだ。

 まだ、酒を飲み慣れない頃は、限度を知らず、飲み過ぎる事もあったが、やはり、ほろ酔い加減で留めてておくのが一番気持ちが良い。
 勿論、これも、経験がものを言う。
 ただ、何度も失敗ばかりしている人間は愚かだと思うし、業と、酔い潰れるまで飲む人間は、多分、それ以上にその人間自身で制御できない何かを抱えているのだろう。
 そんな他人の事情に踏み込むのは野暮だと思っている。

 俺には、酒に溺れている奴がいたとして、それの手を差し伸べられるほど役に立つ人間じゃないし、きっと役立つことは出来ないだろう。
 何かを求めて、無茶をして、それを満たせるのは、多分限られた人間だ。
 それが病人で、医者ならば、それ相応の処置を取るだろう。
 けれど、俺はそんな事も出来ない。
 もしそれを、救える何かがあるのなら、それが見つかればいいと思うが、俺には、ただ、それを願う事しか出来ない。
 だからと言って、無力感に打ちひしがれている訳ではない。

 俺は、苦しむ人たちの為に何かをしなければならない、その為に自分を犠牲に出来るほど善人じゃない。
 キング牧師やマザー・テレサ、ナイチンゲールのようになりたい訳じゃないし、なれる訳でもない。
 彼らは、自らの意思によってそれを行ったのであって、確かに、多くの人を救ったかもしれないけれど、それは同時に彼ら自身の為でもあったのだと思う。
 粉骨砕身、という言葉があるけれど、決して、自ら意思を犠牲にしているのではないだろう。
 それが、人の『意思』というものではないのだろうか。

 語り継がれるような偉大な人間はいるけれども、本当に一人の人間とは、ちっぽけな存在だと思う。
 決して卑下して言っている訳ではない。
 自分を知る事。
 それは簡単なようで難しい。
 けれど、自分が望むように生きてみたいと思う。

 一杯目を飲み干し、もう一杯目を注文して、そのグラスに手を伸ばすと、隣から、一人のオトコが声を掛けてきた。

「お一人ですか? 隣、ご一緒させてもらってもいいですか?」
 特に断る理由もなかった。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
 そう言って、オトコは俺の隣に腰掛け、カクテルを注文した。

「綺麗な指ですね。」
 指? 俺の指のことを言っているのか? 多分、俺の指は、オトコにしては細いと思う。
 だが、長さは結構あるはずだ。
 顕微鏡を使った細かい研究をするのに、俺の指は確かに適していた。
 その指の細さから言えば、俺が行っている研究は器用さを伴えば、女性のほうが向いているだろう。

「そう? そんなことで褒められるとは思ってもみなかったね。」
「ごめんなさい。俺、何か人の指を見ちゃう傾向があるみたいで。」
「こういう指が好きなの?」
「指フェチって言われた事があります。」
「今は結構自覚してるっぽけど?」
「そうですね。そいつに指摘されて、そうなのかも、って思って。でも変ですよね。指だけ見て、その人に声を掛けるなんて。」
「さあ。どこを見て、他人に惹かれるか、なんて、その人それぞれじゃない?」
「まあ、そうなんですけど。やっぱり、ルックスとかって重要じゃないですか。」
「それもそれで、良いと思うけどね。」
「でも、実際、ルックスも貴方、好みかも。色々話してみたいですけど良いですか。」

 そのオトコを眺めてみる。
 年齢は多分、俺よりも少し下だろう。
 眼鏡をかけ、知的に見える割に、服装は、ジーンズにシャツ、といったラフな感じだった。

「別に、俺は構わないよ。」
「それって、俺は、貴方にとって、ルックス的にOKっていうこと?」
「否定はしないよ。」
「俺、晴彦って言います。年は、今28です。」
「俺は、隆弘。年は……この間31になったところかな。」

 それから、俺達は、当たり障りのない話しをした。
 特に何かを要求してくる訳でもないし、押し付けてくる訳でもない。
 それなりに、自分の価値観をもっていて、相手のそれを否定しようとはしない。

「いつも一人で来てるんですか?」
「たまにね。」
「またお会い出来ますか?」
「構わないけど……。晴彦は普段、よくここに来るの?」
「まあ、たまに。隆弘は、今度いつ、来るつもり? 俺、それに合わせるから。」
「いつって言われてもなぁ。今は、仕事が一段落着いて、時間は空けられるけど。」

「普通に日曜日とか休みのですか?」
「忙しい時は、日曜も出るけど、暫らくはないよ。」
「じゃあ、今週の土曜日は駄目ですか?」
「ああ、構わないよ。夕食とかはどうしてるの?」
「外食か、レトルトもの。たまにご飯炊いて、惣菜買ってくるとか、そんな感じです。」
「時間が大丈夫なら、一緒に食べに行く?」
「良いいんですか? それなら是非。」

「嫌いなものとかある? イタリアンとかは大丈夫?」
「大丈夫です。たぶん。好き嫌いは……色々ありますけど。」
「実は俺、今、イタリアンに凝ってて、美味しい店知ってるんだ。もしよかったらそこで。」
「お勧めなら、是非。」

 その店の最寄り駅を待ち合わせ場所にした。
 そんなに大きな駅じゃないから、迷うこともないだろう。
 改札口は、幾つかあるけど、その店に行く為に便利な改札口は待ち合わせても、迷わない程度に広くはない。
 詳細を打ち合わせて、その日は別れる事にした。
「じゃあ、楽しみにしてます。」

 そう言われて悪い気分はしない。
 実際その店は美味しいし、実は静香とも行った事のある店だ。
 そんなに広い店ではないが、パスタもいいし、リゾットもいい。
 ワインも良いものが揃っている。
 それでいて、そんなに値が張らないのだ。
 気どった店ではないから、普段着でも入れる。

 晴彦が俺に何を求めているかまだわからないし、俺も、晴彦に何を求めているかわからない。
 もしかしたら、晴彦と静香を天秤にかける日が来るのだろうか。
 いや、いざとなったとき、俺は、やはり、静香の事を話すべきなのだろう。
 そうなった時、晴彦が、どう感じるか。
 それは予想が付かない。

 『自分の為に生きる』そう言った静香を否定しないし、俺もそうしたいと思っている。
 だったら、もし、仮に、選択した道に失敗が待っていようとも、進んでみようと思う。
 例え、それで全てを失ったとしても、俺自身を失わないでいたいから。

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『偽装と真実の仮面-2-』

 人は結婚をする時、それに何を望むのだろうか。
 結婚生活を持続させる為に必要なものは何だろうか。
 ひとえに夫婦といっても、世の中に存在する夫婦の数だけ、その関係性は異なっているのではないだろうか。

 静香は、自分を古い価値観を持った人間だと言った。
 オンナはオトコと結婚して始めて幸せになれるものではないという事はわかっている。
 結婚したからといって、上手くいっていない夫婦はこの世にごまんといる。

 独身で過ごしたとして、世間的に低く見られるのはどちらなのだろうか。
 今、この日本には男性の方が圧倒的に多い。
 だから、オトコが溢れても仕方がない。
 統計上はそうなる。

 俺から見て、静香なら、仮に結婚しなくても、事実上困ることなく生きていけるのではないかと思う。
 キャリアウーマン、その言葉が当てはまらないでもない。
 この就職難の時代に、しっかり生き残り、実際仕事もこなせるのだから。

 結婚は当人同士だけの問題ではない。
 もちろん事前に両方の親に挨拶に行かなければならないし、それ以外にも親戚付き合いはある。
 まあ、それは、その時で何とか上手く乗り切っていければいい。

 確かに、この結婚の話を持ち出したのは静香だったけれど、受け入れたのは俺だ。
 その事で、静香に後ろめたく思って欲しくなかった。
 結婚式は開かなかった。
 形式には囚われたくない、それは、静香が自分自身、古い観念に囚われている故、どうしても、反抗したいところだったらしい。
 結婚式というものは、女性が着飾るためにあるようなものだ。
 俺が、自分の両親に話した時も、『静香さんはそれでいいの?』と聞いていたくらいだ。
 『静香が望んだ事だから、そうしてやりたい。』と俺は答えた。
 静香の両親には、静香から話した。
「身内だけでいいから開いた方がいいのではないの?」
 といった両親に、『私は、非建設的なことが嫌いなの。結婚式にまわすお金があったら、将来の為に蓄えるわ』と言っていた。

 その時、静香は、自分の将来をどう見据えていたのだろう。
 俺が結婚を承諾しても、恋人が出来てその人と生きていこうと思うなら、別れる、と言ったのだ。
 その時静香はどうするのだろうか。

 俺達は、他人が知れば、偽装結婚だと言うだろう。
 静香は俺を利用し、俺は静香を利用する。
 形式上だけの夫婦だと。
 だが、互いに契約を結ぶ時、その間に信頼がなければそれはとても脆いものだ。
 果たして俺たちの関係は、どれくらいの絆で結ばれているのだろう。

 結婚すれば、仕事場からも、新婚旅行のために休暇をくれる。
 それさえも、拒否しようとした静香だったが、同僚のよしみでお土産くらい買わなければ、という事で、城崎温泉に行った。
 何故そこになったかと言うと、小説家・志賀直哉の代表作『城の崎にて』の地を訪れてみたかったからだ。
 それ以上の理由は思い当たらない。
 ふと思いついた小説がそれだったからだ。

 形式に囚われることを嫌った静香だったが、俺は、俺なりの記念として、指輪を送った。
 もちろん、サイズなんてわからなかったから、一緒に買いに行ったのだが。
 極シンプルで、何の刻印もないリングをペアで買った。
 元々、アクセサリ類を身につけないが、これくらいなら、邪魔にはならないだろう。
 それぞれ、自分の左の薬指にそのリングをはめた。

「誰がこんな事考えたのかしらね。そして、私達のこのリングに意味なんてあるのかしら。」
「さあ、どうだろうね。」
 そうして俺たちは新居での生活を始めた。

 新居は、職場から遠すぎずないところに小さな一戸建てを買った。
 買う必要はないんじゃないか、と思われるかもしれないが、静香の両親が出資してもいいから、という話が出て、でもそれは嫌で、仕方なく、お互い折半して、その家をローンなしで買った。
 ローンがあると引き返すとき大変だから。

 もちろん、プライベートルームは別々だ。
 ベッドも別の部屋に入れたし、お互い、家でも仕事ができるように、ベッドルームを兼用してパソコンや必要最低限のものを置いた。

 仕事は同じなので、一つで足りる専門書は、別途、そのための部屋を作り本を置いた。
 それぞれ、好みは違うけれど、専門書以外の本もあったので、その本もその部屋へ置く事になった。
 自分では決して買って読むような本ではないけれど、そこにあれば手にとってしまう、そんな本も静香が買ってくる本の中にはあったし、静香は静香で、俺が買ってくる本にも興味を示しているようだった。
 そうして、共通の趣味が広がるのは楽しかった。

 仕事の時間帯が同じなので、基本的に生活時間帯も同じになってくる。
 だから食事をするのも、同じテーブルでする。
 基本的に平日は静香がご飯を作った。
 家事は嫌いではない。
 俺も作れる事は作れるのだが、何というか、凝ったもが作ってみたくなる。
 そうなるとやはり所要時間も取ってしまって、日常的にそれをする訳にはいかないから、休みの日に十便時間を取らせてもらって、作ったりする。
 俺にとって料理は趣味の範囲だった。

 だが、一緒の過ごすのは、殆どが仕事の時間。
 家に帰れば、個別の部屋に入ることが殆どだ。
 静香は静香で何かしているようだし、俺は俺で、好き勝手やっていた。

 そして、たまには、仕事が上がると、家には帰らず、独身時代から通い続けていた店に通ったりした。
 勿論、その時は、左手の薬指のリングは外していたが。
 静香と結婚してから、相手を探す事にも余裕が出てきたように思える。
 そして、若干ではあるがセックスに対する考え方も変わっていた。
 静香とは出来ない同趣向をもった人間と語らう。
 あからさまに性欲の対象として見られる自分は、それはそれで嫌いだとは思えなかったし、一時の快感の対象として、いる自分は、それもそれなりに良かった。
 だが、昔よりも強く、ゲイ同士が、パートナーとして、お互いを望む人たちはどれくらいいるのだろうか、と思うようになった。

 確かに『好きだ』と思えている事も大事だし、セックスの相性も大事。
 でも、それ以上に一対一の人間として、相性が良くなければ、上手くはいかないだろう。

 俺が、静香とやっていけるのではないか、と感じたのは、静香を一人の人間として、きちんと相対せる人間だと認めていたから。
 唯一、俺が、自分がゲイである事を告白出来たように。
 そして、静香にとっても、俺という人間は、静香自身の事を告白できる、唯一の人間だったのだろう。

 長く生きていたら、この先もまた、そういう人間に出会えるかもしれない。
 だが、その人に会う前に、俺と静香は会ってしまった。
 俺と静香は、友達と呼ぶには深すぎて、親友と呼ぶのも少し違う。
 それをパートナーと呼ぶのならそうなのだろう。

 静香と俺は、夫婦だけれど、セックスはしない。
 静香はそれを望まないし、俺も、静香をそういう目では見ない。
 それは多分、ずっと変わる事はないだろう。
 あの静香の告白は多分、静香自身が悩んできた事で、そういう自分を変える事が出来ないと知っている。
 俺も、俺がゲイだという事は変わらない。

 俺は、結婚しなければ、ゲイとして、同じゲイのパートナーを得られたかもしれない。
 しかし、結婚してしまった現在となっては、それはもう叶わぬ事なのだろう。
 静香は、そうなったら、別れるから、と言ったが、俺は、軽い気持ちで、静香と結婚した訳ではない。
 もし、俺が、誰か特定のオトコを作ったとき、確かに、結婚している自分、というのは障害になってくるだろう。
 そして、ゲイのくせに結婚した俺を卑劣だと罵るかもしれない。
 それはそれで仕方がないと思う。

 それぞれが、それぞれの相手に完璧に全てを与えられる訳ではない。
 それは、その部分で、それぞれが自分で補っていかなければならないのだろう。
 静香と俺の間では、夫婦でありながら、二人でいても、『夫』であることも『妻』であることも演じようとはしない。

 俺は、静香に全てを話している訳ではないが(その必要もないし)、夜、遊びに行く時は、そういうところに言っていると知っている。
 そして、相手とセックスをしたとしても、それは静香に対する裏切りではない。
 静香が、夫の浮気を許す寛容な妻、という訳ではない。
 静香のセックス認識そのものが、その観念に当てはまらないから。

 俺は、ゲイとして恋人を作る事。
 そして今の俺の現状。
 そして俺が望む人生をともに歩む為の関係。
 それを考えなければいけない。

 仕事とは、確かに契約だし、人生の大半をつぎ込むと言っても良い。
 俺は、それが出来る仕事に就いたつもりだ。
 仕事に関しては静香も同じだろう。
 単なる、生活の糧としての仕事。
 俺達にとってはそうではない。
 どれだけの人間が興味を示すかわからないが、俺と静香は、その追及のために大学で職を得て研究にいそしんでいる。

 物事は謎に満ちていて、それを解明するのは楽しい。
 子供を生み出す事が出来ない俺達にとって、その一つ一つの達成感から何かを得てるのかもしれない。

「もし、自分の為に生きられないと感じるようになったら、別れようね。」
「自分の為?」
「隆弘、私は、仕事に充実は感じているけど、仕事だけに生きる人間にはなりたくないの。どんなに仕事を優先したって。その為に道を探してる。今は、趣味でしかないけど、それはそれでも良いと思ってる。考えてみれば、恋愛が楽しみで生きたって良いのよね。ただ、私は、恋愛してない人間は不幸だってレッテルが貼られるのが嫌だっただけなのね。」
「静香は、静香が俺のことを利用している、って言ってるけど、そうじゃないよ。俺だって、自分の事はちゃんと考えてる。お互いの関係が負担にならないように。」

 どんな関係においたって、一緒にいて、お互いの存在が負担になって、潰し合うようにしか生きられなくなったら悲しい。
 もし、俺に恋人ができた時、何かが変わっていくのだろうか。

 親戚たちの手前、社会の手前、俺たちが、仲の良い夫婦の仮面を被らなくてはいけないとしても、俺たちの間では、素顔でいたと願っていた。

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『偽装と真実の仮面-1-』

 人間と人間の関係なんてどう転ぶかわからない。
 その時はその時なりに、色々考えて、例え後悔したとしても、何も考えずに行動するよりはずっとましだった。

 世の中のカタチに外れることはやはり怖くて、でも、そのカタチにだっていろんなものがあるんだ。
 自分の事を優先して考えてみても、相手の事を優先して考えてみても、どうやったって考えるのは俺自身でしかない。
 それは相手にも言える事。

 それが我侭だとわかっても、もしかしたら、受け止めてくれるかもしれない、そんな人がいるのはありがたい事だ。

 俺はオトコなのにオトコ好きで、でももしかしたら、オンナとだって付き合えるんじゃないか、と悩んでいた時だった。
 それはでも、無理な事だとわかっていても、オトコしか好きになれないと認めるのが怖かった。
 だから、何とか彼女を作って頑張ってみようと思っていた。
 同じ大学の同級生で、会話をしても嫌な感じがしないので、俺達は付き合い始めた。
 デートらしいデートもした。
 映画に行ったり、食事をしたり、それなりに気は合ったと思う。

 けれど、やはり、俺が本質的に好きなのはオトコで、例え仲良くなったとしても、恋人としての対象にはならなかった。
 だから、何となく無理して付き合っている感が否めなかった。
 もし、これが、恋人ではなかったのなら、こんなに息苦しい思いをする必要はなかったはずだ。

 そんな関係が上手くいくはずがなかった。
 お互いの居心地の悪さを感じ、そして別れた。
 利用してしまった感のある俺は、彼女に対して、申し訳ない気持ちもあったが、彼女とは、特に揉めることもなく恋人としての関係を終えた。
 そして、その中でほっとしている自分がいた。

 別れたら気不味くなるかとも思ったが、その彼女、静香しずか、との関係は、それからも続いた。
 もちろん、恋人になる事はなかったけど、元来、気が合ったので、親しい友人として付き合って行く事が出来た。
 恋人であることを望まれなければ、一人の人間としての静香は傍にいて決して気不味い存在ではなかった。

 自分が、ゲイとして、生きる事を決めても、大学生活に大きな変化はなかった。

 同性を恋愛の対象としてみる人間達と知り合って、実際何人かと付き合ってみて、もちろん、静香との時みたいにおおっぴらにデートなんて出来なかったが、一緒の時を過ごして、セックスもした。
 実際、オトコとセックスをしたい、という感情は、俺の中で自然に起こっていた。
 静香との時は無理だった。
 だから、一度も静香とはセックスをしていない。

 確かにオトコと付き合って、セックスをして、欲望が満たされて、幸せな時はあるものの、中々、恋人として、長く付き合える相手とは出会えなかった。
 付き合ってる時は、それなりに真剣に付き合っているつもりだ。
 だが、何かがきっかけで別れる破目になってしまう。

 付き合いが長い、という点では恋人ではないものの静香との付き合いは長かった。
 同じ研究室に入って、共に院に進んで、そのまま大学に残った。
 お互いの研究の刺激にもなるし、興味を持つ分野が似ていて話がよく合った。

 俺が、静香と付き合っている、と勘違いする人間もいたが、勿論、俺の性癖を露にすることも出来ず、肯定も否定もしなかった。
 その事を静香がどう思っていたかわからないが、静香の方も、肯定も否定もしなかった。
 実際、俺との事で、静香が何を考えているかはわからなかった。

 俺は、本当は、両親にも、誰にも自分がゲイだということを打ち明ける気はなかったが、なぜか、静香には告白した。
 多分、かつて、自分を誤魔化す為に利用しようとして、付き合っていた事を負い目に感じていたからだろう。
 仕事上では静香はいいパートナーだったと思う。
 仕事明けに、呑みにいったりした事もある。
 そこで俺は、卑怯にも酒の手を借りて、まあ、酔っ払うほど飲んではいなかったが、打ち明け勇気が欲しくて、静香にカミングアウトした。

 静香は、驚いてはいたが、嫌悪した表情は見られなかった。
 それが、俺にとって救いでもあった。
「それって、ずっと前から?」
「ああ。多分ずっと。静香と付き合ったのも、俺自身がゲイだって認めるのが怖かったから。だから、利用したのは悪かったと思ってる。」
「あの時の事はもう忘れたわ。でも、その後も友達でいられたことは嬉しかった。私の他にも、隆弘たかひろがゲイだって、知ってる人はいるの? ご両親は?」
「静香以外には打ち明けてない。」
「なんで、私には言ったの?」
「……何となく、静香には知っておいて欲しかったから。静香を利用したカタチになってしまって、申し訳ないと思ってたから。この懺悔が、自己満足でしかないのはわかってる。」

「誰にも言えないのって辛いわよね。安心して。私は、誰にも話す気はないから。で、聞いてもいい? 興味本位だけど。」
「何?」
「今恋人っているの?」
「いや。」
「そうなんだ。好きな人とかは?」
「それも今のところは。」
「私はね、隆弘。隆弘が、別れても友達でいてくれた事が嬉しかった。隆弘と付き合っていた事は後悔してないけど、私も、隆弘に恋愛感情を持っていたわけじゃないから。だから、隆弘に負い目を持って欲しくない。」
「そう言ってくれると助かるよ。ほんとゴメン。」
「いいの。多分お互い様だから。隆弘と友達でいられる事の方がより自然だと思ってる。世の中のね、恋愛ってものに、興味がないといったら嘘になるわ。でも、私は、誰にも恋愛感情を持つことが出来ないの。他人が他人同士どういう関係を持とうが、その人の自由だと思うわ。だけどね、私は、セックスが駄目なの。だから、正直、隆弘が、付き合っていても、私のカラダを求めなかった事はほっとしていた。」

「静香は、静香で、何か悩んでいるの?」
「こういう言い方したら失礼かもしれないけど、隆弘がゲイで、そういう対象としてオトコしか相手に見られないとしたら、私はそれにほっとした。勿論、オトコが好きだって言っても、隆弘にも好みがあるんだろうけど。」
「そりゃあ、オトコだったら誰でもいい、って訳じゃないよ。普通の男友達の感覚でいられる人間だっているし。女性に関したら、絶対、友達以上になる人は居ないけど。」

「私達、もう30なのよね。」
「いい加減落ち着かないといけないんだろうけどね。」

 俺は、俺で悩んできたけど、静香も、静香で悩んできたようで、その告白は、独白のようで、誰かに、多分俺に、聞いて欲しかった事なんだろう。
 仕事も立派にこなせて、しっかりとした大人の女性を思わせる静香だったけれど、その根底にはやはり人間なのだ、と思わせる部分がある。何もかも完璧に出来上がっている人間などどこにもいないのだと。

「私はね、これからの時代、女性もきちんと仕事を身につけなければいけないって、そう言われて育ってきた。でも、社会に出てみれば、やっぱり、女性の立場は男性ほど高くはなくて、それでも、何とか、自立してやっていこうと思っていたわ。私はオトコになりたかった訳じゃない。でも、オンナでいることも嫌だったの。仕事をこなさなければいけない一方で、子供を生む機能を持った自分が嫌だった。オトコの隆弘にこんなことをいうのはなんだけど、毎月、子供を産む機能があると証明しようとして、生理が来ることを嫌悪したわ。女性とセックスが出来ない隆弘に聞くのはなんだと思うけど、隆弘は、子供を欲しいと思った事はある?」

「俺は……それは無理な事だから。欲しいとか、それ以前の問題で。」

「私はね、絶対欲しくないの。その為にある、オンナのカラダある私も嫌いなの。それを知るためのセックスが嫌なの。歳をとってきて、周りの友達が結婚して、子供を生んで家庭を持って、私にとって、それは嫌悪の対象でしかなかったの。結婚はまだ許せたわ。でも、子供は駄目。毎年のように送られてくる年賀状に我が子の写真を載せてくる友人に吐き気すら覚えたわ。隆弘は、自分がオトコだって認めてるのよね? その上で、対象としてオトコを見てるのよね?」

「ああ、うん。」

「ちょっと前から認められてきたでしょ? 性同一性障害って。私は、オンナでいたくなかったから、その事も少し勉強してみた事があるの。でもね、私は、結局、オトコになりたいわけじゃないの。オンナなのよ。それは認めてる。だから、それとも違うんだって思った。男性をセックスの対象に見られない事はわかった。じゃあ、相手がオンナなら? そう考えたこともあったわ。でも違った。どっちにしても同じなの。セックスが介在してくるような関係は私には無理なんだって。」

「俺は、ゲイである自分が認められなかった事もある。そんな自分自身が嫌だったことも。でも、ゲイだって事を、何とか受け入れて、俺は少し前に進めた気がする。」

「この定義は、はっきりしたのもじゃないんだけど、Aセクシャルって知ってる?」

「いや……。」

「本当に確定した定義じゃないけど、男性にも、女性にも性愛の対象としない、若しくは性欲の対象としない人。その中にも色々な人がいるわ。どれをもって、正確なAセクシャルと言うのかはわからないけど、私は、恋愛感情自体、オトコにもオンナにも持てないの。もちろん、そんな曖昧な定義だし、誰にも打ち明ける事が出来ない。こんな話、実際に人に向かって話してるのは、隆弘が初めて。」

 多分、誰よりも仲の良い友達として付き合ってきて、この相手なら受け止めてもらえるんじゃないかと、思い切って告白した。

 オトコとオンナの間に友情があるかと問われたら、貴方はなんと答えるだろうか?

 ゲイ同士の男性間に友情があるかと問われたら、貴方はなんと答えるだろうか?

 色眼鏡で見た世界は、その人の色を通してでしか、ものを見る事が出来ない。
 その人をどうして否定することが出来よう。

 その関係を知ったら、人は歪んでいると見るかもしれない。
 けれど、俺は静香と結婚した。
 ゲイであることを隠すためではなく、パートナーとして。
 一番近い言葉を選ぶのなら『友達婚』と言うのが当てはまるかもしれない。

 恋愛は出来ないけど信頼できるパートナーは欲しい。
 それは、静香の贅沢なのだといった。
 けれど、それを俺は贅沢だとは思わない。
 どういう理由にせよ、パートナーを持つ権利はあるはずだから。
 本当は、一人で生きていくつもりだと言った静香に同情した訳ではないと思う。

 元々、仲の良かった俺達が、職場結婚したことで、不思議がる人間はいなかった。
 寧ろ、『ああ、やっぱり』といった感じで受け入れられた。

「でもね、やっぱり、これって、契約結婚なのよね。」
 そう静香は言った。
「私は、誰にも恋愛感情を持たないけど、隆弘は恋愛できる人だから。だから、隆弘に恋人が出来て、その人と一緒にいたいと思うようになったら、別れよう。その時は正直に言ってね。私は隆弘を祝福してあげられる。そうしたら、私も、もっと私の事を認める事が出来ると思う。」

 これから先の事は分からない。
 静香は、ゲイである俺を受け入れて、あえて結婚しようと望んだ。
 もし、俺が、この状態で、誰か男とセックスをしたら、不倫をしていると言うことになるのだろうか?
 そうだとしても、静香は止めないだろう。
 この結婚が、この先どう転んでいくのか、まだ、今の俺たちにはわからない。

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『蛍-8-(完)』

 悟さんに宣言していた通り、僕は、希望の大学に入る事が出来た。
 学校や両親の手前上、他にも二つ私立の大学を受けて、合格をしていたが。

 そして、それを悟さんに報告すると、いつの間に約束になっていたのだか知らないが、悟さんが宣言したとおり、大学に入学した後、悟さんが遊びに行くというゲイバーに何軒か連れて行ってもらった。

 それぞれの店に集う人間模様も、中々興味深かった。
 法律を学ぼうとしている僕が、こんな事をするのもなんだけれど、大学生になれば、大体の人間がしている事だ、とアルコールを勧められた。
 いや、これは、勧める方も勧める方で、犯罪なのだが。

 悟さんに適当に色んな種類のお酒を試しに飲んでごらん、と言われてそれぞれ口にしてみる。
 お酒と気付かないほど、口当たりのいいものもあるし、渋みをもったもの、辛味のあるもの、それぞれだった。
 どれが一番好みだったかと問われて、僕が感じた中で、正直にその中の1品をさした。
 結構、アルコール、いける口なんだね、と言われた。
 試しに、と出されたものを、全部ではないけれど、かなり飲んでいたみたいだ。

 一番最後に紹介された店は、悟さんが一番よく行く店なのだという。
 店によって、それぞれ、特徴はあるものの、そのバーは、その中でも、特異な雰囲気を持っていた。
 僕が行った時調度、と言うか、僕が行くから、態々呼んだのかわからないが、オーナーもいた。
 そして、オーナーとマスターに、悟さんが僕の事を紹介してくれた。

「雫、マスター、こっちが、ケイくん。『蛍』って書いて、『ケイ』って読むんだ。」
「あ、蛍です。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」

 僕の事を、『蛍』と紹介した悟さんは、どういうつもりだったんだろう。
 その意図はわからなかったけれど、僕は、その後、自分でも、その界隈では『蛍』と名乗った。

 そして、大学で、学びながら、将来の事について考え、大学で学ぶ事が、実社会で役に立つことばかりではないけれど、それでも、何か、役に立てることが出来るなら、と、司法試験の勉強を始め、在学中に、合格する事が出来た。

 悟さんとは、たまにバーで会う事もあるけれど、高校卒業と同時位に、セックスをすることはなくなっていた。
 悟さんが最後に紹介してくれたバーはとても俺にとって居心地のいい場所だったし、マスターの出してくれるお酒も、気に入っていたので、よく通ったけれど、セックスする事を目的で通うところではないから、そういう相手を見つける為には、仕方がなく、別の店に顔を出していた。

 そうして、少しずつ時は過ぎていく。


「んん……あ……はぁ……イイよ……蛍……」

 ウリをしている時に、ごくたまにタチをすることはあったが、基本的には、殆どがネコだった。
 今でも、もちろん、タチもネコもするけれど、いつ頃からだろうか、相手を抱くことの方が多くなったのは。
 現に、今の相手を抱いている。

 多分、僕が、タチをする時のスタンスは悟さんの影響を結構受けていると思う。
 そして、ネコとしての快感は僕自身がよくわかっている。
 抽挿しながら、感じることの出来る、アナルの内壁を擦りあげる。

「あ……ぁあ……ん……蛍……もう…イきそう……」

 限界が近付いていることを伝えられて、僕も、その突き上げるスピードを増していき、相手が射精するのを待って、締め付けられたアナルの中で、僕自身も達していた。

 僕にしては、この相手との付き合いは長い方だと思う。
 相手は、大学を中退して、フリーターをしている。
 まだまだ、色々遊びたいらしく、気軽に相手が出来るから、一時の相手としては、申し分ない。

「蛍は、ここ、地元なんでしょ? やっぱり、ここで就職するつもり?」
「そうだね。特に別の土地に行く理由もないし。」
「そっか。俺さぁ、実家、岩手なんだけど、俺が、いつまでも、フリーターしてるのが気に入らないらしくて、実家帰ってきて、ちゃんと就職しろ、って言われてるんだよね。」
「へえ、それで、どうするの?」
「確かに、いつまでも、フリーターしてる訳にもいかないしさ、実家帰る必要がある訳でもないけど、まあ、金銭面でも、今ちょっと辛いし、一度、実家帰って、仕事探してみるわ。」

 とまあ、そんな感じで、その関係は終わりを告げる事になった。
 僕は司法修習期間が終わり、勤務地などの事を考えて、弁護士の道へと進む事を決めていた。
 悟さんとそんな話をしていると、それなら、雫さんの方が詳しいし、実際、良い弁護士事務所を知っているから、雫さんの方に、話を通しておいてくれると言われた。

 弁護士会で開いてくれる就職説明会のも参加しながら、雫さんの知り合いがやっているというところの話も聞いて、結果的に、雫さんの知り合いの『高部法律事務所』に籍を置く事決めた。
 雫さんにも、お礼を言わなければ、と、雫さんの都合を聞いて、雫さんがオーナーを勤めるバーで落ち合った。

 悟さんにしてもそうだけれど、雫さんは派手ではないけれども、その存在感は独特のものだ。
 一見、侵し難いその雰囲気と、その整った顔立ちをしているけれど、温和な笑みが、それを払拭している。

「蛍くん、就職決まったんだってね。おめでとう。」
「いえ、こちらこそ、紹介していただいて、ありがとうございます。」
「でも、決まったのは、蛍くんの実力だよ。勿論、これから、その実力と可能性を試されるわけだけれども。」
「はい。それはわかっています。」
「蛍くんが、どういう弁護士になりたいのかはわからないけれど、あそこの事務所は、色んなタイプの仕事をこなしているから、初めの内は、色々学べる事も出来るだろうし、蛍くん次第で、あそこで、働き続ける事も出来るし、独立するなら、それはそれで、協力してくれると思うよ。」

 雫さんは、僕の本名を知っている。
 それでも、こういう場所だからか、僕の事を蛍と呼ぶ。

「ええ。そうですね。ですから、そういうところを紹介してくれた事を感謝してます。」
「まあ、悟から、君の事は少しだけ聞いているからね。賢い子だから、って。実際話してみて、しっかりしているのはわかるし、高部さんも、そういうのが、わかるから、蛍くんを採用したんだろうね。」
「悟さんとは、お付き合い長いんですか?」
「悟と? そうだね。知り合ってから、もう随分経つんじゃないかな。」

「悟さんも、この店好きですよね。僕も、とても気に入ってます。」
「そう? そう言ってくれると嬉しいよ。」
「この店に惹かれる人とも気が合うような気がします。でも、声掛け禁止なんですよね。」
「建て前上そうしておかないとね。基本的には、アルコールと雰囲気を楽しむ為の店だから。」

「建て前上、なんですか。」
「ナンパ目的で来られたら困るけど、この店にいて、この店に馴染んで、そういう人に惹かれてしまった場合、お互いを止める気はないよ。」
「そういうものなんですか。」
「だって、そうでしょ? 職場恋愛とかだって、別に職場は、相手を探す為の場所じゃない。まあ、たまに、そう言う人間もいるけど、本来は、仕事をする場所でしょ? ただ、出会いが、職場だったってだけで。だから、ここが、別に、出会いの一つの契機きっかけになっても、構わないよ。」

 雫さんが言うことは一理ある。
 セックスだけを目的にするのではなく、出会いの契機きっかけとして、様々な場所がある。
 その出会いを、どういう方向に向けていくか、どういう感情を持っていくかは、その人それぞれだろう。

「でも、そういう建て前があったら、声を掛けたり、それに答えたりするのは難しくないですか?」
「そうかな。まあ、もし、ここで惹かれ合ったとして、そういう誘いをかけるのは、別に他の場所でもいい訳じゃない?」
「それは、そうですけど。」
「何か不満? ふふふ、じゃあ、試してみる? 私と。」
「え?」
「私、今の蛍くんの事、結構気に入ってるんだけどな。蛍くんは、誰にも、恋愛感情を持つことはないんでしょ? 私も、別に蛍くんと恋愛したい訳じゃないし。でも、そういうのもありだって、思ってるでしょ?」

「……まさか、雫さんに誘われるなんて、思ってませんでした。」
「それで? 蛍くんは、嫌?」
「嫌だなんて……思いませんよ。むしろ、興味はあるかもしれません。この店を作った人だから。」
「じゃあ、商談成立ね。……ああ、でも、今夜っきりね。悟にばれたら、やばいから。蛍くんも、それで構わないでしょ?」
「ええ。僕も、悟さんにばれるのは、嫌だなぁ。」
「今夜限りの二人だけの秘密ね。まあ、私と蛍くんは寝たからって、関係が変わる訳じゃないから。」

 そういえば、僕と雫さんの関係ってなんだろう。
 常連客と、その店のオーナー?
 いや、それ以外にも、悟さんを通した知り合い?

「ホテル行きます?」
「ん~。私、あんまり、ラブホ、好きじゃないんだよね。私の家でもいいでしょ? 車でそんなにかからないよ。」
「はあ。いいですけど、車で行くんですか?」
「私の車、すぐ近くに止めてあるから。」
「え? でも、飲酒運転じゃあ……。」
「あ、蛍くん、知らなかったっけ。私、ここに来ても、アルコール一滴も口にしないよ。」
「はあ、そうなんですか。でも、この店に来て、お酒飲まないなんて少しもったいない気がします。」
「確かに、マスターの腕は一級品だからね。」

 そんな風に会話をしながら、雫さんの車に乗せてもらって、雫さんのマンションに辿り着いた。
 マンションの部屋の作り自体、とても広いものだったけれど、それ程大して物はない。
 それでも、その部屋が閑散としているように感じないのは、実用物以外にも、ほんの細やかな装飾品が、適度に置かれている所為だろう。

「ねえ、今夜、私にどの名前で呼んで欲しい?」
「え?」
「だって、基本的に、『蛍』で通しているでしょう? でも、私は、本名も知ってるし。」
「『蛍』にしてください。こういう時に、本名で呼ばれるのって、慣れてないんで。」
「わかった。」

「ん……」
 口付けられて、優しく割り込んできた舌先が、口腔ないを探り、舌を絡ませられていく。
 少し強く吸われた舌に、思わず喉が鳴った。

 雫さんのすんなりとして長い指先が僕のカラダを這っていき、その刺激に快感を覚える。
 指先で感じた箇所を追いかけるかのように舌が、更なる刺激を与える。

「あ……はぁ……」

 指での愛撫で、勃ち上がった乳首を口に含まれて、舌で、転がされ、そして、歯で甘噛みされる。

「……ぁ……雫さん……ん……」

 感じて勃ち上がってくるペニスをその手で、握られて、根元から先端まで、丹念に扱いてくる。
 それだけでも、十分硬くなってきているのに、更に唇で包まれ、口淫を受ける。

 それから、ローションをたっぷり絡ませた指をアナルに挿入してきて、入り口を和らげながら、前立腺を刺激してくる。

「雫さん……も……」
「うん。蛍くん……」
 耳元でそう囁かれて、まるで、愛されているかのように錯覚させられる。
 そして、今、セックスをしている、この瞬間だけでも、確かに、雫さんは相手の事を愛しんでいるのだろう。

 ペニスが挿入されて、抽挿を開始され、感じる場所を、突き上げてくる。
 何度も、何度もそこを擦られて、射精感が高まってくる。

「ぁ……はぁ……ん……イきそ……」
「うん。いつでもいいよ、イって。」

 そうして、更に突き上げられながら、ペニスも刺激させられて、僕は、放っていた。
 雫さんも、同じように達していたようだった。

 雫さんは、ゴムを始末し、僕が、放った精液も、ティッシュで拭ってくれた。

「雫さんは、恋人、作らないんですか?」
「んん? なんで?」
「何となく。相手が放っておかない気がします。」
「そう? そんなんでもないよ。それに、恋人じゃなくても、良い関係でいられるっていうのも良いものだよ。」
「それって、セックスも含めて、ですか?」
「そうだねえ。含めても、含めなくても、両方、かな。」

「え? もしかして、雫さんって、決まった相手とかいるんですか?」
「やだな。そんなこと気にしないでよ。蛍くんを誘ったのは私なんだから。」
「まあ、そうですけど。」
「私は、蛍くんが、これから、どうやって生きていくか、興味があるな。蛍くんが、自分の感覚を大切にして、どういう風に他人と向き合っていくのか。私には、見守る事しか出来ないけれど。蛍くんが、私の店を、気に入ってくれたと言うんだったら、そこで、何か、感じてくれると嬉しい。悟も同じなんじゃないかな。」

 僕の感覚。
 感情の中に生まれてきた違和感と、多くの人が共有している感覚の中で、そこに居る事が出来ない事。
 それでも、それが僕という人間なんだと。
 悟さんも、雫さんも、それを認めてくれていて、見守ってくれている。
 そんな中で少しずつオトナになっていける。

 いつか、誰かと出会うかもしれない。
 悟さんや、雫さんとは違った立場で、『蛍』と『古賀沼靖史』とその両方を認めてくれる人が。
 そしてもし、一生、出会う事がなくても、僕が僕である事には変わりないんだ。

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『蛍-7-』

 約束通り、翌日、悟さんから連絡があった。
 夜になるから、次の日は休みが良いだろう、という事で、土曜の夜に決定した。

 両親には、受験の息抜きに、ちょっと友達と遊んでくる、という事で了解を得た。
 そういうところは、あんまり厳しい親でなくて助かる。
 そういえば、以前はよるバイトしてたけど、特に何も言われなかったからな。

 家の親は特に無関心っていう訳じゃないけど、口うるさく干渉して来ないからありがたい。
 普段は、真面目に学校に行って、予備校に行ってるけど、過去にしていた事や、今の悟さんとの事を知ったらどうするだろう。
 そして、僕にどうある事を望んでいるのだろう。
 もちろん、望まれたって無理なことは無理だし、でも、夢を壊さないでいられる部分は叶えてあげようと思う。
 それが、僕自身を偽る事になっても。

 そう、両親の為に良い息子を演じてみる事も、人間関係を潤滑にする為の一つの要因だと思う。
 父と母だって個別の人間なんだし、お互いが上手く生活をしていく為に、共有している部分があるのだろう。
 それが何なのか知らないし、別に知ろうとは思わない。
 知ったところで、それが参考になるかどうかなんてわからないから。

 それでも、両親を理解しようと思うのは、いつか、僕が選択する道を、両親に理解して欲しいと思うから。
 それが、完全に無理だったとしても。

 僕が、特殊な環境で育ったとは思わない。
 両親も、他人の親と比べてみた事はないけれど、別段変わったところのない人間だと思う。
 けれど、僕は、人間として、どこか、欠けた部分をもっている。
 人間らしい人間、という定義はわからないけれど、僕のココロはどこか欠けている。
 それが、いつか、埋まるものなのか、元々そういう人間なのかわからない。
 でも、それでも、僕はそうやって生きていかなければならない。

 欠けているどこか別の部分で埋める事が出来るなら、僕は、僕の足できちんと立って、歩いていけるオトナになりたいと思っていた。
 どんな職業に就いている人も否定したくはないけれど、どこかしら、僕の中にはエリート意識が多分にあった。

 僕が、悟さんに惹かれたのは、そういう部分でしっかりしたオトナだと思ったからだ。
 悟さんにとってみれば、まだ僕はほんのコドモに過ぎないんだと思う。
 けれど、焦る事はない、そう悟さんは言ってくれる。
 どんなオトナだって、最初は無力な赤ん坊なのだ。
 何となく不思議な感じがするのだけれど、それは当たり前の事なのだ。

 もちろん、誰もがオトナになる為に同じ道を歩いてくる訳ではない。
 そして、僕よりも年上の人を見たって、ああ、この人、コドモみたいだな、と感じる事はある。
 いつまでも、コドモの感性を大切にする事も大事な事かもしれないけれど、ちゃんとオトナにならなければならない部分もあるんだ。

 オトナは狡いとか、オトナは汚いとか、言う人もいるけれど、誰だって歳をとっていくんだよ?
 ピーターパン症候群とかあるけれど、ピーターパンを書いた人はどんな気持ちで書いたんだろう。

 社会にちゃんと適合するか、擬似的に適合するか、それとも適合出来ないで、自分なりの道を探すか。
 どうなるかわらないけど、ちゃんと、僕なりに成長していきたいんだ。
 もう僕は、将来の夢を語れるほどコドモじゃなくて、でも、発展途上なところはやっぱりコドモで。

 完全な自立がどこにあるのかわからない。
 パラサイト・シングルという言葉があるけれど、あれは、親と子の共依存だと言っても良い。
 子供は親から卒業出来ずに、親も、子供が巣立っていく事を望んでいない。
 そういう意味で、親も、子もコドモなんだと思う。
 精神的な自立と、経済的な自立。

 僕は、そうなってしまうのが怖いから、早く、親元から離れたいんだと思う。
 親にも、出来るだけ多くを僕くに望んで欲しくない。
 多ければ多いほど、叶えられる望みは減ってしまうから。

 土曜日になって、悟さんは近くまで車で迎えに来てくれた。
 都内、だけれど、まあ、それなりの距離を走ったと思う。
 バイキング形式のディナーでそこそこ美味しかった。
 やっぱり、お互いの日頃の行いが良かった所為か良く晴れていた。

 僕は、そんなに我侭を言う方ではないけれど、悟さんが僕を甘やかしてくれているのは良くわかる。
 そして、そのやり方が、決して心地悪いものではない。
 一応、きちんと一人の人間として対応してくれるから。

 悟さんは僕から見れば、すっごくちゃんと自立したオトナだけれど、本人自身は、自分で、それほど大したオトナではないと言う。
 それはそれでわかるような気がする。
 人間は、幾つになったって、成長する事が出来るから。

 完璧なオトナなんていない。
 だって、人間なんだから。
 だけど、人間だから、良いところだってあるんだ。
 もちろん、悪いところも。

 僕がラッキーだったのは、一人で悩んでて、出口が見えなくて、迷い込んでいる事さえわからなくて、そのまま何となく、本当に何となくオトナという年齢を迎えてしまうところを悟さんと出会えたから。

 これから先、どうなっていくかなんてわからないけど、悟さんと出会えたことは、僕にとって一つの財産なんだって言える。
 それに気づけた時、僕は、一つ成長出来たと思う。

「本物の蛍がどうして光るのか、今はもう科学で説明されてしまっているけど、それを知っていても尚、やっぱり不思議だよね。」
「オスがプロポーズの為に光るんだっけ?」
「そうそう。」
「僕は、オスなのに、オスに対して光ってるのかな?」
「そういう蛍も、どこかにいるかもね。」
「だってさ、昆虫同士のプロポーズって、『交尾しよう』ってことでしょ。」
「人間程、難しい感情を介さないからね。」

「なんで、人間はセックスに対してそんなに難しい事を考えるのかな?」
「靖史くんは、そんな事考えた事ないでしょ?」
「そうだね。考える人間が不思議。」
「なんでだろうね。人間が、文化を作る中で、発明されてきたんだろうね。」
「それなのに性風俗とかあるんだよね。」
「考えすぎてしまった分、楽に出来るところが必要なんでしょ。大概、動物には発情期がある。でも、人間って、季節を問わず、妊娠できるし、発情出来るからね。」

「オトコがオトコに発情するのも?」
「それを私に問われてもねぇ。まあ、でも、実際歴史は深いよ。特殊な状況下では、代用として、する場合もあるけど、そうでない場合は何でだろうね。」
「僕にとっては、オトコとオンナがセックスするのも、オトコとオトコがセックスするのも両方とも不思議なんだけど。」
「でも、性欲はあるんだろう?」
「そうだね。実際、ヤりたいって思うし。えっと、やっぱり、気持ち良いし。単に快楽に流されてるだけなのかな?」
「快楽を否定しなくってもいいと思うよ。セックスに快楽があるのが不思議なのと同様に、そういう感覚を持たない人間もいるしね。」
「いろんな人がいるんだね。」

「どれだけ科学が進歩しようとも人間の踏み込めない地はあるよ。人の心も、感情も、人の数だけある。誰もが特別のようであってそうではない。でも、やっぱり、それぞれが特別なものなんだよ。」
「自分が、おかしい人間だって思わなくっても良いって事?」
「思ってもいいけど、だからって、どうにかなるものでもないでしょ?」
「そうだね。でもさ、自分が、特別だ、って思いたがる人間はいるよね。」
「それを主張するのはどうかと思うけど、実際、自分っていうのは特別な存在だよ。他人に認められたい、って思うのは自然な現象だと思うし。ただ、時にそれが行き過ぎてしまう場合があるよね。」

「犯罪とか?」
「そうだね。まあ、反社会的行為、と言われてしまうと、私も、大きな態度は取れないけどね。」
「でも、バレない自信、あるんでしょ?」
「あはは。あんまり、ヤバい橋は渡らないようにしてるけどね。」
「一応、常識人?」
「世間体はね。」
「世間体気にする人ってさ、以前はどうかなぁ、って思ってたけど、悟さん見てるとなんだか違う気がする。」
「私は、君にどう見られてるんだか……。」
「まあ、いいじゃん。それにさ、折角、外来て会ったんだし、ホテル寄って帰ろうよ。」
「あんまり遅くなっちゃだめでしょ? そんなに時間かけられないよ。」
「うん、良いよ、それでも。」

 結局、今日は色々奢ってもらちゃったけど、それがいくらかかったかなんて聞かない。
 だって、奢ってくれるって言うし……。
 それなら素直に甘えておくのもまだいいんじゃないかな、と思うから。

 許される時間は限られている。
 その時間を精一杯満喫するのは悪い事ではないと思う。
 限られているからこそ、大切にしたいのだと。

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『蛍-6-』

 ひとつの『蛍』を卒業した時、僕は、僕の中に、新に『蛍』を創り出した。
 古賀沼靖史という人間が、真面目な高校生なら、家族や、学校とは別のところで持つ顔を自分の中で『蛍』と名付けた。

 その名前は、何の意味も持たないけれど、僕の中で、古賀沼靖史として生を受け、育ってきた世間との価値観の違いに疑問を持っていて、僕自身が模索したもの。
 そして、新しい『蛍』を解放してくれた人。

 僕は、その人の事をよく知っている訳ではない。
 一応、年齢、名前、職業、住所を知っているわけだけど、それが、その人の本質を掴んだ事になるか、といえば、そうではない。

 向こうにとっても、同じ事だ。

 それが、暗黙の了解の内に僕たちは会う。

 始めて会った時、『忙しい』と言っていたのは本当で、そうたびたび会う事もなかった。
 会えない時間に想いを募らせるような相手ではない。

 僕は、『受験』という人生の一つの階段を登ろうとしていたし、その先に何かが見える訳ではなくても、取り敢えずは大学に行く、親や学校の手前、良い大学に入ることが出来れば、それはそれで、古賀沼靖史としての一つの役目を果たす事になる。

 他人が僕に貼るレッテルをいちいち気にしてなんていられない。
 僕が見た他人、と言うのもやはり、僕のフィルターを通した視線でしかないのと同様に、他人が僕を見るのも同じ事だ。

 そうして、また、悟さんに会いに行くのは、その人が、古賀沼靖史と言う人間も、『蛍』と言う人間も両方知っていてくれるから。
 僕が、また新に『蛍』を生み出した、と言った時、悟さんは笑っていたけれど、多分、それを認めてくれていた。

 模試の成績も中々良かった。
 高3を向かえ、本格的に大学受験に向けた模試が増えてくる。
 模試自体は経過地点でしかないから、それに一喜一憂する訳ではないけれど、やっぱり、成績が良いのは、悪い気はしない。

 進学校だけあって、学校の授業だけでも、かなり高レベルの受験対策をしてくれるけれど、親の勧めもあって、より確実に大学に合格する為に、予備校にも通い始めた。
 そうなると、課題もかなり増えてくる訳で。
 嫌いな訳じゃないけど、休日は確実にそれに当てられる。

 それでも、まだ責任感と言うものをそれほど感じなくて良い部分、僕はまだ学生で、選択の余地が沢山ある訳で。
 何とか、悟さんに時間を作ってもらって、僕は、与えられた課題の山をもって、『友達の家に勉強に行ってくるから』と親に伝えて、悟さんの家へと向かった。

「靖史くん、勉強忙しいのに、私の家になんて来ていて良いの?」
「たまには気分転換したいもん。悟さんこそ、大事な休みなのに、僕に構ってていいの?」
「構うほどの事なんてしてないでしょ。」
「後で、いっぱい構ってもらうから。」
「はいはい。取り敢えず、ちゃんと課題やったら?」
「わかってるよ。」

 リビングのテーブルに課題を広げ、それをこなしていく。
 この段階で、家でやる事とは変わりない。
 悟さんは、悟さんで自分の事をやっているし。
 こういう時に、相手を邪魔しないのは、絶対の領域。

「悟さんはさ、独りでいるのって寂しくない?」
「何? 急に。」
「だって、今、恋人いないんでしょ? 誰かと一緒に暮らしたい、とか思わないの?」
「別に、寂しいから、恋人を作る訳じゃないよ。そういう人もいるけどね。あえてそれは否定しないし。生活するにしたって、独りには独りの、二人なら二人の、それぞれメリットもデメリットもあるから。そんなに簡単な事じゃないよ、同棲するって。」
「したことあるの?」
「ないよ。大概そこまで行く前に別れるから。友人から話しを聞くだけ。」

「悟さんって、いつから独り暮らししてるの?」
「大学入ってから。家が田舎だからね。東京に独りで出てきたから必然的に。」
「親は知ってるの? 悟さんがゲイだって事。」
「いや、知らないよ。」
「結婚しろ、とか言われないの?」
「言われるよ。それが気不味いから、仕事が忙しいって言って実家には殆ど帰らないな。」
「親って孫の顔見たいものなのかなぁ。」
「さあね。親になってみた事ないからわからないよ。」

「僕はさ、基本的に独りでいる事の方が好きなんだよ。両親と暮らしてるけど、あんまり干渉とかしてこないし。このまま、志望校行くと、家から通えそうなんだよね。そうすると、独り暮らしするのって贅沢かなぁ、って思うんだけど。やっぱ、養ってもらってる身じゃない?」
「独り暮らししたいの?」
「いつまでも、親元にいる訳にいかないじゃない?」
「そうとも言い切れないけどね。まあ、一緒に暮らしても、いつか、はやって来るけどね。」
「それって、親の方が早く死ぬって事?」
「そうそう。私の家は、姉がいるから、そっちに頼ってる。私がしてるのは金銭的援助だけ。」
「お姉さんは結婚してるの?」
「うん。別姓になってるけど、幸運な事に、実家近くに住んでるからね。」

「そっかー。僕、一人っ子なんだよね。どうなるんだろ、この先。」
「さあ、どうだろうね。家、それぞれで事情が違うし、親の考え方も違うだろうからね。まあ、若い内に我侭言ってみるのも良いんじゃない? 受け入れてもらえるかどうかは知らないけど。」
「正直想像できない。自分が、大学行って、仕事について、結婚して、子供を作って、とか。」
「それを私に求められても困るけど、そういうものじゃないの? 別に先の事なんてわからないよ。」
「まあ、そうだよね。」

「靖史くんじゃなくて、『蛍』の方は、何を望んでるの?」
「何だろうな。すっごく微妙。まあ、どっちにしろ、独りで食っていけるようにはなりたいけどね。」
「仕事しなきゃ、生活できないからね。」
「うん。」

「あー、やっと課題終わった。」
「お疲れ。」
「帰らなきゃいけない時刻まで、まだ時間あるから、ベッド行こう。」
「どれくらい時間あるの?」
「えーっと、まだ十分2時間ぐらいは。」
「それは、十分すぎるくらいだね。」
「時間がないよりいいじゃん。」
「まあ、そうだけど。」

 こういう時は、悟さんは十分時間をかけて丁寧に愛撫してくれる。
 それに従順に反応していく僕のカラダ。
 耳朶を甘噛みされて、首筋をなぞられる。
 乳首に触れられて、指で、舌で弄られて感じる。
「あ……はぁ…ん……」

 その上、勃起したペニスを擦られたら、もうたまらなくって。
「あ…あ…ダメ……も……イきそ……。」
「いいよ。1回イって。」
 そのまま、促されるように射精した。
「あっ!ああ!」

 一度、解放されたけど、まだ足りない。
「ね、キスして…。」
 ゆっくりと降りてきた唇が、僕の唇に重ねられる。
 今はまだ、この人に甘えていられる。
 その舌を求めるように絡めあって、吸い上げる。
「ん……」

 でも、それだけじゃ、ダメな時はきっとやってくる。
 それは、何となくわかっているんだけど、でも、必要なのは、今だから。

「靖史くん、イれるよ。」
「うん。」
 そのペニスが、僕の快感をちゃんと刺激してくれるのがわかっている。
「…ん…あ……はぁ…。」
 前立腺を擦るように突き上げられる。

 見上げれば、うっすらと汗をかいた、悟さんの顔があって、とても、色っぽかった。
 漏れでてくるような快感をゆっくりと、的確に与えてくれる。
「あ…イイ!…お願い…もっと…!」
 願えば、ちゃんと与えてくれるから。

 そこには、快感以外の何物も入る込む隙間もない。
 だって、今欲しいのはそれだから。
 純粋な、快楽というのは存在するのだろうか。
 僕が願うもの、僕が望むもの。
 それに対して、貪欲でいられたら。

「ああ!…イ…く…。」
「んん。」

 放たれた精液が、僕の腹を汚す。
「そのまま、動かないでね。ベッドにこぼれるから。」
 言われた通りに、そのままティッシュで拭われるまで待つ。
「今、何時?」
「17:30」
「もうちょっと、このままいても良い?」
「ああ、良いよ。」

「本物の蛍って、見たことある?」
「いいや。ないね。」
「どんな風に光を放つんだろうなぁ。」
「見てみたいの?」
「うん。だって、想像だけだから。」
「東京でも、見られるところ、確かあるよ。」
「え? そうなの?」

「うん。もう見られる時期じゃないかな。受験の息抜きに見に行く?」
「え、いいの? 悟さん、仕事忙しいんでしょ?」
「1日くらいなら、ね。大丈夫だよ。調べて、連絡するよ。」
「ありがとう。」
「晴れるように、祈ってて。」
「大丈夫。僕、日頃の行い良いから。」
「それを言われると、ちょっと辛いな。」

 知らないから、憧れるというのもある。
 でも、もし知ることが出来るなら、知ってみたいとも思う。
 理想と想像だけで生きていけたらいいけれど、現実はそうじゃないから。
 例え、現実との間にギャップがあったとしても、それを受け入れたいと思う。

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『蛍-5-』

 中々スムーズには行かなかったけれど、何とか先輩と別れる事が出来た。
 全てを話した訳じゃないけど、やっぱり、先輩の事が好きな訳じゃないから。
 それは、多分失礼な事だから 。

 そして、僕は、貰った名刺の裏に書かれた携帯へ電話をかけた。
 常識的に考えて、何時頃なら、相手に失礼じゃないだろうか? とか色々考えた結果、やっぱり、昼間は仕事中だろうな(まあ、僕も学校だけど)とか、夜遅すぎても、迷惑だろうな、とか考えた挙句、21時頃掛ける事にした。

 数コールして、相手が出る。
「はい。もしもし。」
「あの、桂木悟かつらぎさとるさんですか?」
「はい、そうですけど、どちら様でしょう?」
「僕、古賀沼靖史こがぬまやすし、えっと、蛍ですけど、覚えていらっしゃいます?」
「あ、うん。覚えてるよ。どうしたの?」
「今、お電話しててもご迷惑じゃないですか?」
「大丈夫だよ。まだ、仕事場だけど。誰も周りにいないから。」
「すいません。お仕事中だと思わなくって。」
「いやいや、もう帰ろうと思ってたところだから、気にしないで。」

 以前会った時と同じ、優しいトーンの声と口調に安心感を覚える。

「今度、会ってもらえますか?」
「構わないけど。いつぐらいがいい?」
「桂木さんの方が、お仕事の都合があるでしょうから、そちらに合わせます。」
「古賀沼くん、高校生だよね、確か。」
「あ、はい。今、高2です。」
「あんまり夜は、やばいよね。飲みにも誘えないし。来週の日曜日のお昼間はどう?」
「大丈夫です。」
「じゃあ、お昼一緒に食べよう。古賀沼くんって、最寄の駅はどこ? わかりやすい待ち合わせ場所とかある?」
「えっと、○○駅です。改札口が、一箇所しかないから、わかりやすいと思います。」
「車止められそうなスペースある?」
「多分、大丈夫です。」
「了解。じゃあ、11時に迎えに行くよ。」

 良かった。覚えていてくれて。
 あの時、会ってくれるって言ってたけど、本当に叶うとは思ってなかったから。
 俺はしがない一介の高校生で、向こうは、一流国立大学の准教授なのだから。

 約束の日、駅の改札から出たできるだけ表から目の届きそうなところに立って辺りを見回していると、桂木さんがこちらに向かって来た。

「お待たせ、古賀沼くん。車、こっちに止めてあるから。」
 助手席を勧められて、シートに滑り込む。
「あの、どちらへ行かれるんですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったね。私の家で構わない?」
「桂木さんがご迷惑でないなら。」
「んじゃ、そうしよう。途中で、スーパー寄って、昼食の材料買うから。」
「桂木さん、料理されるんですか?」
「自分でしなきゃ誰もやってくれないでしょ。まあ、総菜屋とかもあるけど、たまに利用するくらいかな。古賀沼くんは、何か食べられない物ある?」
「大根さえ入ってなければ。」
「OK」

 それから、スーパーに寄って、色々買い込んで、桂木さんは、天津飯と、彩り鮮やかなスープを作ってくれた。
「ご馳走様でした。美味しかったです。」
「お粗末さまでした。お口にあった用でよかったよ。お茶入れるから。リビング行ってていいよ。」
「はい。ありがとうございます。」

 急須と湯飲みを2個お盆の上に乗せて、やってきた。
「緑茶だけど、平気?」
「はい。」

「特別用があったわけじゃないんですけど、桂木さんと話がしてみたくって。」
「いいよ。何でも。別に。」
「あの、僕、先輩と付き合ってたんだけど、やっぱり、好きって訳じゃないから別れたんです。」
「オトコ、オンナ? 古賀沼くんって別にゲイって訳じゃないよね。」
「オトコの先輩です。そうですね、ゲイって訳じゃないと思います。でも特に好きな女性とかはいません。誰かを『好き』って思う感覚がわからないんです。」
「まあ、別に無理して、そういう風に思う必要もないんじゃない?」
「そういうものですか?」

「恋愛感情なんてなくったってセックスはできるでしょ。実際、古賀沼くんだってそうしてるんだし。そういえば、まだバイト続けてるの?」
「今は一応。でも、もうすぐ高3になって、受験生になるから、辞めようと思って。」
「古賀沼くんは、セックス好き?」
「え? 考えた事ないです。桂木さんは、好きなんですか?」
「うん? 気持ち良くなれるのは好きだね。」
「桂木さんって、結構相手の事考えてシますよね。」
「そりゃあ、お互い気持ちよくなくっちゃヤってる意味ないし。」
「恋人とか、好きな人とかいないんですか?」
「恋人はいないよ。好きな人は……って聞かれると微妙だけど。」
「なんで?」
「やっぱり、気にいった相手とセックスしたいじゃない? それが、好きな相手か、と問われると、まあ、好きだけど、恋愛したいって言うのとは違うからなぁ。」
「恋愛したい、って思わないんですか?」
「したい、と思って出来る事でもないでしょ。」
「まあ、そうですけど。」

「別に恋愛しなきゃ生きていけない訳じゃないし、セックス出来ない訳じゃないし。」
「でも、桂木さんのセックスって優しいから、勘違いしちゃう人もいるんじゃないんですか?」
「古賀沼くんは別に勘違いしなかっただろう? まあ、勘違いされても、一応は、『好き』でヤってる訳だから、それなりには付き合えるよ。ただ、相手の方が、その『好き』の原点の違いに気付いて、離れて行くかどうか、だね。」
「離れて行かなかったら?」
「それはそれで、別に良いよ。だって、私なりには『好き』なんだし。現時点のところ、やっぱり、その違いが嫌な訳だから、相手は離れて行くんだよ。」
「寂しくないんですか? そういうのって。」
「寂しいも何も、私自身が、そういう感覚しか持てないからね。古賀沼くんも恋愛感情がない、って言ったでしょう? でもさ、それとは別の次元で『好き』とか『嫌い』とか感じる事はあるでしょ?」
「まあ、そうですね。」

「だいたいさ、古賀沼くんも、まあ、以前の私もだけど、お金と交換に『ウリ』として、セックスしてるでしょ? そこに、そんな感情の入り込む隙間なんてないじゃない?」
「そうですね。逆にそんなもの持ち込まれたら商売やってられませんし。」
「そうそう。だから、古賀沼くんは、古賀沼くんの思うようにすれば良いの。感情って、その人固有のものだからさ、誰にも強制できないし、そうしようとするのは不遜な事なんだよ。だから、悲しいかな全ての人が全て両想いになれる訳じゃない。」

 恋愛感情があったって、両想いになれるとは限らない。
 それは当たり前のようで、自分が忘れていた事かもしれない。

「僕、あんまり考えた事がなかったけど、桂木さんとセックスするの『好き』ですよ。」
「それ、私を誘ってるの?」
「ええ。いけません?」
「素直なのはいい事だよ。ベッドに行く?」
「はい。」

 やっぱり、このオトコのセックスは優しくて。
 触れる唇も、快感をなぞっていく指先も、僕を感じさせてくれる。
 口淫を受けて、そのまま果ててしまいそうなほど煽られて。
 それが気持ち良いってわかるから、僕も、このオトコを感じさせたくてそのペニスを口に含んで愛撫する。
 そして、十分な硬度を持ったペニスを挿入されて、突き上げられて、感じるままに喘ぐ。

「あ…ああ!…はぁ…ん…ん…」

 感じているのを、隠す必要なんてない。
 そのありのままの僕を僕が受け入れて。
 その感情が、何なのか、なんて必要ない。
 このオトコを愛しているから、という訳ではない。
 でも、このオトコのセックスが上手いから、というだけじゃない。
 相性? そんなものなのかな?
 ココロの? カラダの?
 そんなことを問うこと自体ナンセンスなんだ。

「桂木さ…も……イきそ……」
「うん。イっていいよ。私も、もう……」

 射精したのは、お互い間もなくだった。
 快感の余韻に浸ってる僕のカラダに自ら放ってしまった精液を、桂木さんは、綺麗に始末してくれて、射精したばっかりで、敏感だった俺のペニスは、その指に反応してしまったけれど、それも、桂木さんが、もう一度、今度は口でイかせてくれた。

「古賀沼くんは、受験、どうするの?」
「一応、法学部志望。その先どうするかはまだ決めてないけどね。ちなみに僕、これでも成績優秀だから、桂木さんの大学合格圏内だよ。」
「ふーん。でも、私、社会学部だから、全然関係ないよ。」
「そうなんだ。」
「ま、何になるかなんて、まだ焦らなくっていいと思うけどね。」
「なれるかどうかもわからないしね。」

「大学生になったら、遊びに連れて行ってあげるよ。」
「お酒は20歳からじゃないの?」
「私は、そんなに良いオトナじゃないからね。」
「悪い教育者だなぁ。」
「モラルを学ぶのは高校まで。」
「でも、その高校生に手出してるじゃん。」
「反論はしないよ。でも、古賀沼くん、大人っぽいから、大学生でも十分通るよ。」
「見かけの問題?」
「違うけどね。」

 それでいて、全然悪びれた素振りはしないんだから。

「それで? 私に会って何か解決した?」
「んー、ちょっとは。ねえ、また会ってくれる? 本当の勉強も、聞いてみたい事あるしさ。」
「私で、お役に立つのなら。」
「これからは、靖史って呼んでくれる? 悟さん。」
「はいはい。」

 このオトコにとっては、まだ僕はコドモなんだろうな。
 でも、僕は、もう、『蛍』を卒業できる。
 そうして、少しずつオトナになっていくんだ。
 どんなオトナになるかはまだわからないけど。

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『蛍-4-』

 僕はいつまでこのバイトを続けるんだろう。
 そしていつまで続けられるんだろう。
 どちらもわからなかった。

 いろんな人間と出会ってセックスをして。

 このまま高校を卒業して大学に入って、就職する。
 将来僕はどんな人間になるんだろう。

 本当にやりたい事の見つけられる人間はどれだけいるんだろう。
 そして、見つけたとしてそれを行う事が出来る人間はどれだけいるんだろう。

 僕は何の為に勉強をしているんだろう。
 良い成績を取る為?
 それは最終目的ではない。
 良い大学に入る為?
 それも違う。

 いずれもそれらは手段でしかありえない。

 今日はバイトの日だ。

 事務所に顔を出した。

 生憎と言うか、僕には客が入っておらず、暇をもてあましていた。

 しばらくすると一人のオトコがやってきた。
 客だろうか?

 僕は自然とそのオトコを観察していた。
 年齢はよくわからなかった。
 若そうに見えて落ち着いていて、結構歳をとっているのではないかと思えたけど、そうは見えなかった。

 男くさくはない、けれど、女性的と言うわけでもない。
 決して派手ではないけれど、相手を惹き付けるオトコ。

 僕の視線に気付いたのか、見られているという事に気を悪くした風でもなく、にっこり笑って尋ねてきた。
「オーナーいる?」

「失礼ですけど、オーナーのお知り合いでいらっしゃいますか?」

「うん。そう。友人なんだ。来るって約束してた訳じゃないんだけどね、気が向いたから足を運んでみたの。あ、これ、私の名刺ね。これ見せたら、きっと会ってくれると思うから。私が気が向いた時にふらっと現れる人間だって知ってるから。」

 そう言って一枚の名刺を受け取った。
 おいおい、名刺なんて出していいのか。

 名刺を見ると、一流国立大学の准教授、と銘うってあった。
 そんな立場の人が、オーナーと知り合いだなんて。

「少々お待ちください」

 そう言って僕はオーナーのいる部屋に向かう。
 名刺を手渡すと、オーナーは部屋にそのオトコを連れてくるように僕に言った。

「久し振り」

 オトコはそう言った。

「ほんと、久し振り。一年ぶりくらい? それでいて連絡一つもなくやって来るんだから。」
「こっちも忙しい身なんだよ。でも、まあ、いきなり押しかけたお詫びに君の好きな抹茶のシフォンケーキ買ってきたからさ。」
 そう言ってケーキの入ったらしい紙箱をオトコはオーナーに手渡した。

「忙しいって、それはお互い様でしょ? こっちは夜が本番だって言うのに、やって来るんだから、まったく……。」
 仕方がない、と言う台詞を吐きながら、嬉しそうにその紙箱を受けとていた。

「君もどう? あ、お菓子ダメかな? オーナーお勧めだけあって、結構美味しいんだよここのケーキ。」

 オトコは僕にも声を掛けてくる。
「いや、駄目って事はないけど……。オーナーとお話があって来られたんじゃないんですか? そしたら僕は邪魔では?」

「いーよ、いーよ。全然。今、暇してたんでしょ? ほんと、美味しいからこれ。食べてみて。」

オーナの方が答えてくる。
オトコもそれを否定する言葉を吐かない。

「じゃあ、お言葉に甘えて……。」

「早速ケーキ取り分けてくるね。あ、あと、紅茶も入れてくるから。」

 オトコは既にソファーに座りくつろいでいる。

「君も座ったら?」
 僕はテーブルを挟んでそのオトコの向かい側に腰をかけた。

 オーナーがケーキと紅茶を運んでやってくる。

 甘いものがそれほど好きという訳ではない僕にも、そのケーキは美味しく感じられた。
 オトコの方が会いにやって来た、という割にはオーナーの方が饒舌に話をしている。

「折角、ここに来たんだし、久しい友人の為、と思って、僕の商売に貢献していかない?」
「別に、こういう商売否定する訳じゃないけど、私がそういうのしないって知ってるでしょ?」
「わかってるけどさー、お安くしておくし。」
「……お金の問題じゃないんだけど。」
「それもわかってるって。ほら、この子どう?ケイくんっていうんだけど。『蛍』って漢字で書いて、『ケイ』って読むの。中々頭の良い子なのよ。入って半年だけど、仕事の覚えは良いし。」

 矛先が僕に向かう。
「蛍くんはどう?」

「僕に拒否権あるんですか?」
 逆に尋ねる。

「今回はいいの。僕が決めたことなんだから。」

「僕は……別に拒否する気はないです。」

「じゃあ、決まり。」

「私はまだ、一言も良いとは言ってないんだが。」

「いいじゃない。たまには、ね。」

 強引にオーナーに追い出された。
「僕相手じゃ不満ですか? それとも、カラダを金で買うことに抵抗あります?」
「うーん。いや、そうじゃないんだけどね。」
 少し男は考える素振りをする。そして。
「ま、いっか。」
 そう言って僕を連れ出し、オトコの車でホテルに向かった。

 部屋に入ると、男はシャワーに向かい、出てくると代わりに僕がシャワーを浴びた。
 オトコの手が僕の顎に触れる。
「キスは嫌い?」
「……別に」
「そう」
 オトコの唇が重なってくる。
 初めは触れるだけだった口付けが深くなる。
 多分、この人上手い。
 そう感じる。

 バスローブをはだけさせ、探るように触れてくる指先。
 確かに僕が感じる場所を的確に愛撫してくる。
 ペニスに触れられ、包み込むようにしごかれると、次第に頭をもたげ始める。
 オトコの舌が僕のカラダを這い、ペニスを口に含んでいく。
 その気持ち良さの思わず吐息が漏れる。

「あぁ……」

「蛍くん。君は何かを諦めているようだね。でも、それにはまだ早いんじゃないかな。勿論、望んでも全てが手に入る訳じゃない。だけど、その頭で考え、物事を見つめて、感じ取っていけばいい。取り敢えず、今はそのカラダで感じて……。」

 アナルにローションを垂らされ指が挿入されてくる。
 解きほぐすように蠢く指。
 本来、性器ではないはずなのに、確かに感じる場所。

 指が引き抜かれ、男のペニスが入り込んでくる。
 挿入されるペニスが快感を与えることを僕は知っている。
 そして、挿入する事で快感が得られる事も。

 男の動きに合わせて僕も腰をゆする。
 男の指が再び僕のペニスに絡みつく。
 今は何も考えられない。
 快感を追うだけ。

 そして僕達は達していた。

「貴方、上手ですね。」

「そう? まあ、元、君の同業者だしね。」

「え???」
 同業者? 同業者って……。

「まあ、人には過去それぞれがあるって事で。」
「こういうのって、色々ばれたら不味いんじゃないですか? 僕、貴方の名刺見てしまいました。社会的立場があるのに。」
「それって、元ゲイホストだった事? ゲイだって事? 金でオトコを買ったって事?」
「全部です。」

「まあ、ばれたら不味いだろうね。でもばらすような事はしないから。」
「でもばれたら?」
「その時はその時。」
「それは諦めてるって言わないんですか?」
「痛いところをつくね。仕方がない、と思っている部分もある。でも、考えない訳じゃないし、迷わない訳じゃない。人は何かを悟れるほどの存在にはなれないと思うよ。実際私は悟れたらどんなに素晴らしい人間になれるだろう、と思った事もあるけど、そう努力をする事は出来ても達する事は出来ない。でも、その事は諦めた訳じゃない。その過程にも意味があると思う。」

 僕は、多分、この人に惹かれている。
 何故だかわからない。
 けれど、色々話したいと思う。
 この人は僕の持っている感覚を否定しないでくれると。

「あの……」
 口にしかけて止める。
 僕達のこの関係は、セックスを売り買いしただけの関係ではないのか?
 それ以上の日常に踏み込むのは、僕自身否定してきた事ではないか。

「何?」
 向けられる優しい笑み。

 いや、断られても良い何もしないでいるよりは。
「また会って、お話させてもらっても良いですか?」

「それは『蛍』として?」

「いえ、そうじゃなくて。一人の人間として。」

「私と話しても何も解決しないかもしれないよ。」
「それでも良いんです。ただ、一歩、踏み出せる気がして。」

「私にその手助けが出来るといいけど。私に出来る範囲で善処するよ。」

「ありがとうございます。」

「それで『蛍』は? どうするの?」

「まだ考えていません。」

「君が生み出した『蛍』も君の一部だ。それを否定しなくて良い。『蛍』としての自分に何かを見出そうとしているのなら、それも人生経験の一つだ。」

 僕が、この人に抱いているのは恋愛感情ではないと思う。
 この人も、僕の事をそうは見ていないだろう。
 そして、そうならない事に不満を抱いたりしないだろう。

 『蛍』としてこの人に出会った。
 そして、今度会うとき僕は……僕は新しい僕としてこの人と出会うだろう。
 その時僕が、この人になんと呼ばれようとも。

 そしてもう一つ決断したこと。
 先輩とは別れようと思う。
 先輩の傍では、望む僕にはなれないから。

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『蛍-3-』

 快感を快感として受け入れる事。
 ただ純粋に快感を追い求める事は悪い事ではないんだろうか。

 セックスをする。
 そこに快感がある。
 その快感を恋愛感情として錯覚する事はない。

 カラダを許すのはその人ココロを許しているから。
 僕が先輩とセックスをするのは果たしてそうだからだろうか。
 考えてみても特に僕は先輩の事が好きな訳じゃないと思う。

 普通が何かはわからないが、きっと先輩の方が普通の人間なんだ。
 男同士だけど、恋愛感情を持ってセックスを求めて。
 僕にはそれがわからないから、他のオトコともセックスをする。
 これは先輩に対する裏切り行為なのだろうか。

 先輩に話せば、そうだと言われるだろう。
 だが、態々話すような事でもない。
 先輩、僕はこう言うオトコなんだよ。
 それでも好きだって言えるんですか?

 どうすれば人を愛せるのですか。
 愛さなければいけないのですか。
 愛を知らない人間は欠陥人間なのですか。

 性愛だけが愛ではない。
 それはわかっている。
 両親は僕を愛してくれていると思う。
 愛情に飢えた人間が必死に愛情を求める事もある。
 また逆に、愛情が怖くて必死に愛を拒む人間もいる。
 そして僕はどちらでもないのだ。


 だが性愛の代償行為としてのセックスは存在する。
 僕はどちらかというと、欲望としてのセックス、単純な快感を求めるセックスの方が好きだ。
 僕に恋愛感情をもたれてもどうしようもない。

 そういった感情とは別のところでカラダを売っていても、勘違いしてくる人間はいる。
 そうして、束縛したり、独占したりしようとする人間もいる。
 僕はまだカラダを売ることを辞めようとは思わないよ。
 もし、僕にそれを辞めさせる事があるとしても、きっと決して誰かを愛したからじゃないと思う。


「ねえ、君、名前なんていうの?」
 シャワーを浴びてでてきた僕に男は尋ねた。

「名前なんて聞いてどうするんですか? 僕はただの男娼。そしてあなたはお客です。」

「名前を呼んだほうが気分が乗るんだけど。」

「セックスに擬似恋愛を求めているのですか?」

「偽物なんて寂しいよ。確かに君は僕にカラダを売っているのかもしれないけれど、僕は君が気に入ったんだ。」

「名前なら好きなように呼んでくださって結構ですよ。」

「何かの代用じゃない。君の名前を呼びたいんだ。私の名前は『ソウヘイ』思想の『想』に平和の『平』って書くんだよ。出来れば君に僕の名前を呼んで欲しいな。その方が求められているって感じがするから。」

「それが、お客であるあなたの望みならそうします。でも、あくまでもあなたはお客で、僕は男娼です。」

「セックスしている間だけはせめてそれを忘れたいんだけどな。できれば、その後も……。」

「あなたに買われた時間だけはあなたの望むようにします。けれど、それ以上は無理です。」

「そういえばまだ君の名前を聞いてなかったね。」

「……『蛍』。僕はそう呼ばれています。」

「本名じゃないよね? 下の名前だけでも良い、本名を聞きたいな。」

「名前に本当も嘘もあるんですか? 例え仮に親が付けた名前だとしても、それは記号でしかありません。別に本名が嫌いだという訳ではありませんが、今、あなたの目の前にいる僕は『蛍』という名を持つ人間です。」

 そう、僕は『蛍』。
 僕がそう名づけた。
 夜の世界でカラダを売る僕。
 せめてそこで光っていたかったんだろうか。
 自ら闇夜で光を放つ虫、蛍のように。

「蛍くん……」
 男はその名を囁き、僕のカラダを愛撫していく。
 男性の象徴であるペニスをしごきたてていく。
 その手によって勃起する僕のペニス。
 そこには確かに快感がある。
 そして、快感以外の何も求めない。

 男に乞われその男のペニスを口で愛撫する。
 得意という訳ではないけど、何度かこなすうちに少しずつこつを覚えていった。
 吐息を漏らし、更にペニスを硬くする。

 男同士で、生殖行為、と言うのも変だけれど、何故人のセックスは性器に挿入し、射精するだけでは済まないんだろう。

 手淫や口淫。
 それも、セックスの一つの段階なのだと知った。
 前戯を好む人間もいるし、面倒臭がる人間もいる。

 まあ、どちらにしてもそれに興じる人間に興味があるんだけどね。
 他人を知り、己を知る。

 やはり人間というのは不思議な生き物だ。

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『蛍-2-』

 セックスに恋愛を混在させたのは誰なのだろうか。

 食欲・性欲・睡眠欲。
 それを三大欲求と言う。

 ただの欲望としてのセックスは純粋なものだろうか。
 その欲望はどこからやって来るのだろうか。

 食べなければ人は死ぬ。
 眠らなければ人は死ぬ。
 けれど、セックスをしなくても人は死なないだろう。

 僕は先輩とセックスをし、好きだと言われたけれど、セックスをする為に先輩のその感情は必要だったのか、好きだからセックスをしたくなるのか、不思議でならなかった。

 それからも先輩と付き合っていたけれど、僕の中で何か変化するものはなかった。

 ただの欲望としてのセックス。
 どちらかというと、そちらの方に僕は興味があった。

 そしてその内、年齢を誤魔化して僕は自分のカラダを売る事を覚えた。
 お金に困っていた訳ではない、何か特別欲しいものがあった訳ではない。
 ただ単にそういう商売が成立している、その事に興味があった。
 人が自分の金をどう使おうと勝手な事だ。
 カラダを売ることが不道徳だとか、先輩と付き合いながら他の男とセックスをすることが不貞だとかいう感覚はなかった。

 需要と供給、両方にニーズがある。
 世の中の商売はそれで成り立っているのではないか。

 客をとってみると、それはそれで中々面白かった。
 何を思ってオトコ達はセックスを求め、僕のカラダを抱くのだろう、と考える。

 ホテルに行ってセックスをする。
 そんな短い時間だけれど、人間観察をするのは嫌いではなかった。

 僕個人で商売するのはやはり危険だった。
 だから、そういう商売を管理する事務所に所属していた。

 回ってくる客の中にはたまに苦手な人間もいた。

 僕を金でセックスの相手として買っておきながら、売春行為を非難する人間もいる。
 変に正義感を持った人間だった。
 カラダを売る人間は落ちぶれた可哀想な人間だとでも言いたいかのようだった。
 もちろん、金に困ってカラダを売る人間もいるだろう。
 じゃあ、どうしろというのだ?
 仮に僕がカラダを売ることでしか生計を立てられない人間だったとして、そんな説教で何か状況が変わるというのか?
 何も変わりはしない。

 言葉だけの偽善者め。
 おまえは聖人面しているつもりか?
 男娼を汚らわしい、というのなら、そのオトコを買っているお前は何なんだ。

 相手の人間を汚らわしいものとして扱い、自分はそれと対比して自分は綺麗な人間でいたいのだ。
 そのくせ、性欲は否定出来ずにいる。
 そして、その矛盾から目をそらしている。
 セックスはそれ自体神聖な行為でも、汚れた行為でも何でもない。

 それでも客は客だ。
 馬鹿馬鹿しい人間にあたってしまったな、と思いはしても、その人間の発言を否定したりはしない。
 正義・道徳なんて言葉を僕自身の口から発するのは嫌だった。
 反発して激昂を買うのも嫌だった。

 仕事を初めてまだ間もない頃にそういう目にあった事がある。
 プライドの高い男だった。
 そしてそのプライドは脆い男だった。

 初めは温厚に僕に対して語りかけていた。
 カラダを売るような真似をしなくても世間にはいろんなバイトがあると。
 もっと自分のカラダを大切にしなさいと。

 カラダを売る事は自分を大切にしていない事なのだろうか。
 別に自暴自棄になってカラダを売っている訳ではない。
 ただ、興味があったから、セックスを商売にしているのだ。

 その男を皮肉った僕の言葉に、逆上された。

 顔を殴られ、両手を戒められ、慣らしもしないアナルに勃起したペニスを挿入された。
 苦痛以外の何物でもなかった。
 いきなり挿入されたアナルは傷つき、血を流した。
 少しでも身じろぎするとまた殴られた。

 男が射精し、興奮から冷めるまで開放される事はなかった。
 相手を殴り、傷つけ、犯す事で自分の優位を保とうとしていた。

 怒りが男を興奮させ、その興奮に酔っていた。
 その酔いに任せて男は僕を犯したのだ。
 そして多分、男は犯しているという事実に更に酔っていた。

 その行為が終わって一息ついた頃、顔を殴られ、アナルを犯されベッドの上で血を流して傷ついていたのは確かに僕だったが、現に犯した張本人であるはずの男の表情の方が傷付いていた。
 自分のプライドが許さない、か。
 愚かなオトコだと思う。

 自分の行った行為の結果を見るのが怖くて僕を一瞥いちべつもしようとしなかった。
 人を殴る事にも慣れていないんだろうな、と思う。
 暴力という行為を嫌っているのだろう。
 そして、自分の理性というものを過信しているのだろう。

 男は血のついたゴムをゴミ箱に投げ捨て、自分の財布から金を取り出すと、それを床に放り投げ身繕いして部屋から出て行った。

 そのオトコがその後どうなったかは知らない。
 いや、そんな客に限らず、いちいち寝た客を覚えてはいない。

 アナルの傷がかさぶたになり血が止まると、僕は身を起こし、事務所へ向かった。
 僕は犯され傷ついたアナルよりも外目に見える顔の殴られた後のほうが気になった。
 あーあ、腫れるだろうな。

 事務所に戻ると、殴られた顔を見て案の定心配され、僕はあった事をそのまま話した。
 災難だったな、と言われ、傷になったアナルに塗るように抗生剤の軟膏をもらった。

 受け流す術べを身につけなければ。
 人間を相手にする以上、気を付けなければいけない。

 強そうに見えても、弱いからこそ、偽りの殻を作って必死で守ろうとしている人間がいる。
 その殻がその人にとって本当に必要なのかどうかはわからない。
 ただ、僕はカウンセラーでもなんでもない。

 僕自身の事すらわからないというのに。

 全ての行為に意味がある訳ではない。
 いや、意味のない行為が溢れている。
 行為一つ一つに意味を見つける必要なんてない。

 今僕に出来る事、今僕がしようと思っている事、それで良いのだ。

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『蛍-1-』

 生活に不満があった訳ではない。
 生きてきて自分が不幸だと思った事もなかった。
 実際振り返ってみても、そんな出来事は思い当たらなかった。

 けれど、幸福だと感じた事もなかった。
 生まれてこの方、何か些細な事でもいい、感動した事があったか?
 それを考えてみても特に思い当たる事はなかった。

 所謂いわゆる『お受験』が流行りだした世代に生まれてきた。
 両親は勉強する事を押し付けてくるような事はしなかったけれど、勉強するのは嫌いではなかったし、元々、飲み込みが良かったのか成績は優秀だった。
 幼少の頃喘息を患っていた為、健康のためにと水泳を習わされた。
 その効果があったのかどうかわからないが、小学校も高学年になると、喘息発作は起こらなくなった。
 健康の為に習い始めた水泳だったが、辞める理由も契機きっかけもなかったので中学を卒業するまで続けていた。

 中学生にもなると、色めきだってくる。
 そういう感覚は分からなかったが中学2年の時同級生の女の子に告白されて何となく付き合った。
 そういう感情はわからないものの、美的感覚は一応ある。
 その女の子も、自分の容姿にそれなりに自信があるのだろう。
 付き合いだした時、周囲のオトコの同級生から羨ましがられた。

 別れた理由は特にない。
 卒業を契機きっかけに会う事はなくなった。
 彼女は地元の公立高校の進学し、僕は学校や塾での成績から両親の勧めもあり、私立の男子校の進学校の入学した。

 進学校、といってもたいした事はなかった。
 そんな高校の中でも成績は上位を占めていた。
 高校1年の夏を過ぎた頃、先輩に告白された。
 オトコの先輩にだ。
 そういう種類の人間が存在することを知らなかった訳ではなかったし、取り立てて嫌悪感もなかった。
 それでやはり何となく付き合った。

 主体性のない人間だと思われても仕方がないと思う。
 けれど、自分が何をしたいかわからなかった僕はその時に流されてみるのも良いと思っていた。

 付き合うといってもおおっぴらに何かをする訳でもない。
 付き合い初めて数ヶ月経ったころ先輩の家へ遊びに行き先輩の部屋でキスをしてセックスをした。
 キスをしたのは初めてではない。
 中学時代の彼女ともした事があったからだ。
 比べてみた訳ではないが、彼女とのキスも先輩とのキスもそれ程変わらなかった。
 人は何故キスと言う行為に深い意味を見出すのだろうか。
 初キスは○○の味、と美化されるが僕にとっては意味を持たない事だった。

 セックス自体もそうだ。
 セックスそのものを秘めやかな行為として公にすることはないが、そんなに隠し立てする事もないだろう。
 人間自体が、セックスという行為をもって誕生するのだから。

 赤ん坊はどこからやってくるの?

 コウノトリが運んでくるんだよ。

 そんな話はどうやって出来たんだろう。

 セックスは生殖行為以外の意味をどうしてもったのだろう。
 もちろん、男同士のセックスの初めからそんなものは存在しないが、男女の間だって避妊具をもちいて行われる。

 先輩とのセックスは先輩のほうが興奮しているように見えた。

 男性器は性的に興奮すると堅く勃起し、女性器はその男性器を受け入れるべく濡れるという。

 先輩は勃起したペニスを僕のアナルに入れたがった。
 男性同士の性行為に挿入と言う行為は必ずしも必須ではなかったが僕は特に拒まなかった。
 女性器のように濡れることのない僕のアナルは人工的に挿入を可能にする為、ローションが塗り込められた。
 普通の人間なら排便以外に意味を持たないその器官に挿入される。

 もちろん異物感はあった。

 キツく締め付けているであろう僕のアナルに先輩は快感に溺れ抽挿を繰り返す。
 次第に激しくなるその行為に痛みはあったが耐えられない程ではなかった。
 僕にのしかかって動く先輩の表情を冷静に見つめていた。
 先輩の呼吸が荒くなり、僕のアナルの中でコンドームに覆われたペニスが射精した。
 僕にとってはその行為は快感でも不快感でもなかった。

 射精して萎えた先輩のペニスが抜き出された後も僕のアナルには違和感が残っていたが。

 僕のペニスはというと、その行為によって勃起することも射精する事もなかった。
 ベッドの上で全裸で横たわる二人のオトコ。
 汗ばんだ先輩の腕に抱かれ、『好きだ』といわれた後も、僕は心の中で納得出来ずにいた。

 僕は先輩の事を嫌いではない。
 だからといって好きではない。

 初めてキスをした時、何かが変わるかもしれないと思った。

 初めてセックスをした時、何かが変わるかもしれないと思った。

 けれど、僕の中では何も変わらなかった。

 それが人間的欠陥だとは思わないが、僕は性的不能者ではない。
 精通はあったし、自慰だってする。
 その時のオカズはなんなのだろう。
 特に意識してやっていない気がする。

 ポルノ物を見ても、何故それで人が興奮するのか僕にはわからなかった。
 ただ裸のオンナ(もしくはオトコ)が映っているだけではないか。

 そして何故モザイクがかかっているのかも不思議だった。
 どうしてそんなに隠したがるのだろうか。
 モザイクなしの無修正版をみたこともあるがやはりそこにも意味を見出せなかった。

 人はこれを見て興奮するのだろうか。
 いや、ポルノと言うものはその為に作られているのだろう。
 太陽の下でおおっぴらにはならないけれど確実に需要があるもの。

 闇の中で光を放っているもの。

 僕はその光の正体を見てみたいと思った。

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『寂しい魚-4-(完)』

「んん……あ…は…晴彦……ん……」
 晴彦のペニスを受け入れ、俺は快感に喘いでいる。

「智也、ダメ…そんなに……締め付けちゃ……」
「まだ待って……はぁん……く……ぅん……」
 アナルの中に圧倒的なその存在を感じ、それを飲み込むように締め付けてしまうのはどうしようもない。

 一刻でも長く、それを感じていたくて、お互いのその存在を求めていて。
 しかし、それを永遠に求めている訳にもいかなくって、その動きは次第に性急になっていく。

「智也、智也……。」
「ぁ……晴彦、イイ…あ…ソコ…もっと……!突いて…!」
 その感じる場所を、もっともっと刺激して欲しくて。

「智也、俺、も…イきそ……」
「うん、あ!……ああ!…はぁ…あ、あ!俺も、もう……」
 十分感じているのに、晴彦の手でペニスを直接的に刺激されて、俺たちは、達した。
「んん!くぅ!」
「あ…はぁん…く…!」

 出会って、俺たちは、何回カラダを重ねただろう。
 もう2年が経とうとしていた。
 お互いをお互いが何回抱いたかなんて数えてやいない。
 そんな回数になんて意味なんてないから。
 気付けば2年も一緒にいられたという事

 寂しくて仕方がないのに、その寂しさをひたすら覆い隠そうとして生きていて、俺達は、その皮膜の奥底に眠っている寂しさを暴きたて、癒し合った。
 もし出会わなければ、強がって生きる事で、何とか生きられたかもしれない。
 けれど、弱さを知る事も大切なのだとわかった。

「智也、もう少し、このままにしていてもいい?」
 射精して、萎えたペニスを、俺のアナルにイれたまま、晴彦は尋ねた。
「ああ、うん。」
 それでも、それ以上は、性欲は湧かなかった。
 ただ、カラダの温もりを感じていたかった。
 それでも、物理的に締め付けてしまって、ペニスが、感じはじめそうになると、やがて晴彦は、抜き去った。
「ん…ふぅん……」

「あ、感じちゃった?」
「馬鹿」
 そう言って、晴彦の唇に俺の唇を寄せた。
 唇を押し付けて、触れるだけの口付けをかわす。
 まるで、慈しむように。

「明日は、お互い、大学朝からだろ? もう寝ようか。」
「そうだね。」
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ。」

 お互いの転機がそろそろ訪れ始めている。
 もう、俺達大学4年になる。

 いつも通りの朝を向かえ、いつも通りに大学に向かう。
 俺は、どんな未来を望んでいるのだろうか。
 その構図をはっきり描ける人間なんていないだろう。
 漠然と描いたとしても、現実はそれに追いつかず、軌道修正しながら、生きていく。

 だが、何の構図も設計もない人間にはなりたくなかった。
 『他人の為に役立つ仕事に就く』そんな曖昧なそれでいて、そんな大義名分が立つ仕事につけるのはほんの一握りの人間に過ぎないだろう。
 そもそもそれが、本当に『他人の為に役立っているのか?』そう問われた時、はっきり答えられる人間がいるのか?
 それはどうかわからないが、様々な職種があり、それが、どういう理由にしろ誰かに必要とされているから、職業として成り立つのだ。
 複雑に絡まりあった現代と言う社会は、その複雑さゆえに道を見失いそうになる。

 例え道を一時見失ったとしても良いではないか。
 また、歩く事が出来るのなら。
 そう立ち直れる力こそが、生きていく為に必要なのだ。

 俺は、運よく、というか、努力の甲斐があって、何とか大学院への進学を決めることが出来た。
 学ぶべき事は沢山ある。
 俺は、それを追求していきたいと願っていた。
 大学院への進学は、その為の、俺の一歩となる事だろう。

 一旦家へ帰り、着替えてバイトに出向き、コンビニで夕食の弁当を買って帰ると、既に晴彦が家にいた。
「ただいま。晴彦、今日は、バイトは?」
「あ、良いの。休み休み。それより見て、これ。」

 嬉しそうに晴彦は、とある文芸雑誌を俺に手渡してきた。

「? これがどうしたの?」
「ほら、ここ、ここ。」

 晴彦が指差した作品
 新人賞受賞作『いつか晴天を信じて』神崎晴彦かんざきはるひこ

「え? これって、もしかして……。」
「うん。そう、すごいでしょ?」
「晴彦がパソコンに向かってたのってずっとこれ書いてたんだ。」
「本当はさ、出品する前に智也に読んでもらおうかと思ったんだけどさ、完全に自信があった訳じゃないし、万が一、受賞できたら、驚かせたいな、って思ってて。」
「晴彦が、こういうの好きだって全然知らなかった。」
「だって、内緒にしてたもん。」
「取り敢えず、おめでとう。」
「それでさ、やっぱり、こういう風に認められてみるとやっぱり嬉しくって、そうしたら、また書きたくなって、でも、始めから、これで食べていくのって難しいと思うんだ。だからさ、大学は、ちゃんと卒業するけど、何でもいいから文章が書きたくって、出版社でバイトしようかな、と思ってるんだ。やっぱり本が好きだからさ。」
「へぇ、良いんじゃない?」
「今やってるバイトもさ、もうそろそろ潮時だと思ってたから、これを期に辞めようと思って。」
「そうなんだ。」

「……智也とさ、出会えたから、俺はこれが書けたんだと思う。どうでもよくなりかけていた、自分の事を考えるようになって、そうしたら、他の人間の事も興味が湧いてきてさ。他の誰でもなく、あの時、智也が、俺に手を差し伸べてくれたから。」

「俺も、晴彦に会えて良かったと思ってる。晴彦に会って、色んな事を知った。俺が、自分の足で、未来への一歩を踏み出そうと決められたのは、晴彦が傍にいてくれたから。俺は、ずっと、寂しいなんて知らなかった。一人でいるのは当たり前だったから。俺もね、何も見えなかったんだ。楽しい事も、悲しい事も、嬉しい事も。」

「俺達は、お互い、本当はすごく寂しかったんだね。」

「でも、それを始めは認められなかった。時間をかけて、少しずつ、俺達は成長していったんだ。」

「誰かと抱き合えば、それは治まると思ってた。だから、いろんな人と寝た。けど、それだけじゃ埋まらないものもあるんだって知った。智也は、特別だったから。」

 全ては過去形。
 そう、お互い多分わかっていたんだ。
 俺達は、始まった時から、終わりがくる事が見えていた。
 そんな関係だってある。
 終わってしまうからといって、それまで過ごしてきた時間が無駄になる訳ではない。

 始まりも、その過程も、終わりも、全て俺達には重要な事なんだ。
 寂しくて仕方がなくて、それを慰めあう為にカラダを重ねる。
 それはそれで、悪い事ではないんだ。
 多分、そうやって、関係を続けている人達もいるのではないかと思う。

 人と人とを繋ぐ絆が、どんなカタチであったとしても、それは非難されるべき事ではないだろう。
 ひたすら傷を舐めあって、寄りかかって生きたって、それはそれで良いのだと思う。

 ただ、俺達は、違う道を模索しようとしている。
 寂しかった過去は消せないし、消そうとは思わない。
 そして、これからも、寂しさを感じる事はあるだろう。

 狭い水槽の中で、寂しさに溺れていた二匹の魚達。
 大海原から吊り上げられて、そこでも必死にもがいていた。
 そして、そこで、けっして一匹きりじゃないんだよと知った。
 息をして、泳いで、餌を食べて、生きて。
 全く一匹きりだったら、多分何も気付かずにそのまま、それはそれで過ぎていたかもしれない。
 それが、時間というものの残酷さ。
 そのどうしようもない残酷なものの前に諦め去ってしまうのか?

 俺達は、決して一人では乗り越えられなかった壁を、二人で何とか乗り越えた。
 そして、俺たちは、それぞれの未来を見つめている。
 そう、それぞれの未来が。

 二匹の魚達は、大海原へと帰っていった。
 今は、まだ、何者にも出会えなくても、もしかしたら、また誰かと会う事があるかもしれない。
 そう、他の誰かと。

 晴彦は、殆ど帰ってなかった家を引き払い、新しい家へと引越しの準備をしている。
 俺の家に置いてあった自分のものも荷造りしてしまった。

 お互いが与え合った影響は消える事はない。
 もしかしたらたまに思い出すかもしれない。
 そして、もしかしたら、どこかで顔を合わす事があるかもしれない。
 でも、その時は、もう、今までの俺達じゃない。

 俺達は、お互いが不要になったんじゃなくて、新たなる道を探しているから。

「最後に、握手してもいい?」
 そう尋ねてきた晴彦の手を俺は握った。
 そうすると晴彦は、もう少し力を込めて握り返してきた。

「この手がなかったら、俺は駄目になってたかもしれない。本当にありがとう。」
「それは俺も同じだ。」
「ふふ……それでね、本当に智也の指、好きだったよ。」
「ありがとう。俺は、晴彦の本を読むたび、もしかしたら、晴彦の事を思い出してるかもしれない。」
「俺は、何かを書くたび、きっと智也の事思い出してるような気がする。」
 
 そうして、お互いはお互いの思い出の中に。
 その方が、より鮮明に残る事もあるから。

 お互いに、恋人が出来たとしても、特別な存在でいられるんじゃないかと思う。
 もしかしたら、その恋人に嫉妬されるくらい。

 俺達は、もう一度手を握り合って、別れた。
「さよなら。」
 別れは寂しいけれど、それ以上のものがあるから、今は一人で立っていられる。
 そして、前へと歩き始める。

 二匹のいた水槽の中には、藻だけが、ゆらゆらと揺れていた。
 もしかしたらまた迷い魚がやってくるかもしれない。
 その魚達は、どんな未来を望むのだろう。

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『寂しい魚-3-』

 ふと寂しいと感じる時、それは、それまで感じていたはずの温もりが手の内から去っていった時。
 もしかしたら俺はずっと寂しかったのかもしれないけれど、晴彦と会って、晴彦と一緒にいる時間が多くなって、その時間が当たり前のようになった時、本当に実感として寂しいと感じるようになった。
 晴彦は俺よりもずっと素直に寂しいと感じていた。
 明るく笑うその顔の中にも、その影を常に宿していた。

 どこかで同類だと感じていたからこそ、多分俺は晴彦の寂しさに気付いたのだろう。
 そして晴彦も、そんな俺の寂しさを見抜いていたのだろう。

 魚達は、生まれながらにして泳ぐ事を知っている。
 けれど、時には上手く泳げない魚もいるだろう。
 そんな魚はどうやって過ごしているのだろうか。
 誰にも教えてもらえず、ただ足掻いて、でも泳がないと生きていけないから、その事に必死なのだ。

 晴彦は、何を考えて見ず知らずの人とセックスをするのだろうか。
 俺が、家庭教師のバイトをして金を稼ぐのと一緒だよ、と言ったけれど、本当にそれだけなのだろうか。
 ただ俺は、晴彦がそれを望む限り止めようとは思わなかった。
 俺と、晴彦がセックスをするのも、多分、愛や恋なんかじゃない。
 晴彦は、止めて欲しかったのだろうか?
 ふとそう思ったこともあるが、どうして俺にそんな権利がある?
 俺は、晴彦に『好きだ』とも『愛してる』とも言った事はない。
 晴彦も、俺に『好きだ』とか『愛してる』とか言った事はない。

 もし仮に、そう告げたとしても、俺たち二人の間では、何の意味も持たない言葉だと分かっているから。

 晴彦も、俺も、いつまでも同じ場所には留まれない。
 やはり、俺が家庭教師をしているのも、晴彦がウリをしているのも、ほんの一時のバイトでしかないのだ。
 ただ一時の情を一緒にしていても、それで全てが計れる訳ではない。
 俺が見ている晴彦も、晴彦の中の一部でしかなく、晴彦が俺に見ているのも俺の中の一部でしかないだろう。
 けれど、それだけでもいいから、誰かに見ていて欲しい、それは、誰でもいいわけじゃなくて、今の俺達にとって、俺には晴彦で、晴彦には俺なのだ。

 だから、俺は晴彦に手を差し伸べたし、晴彦も、俺の手を取ったのだ。

「智也、朝飯まだ?」
 例の如く、俺の家に泊まった晴彦は、朝食をねだってくる。
 俺だってたいした物が作れるわけではない。
 食パンをトーストして、サラダ用にスーパーで売っている野菜にドレッシングをかけて、目玉焼きを焼いて、インスタントのコーヒーを入れる。
 大概いつもそんなものだ。
 だから、ものの数分もあれば準備は出来る。
「ほら。」
 と、食卓の上に皿を並べていく。
「サンキュー、智也。俺、智也のところに来てから、まともに朝飯喰うようになったよ。」
「俺だって、一人きりだと、こんなには用意しない。大概トーストと、コーヒーくらいだ。」
「でも、智也、目玉焼き上手だよ。俺も試したことあるけど、こんなに上手くいった試しないもん。」

 晴彦は自分では作れないくせに、目玉焼きに関してはかなり思い入れがあるようだ。
 醤油やソースは一切かけない。
 黄身がとろとろで、白身は完全に固まっていて、黄身の表面を破ると、溢れてくる、中身にその白身をソース代わりにつけて食べるのだ。
 俺自身は固まった黄身に醤油をかけて食べるのが好きなので、焼き方にも違いが出てくる。
 固まりきっていない黄身は、時間がたつと、次第に硬くなってしまうので、晴彦用の目玉焼きは後に作る。

「晴彦は一人の時何食べてたわけ?」
「俺~? 朝飯は基本的に食べない。面倒だから。その分、寝てたいし。大学行って、学食食べて、夕方に食べて、夜遅いから、その時軽く食べる。」
「別に俺の家にいるからって俺に合わせる必要ないんだぞ。」
「いや、でもさ、朝食くらいじゃん? 智也と一緒に飯食べるの。作ってくれるなら、食べてもいいかな~なんて。」
「晴彦、お前、今日大学は?」
「朝、一時間目から。だからこんなに早く起きてるのよ。」
「あ、そ。俺、今日午後だけだから。早くしたくしたら?」
「もうちょい時間あるでしょ。コーヒーもう一杯頂戴。濃くしてね。」
「はいはい。」
 普通に入れるよりも、気持ち多めに粉を入れる。

 別に一緒に住む約束をしたわけではないのだが、晴彦が、自分の部屋に帰るのが面倒だと言って、 晴彦の私物が、俺の家に増えていった。
 といっても、大学の教材と私服位なのだが。

 晴彦が大学へ行ってしまうと、俺は、溜まった洗濯と、掃除を始めた。

 授業は午後からだったが、家で昼食を一人で作って食べる気にもなれず、少し早めに出かけて、学食で昼食をとった。
 学食と言うのはありがたい。
 リーズナブルでそれなりの量が期待できるから。
 授業が終わり、バイトを終えて携帯を覗いてみると、一件のメールが届いていた。
 晴彦からだ。
 『明日、大学休みだし、オール引き受けたから、今日は帰らない。でも、明日の朝食もお願い。』
 まあ、夜来ない時はこんな感じだ。
 どうして、『帰る』と言う表現になるのか。
 ここは、俺の家であって、晴彦の家ではないのに。

 俺は、バイトで稼いでるし、親の残した遺産もあるし、学費に困る訳ではないので、何とか成績上位を保ち、院への進学を目指していた。
 その為には、やっぱり勉強は必要で、まあ、好きでもあるので、一人の時間は有効に使って勉学に励んだ。
 起きている時は、結構平気だ。
 だが、たまに一人で寝るのが寂しくなることもある。
 だからといって、子供じゃあるまいし、寂しくて眠れない、という訳でもない。
 晴彦が握ってくれた手が、恋しくなる事もある。
 俺は、どうして、こんなにも弱くなってしまったのだろう。

 いや、弱くなった訳ではない。
 俺は、元々そんなに強い人間ではないと気付かされただけなのだ。
 己の弱さを知った時、それは弱点となる訳ではない。
 それは、ずっと一人でいたら気付かなかった事。

 翌朝目覚めると、晴彦がベッドの端に座っていた。
「寂しかった?」
「まさか。」
 俺がそう答える事を晴彦は知っている。
 そして、その言葉が真実でない事も。
 それでいても、こういったやり取りは、嫌いではない。

「今日俺、一日中フリーだから、ずっとここにいるわ。」
「お前、ちょっとは、自分の部屋も、見てきたら?」
「うーん。でもこれといってないしなぁ。あ、でも、もしかしたら、図書館あたりには出かけてるかもしれないけど。」
「俺は、お前がいいなら、それで構わないけどな。俺は、今日は一日中授業だし、その後すぐバイト入ってるから。晩飯も外で食べてくる。」
「わかった。俺も適当に食べておくよ。」

 大学が終わって、家へ帰ると、晴彦はひたすらパソコンに向かっていた。
「大学の課題か何か?」
「んー。ちょっと違うんだけどね。まだ秘密。」
 おいおい、人のパソコンを占領しておいて、それはないだろう。
 まあ、『まだ』ということは、いつか話してくれるのかもしれない。
 期待はしないでおこう。
 作業を終えると、晴彦はパソコンからフロッピーディスクを引き抜いた。

「今日は、バイトは行かなくてよかったのか?」
「肉体労働よ? そんな、毎日やってられないって。」
「あ、そ。」

「ねえ、智也。」
「何?」
「今日は俺が挿れてもいい?」
「お前、肉体労働はしないんじゃなかったのか?」
「だから、智也は別だっていつも言ってるじゃん。」
「はいはい。じゃ、先シャワー浴びてるね。」
「うん。」

 二人分の重みを乗せて、ベッドがぎしりと鳴る。
 晴彦が、俺に覆いかぶさるようにして、唇を重ねてくる。
 舌を絡めながら、俺は晴彦の首に腕を回し、更に晴彦を力強く引きつけた。
 お互い、息苦しくなって、一旦唇を離し、もう一度、引き寄せる。
「ん…ふ……」
「ん……ん……」
「晴彦……」
 求め合って、何度も口付けを交わして、それでも足りなくて、できるだけ必死に唇を求める。
 そこに、お互いの熱を感じているから。

 それから晴彦は、口付けを、俺の肌に移し、その舌で、首筋をなぞっていく。
 微妙な箇所をなぞられると、背筋がゾクゾクして感じてしまう。
 そこを、ほんの一瞬触れられるか触れられないかなのに。

 そして、晴彦に触れられることを期待している俺のカラダ。
 それを知っている晴彦の指先は、俺のカラダにやさしく触れてくる。
 感じる箇所をすーっとなぞられて、その感覚がなくならないまま、今度は舌先でなぞられて。
「あ……は……晴彦……」
「智也……イイ……?」
「んん……。」
 そう問われても、答え返すことなんて出来なくって、それがわかっているのに、あえて確かめるように問いただしてくる。
 答えなんて、とっくに出ているのに。

 晴彦に触れられることを待ちわびた俺のペニスは、欲望を孕んで勃起している。
 その勃起したペニスを晴彦は咥えていく。
 幹の部分を舐めるようにしたり、かと思うと、深く咥えて、吸い上げてくる。
「んん……く……晴彦……」
「智也、ローションとって。」
 俺は、ベッドの脇においてある、ローションを手に取り、晴彦に手渡した。
 そのローションを晴彦は、手に取り、俺のアナルに指を挿入していく。
「く……あ…は……」
 アナルの裡を刺激しながら、口での奉仕もやめようとしない。
「ちょ……晴彦……それ以上されたら…も……」

「うん……俺も…もう……。」
晴彦は、ゴムを装着し、ペニスを挿入してきた。
「ああ!……は…あ……ん」
「智也、もうちょっと力抜いて。」
「ん……ん……」
 何とか、俺は、力んでしまいがちになるカラダの力を抜こうとする。
 俺のカラダのこわばりが解けたのを見計らって、晴彦は一気に奥まで挿入してくる。
「晴彦…もうちょっと、このままいて……。」
「うん。」

 そうしていると、シーツを握っていた俺の指を取って、口に含んでいった。
「やっぱり、俺、この指好き。指も、吸われると、気持ちいいでしょ?」
「晴彦、指フェチ?」
「えー、そうなのかな?」
「それっぽい。」

「どうんなんだろ。それより、もう、動いてもいい?」
「あ、うん。」
 晴彦がゆっくりと抽挿を開始する。
 最初は焦れるように、けれど、次第に激しく。
「あ…ああ…はぁ…ん…」
「智也、イイ……?」
「ん……うん、……あ…ソコ……もっと……!」
 俺が望むように、俺が感じられるように、晴彦は、抱いてくれる。
 それは、俺が、晴彦を抱く時も同じ事。
 ただ、お互いが、お互いを望むように。
「智也……智也……」
「ん……晴彦…も……っ……」

「うん、俺も、もう…イきそう……」
「ああ!はぁ……あ…イ…く……!」
「ん…く…んぅ……」

 求め合うような性急な動きが止まって、ベッドの上に転がりあった。
 それからまた、温もりを確かめ合うように抱き合って。
 トクン、トクンとお互いの鼓動が、次第に緩やかになって規則正しいリズムを刻んでいく。

 それは、まるで、時の流れのようで、その時が、二人、重なり合っているようで、欲望が収まっても、もう少し、抱き合っていたくて。
 抜け出しがたい、その心地よさを、感じていたいから。

 今を永遠に生きる事は出来なくて、それでも、大切な時は確かにあるから。
 それを大切だと思えた時、人は少し成長するのかもしれない。
 まだ、もう少し、俺達にはお互いが必要だから。

 寂しくなったら泣いても良いんだよ。
 嬉しくっても泣いても良いんだよ。
 それは、とても自然な事だから。
 当たり前すぎる事が、当たり前じゃなくなって、見失ったとしても、また見つけられる時が来るから。

 失って始めて、その大切さを知ったとしても、それは、それで大切な事だから。
 お願い、もう少し、この手を握っていて。

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『寂しい魚-2-』

 寂しいと感じた時、誰かに傍にいて欲しいものだろうか。
 もし、誰かが手を差し伸べてくれたからといって、その手を取るのには勇気がいる。
 不用意に手を差し伸べてはいけない。
 それはとても残酷なことだから。

 導いてくれる手を待ったとしても、その先に望むものがあるとは限らない。
 期待をしてはいけない。
 期待をさせてもいけない。

 でもその時とても飢えていたら?
 必死でその餌に喰い付いてしまうだろう。
 例え、それが気まぐれなもので、もう二度と会う事はなかったとしても。

「智也は寂しいの?」
 晴彦に問われた。
 俺は、寂しいんだろうか。
「晴彦には、そう見える?」
「ううん。わからない。でも何となくそう感じただけ。」
「晴彦は?」
「どうだろうね。わからないや。兄貴を失った時、絶望の淵に立たされたような気になったけど、今となってはもうどうしようもないしね。」
「泣いた? お兄さんが亡くなったとき。」
「一人で、部屋に閉じこもって、声を殺して泣いたよ。」
「俺は、泣かなかった。両親を亡くした時。その時はまだ、俺は幼すぎたんだ。死の意味すら分からずに。」
「今は?」
「泣く機会を失ってしまったからね。今更もう泣く気にならないよ。」
「智也にとって、生きていくために必要だったんだね。それが。」
 あの時、不幸だと感じていられたら、俺は少しは違っただろうか。
 でも人は、本当に不幸な出来事に当たったとき、その時を最悪な事態だと、どうして判断出来るだろうか。

「智也が俺と一緒にいたいと感じるのは、やっぱり寂しいからなのかな。」
「それは、晴彦がそうだっていう事?」
「感覚としてはよくわからないけど、そんな気がするんだ。俺が、智也と一緒にいたいのは、やっぱり寂しいからで、智也に必要とされる事で、俺は、少し生きていられるような気になるんだと思う。」
「晴彦は、俺に必要として欲しいの? 必要とされて欲しいの?」
 誰かが、誰かの存在を望む時、そこに自分と言う存在を刻み込む事で、生きている事を確認する。
 自分と言う存在は、とても不確かなものだから。
「俺は、智也が手を差し伸べてくれたとき、その手を取った。智也が俺を必要としてくれて、それが、俺にも必要だと思ったから。」
「俺が、晴彦を利用しようとしているとは思わなかったの?」
「別に、それでも良いと思ったんだ。俺も、もしかしたら、智也のその手を利用しようとしているだけかもしれないと思ったから。」
「俺達は、どっちも狡いのかな。」
「そうかもしれないね。」
 その時俺は、確かに笑っていたのかもしれない。
 実際、晴彦にもそう指摘された。
 『滅多に表情を変えない智也が、笑っている。』と。

「智也は、一人暮らしなんだよね。たまには、叔父さんの家に行ったりしてる?」
「一度も行ってないな。行っても話す事なんてないし。晴彦こそどうなんだ?」
「俺も、大学に入って一人暮らしを始めてから、一度も帰ってないよ。兄貴の事があってから家に居辛かったし、両親と顔を合わせるのもね。」

「始めから、あそこは、俺にとって帰る場所じゃない気がする。」
「俺は……どうだろう。」

 住処を見失った魚が、どこを漂うとも泣く泳いでいくのは、ただ泳ぐ事だけが、生きているという証だから。
 何も考えずにただ泳いでいられたら、そう望むのに、それは出来ない。
 出来ないのは、本当にそれを望んでいる訳じゃないから。

 大学時代というモラトリアムの中で、まだ、俺も晴彦も漂っていられる。
 目的も、目標も見出せずに、それでも日々を生きて、それでも何かしら道を見つけないといけない。
 ココロは中々成長できなくとも、時間はそれを待ってはくれない。

 それぞれ、お互いの大学生活はあるものの、晴彦は結構俺の家に居つくようになった。
 俺の部屋の方が広くて、片付いているからだそうだ。
 確かに一度、晴彦の家へ行ってみたが、一応足の踏み場はあるものの、あちらこちらにいろんなものが散らばっていた。
「俺なりには、これで、何がどこにあるかわかるようになっているんだよ。」
 そう、晴彦は言っていたが。

 俺の家は、亡くなった両親の持ち家で、そのまま一人で住んでいた。
 だから、普通の学生のワンルームマンションと比べられても困るのだが。
「こんな所に一人で住んでいて寂しくない?」
「別に。高校の時からずっとそうして来たから。」
「ここの税金とか、今は智也が払ってるの? 一戸建てにしては小さいとはいえ、都心でしょ?」
「ありがたいことに食うに困ったことはないよ。でも、晴彦だって、一応、両親が家賃や学費払ってくれてるんだろ? ウリしなきゃ食っていけないわけじゃないだろ?」
「まあ、そうなんだけどね。始めたきっかけも特にないだけに、辞めるきっかけも中々ね。まあ、大学卒業となれば足を洗うんだろうけど。」
「金はあっても困るもんじゃないからな。」
「いきなり社会に出るより、学生時代にバイトして、金稼ぐこと覚えておいた方がいいからね。」

「あ、そういえば、今日もう、これからバイトなんだけど。」
「カテキョだっけ?一流国立大生なんて、どこへいってもモテモテでしょ。」
「需要は結構あるね。塾講っていうのもあるけど、俺にはちょっと向かなくって。」
「んじゃ、俺も、早いけど、バイト行こっかな。」
「行ってらっしゃい。」
「早く終わったら、また来てもいい?」
「ああ。」

 晴彦の早く終わったら、と言う時刻もかなり微妙なのだが。
 日付が変わらなければ、晴彦にとっては『早い』うちに入るのだ。

 案の定、日付が変わるころになって、俺がそろそろ寝る準備に入ろうか、という時になって、晴彦はやって来た。
 その日の客や、次の日の大学の予定によってはそのまま来ない事もあるし、(朝食だけをたかりに来たこともあった)気付いたら、いつの間にか、横で眠っていた事もあった。
 でも、もちろん、家の合鍵を渡してるのは晴彦だけで、それを渡すまでに随分期間も経った。
 寂しさに擦り寄ってくる晴彦が嫌な訳ではない。
 むしろ、心地良いと感じてしまうのは、晴彦は、晴彦なりに俺に気を使っていてくれて、それでいて、俺の寂しさも見抜いているからだろう。

「ただいまー、智也。」
 俺の家に来るのに、『ただいま』と言う挨拶が当たり前のようになってしまっていた。
「おかえり。」
 そんな、慣れない挨拶も、いつの間にか交わすようになっていた。
「なになにー、智也、もう寝るの?」
「もう、こんな時間だよ。」
「まだいいじゃん。ね、シようよ。」
「お前、よくそんな元気あるな。」
「智也は別腹~。」
「あ、そ。」
「いっぱいキスしてよ。」
 そうして、唇を重ねてきて、俺も、晴彦の唇を堪能する。
 舌を絡ませあって、吸い上げて、口腔内を舌で味わって。
 一度離れていった唇に、晴彦は『もっとして』と再び唇を重ねてくる。

 唾液が飲み込めなくて溢れてくるほど唇をむさぼって、名残惜しげにチュッと音を立てて、唇を離す。
 晴彦の口から溢れた唾液を、俺は指でぬぐって、舐めとった。

 その指を、晴彦は手にとって、自分の口に含んでいく。
 唇をすぼめてその指を吸い上げるように舐める。

「俺、この指好きなんだよね。始めて、俺に手を差し伸べてくれたときもそう思った。指が長くてさ、細くてさ、ほんと、器用そう。」

 晴彦の口から解放された指を、今度は、晴彦の肌を撫でていく。
 もう、何度か抱いたカラダ。
 乳首をつまみ上げ、指で押しつぶすようにすると、晴彦の口から、吐息が漏れる。
「ん…はぁ……。」

 感じて、立ち上がった乳首を、今度は舌で舐め、吸い上げる。
「ソコ…も…ダ…メ……も……。」
「ああ。」
 俺は勃起した晴彦のペニスに手を触れ、扱きあげながら口に含んでいく。
「あ…はぁ……イイよ……。」
 硬度を増したペニスに更に刺激を加えていく。
「智也……それ以上は……も…イきそうだから……。」
 俺が、そこから口を離すと、今度は、晴彦は俺のペニス唇を寄せてくる。
 同じように愛撫されて、俺も感じて、硬く勃ちあがって。
「く……晴彦……。」
「ん…智也…イれて……。」

 ローションを垂らして、アナルに指を挿入して、その窄まりを解していく。
「あ……やっぱ…智也の指…イイ……。」
 指にご執心いただいてるのは嬉しいのだが、頃合を見計らって、指を抜き去り、代わりにペニスを挿入していく。
「んん……くぅ……はぁ……。」
「晴彦、痛くない?」
「ん。大丈夫。動いて。」
 晴彦にできるだけ負担がかからないように、感じられるように、俺は抽挿を開始する。

「あ…は…んん!」
「イイ…?」
「ん……あ…ソコ……もっと……!」
 締め付けられると、イってしまいそうになるけど、少しでも長く感じていたくて、感じさせていたくて、晴彦の欲しがる場所を突き上げる。

「あ…く……イイ……も…イ…くぅ。」
「んん。俺も…く……。」

 ギリギリまで我慢して、その熱を放出した。
 それからまた、シャワーを浴びて、パジャマを着てベッドに一緒に入った。
 横向きに寝ようとする俺の背中から晴彦は抱きついて、指に指を絡めてくる。
 俺は、そんな晴彦の指をぎゅっと握り締めた。
 そのうち、背中に感じていた、晴彦の呼吸が寝息に変わる。
 俺は、それから、眠りについた。

 今は、まだ、俺たちにはこの指が必要なんだ。
 二人で彷徨さまよっていれば、まだ寂しくないと。
 まだ、この寂しさを癒す温もりに触れていたいと。
 そう願っていた。

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『寂しい魚-1-』

 狭い水槽の中で必死で息継ぎをしながら群れることを知らず泳ぐ魚達。
 多分俺達は、そんな寂しさを抱えていたんだ。

 俺、藤崎智也ふじさきともやは両親の顔を覚えていない。
 幼い頃、交通事故で両方とも亡くなってしまった。
 俺も、同乗していたが、奇跡的に助かった。
 多少の傷はあったものの、殆ど肉体的ダメージは受けていなかった。
 両親の死を、隠そうとしても隠し切れる訳はない。
 俺は、病院のベッドの上で、その事実を知らされた。
 親戚の叔父さんは、泣いても良いんだよ、と、俺の小さい身体を抱きしめた。
 けれど、俺は泣かなかった。
 実感としての死が俺にはまだなかったから。

 幼い俺が一人で暮らせる訳がなかった。
 だから、子供のないその叔父さんの家へ引き取られる事となった。
 幸いにも、俺の両親は裕福で、金に困った事は一度もなかった。

 叔父さん夫婦は、俺の事を我が子のように可愛がってくれたけれど、どうしてもそこに俺の居場所を見つける事は出来なかった。

 優しさも、壁一枚隔てているようで、どこかぎこちなかった。
 俺も、そんな叔父さん夫婦に迷惑をかけまいと、必死で良い子に振舞った。
 そして、その振る舞いは、自然と俺の身についていた。
 過剰に叔父さんたちが俺に何かを求めて来なかったからかもしれない。

 お互いが、お互いに負い目を感じていたから、どうやって振舞っても、窮屈さは拭えなかった。
 子供なんだから、もっと我侭をいっても良いんだよ、と言われても、俺はその方法を知らなかった。

 高校生になったとき初めて、俺は叔父さん夫婦に望んだ。
 一人暮らしをさせて欲しい、と。
 いずれは出て行かなければならない家だ。
 両親の貯蓄は十分にあったし、少しでも早く自立したい。
 その望みを、叔父さんたちは聞き入れてくれた。

 そうして少し、両親の呪縛から解放された。
 そして、それと共に、俺はオトコしか好きになれないんだと、自覚した。
 そこに関連性はあったのだろうか?
 多分何もない。

 叔父さんの元を離れても、相変わらず俺は所謂いわゆる優等生だった。
 勉強は好きだったし、何より数字として結果が出るのが嬉しかった。
 良い成績を出せば教師は褒めてくれたが、それはおまけだった。
 不幸そうな顔をしてはいけない。
 俺の境遇を知る人間たちに同情を買うのは真っ平だった。
 だからといって、笑顔になれる訳でもなく、誰にも関心を持たないような仮面を被っていた。

 一応の整った顔立ちで、そんな表情をしていると、硬質な近寄りがたい人形のように見えるらしかった。
 泣きたいと思った事も、笑いたいと思った事も、怒りたいと思った事も特にはなかった。
 だから、それはあながち仮面ではなく、俺そのものの作り出した表情なのだ。

 オトコが好きだとわかって、そういう店にも出入りしたが、長く付き合えた人間はいなかった。
 付き合えば、それなりに好きだと思ったし、だからセックスもした。
 けれど、いつも、相手は、俺のココロがわからない、そういって去っていった。
 そして、それは、仕方がないことだと半ば諦めていた。

 大学に進学してしばらくして店で、一人のオトコと出会う事になる。
 多分、俺と同じ年くらいだろう。
 一見、屈託のない笑顔を持った男で、周りに集うオトコも結構いた。
 その裏側でウリをしていることも知った。
 そうして、それを悪びれることもしなかった。

 偶然俺は、彼が珍しく一人でいる所に出くわした。
 そして、その時、いつもの彼らしくない、暗い瞳を持っていることを知った。
 そんな彼に俺は興味を持ち、初めて話しかけた。

 彼は、晴彦はるひこ、そう自分の名を名乗った。

 俺が話しかけた後、晴彦はいつも通りの表情に戻っていた。
 でも俺は、その暗い瞳が頭の中でこびりついて離れなかった。
 それから少し、たわいもない話をした。
「じゃあね、智也。俺、そろそろ仕事があるから。」
「ウリ?」
「あ、知ってたんだ。そうそう。」
「ねえ、それって楽しい?」
「んー。楽しいのかな? よくわからないけど、何となく、始めて、続いちゃってるな。」
「ふーん。何となくか。」
「智也は? 大学生なんでしょ?何かバイトしてるの?」
「カテキョ。」
「おおー、それっぽい。で、楽しい? それ。」
「別に。何となく出来そうだからしてるだけ。」
「なんだ、俺と一緒じゃん。」
 一緒? そうなるのか?

 それから、何度か、晴彦と話す機会があった。
「晴彦は、何か、悲しい事あった?」
「え? なんで?」
「初めて見た時、とても暗そうな瞳をしてたから。」
「俺、そんなに暗そうにしてた?」
「ううん。ただ、何となく瞳が暗かっただけ。」
 それから、なんども晴彦の事を気に掛けていた。
 実際笑っていても、どこかに影が、潜めている感じがした。

「ごめん。変なこと聞いた? でも、何となく気になってて。」
 少しの間、晴彦は押し黙った。
 そして。
「俺に、そんな事言ったの智也が初めてだよ。」
 そして、晴彦は語りだした。

 ずっと、実の兄の事が好きだった事。
 もちろん、そんな気持ちを伝える気はなくて、仲の良い弟でいられたらどんなに良いかと願っていた事。
 兄は憧れの存在で、いつか、兄のようになれたら、と感じていた事。
 家族の中で、兄の存在は大きくて、でも、それがとても自慢だった事。
 けれど、兄にとって家族の期待は重すぎて、そのプレッシャーに押しつぶされ自殺してしまった事。
 それを期に、家族の絆が壊れてしまったこと事。
「俺たち家族が、兄貴を殺してしまったんだ。」
 そう、自嘲気味て言う晴彦。

「今でも、お兄さんの事好きなの?」
「わからない。でも忘れられない。」

 多分、死んでしまったから、その記憶が強すぎて、忘れられないのだろう。
 それまであったはずの日常が壊れた時、晴彦はどんな音を聞いたのだろうか。

「変な話聞かせちゃってゴメンね。」
「聞いたのは、俺の方だから。思い出させちゃったかな?」
「忘れられたら、どんなに楽か。でも、忘れられた日はいつだってない。誰が傍にいても、誰と寝ても。」

「それでも、俺が、晴彦の事気になるって言ったらどうする?」
「それは、俺に同情してるの?」
「そうなのかもしれない。でも違うかもしれない。でも、よくわからないけど、晴彦の事が気になるんだ。」
「そんな風に優しくされたら、俺、智也につけこんじゃうかもしれないよ?」
「いいよ。それでも。」
 だって、晴彦に弱みを晒させて、つけこませたのは俺の方だから。

 優しさは、とても残酷で、甘い顔をして人を傷付けていくものだから。
 それを知っていても尚、どうしても縋ってしまって、傷付く事を望むから。

 寂しさと言う罠に陥ってしまった二匹の魚は、どこを向いて泳いでいくのだろう。

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『誓い』(短編)

 虫の知らせ、と言うものがあるのでしょうか。
 私は何となくとても嫌な予感がしてまいりました。
 その不安感は日々つのりはじめ、これでもかというくらい大きく膨れ上がっていました。
 雅貴まさたか様と出会って5年。
 なぜもこれほどまでに不安になる事があったでしょうか。

 5年も経つのに、雅貴様は私を抱くことはありませんでした。
 元来、そういう趣向がない方なのかも知れません。
 けれど、私を傍においているからにはそういった趣向の人間が嫌いであると言うわけではないと思うのです。
 もし、駄目なら駄目でそれでも構わない。
 私は、覚悟を決めて雅貴様のお部屋を訪ねました。
 お部屋を訪ねること自体が珍しいことではありません。

 けれど、私の雰囲気が、いつもと違っていることを雅貴様は察せられたのでしょう。
「どうしたんだい。恭平きょうへい。何かあったのかい?」
 その御様子はいつもとお変わりないように見えました。
「お願いです。雅貴様。私を抱いてください。」
「また何をいいん出すんだい? 私はお前をそういう風に扱う気はないよ。」
『そういう風』それは、私の過去のことを指して言っておられるのでしょう。
「雅貴様に大切なお方がいらっしゃるのは存じ上げております。その方の代わりでも構いません。お願いですから抱いてください。」
 大切な人間。
 雅貴様が誰よりも大切にしていらっしゃる方がいる。
「……彼のことをそういう風に考えたことはないよ。それに、彼とお前を比べてみたりなんてしないよ。」
「どうしてもだめですか? 雅貴様は私がお嫌ですか?」
「お前を嫌だとなんて思ったことはないよ。けれどまた、何で急にそんなことを言い出すんだい。」
「理由は御必要でしょうか? ただ、私が雅貴様にそうしていただきたいから、と言うのでは駄目でしょうか?」
「お前は、案外強情だからね。そういうところは気に入っているよ。」
「私はもう昔の私ではありません。私自身が望んで雅貴様に抱かれたいと望んでいるのです。」
「お前は何も望まないと思っていた。でも違うんだね。」
「私と雅貴様では身分が違います。ですから、不遜なお願いなのは十も承知です。」
「身分などという、そんな古い考えは持ち合わせていないよ。だから、そんなに自分自身を低く見るのはやめておくれ。」
「申し訳ありません。でも、ただ、私は雅貴様に抱いて欲しいのです。」
「……お前は、本当にそれを望んでいるの?」
「はい。」

 なんと言っても引こうとしない私に根負けしたのだろうか。
 いえ、そんな弱いお方ではない。
 本当に拒否しようと思えば出来る方だ。
 強く、厳しく、そしてお優しい方だから。

「では、おいで。」
 手を差し伸べられて、その手を取った。
 少し初めて出会った時の事を思い出す。
 でも、その時とは違う、今は私自身のしっかりとした意思で、その手を取ったのだから。

 雅貴様の唇が私の唇に触れた。
 しっとりと優しく。
 そして深く。
 性的な意味を込めて、欲情を煽るように探ってくる舌を自ら唇を開いて受け入れた。

 舌に首筋をなぞられると背筋がゾクゾクとして感じた。
 雅貴様が私をもっと欲してくれるようにそのペニスに手を運び、なで上げる。
 そうして、雅貴様の指もまた私のペニスに触れた。

 お互い、高ぶっていくのがわかる。
 その手のひらの上で。

「お願い……雅貴様、もう、イれてください。」
「まだ、駄目だろう。」
そういって、雅貴様は私のアナルに指で触れてきた。
「んん……」
 入り口から徐々にゆっくり入り込み、慣らされていく。
 まだ硬いけれど、そこに雅貴様のペニスがイれてもらえるのかと思うと期待をしてしまう。
「ん…あぁ…雅貴…さ…ま…」
「恭平、そんなに急ぐことはない。」
「は…い…。で……も……んん……はぁ……」

「大分、柔らかくなってきたね。」
「はい。お願いです。もう……。」
「キツかったら言うんだよ。」

 そうして、やっと雅貴様のペニスが私の待ちわびたアナルに挿入されてくる。
 決して早急にではなく、私に負担にならないようにと。
「は……あ……あ…。」
「大丈夫かい?」
「あ、はい。あの、動いてください。」
「ああ。」
 そうして、ゆっくりと探るように突き上げられた。
 もう知り合って何年も経つのに、カラダを重ねるのはこれが初めてだった。
 けれど、傍にいて、直接的には行わなくっても、感じるところを知っているかのようだった。

「んん…はぁん……あ、雅貴様……」
「…恭平……」
「ああ…!あ!…お願い…もっと…もっと…シて…!」
「イイよ……恭平も……スゴく…感じる……」
 そのことが、とても嬉しくって。
 私だけじゃなく、雅貴様も感じてくださっている。

 お互いのカラダを、貪れるだけ貪って。
 快感に浸って、その時が終わってしまうのが惜しくて。
 いつまでも味わっていたいけれどそういうわけにもいかなくて。

 やがて、欲望が果てた。

 そうして、告げられた、雅貴様の言葉………。

  
****************************************


 私の母親は女郎だったという。
 覚えてなどいない。
 覚える前に捨てられた。
 オンナだったら、同じようになっていただろう。

 いや、オトコに生まれても、そことはそれほど変わらない場所、男娼窟で育った。
 物心つく頃から、その世界しか知らず、やがて、自分がカラダを売るようになることに何にも疑問も持っていなかった。
 ある程度の年齢に達すると、私も、店に入り、カラダを売るようになった。
 それしか生きていく術がなかった。
 それでも、生きている事が不思議だった。
 望まれずに生まれ、それなのに生きている。
 そういった趣向を持つ欲望の処理の道具として存在していた。
 私にココロなど必要なかった。
 ただあるのは、性欲処理機としてのカラダのみ。
 そこに、痛みも、屈辱も感じていなかった。
 そうやって育ったから。
 酷いことを強いる客もいたけど、それに逆らってどうなるものでもなかった。
 ただ、客が望む事を与えるだけ。

 生きているかどうかさえ感じられないのに、やはり、男娼として過ごせる期限は限られてくる。
 そうなれば、もはや、本当に生を奪われ、臓器として商品になる。
 それが普通の事だった。
 それが、当たり前の世界で生きてきたから。

 だがある日、男娼窟で諍いに巻き込まれ、怪我を負った。
 その諍いの最中、その男・雅貴様が通りかかり、助けられた。
 怪我を負った私に、雅貴様は手を差し伸べてくださった。
 『私と一緒に来るか?』と。

 その手を何故取ったのか覚えていない。
 そうして、そのまま雅貴様のお屋敷に連れて来られた。
 そこで手当てを受け、暮らすようになった。
 何の教育も受けてこなかった私に、様々な知識を教えてくれた。
 雅貴様が直接教えてくださることもあれば、その屋敷に奉公している人間が教えてくれる事もあった。
 雅貴様は私に手を出そうとはしなかった。
 何も役に立つことの出来ない私が、申し出ても、それは、私の為にならない、と断られた。

 雅貴様の風評は決して良いものではなかった。
 冷酷で、残虐非道な男。
 そう評されているのに、雅貴様は一向に意に介されることはなかったし、確かに、厳しい人間だと思ったけれど、真剣なだけで、とても優しい人だと感じていた。

 ただ、一つのものを守るため、雅貴様は、血も涙もないような人間に徹している。
 私は、その彼がとても羨ましかった。
 彼の望みがかなえられるならば、雅貴様は鬼にも悪魔にもなった。
 雅貴様の望みもその彼と同じところにあったはずだ。
 けれど、綺麗ごとだけでは世は回っていかない。
 綺麗なものを作り上げるには、その裏側で、幾重にも重なった悪行がなされているのだ。

 雅貴様は自らその役目を買って出た。
 その彼にさとられないように。
 彼と、雅貴様の望みが叶うようにと。
 例え手段は異なったとしても、別々の道を歩んで同じ場所にたどり着けるように。
 けれど、その望みが叶った時、彼が表舞台に立つことはあっても、決して雅貴様はたつ事は出来ない。
 血塗られた過去として葬り去られるのだ。
 雅貴様はその事も覚悟されていた。

 だから……。

  
****************************************


「もし、私がいなくなっても、今のお前なら普通に生活していける。例え、私がいなくなっても、生き続けると約束してくれ。」

 私に、雅貴様の言葉を拒めるはずもなかった。
 だから受け入れた。
 『……誓います。』と。

 雅貴様も、その時が近付いていることを察知していたのだろう。
 そして私も。

 私たちが、初めてカラダを重ねて数日たったある日、雅貴様は御自害された。
 雅貴様の大切に思っていらっしゃる方と、雅貴様自身の望みが叶う日が近付いたんだろう。
 その為に、手を血で汚してきた雅貴様はもう不要な、いや、存在しない方がいい存在になっていたのだろう。

 男娼窟でしか、生きる事の出来なかった頃の私とは違う。
 カラダを売らなくとも、全うな商売をしても生きていける場所があるのだと。

 雅貴様が御自害されて、屋敷も慌てふためいた。
 前々から、雅貴様も覚悟されていたので、屋敷で働いている人間は、すぐに他の場所へと移れるように手配されていた。
 そうして、その指示通り、皆動いていった。
 
 私、以外。

 雅貴様の亡き骸を抱き、私は、他のものに、雅貴様がくだした判断を、他のものへと伝えた。
 この一緒に過ごした数年で、私は、雅貴様の元に働く者たちの中で最も力を持つようになっていた。
 その居場所を与えてくれたのは雅貴様だったし、その期待にこたえるべく、努力し知識を得ていく私に雅貴様も褒めてくださった。
 それが、私の何よりの生きがいだった。

 雅貴様の元に来て初めて、私は生きている事を知った。

 そんな私が、雅貴様を失って、どうやって生きていける?
 例え、生活していけたとしても、もうその時は『生きて』はいないのではないかと思う。

 だから、私は……。

「すみません。雅貴様。お誓い申し上げましたけれど、それを実行することが私には出来ません。」

 雅貴様はもういない。
 亡くなる最期の時までは見守ったから、それから先はもういいでしょう?

 私は、雅貴様の亡き骸に口付けをし、雅貴様の手に握られていた銃を手に取った。
 そうして、そこに銃弾が込められていることを確認し、引き金を引いた。

 ほんの数年でも、雅貴様のお傍で、生きている事が出来て幸せでした。
 あの世で会ったら怒られるかもしれませんね。
 でも、やっぱり、私はもう、『生きられ』ないから……。
 いや、雅貴様に出会うまでは元々『生きて』いなかったのだから。

 どうか、誓いを破ったことをお許しください。
 これが、私にとって、最善のそして、最初で最後の自らの判断なのです。

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