暴走書家

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あるバーのシリーズ(歯車)

 時はどんな事をしていても過ぎていく。
 そいつがいなくなっても、やっぱり俺は生きていこうという現状があって、死の淵に引きずられながらも俺は生活していった。

 大学の勉強も忙しいし、家事もしなくてはいけないし、バイトもしなくてはいけない。
 そうやってしなくてはいけない事を詰め込んで空虚感を埋めていった。
 店にも顔を出すようになっていた。
 やっぱりどうしてだろう、俺はどこか死を覗き込んでいる人を求めてしまう。
 お前もそうだったな。
 だから気になったんだ。

 俺はお前を誘った。
 お前は簡単い着いて来たよな。
 お前は誰でも良かったんじゃないか?
 誰かに求めて欲しいと思っていたんじゃないか?
 俺は求められるままにお前を抱いた。
 そのまま離す事なんて出来なかった。

 お前は何を求めているんだ? そう尋ねた。
 自分でもわからないと言ったよな。
 一人でいるのは嫌いじゃない、寧ろ好きな方だ。
 けれど、時に他人を求めてしまうと。

 それは俺もわかるような気がした。
 だから、店に来て酒を飲んで相手を探す。
 俺は、またお前と会って話がしたかった。
 また会いたいと言ったら迷惑か? と尋ねたら、別に、と答えたよな。

 誰でも良いって事は、俺でも良いって事なんだろうな。
 でも、その時の俺にはそれくらいのお前の方がちょうど良かったんだ。
 相手が欲しくなったら、連絡をくれ、と言って携帯の番号を交わした。
 連絡があっても、無くってもそれで良かった。
 だけどお前は俺に電話をして来たよな。
 その時は嬉しかったよ。

 何とか俺自身の予定を調節して、お前に会う時間を作った。
 出会った店で落ち合って、また一緒にホテルに行った。
 セックスをして、一息ついた後、色々話したな。

 私生児で生まれたときから、両親の顔を知らず、施設で育ったと。
 やっぱり愛情にどこか欠けているんだな。
 施設にいながら、高校に通って、一旦は企業に就職したけど、小さいながらもベンチャー企業を起こして今は成功していると。
 成功したもののやはり、幸せがどこにあるかわからないと。
 幸せかどうかなんて無理して考える必要なんか無いんだよ。

 例え金を持っていたとしても、幸福になれるとは限らない。
 そりゃあ、金があれば満たせるものもあるさ。
 でも、満たせないものも、この世にはいっぱいあるんだ。
 全てが満たされたらつまらないじゃないか。

 お前は生きてるんだ、その事実を見つめてくれ。
 どうか、生きている事から逃げないで。
 それが出来なかった人間を俺は知っているから。
 俺達は、死の淵に立ちながらも、ぎりぎりのところで生きていけるんだ。
 人は死から逃れる事は出来ない。
 それは残酷な事だ。

 しかしありえないけれど、永遠に生きる事もまた残酷ではないのか。
 どうやってかは知らないけれど、いつかは死ぬ。
 生き急ぐ必要なんてどこにも無いんだ。
 『生き急いでるように見えるか?』そう聞いてきたな。
 俺にはそう見えたよ。
 一人で何かを抱え込んでいるように見えた。

 親も知らず、友も知らず、恋人も知らず。
「抱え込んでいるのか、それすらもわからない。俺は今生きていることが不思議で、じゃあ、なら死ぬのか、と言われるとそうではない。感情がある種欠落しているんだろう。」
 感情の欠落。
 お前は何もわからないまま、ただオトコのカラダを求め一時期の快楽に身を任せて生きている。
 生きているから、快楽を感じられるんだよ。
 じゃあ、無くなったらどうかっていうと、それはそれで、俺もお前もどうでも良いんだろうな。
 おかしいよな、そんな俺とお前がセックスをしてるんだから。

 けど、こうやって話してる時はそれはそれで良いんじゃないか?
 お前が誰にも話せなかった部分、何でも良いから話してみろよ。
 今すぐじゃなくて良いからさ。
 そうしながら、何度か会って、セックスをして、ポツリポツリと話をしてくれた。
 その話は何の脈絡も無いものだったけど、それでよかった。
 こんな風にセックスをしても、今まで話しをした事は無いと言った。

 俺は不思議な人間だとお前は言ったけど、そんな事は無いよ。
 俺は無力なただ一人の人間だ。
 こうやって過ごしても、恋人にはなれなかったな。
 それはそれで良いと思ってる。
 お前が生きる道を見つけてくれたから。

 一年にどれだけの人間が死んでいっていると思う?
 しかも自殺で。
 決して少ない数じゃない。
 あいつはその中のたった一人なんだ。

 それより多くの人間が今生きている事は事実だ。
 俺もお前もそんな中の一人。
 ちっぽけな一人の存在なんだ。
 それでいいじゃないか。

 そんなお前が、一人のオトコを連れ、俺に紹介してきたとき、俺は正直に嬉しかったよ。
 その人と付き合ってみる事にしたと。
 その人に、俺のことは友人だと紹介してくれたよな。
 それで良かったんだ。
 俺がお前ともう寝ることは無いだろうけど、友人としてやっていけるよな。
 お前も、恋人の事を大切にしろよ。
 そしてお前自身の事も。

 お前の中でその人に出会って新しい歯車が回り始めたんだろうな。
 その時のお前の顔は幸せそうに見えたよ。
 ああ、これで、お前は生きていける、と思った。

 俺の中でも確実に時は刻んでいく。
 俺は、まだ大学で勉強を続けたかったから、院に進んだ。
 卒業までは続けようと思っているホストのバイトもしている。
 恋人を見つけるきっかけは出来なくって、お前と寝なくなった後また同じようにセックス込みの友人が出来た。
 何でか、俺はその場限りのセックスが出来なかった。

 友人に収まれるのは俺の人徳だ、と言われたけど、俺自身自覚が無い。
 そして、そういった友人関係が俺も嫌いじゃなかった。
 無事、博士号を取り、勧められるまま、俺は大学の教室に居座ることになった。
 まあ、俺自身が懸命に勉強してきた事もあるんだろうけどね。
 大学で研究を続け、法医学者として、実地で検死も行った。

 忙しい生活だったけれど、それなりに充実していた。
 色んな意味での友人と話せる時間は作る事が出来たし、大学の教室では、上官の教授が趣味でやっている将棋の相手もしたりしていた。
 俺は、大学に入った頃から、自分がゲイだという事を隠そうとはしなかったし、上官もそれを承知でいるから、かなり気楽なものだ。

 普通の世界での友人はそんな俺を気にしない人に限られていた。
 それぞれ専攻する道は別れてしまったけれど、お互い医者として忙しくしながらも、年に数度は時間を作って飲んだりしていた。
 就職してしばらくして、俺は1年アメリカの大学の教室に留学する事になる。
 その時、近くに以前、俺が写真を取ってもらった写真家がいるから、という事で、愛人に紹介してもらった。
 久しぶりに会うその写真家は、相変わらずだった。
 昔撮った俺の写真集を見せてもらったけど、自分が自分で無いような感じがした。
 その写真家の案内で俺はその写真家のよく行く店に顔を出した。
 どこの国にいても、飲み場っていうのは良いものだ。

 アメリカでも数人の友人が出来た。
 あの写真集は結構評判が良かったらしくて、モデルだと言うと、興味を持ってくる人間が結構いたのだ。
 その写真家が、自分で写真集を持ってきて宣伝するものだから、その写真集を知らなかった若い子も話しに食いついてきた。
 再版でもするつもりだろうか、この人は、と思うと笑えて来た。

 この空間で、俺を知らない人間たちにも、俺は受け入れられているんだ。
 受け入れてくれる場所があるのは嬉しいと思う。
 俺は、密かにバーでも開こうかと思っていた。

 その為の資金繰りなら何とかなるだろう。
 寂しい人たちが迷わなくって済むバーを。
 俺自身が行って安らげるバーを。


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あるバーのシリーズ(別)

 本当にそいつ愛していたと思う。
 愛っていってしまうと大げさになるかもしれないけど、好きだって思えて、大切だって思えたんだ。
 その人とは違う次元で。

 そいつも、そいつなりに愛してくれたんじゃないかと思う。
 とてもお互い不器用だったけど。
 だから、あれだけの時間一緒にいられたんだ。

 そいつが酷い奴だって言った人。
 それもわかる。
 多分他の人から見たら酷い奴なのかもしれない。

 俺と付き合っても他のオトコと平気で寝るし、それを隠そうともしない。
 そんな奴だから、誰かと付き合ってもすぐ別れてしまうんだ。
 俺だってその人と寝てたのがあるからかもしれないけど、そいつが他のオトコと寝ようと構わなかった。
 どんなに他人と寝ようとも帰って来るのは俺と住む家だったから。
 独占欲って普通の人はあるのかな。
 そういうところが俺にはない感覚だったんだ。
 そいつにもなかったと思う。

 俺はその人とセックス以外は他の人間とはセックスしなかったし、その人とセックスした時だってそいつにはわからないようにしてた。
 お互いの生活の基盤があるんだから、それぞれ一緒にいない時に何をしていようと勝手だと思っていた。
 そいつは止めて欲しかったのかな? 他のオトコと寝るのを。

 けれどそれをしたら、確実に二人の関係は終わっていたと思う。
 実際、今までそいつは他のオトコと一緒に住んでも長続きしなかったんだし。
 そいつを止めようとしなかったのは、俺の愛が薄い所為か?
 でも、俺にはそういう愛し方しか出来なかった。

 そいつが浮気するのを止められなかったのは、俺の愛が薄い所為なのか?
 そいつも、俺への愛が薄いから、そんな事をしていたのか?
 答えなんてお互い持っていなかったんだ。
 そいつは生きる存在として誰かに求め続けていた。
 そしてその方法を、そいつはセックスでしか求める事が出来なかった。

 そこに愛なんかなくっても、セックスをして、快感を追っていられる事で何とか生きようとしていた。
 自分が生きる存在が欲しかったんだ。
 だけどね、俺との生活があっただろう?
 それはそれで不満じゃなかっただろう?

 外では精一杯強がって、生きている。
 だから俺は、そんなそいつに安心できる空間を造ってやりたかったんだ。
 お前はこの場所で生きていて良いんだよと。
 俺とそいつとの間にはただ快感を追うだけじゃないセックスがあったはずだ。

 口数少なかったけど会話も交わしただろう?
 刹那的な快感を追おうとするそいつに精一杯愛情をこめて抱いたはずだった。
 そいつには何が足りなかった?

 そんなそいつでも、浮気をして惹かれる人間がいて、俺に別れろと言ってきたオトコもいた。
 俺は『誰を選ぶのかなんてそいつが決めることで僕達が決められる事ではない』と突っぱねてきた。
 そうして結局戻って来るのは、俺のところだっただろう?
 そいつと寝て、俺に興味を持って、俺を口説いてきたオトコもいたけど、俺は、そんな気になれないから、と断ってきた。
 それを、そいつは知っていたはずだ。

 どうしてこうなってしまった?
 疑問符はいっぱい湧いてくる。

 それと同時に、やっぱりな、と納得してしまうところがある。
 そいつは結局行き詰って自殺をした。

 俺といても、そこに決定的な居場所を見出せなかったんだ。
 家で自殺している姿を見つけたのは他でもない俺。
 学校から帰ってきて風呂場で見つけたのは冷たくなったそいつの死体だった。

 俺は医者の卵だ。
 そいつが手首を剃刀で切って湯船に腕を浸している姿を見て脈を診た。
 既に止まって冷たくなりきっていた。

 そういう時って、結構動転しないものなんだな。
 脈を診て、死んでいるとわかって警察に電話をした。
 俺が泣く事はなかった。

 一旦引き取られて棺桶に入って帰ってきたそいつ。
 俺は、そいつの耳にしてあったピアスをはずした。
 俺は、それまで開けてなかったけれど、そいつと同じ場所にピアスホールを開けそいつのしていたピアスを身に着けた。

 そいつの死体を引き取る身内なんていなかった。
 確か母親がいた筈だけど、お互い音信不通だった。
 だから、俺がやるしかなかった。
 葬式なんてしても、誰も来る人がいなかったから、必要最低限の手続きをしただけだ。
 そいつは望まなかったかもしれないが、小さいながらも墓を立てた。

 バンド仲間がいたはずだが、俺はその連絡先を知らなかったし、死んで何日経っても家に連絡が来る事はなかった。
 俺はというと、自殺した家に一人何日もいるなんて、普通の神経じゃないと言われるかもしれないけれど、四十九日が過ぎるまで、その家にいた。
 もちろん、俺は感傷に浸っていた訳ではなく、その間も学校に通ったし、バイトも続けていた。
 今まで、二人で分けていた家賃を俺一人で払った。
 それだけの金銭的余裕はあった。

 俺と出会わなかったら、そいつはまだ生きていただろうか。
 誰か別の人間の元で死んでいただろうか。
 それとも、一人寂しく死んでいっただろうか。
 そんな仮定の話をしてみたところで何も変わらない。

 そいつは、俺と出会って、俺と一緒に住んで、それで死んでいった。
 その事実があるだけだった。

 そいつは、俺に何を望んでいたのだろうか。
 常に死を見据えて生きていた。
 それは、そいつも俺も同じだった。
 だから惹かれたんだし、これだけ長くやって来れたんだ。
 そいつは生き急ぎ過ぎた。
 どうしようもなく埋められない空白がそいつの中にあったんだ。
 それを何となく知りながら、やはりどうにも出来なかった俺。
 死んで、解放されただろうか、そいつは。

 自分が死んだ後のことなんて何も考えていないんだろうな。
 そこに広がるのは無だけだ。
 四十九日の余裕を貰って、俺は少しずつそいつのものを処分していった。

 俺は、その人と、大学の友人三人にはそいつが自殺したことを告げていた。
 その人は、これからの俺の為に、自分が持っているマンションの一室を紹介してくれた。
 その部屋も、一人で住むには広すぎるけれど、折角紹介してくれた物件だったのでありがたく貰った。
 俺の貯蓄もかなりの額になっていたけれど、その人が、マンションごと俺にくれた。

 そいつと、一緒のに暮らしていた時に使っていたものを一切持っていく気はなかった。
 服も電化製品も家具も全部始末した。
 そうして、新しい部屋には新しい家具をそろえていった。
 俺の元に残ったのはそいつ残していったピアスのみ。
 それだけで十分だった。

 そいつの分まで生きれるとは思わない。
 俺は俺の人生だけで精一杯だから。
 下手するとそれすらも危ういから。

 けれど、そいつは俺の初めての恋人。
 そいつが死んでしまった事は、俺の胸の内に刻んでおこうと思った。
 だからピアスを貰った。

 俺は、医者として行き先を選ぶ頃になっていた。
 そいつの事があったからか、元々生きている人間に興味がなかったからか、法医学を専攻した。
 友人達も、それぞれの望む道を選考していた。
 オトコの友人は外科に、オンナの友人は、精神科と内科に、それぞれ別れていった。
 いつまでも、一緒にいる訳にもいかない。
 俺も俺の選んだ道を生きる。
 取り敢えず生きている間は。

 そいつは、涙を流さなかった俺を薄情だと言うだろうか。
 それともやっぱりな、と言ってくれるだろうか。

 多分後者だろうな、と思う。
 知っていたんだ。
 俺もそいつも。
 結果がこうなる事を。

 その過程を楽しんだじゃないか。
 それで十分だ。
 俺は一つの区切りを終えた。
 そうして成長したと思う。

 さよなら、俺の愛した人。
 元々、愛なんか知らずに育った俺達だけど、俺はそいつを愛していたと言えるよ。
 もう過去形なんだ。

 ごめんな。
 俺はまだ生きるから。
 命日にはちゃんと墓参りに行くから。

 その時、誰と付き合っていても。


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あるバーのシリーズ(母)

 大学の入学式に当たって、その人にスーツを見立ててもらった。
 その人が常連として通っているオーダーメイドのスーツの店だ。
 中々流行っているようで、簡単には作ってもらえないみたいだけど、その人の紹介、という事で特別にあしらえてもらった。
 俺は黒が好きだったからスーツの地は黒色。
 それと、俺の好みに合わせてブルーのネクタイをコーディネイトしてもらった。
 それとは他に、ホストとしてやっていくために上質なスーツを幾つか作ってもらった。
 これは、その人の奢りではなく、俺自身の金で。

 同じ学部の人間で友人も出来た。
 高校の時とは違う、俺が俺でいられる友人だ。
 俺が、ゲイだと知っても、特に引いた風はなかった。
 むしろ面白がられていた気がする。
 そういう存在は知ったけど、生で接するのは初めてだと。

 俺も、外見、女受けが悪くなかったけど、その友人も、女性にはモテる感覚があった。
 女性の友人も出来た。
 苗字で学籍番号がつけられるが、番号が近かったのでよく授業で一緒になった。
 その友人達のおかげで、俺も、周囲から、風当たりが強くなくって済んだのだと思う。
 俺と、オトコの友人一人と女性の友人二人。
 その四人で大学ではつるんでいる事が多かった。

 俺が、高校に引き続いて弓道部に入ると言ったら、それは面白そうだと着いて来た。
 友人は女性のあしらい方が上手かった。
 かなりのフェミニストで女性に優しい。
 女性の友人のほうはどうかというと、美人なのだと思うのだが、性格が男前だった。
 だから、あまり異性として意識する事がなかった。

 学校があければ、夜、バイトに出かけるまで家事を一通りこなした。
 そいつはかなり生活が不規則でどちらかというと、夜行性だった。
 昼間寝て、夜動き出す。
 朝は朝でまとめて朝食を作るので一緒に食べた。
 昼は俺は大学に行っているから学食で食べる。
 夜になると、完全にそいつは起きていて、夕食を一緒に食べる。
 確認してみたことは無いけれど、俺は三食食べる、そいつは二食しか食べていないんではないだろうか。

 ホストという職業も中々面白かった。
 人と話すのは嫌いではなかったし、客に楽しんでもらえるのが嬉しかった。
 女性に対して、変に欲を持たない分、優しく接する事が出来た。
 客の話題のニーズにこたえられるよう、知識を豊富にするのも嫌いではなかった。
 会話術も自然と身につけていった。

 俺は、そこそこ稼げればいいと思っていたので、ナンバーワン争いには興味がなかった。
 楽しいお酒と、会話を楽しんでもらえれば良い。
 また、それを求めてくる客も少なくなかった。
 だから俺は、結構良い成績を残せていたんではないかと思う。
 ホストになって初めて女性と寝た。
 興奮したり、そんなに快感があったりする訳ではなかったが、俺は、オンナとも寝れるんだという事がわかった。
 まあ、すすんで寝ようとは思わなかったが。

 何でかわからないけど、やっぱり俺はオトコの方が好きだと思った。

 大学の友人に半ば無理やり誘われて合コンにも出たことがあるけれど、まあ、その場で女の子と仲良くなるけれど、それ以上には絶対発展しなかった。
 友人は友人でその時その時によって恋人が色々代わっていたが、二股をかけることは絶対しないし、その女の子に精一杯優しくするし、じゃあ、長続きしそうなものなんだけど、それがそうでもないらしい。
 好きな時は好きだけど、別れる時はさっぱり別れる。
 感傷を後まで引きずったりせず、次の関係へと前向きだった。

 オンナの子の方はどうかと言うと、一人は、同じ大学の違う学部の一つ上に恋人がいると言う。
 恋人が、この大学に進んだから、自分もこの大学に進んだのだと。
 学部が違うから、一緒になったりはしないけど、上手くいっているらしい。

 しかし、恋人が入ったからと言って、簡単に入学できるような大学ではない。
 その子なりにかなり勉強をして、自分の道をしっかり持って医学部に進学してきたのだろう。

 もう一人の子は、ちょっと、感覚が、オトコの友人と似ている。
 ただ、オンナだから、優しくされて、甘えて、奢ってもらって、と言うのは嫌いらしく、オトコと付き合っても、対等に見てくれない、と言うの理由で中々相手を見つけるのが難しそうだった。
 俺は、そういう対等な関係が好きだったから、その子は俺とだったら、上手く付き合えるのに、と冗談めかして言った。
 そんな感じで、恋人にはなれないけれど、上手く友人関係をやっていけてる。

 俺に社交性が出来たのはそれだけが契機(きっかけ)じゃない。
 愛人の紹介で、一緒にいろんなパーティーにも出た。
 高校時代に名門の子息たちと、繋がりがあったけど、それは切れてしまったので、新たに愛人と交流のある各界の有名人と知り合うようになった。
 その場で、ますます政治、経済、そしてその裏の事情にも興味を持ち、詳しくなっていった。
 恋人は俺に愛人がいる事は知っていたし、その事で揉めた事はなかった。
 俺が帰る家は、今は、恋人がいる家になっていたし、一日の内で一緒にいられる時間は短かったけれど、それでも俺は良かった。

 俺にだって俺の生活があるように、恋人にだって恋人の生活がある。
 その領域は二人で一緒に住んでいたって、尊重すべきだ。
 それは、無関心とは違った感覚で。

 俺自身、匂いに敏感だったので、ホストとしてバイトをしてきても相手の匂いをつけないよう、自分自身で家で香水を付けるようになっていた。
 その香水はくしくも俺の愛人の使っているのと同じものだったが、それ恋人には伝えていない。
 その二人が会うこともないだろうし、あえて伝える必要もない事だ。

 気を付けなければいけないのは、ホストのバイトをしてきた時だ。
 恋人は、女性物の香水が嫌いだと言った。
 母親を思い出させるから。
 だから、バイトから帰ると、必ずシャワーを浴びて自分の香水をつけた。

 俺は、母親というものを知らない。
 俺にもいるんだ、母親というものが。
 ぴんと来なかった。
 母親は俺の事をどう思っているのだろうか。

 俺は、興信所を使って母親のことを調べた。
 俺の戸籍上の父親と別れて一年余りして再婚したらしい。
 相手は入り婿で、母親の実家の呉服屋をついでいるらしかった。
 俺とは5つはなれた女の子もいてその子も順調に成長しているようだ。
 実の父親は、多分、母親の胸の内にしかいないだろう。

 俺から母親に会ってみる気にはなれなかった。
 この年まで放置してきた息子だ。
 母親にとっても多分今更会わせる顔なんてないだろう。

 俺は、あの家が嫌いだった。
 嫌いで飛び出した。
 二度と近付くたくないと思う。

 それでも、感謝している面はある。
 あの家にいて培った作法や習い事は今でも役立っている。
 それらは、多分、愛人が大切にしてくれたから。
 身を護るための合気道や剣道だって、その人に警察学校を紹介してもらって、そこで鍛錬を続けている。

 俺がこの世で生きていくために身につけた技術。
 あんな身の上だから、いつ死んでもいいと思っていたけれど、今がある。
 俺が大切だと思う人に囲まれて。

 恋人はその部分が危うかった。
 俺は、お前に会って良かったと思っているよ。
 それを伝えたかった。


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あるバーのシリーズ(狢)

 店で飲んでいると声を掛けられた。
 今までの男達とは違ったタイプのオトコだった。
 どこか似ている、俺と。
 多分、生きる事に対する執着が薄いんだ。

 外見はとにかく目立つ奴だった。
 長髪にブルーのメッシュを入れている。
 俺の好きなブルー。
 長髪に隠れて見えにくかったが右耳にブルーサファイヤのピアスもしていた。
 俺は、それまでかなり年上の人間と寝る事が多かったけれど、そいつは確かに年上だけど、それ程年が離れていないように見えた。
 実際聞いてみると、俺より4つ年上なだけだった。
 声を掛けられて、しばらく一緒に酒を飲んで、それからホテルに行った。

 そうしてそこで、俺は初めてそいつを抱いた。
 『抱く』と言うこと自体初めてだった。
 抱かれる事には慣れていても抱くのは初めてだ。

 けれどその行為がわからない訳ではない。
 俺が抱かれていて、どうすれば受け入れる側が気持ち良くなれるか、それはわかっていた。
 あいつは、こんなに優しく抱かれるのは久しぶりだと言った。

 セックスを終えてから色々話した。
 何故か、そいつとは話が出来そうだったから。
 俺が、実家から離れ、東京でこれから一人暮らししようと思っている事。
 俺には愛人がいるけど、いつまでもその人の家に世話になってはいられない事。

 それなら、一緒に暮らさないか、と言われた。
 一回寝ただけの相手にそれを言うか? と思ったけど、何となくそいつとなら上手くやっていけそうな気がした。

 そいつはバイトで生計を立てながらアマチュアバンドでヴォーカルをしている、という事だった。
 俺と同じように家族はいなかった。
 母親は水商売をしていて、誰ともわからないオトコの子を生んだらしい。
 小さい頃から邪魔者扱いされて育ったと。
 オトコにだらしのない母親、そいつはそう言ってのけた。

 オトコを連れ込むのにそいつは邪魔者だったらしい。
 その上、よくオトコに騙されて捨てられていた。
 その八つ当たりが息子であるそいつに全て向けられていたのだと。
 何とか、高校までは出してもらったが、それから家を追い出されたらしい。  

 音楽が好きだったから、そっちの勉強をして、今のバンドの仲間と出会ったのだと言う。
 それでも、いつもどこにいても感じる孤独感、それは癒せない。
 生きているのか生きていていいのか、それすらもわからない。
 基本的にタチもネコもするが、何となく今日は誰かに抱かれたかったのだと。

 俺を選んだのは、少し匂いが似ているからだろうか。
 俺は、そいつの連絡先を聞いてその晩はそれで別れた。

 しばらくは受験勉強に専念しよう。
 俺は何とか見事一校しか受けなかった大学に合格した。
 受験勉強から解放されて、またそいつに連絡してみた。
 一緒に住むという約束を覚えていなかったら、覚えていなかったでそれでもいい、何となくそいつに連絡を取ってみたくなったから。
 そいつは俺との約束を覚えていてくれた。
 今のアパートは狭いから、二人で住める場所を探そうという事になった。

 その人にもそいつと住む、という話をして特に反対もされなかった。
 そいつにそれ程金銭的余裕があった訳ではないから、そんなに広い部屋には住めなかった。
 そいつ名義で部屋を借りた。
 俺は、今まで寮にいたから、殆ど荷物はなくってそいつが持っている荷物が殆どだったが、これで生活していたのかと思う程少ない荷物の量だった。
 電化製品も必要最低限。
 増えたものは俺が普段着る為に買った服、パソコン、本棚くらいだ。

 そいつは殆ど料理らしい料理をしなかった。
 その人の為に俺はやっていた事があるから、家事は得意だった。
 そいつが御座なりにしがちな家事を俺が代わりにやった。
 味に無頓着な奴だったが、一人分作るよりは二人分作って食べる方が美味しい。
 俺は、食事作法にうるさい家で育った所為か、箸の持ち方も食べ方も綺麗だと思う。
 その人も、確か綺麗だった。

 そいつは、初めあんまり綺麗な食べ方をしなかった。
 だけれど、外で食べるにもやはり、美しい食べ方の方が良いと思ったから、箸の使い方、必要最低限のマナーをそいつに教えた。
 どうでもいい、という感じだったが、何とか、そいつは食事の食べ方を直そうとしてくれた。
 俺は、色々工夫して、そいつに美味しいと言ってもらおうと料理を工夫した。
 そいつは、好きなものがない代わりに嫌いなものがなかったので何でも食べてくれた。
 俺の料理のレパートリーは増えた。
 自分で色々メニューを試すという事もした。

 やはり、無表情で食べる事が多かったが、変にお世辞を言う奴でもなかったからそれで良かった。
 自己満足かもしれないが、俺が美味しいと思えればそれでよかった。
 その人にも食べさせたいな、なんて事も思ったけど、そいつの前で表立ってそういう素振りは見せなかった。

 何週か一緒に過ごす内にそいつの行動パターンもわかった。
 バンドもバイトもやっているが、何となく、という感じにしか思えなかった。
 俺はバンド仲間を紹介してもらった事もなかったし、そいつがバンドの話をする事もなかった。
 それで、プロを目指している風でもなかった。

 バイトも、食べていく為、仕方なく、といった感じだった。
 一緒に住み初めてやっぱりセックスをするのだけれど、どこか冷めていた。
 確かにその時はその時で俺を求めていた。
 けれど、一旦終わってしまうと、すっと引いてしまうのだ。
 俺は、その距離感が嫌じゃなかったし、俺自身べたべたする人間でもなかった。

 そいつにとっては、一緒に住む人間は、俺が初めてじゃなかったらしい。
 しかし、そいつの素の生活を見せると大概の人間が、数ヶ月を待たず、去って行くらしかった。
 俺には、その感覚がわからないでもなかったけれど、俺にはその感覚は当てはまらないな、と思った。

 あまりにも、そいつは、恋人と付き合う事に不器用だった。
 普通に恋愛がしたい人間なら、これだけ、冷めた人間なら、情がなくなったと思われても仕方がないと思う。
 それが、そいつという人間なのだ。
 俺は、それを受け入れられた。
 だから、そいつと一緒にやっていけそうな気がした。

 そろそろ大学が始まる。
 俺も、マネーゲームだけではなく、バイトを見つけなければ。
 大体目星はつけていた。
 俺がやってみたかったもの。
 生涯の職にする気はなかったが、面白そうだと思ったもの。

 ホスト。

 夜の街の人間関係に興味があった。
 自分という人間を作って人と話をする事、それが嫌いじゃなかった。
 それもまた、ゲームに似ている。

 そうそう、俺は、そいつと住むにあたって、その人以外の過去とは完全に決別していた。
 実家には当然知らせなかったし、実家と繋がりのある高校にも知らせなかった。
 だから、高校の方は俺が、どの大学を受験して進むかも知らせてはいない。
 調べればわかる事かもしれないが、そこまでする事も多分ないだろう。
 高校では、完全に父親の名を汚さぬ良い子を演じていたから、当然、実家に戻ったと思っているに違いない。

 それでいいのだ。

 俺は新しいスタートを切った。
 大学では俺を偽るつもりはない。
 俺の実家を知る人間もいない。
 そこで新しい人間関係を築こう。
 その生活の基盤として、その人とそいつがいる。

 俺が帰る場所は、その人の家から、そいつの住む家へと変わった。
 その人との関係が途切れた訳じゃなかったが、そいつと一緒に住むようになって少し変わった。
 一緒の住みながら適度に保つ、そいつとの距離感が嬉しい。
そういえば、そいつと住むにあたって、店では、酷い奴だから、付き合うのは止めろと言われたっけ。

 酷い奴だと言う意味はこれから知る事になる。

 けれど、それが、俺をそいつとと別れる根拠になるかというとそうではなかった。
 だから、俺も、そいつと同じ穴の狢なのだ。


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あるバーのシリーズ(高校)

ちなみに写真は自分の好みで色々設定させてもらいました。
写真家はゲイだけど、『俺』とは寝てません。
愛人の友人、くらいの設定でしょうか。
写真集は、アメリカで発売され『艶~en~』と言う題名です。
設定を更に設定で語ってどうする、という話ですが。
*****************************************************************
 高校には無事合格した。
 最後の一年間真剣に受験勉強したからそれ程酷い成績ではなかったと思う。
 実際、問題を解き終えて、難しいとさほど思わなかった。

 これでやっと実家から解放される。

 けれど、父親の母校。
 父親のイメージがまだ残っている高校に通うことは俺にとって父親のイメージに縛られた三年間を過ごすという事だった。

 俺は、俺で自分自身のブランドを確立したかった。
 この高校では茶道家元の長男、というブランドが確立している。
 でも、高校を出たらもう無縁になるつもりだった。
 一流大学と言うブランド。
 それが、俺の求めるものとなっていた。

 だから、寮での高校生活の殆どは勉強する時間に当てられていた。
 いつも勉強している真面目な奴。
 中学時代までの俺を知っている奴はいない。
 学校に通わず、乱れた生活をしていた事なんて誰も想像もつかないだろう。
 高校時代三年間は本当に高校内では目立たない真面目な奴で通していた。

 教師によって語られる俺の父親の像。
 快活で生徒会長もしていたという。
 俺はそこまで目立つ事はしたくなかった。
 出来れば、地味な生徒でいたかった。

 勉強はするけれど、テストの成績としては目立ちたくなかった。
 業と何問か間違えていつも5位から10位の成績に入っていた。
 成績は良い方だけど、トップになる程でもない。
 そうする事でクラスでも目立たない存在としてやっていけていた。

 名家の子息たちが集う高校。
 それぞれが、それぞれの家を背負ってやって来ていた。
 俺も、外面上は一応その一人だった。

 父親が、生徒会長をしていたという事もあり、担任から生徒会入りも打診さえれた。
 生徒会長なんていう任は重すぎる。
 そこまで表立ちたくはなかった。

 それでも、担任の希望を組み入れて書記として立候補し何とか当選した。
 幼い頃から書道をやっていて字は綺麗だった。
 だから、生徒会の中でもあまり目立たず、字だけが残されるその職があっているような気がした。
 元来、俺が激情型でないからか、他の生徒たちとも温厚に接していられた。
 俺の笑顔も一役買っていたのだろう、常に笑顔を絶やさず、温厚で生真面目な存在、それが俺という生徒だった。

 寮に入っても長期休暇は家に皆、帰って行く。
 俺は一度たりとも実家に帰った事はなかった。
 その頃はもう東京に戻っていた愛人の家で過ごすようになっていた。
 その人も、それを拒まなかった。
 もう、俺に家に帰れとは言わなくなっていた。

 実家も実家で何も言って来なかった。
 今頃は多分、俺への感心は学費を出す事だけで、弟に全て向けれられている事だろう。
 その人に連れられて、同好の趣を持つ者達が集う店にも連れて行ってもらった。
 多分、女性と付き合うことは俺は無理ではなかったと思うけれど、自然とオトコと付き合うようになっていった。

 高1の夏休み、その人に外国人の男性を紹介された。
 その筋では有名な写真家だという。
 日本に興味があって日本の美を撮りたいのだと言う。
 俺はその写真家に気に入られた。
 俺の写真を撮りたいという。
 色白で中性的な美を持っていて、黒い瞳、黒い髪が気に入ったのだと。
 モデル代も出してくれると言う。

 俺で良いのなら、とその任を引き受けた。
 その写真家が俺を撮ったのはかなり倒錯的だと思う。
 朱の紅を唇に引かされて、朱の女物の長襦袢を着せられた。
 黒い長髪のウィッグもつけられた。
 その姿をみせられたが、俺が、女性になったとしか見えなかった。

 『妖艶に』とその人は言った。
 どうやったらそうなるのかわからないが、オトコを誘う目が欲しかったのだという。
 半ばはだけさせられた着物。
 上半身は半裸に等しかった。

 女物を着ながら、当然の事ながら胸などない。
 撮影の回数は何度かに及んだ。
 写真家と、その人は英語で会話している。
 その人は英語が堪能だった。
 俺も、英語で話せるよう、その人に教わって必死で英会話をマスターした。
 写真家とも英語で会話出来るようになったから、聞き取るだけではなく話す方もかなり上手になっていたと思う。

 その写真家とも付き合いが出来るようになり、今までの作品も参考に見せてもらったりした。
 殆どがその写真家の本国、アメリカで取られた少年から青年の写真だった。
 際立って、ポルノと言う雰囲気は受けない。
 芸術なのだと、その写真家は言っていた。
 その種の人間のほかにも、認められているのだからそうなのだろう。
 挑発的な瞳。
 普段の温厚な笑顔からその瞳に変わる時。

 その衣装と、その写真家が俺をそうさせていった。
 その人を伴わなくとも店に行ってオトコを誘う術を身に付けた。

 俺に貞節などと言うものをその人は求めていなかった。
 その人自身も恋人を他に探していたから。
 その人とは、そんな恋愛感情とか束縛感などなく付き合っていた。

 初めはその人になりたくて、法学部を目指そうと思っていた。
 けれど、その人とは、また違う地位を目指したくなって高2になって医学部を目指そうと思った。
 基礎教科は同じだ。
 これから、理系を念頭において勉強していけば良い。

 基礎教科の中でも英語はかなり上達していたのではないかと思う。
 ネイティブの人間と会話を出来るようになっていたから。
 学校は進学校ではなかったから、自分で参考書を買って勉強するしかなかった。
 休憩時間は図書室へ通い、寮に戻ってもまた勉強する。
 学校生活で自分で勉強するという事がなかったら多分、暇をもてあましていただろう。

 勉強以外にその人から、マネーゲームについても教わった。
 その人は、かなり詳しくってそれだけでも一財産築いていると言う。
 俺も、モデル代を元にしてその人に教わってマネーゲームに手を染めていった。
 初めから上手くいった訳ではない。
 けれど、俺にそんな才能が、あったのかというくらい、めきめきと腕を上げていった。

 カラダを売る以外にも俺に稼げる手がある。
 その人と会ってからは他のオトコとは寝ても、カラダを売ることは止めていた。
 だから、マネーゲームは俺の刺激でもあり、財産源ともなっていった。
 その金があったら、実際俺が大学で6年間やっていけるだけは稼げていたと思う。

 これで、実家ともおさらば出来る、その事が嬉しかった。
 マネーゲーム自体は高校の生徒の中でも他に手を出している人間はいたみたいだ。
 何せ金を持っている名家のご子息ばっかりだ。
 企業社長の息子、政治家の息子等など。
 実家が株を持っている家もかなり多い。
 だが所詮(しょせん)、元は親の金。
 その事が、ちょっとした優越感だった。

 もちろん、俺がマネーゲームにいそしんでいるとは他の生徒に気どられるような事はしなかった。
 高校生活も一種のゲームだ。
 温厚で人当たりがよくって、目立たない生徒の『僕』。
 裏で何をやっているかなんて誰も知らない。
 ゲームだと思えば、そんな俺を演じるのも嫌ではなかった。

 高3の夏休みには既に18の誕生日を終えているという事もあり、合宿で車の運転免許も取った。
 免許が取れると、その人の車を練習で運転させてもらったりもした。
 上達すると、その人は俺に『合格祝いだよ』と言って、車を買ってくれた。
 その人自身は高級車に乗っていたけれど、俺自身は高級車に対する憧れもなかったし、そこまで金を俺に掛けてくれるのはもったいなかったので、俺の好きなブルーの国産車を買ってもらった。
 車はその人の家の駐車場に置いてある。

 車の免許証。
 俺自身の身分を示すものが一つ出来た。

 勿論(もちろん)、車の免許を取るのなんて、高校には無断。
 俺の中で、父親と言うイメージを重ねてくる高校に対して秘密が出来て楽しかった。
 思春期真っ只中の高校男児。
 寮を抜け出して他校の女生徒と付き合っている人間もいた。
 全寮制の男子校特有だからか、女性的な俺の顔に刺激されてか、俺に告白してくる生徒もいた。
 変な恋愛感情なんかもって欲しくない。
 面倒な事になりそうだから、体よく断ってはいた。

 多分、俺に告白してくる奴は、俺が他で色んなオトコと寝ている事を知らないのだろうな、そう思った。

 そんな高校生活も、終わりを迎えようとしていた。
 受験も差し迫ってくると、早くは1月から試験が始まってくる。
 高校の授業自体なくなって、自主登校になっていた。

 俺は寮を抜けて、その人の家にいることが多くなった。
 そこから、センター試験も受けにいった。
 本命の大学はただ一つ。
 もし無理だったとしたら、一年バイトをしながら勉強すれば良い、そう思っていた。

 センター試験を終えて、前期試験が始まるまでの間、勉強しながら、息抜きに店にも通った。
 そこである日、俺は『その人』とは異なった『あいつ』と運命的な出会いをするようになる。


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あるバーのシリーズ(同類)

 その人に会って生活が一変した。
 それまでどこにも居場所が見つけられなかった。

 家には祖母と父親と新しい母親がいる。
 俺は誰とも血が繋がっていない。
 真の母親が浮気をして出来た子だった。

 俺が生まれて間もなく両親は離婚した。
 父親は自分が俺の父親でない事を感じていたらしい。
 だけど、それを祖母は知らなかった。
 母親が離婚する時、連れて出ようとしたみたいだったけど、有名な茶道家元で一家の実力者だった祖母が、跡取りの俺を連れ出す事を許さなかった。

 父親は血の繋がらない息子に愛情を注ぐ事はなかった。
 いつもそっけなかった。
 祖母は祖母で厳しくて将来の茶道家元であるよう、幼い頃から茶道、書道、柔道、剣道などを習わせた。
 家でも、稽古することを義務付けられていた。

 厳しい祖母と俺の相手をしようともしない父親。
 習い事は嫌いではなかった。
 真面目にやらないと祖母に大目玉を食らう。
 それぞれの先生は先生で厳しかったけれど、祖母や父親とでは取れなかったコミュニケーションがそこにはあった。
 上達すれば褒めてくれた。
 それが嬉しかったから、俺は習い事に精を出した。

 祖母は決して褒めてくれる人ではなかった。
 上達してもその上を更に要求する。
 要求するだけだった。

 誰だって人に認められたいと思う。
 それが俺の家庭の中では見つけられなかった。

 小学校も嫌いではなかった。
 勉強も頑張った。
 褒めて欲しかったから。
 スポーツも音楽も頑張った。
 習い事がない時は同級生達と遊んだ。
 今一付いていけなかったけれど、頑張る俺の事を『凄いね』、と言ってくれる友人が欲しかった。
 宿題やらを見せてくれと頼んでくる友人が好きだった。
 そんな時だけでも良い、俺の存在を認めて欲しかったから。

 厳しい家の言いつけで外で遊ぶ事は殆どなかった。
 友達は誕生日会を開いたりしてたけど、俺は行く事を禁止されていた。
 友達同士で家に泊まりあいっこをしている子達がいたけれど、俺はそんな事許されなかった。
 俺が家に帰っても自慢できる家庭ではなかったし、泊まりに行く事も禁止されていたから。
 もっと、仲良くなりたい。
 そう思ったけれど、それは学校の範囲内でしか出来なかった。

 俺が小学校5年生の時今の両親が結婚した。
 新しい母親が出来て、ますます俺の居場所はなくなっていた。
 母親は初めそれなりに努力していたみたいだけど、家族と上手くやりあう関係に俺は慣れてなかったので打ち解けられなかった。
 助け舟を出すはずの父親が父親だったのもあると思う。

 俺が中2の時義母が弟を出産した。
 正真正銘、父親の息子だった。
 年を重ねてきた所為もあるだろう、父親はその子に愛情を注いだ。
 家での実権は祖母から父親に移りつつあった。
 俺は家での居場所がますますなくなっていた。

 家に居つくことが少なくなった。
 習い事は何となく仕方なく続けていた。
 それでも、かなり身に付いていたと思う。
 そういった習い事をするからにはそれなりのマナーを必要とされる。
 それも自然と身に付いていった。
 ただ、良い子でいる事に愛想が尽きていた。

 学校も通う事が少なくなっていた。
 それでもいわゆる不良と付き合う事はなかった。
 そこに俺は打ち解けられなかったから。

 一人で街をぶらぶらしてる事が多かった。
 当初はお金がなかったので本当にぶらついているだけだった。

 夜の街を彷徨い歩いている時オトコに声をかけられた。
 俺のカラダを買いたいらしかった。
 オトコがどうするのか当時の俺にはわからなかったけれど、お金が手に入るというんで着いて行った。

 初めての相手が良かったんだと思う。
 酷く抱かれる事はなかった。
 苦痛はあったけれど、俺にも快感を味合わせてくれた。
 そして、俺のカラダが金になるという事を知った。

「綺麗な顔をしている」と言われた。
 自分の顔を何とも思ってなかったけどそれを褒めてくれる人がいた。
 色が白い肌に中性的な顔立ち。

 ただ、どこか不良に憧れる俺がいて髪は真っ黒から金髪に染めた。
 家に帰っても両親は何も言わなかった。
 学校に行っていない事も知っているだろうがそれも何も言わなかった。
 客と寝て家に帰らない日も出来たが何も言わなかった。
 食事も家ではせず、外でする事の方が多くなっていた。

 お手伝いさんが家事をこなしていたが、両親がそれに触れない以上どうして俺に触れられるだろう。
 家にいる時はご飯は作ってくれたがそれ以上に関心をもたれる事がなかった。
 昔から、ビジネスとして『お手伝い』をしているだけで、子守なんかもしなかったが、今となっては触れられない事の方が嬉しかった。
 家は、帰るべき場所ではなくなっていたから。
 元々、居場所がなかったんだ、こうなって正解だった。

 俺の顔はよく役に立つらしく、欲しい時に客が途切れる事はなかった。
 たまたま、俺が最初に声を掛けられた時はそういう地帯をふらふらと歩いていたらしい。
 俺は客を求めるようになって自ら進んでその地帯に足を踏み入れるようになっていた。
 多少強引な行為にも耐えてみせた。
 金を払ってもらっているんだから、当然だと思った。
 何日も客が取れないような酷い跡にならなければよかった。

 客に抱かれる事で自分が求められている気がしたから嬉しかった。
 金さえ払ってくれれば誰でも良かった。

 けれど、その人に出会った。
 決して善人なんかではない。
 初めて会ったのはやっぱり客としてだったから。

 俺の顔とカラダと、雰囲気が気に入ったのだと言った。
 そうして俺を愛人にしたいと。
 決して更正させようとするのではなく俺に事情を尋ねた。
 俺としてはどうでも良かったが、特に嘘を付く必要もないから正直に答えた。
 他のオトコと寝たいなら寝ても構わない。
 でも、その人が望む時は望むようにするようにと。

 その人は40歳だと言った。
 一流企業の企業弁護士をしているらしく金もたくさん持っていた。
 弁護士のくせに……と思うけれど、決して悪びれる風もなく金でオトコを買うオトコ。
 誰かれかまわず求められるのも良かったけれど、そうやって特定のオトコに求められるのも悪くはなかった。
 セックス自体も良かったと思う。

 俺に生きる場を与えてくれるならそれを受け止めようと思った。
 その人が俺には元々あった黒髪の方が似合うと言うので金髪にしていた髪も染め直した。

 その頃は中3になっていて、進路を選ぶ時だった。
 その人は自分の家に来ても良いけれど、一応俺の家に帰るように言った。

 帰るべき場所ではないとわかっていたけれど、まだしがない義務教育の身だ。
 帰る他なかった。
 ただ、その人の家に行っても良い、それが救いだった。
 遊び歩くまでは勉強をしていなかったので勿論学校の勉強はさっぱりわからなかった。

 そんな、成績が悪い俺に父親は高校に進学するように言った。
 それまで何の関心も示さなかったくせに。
 普通の高校は無理だった。

 ただ、父親の母校である全寮制の男子校はそれほど学力がなくても家柄がよければ入れた。
 父親は、その高校を勧めてきた。
 その人にも相談してみたけれど、それで良いのではないかという事だった。
 俺も、その人に会って進学することを年頭においていたから、受かりそうな高校があるのならそれで良かった。

 学校にも再び行くようになった。
 遅れた学力を取り戻そうと勉強したし、その人も協力して、俺に勉強を教えてくれた。
 全寮制の高校に入るのはその人と離れる事になるけれど、実家からも離れられるので嬉しかった。

 その全寮制の高校は東京で今いる京都とは離れていたけど、その人自身今は仮に京都にいるだけで本当の家は東京にあって、もうそろそろ、東京に帰るだろうから、という事で調度良かった。

 俺は昼間は学校で勉強し、それが終わると、その人の家へ行って勉強し、その人の為に料理を作る事も覚えた。
 料理する事自体経験しなくって初めてだったけど、レシピを買って料理をしそれを、美味しいと言って食べてくれるのが嬉しかった。
 俺は、料理が嫌いじゃないんだなと思った。
 夕食をその人の家で終え、たまにセックスをしたり、勉強を教えてもらったりして家へ帰った。
 そこからまた学校へ通う。

 そんな生活が続いた。

 その人の事もちょっと知った。
 その人自身家庭に恵まれていなかったらしい。
 一流企業の弁護士だと言ったけれど、父親はその会社の社長らしい。
 そして、母親はその愛人で認知はされていたけれど、父親不在の家庭に育ったと言う。
 その会社を助けるべく育てられて、今は顧問弁護士だという事だ。

 表の世界にも裏の世界にも顔が利くらしい。
 俺自身、その人になってみたかった。
 俺は社交性を身につけるべく、笑顔でいる事が多くなった。
 笑顔でいれば他人も寄って来やすい。
 元々、きつい顔立ちをしていなかった俺だ。
 その微笑みは温和な笑顔になっているようだった。
 その人もその笑顔を褒めてくれた。

 そういえば、その人自身も俺に笑顔で接してくれる事が多かった。
 その反面、その笑顔の中に何が隠れているのか決して読み取らせようとはしなかった。
 俺にも、それが出来るようになる、その人はそう言った。
 その人と俺は同類なんだと言う。
 昔のその人自身に自分を重ねて俺を拾ったんだと言った。

「愛人にはなれるけど、恋人にはなれない。」

 そう言われたけど、それで構わなかった。
 俺自身、恋人というものがどういうものなのかわからなかった。
 その人とはセックスはするけど、どこか、父親というものを求めていた。
 それを言ったら、そっちの方が愛人より背徳的だと言われた。
 そのくらい、その人は俺の中で大きな地位を占めていた。
 同類になれるんなら、なりたかった。

 その人のように。

 今はまだ子供に過ぎずその人の為に何も出来なかったけれど、いつか役立てる日が来るように努力しよう。
 料理やセックスでない他の立場として。

 その人にもいずれ恋人が出来るかもしれないし、俺にも出来るかもしれない。
 でも、そういった関係を超えてその人とは結びついていたかった。
 やっぱり、生きている事に執着できないけれど、生きてい続けるんなら、こう生きたい。
 そう思える事が出来た。

 俺を高校まで卒業させようとした家。
 金銭的に依存しているかもしれないけれど、いつか全額耳を揃えて返してやる。
 そうして、あの家から完璧に独立してみせる。

 大学にも多分行く事になるだろうけど、自分で働いて通おう。
 当面の資金ならその人が出してくれると言う。
 それならそれに甘えよう。

 その人との絆は大切だから。
 俺を本当に生かしてくれているのはその人だと思う。


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あるバーのシリーズ(異質)

 何か他の人間とは違うオーラを持った奴。
 それがあいつだった。

 俺は人見知りしない人間だったから、大学に入って色んな人と友達になった。
 自分の性癖もずっと知っていて、高校の時の奴は知らないけど、大学に入ってオープンにした。
 やっぱり素での自分を隠したくないから。
 それを面白がってくる奴もいたし、離れていく奴もいた。
 離れていくのはそれなりに傷付いたけど、それはそれで仕方がないと思っていた。

 あいつはそれにあんまり興味を示さなかった。
 元々、あいつは俺といなかったら一人でいる事が多くて、それに気に留めている風でもなかった。
 異質な何かを持った奴。

 それが俺の心のどこかに挟まっていた。
 俺が誘えば付いてくるし、話をすれば聞いてくれる。
 けれど、自分の事を話したりはしなかった。
 専ら俺が話すだけ。
 俺からあいつを誘ってつるむのが日課になっていた。
 今までの友人の誰とも違っていた。

 何でなんだろ。
 俺はあいつに構いたくってしょうがなかった。
 俺がいなくってもあいつは、きっと一人でやっていけるんだろう。
 だけど、俺はあいつがいないのは寂しかった。
 本当に失いたくなかったからこそ全てを見せる気になった。

 これで、離れていったらそれでしょうがない。
 話さないでいる方が辛かった。

 だから、俺がよく通う店に行くのに誘った。
 あいつは逃げる事なく付いてきた。
 その店の中を見て動じる事もなかった。
 そんなあいつに声を掛けてくる奴がいたけど、やっぱり動じる事はなかった。
 逆に、それに動じたのは俺のほう。

「駄目だよ、彼、ノンケだから」
 俺がそいつに断りを入れたくらいだ。
 何で、こんなに肝が据わっているんだ?
 初めてここにつれられてきたらやっぱりびびらないか?

 嫌な顔何一つせず周りを見渡して酒を飲んでいる。
 この店に来ても何か異質であることには違いない。

 そんなあいつが、俺を伴わなくってもあの店に通っている事を知った。
 何でって、一人で飲みに行ったらあいつと、あの店で鉢合わせたからだ。

「何で、お前がここにいるの?」
「何でって、なんとなくここが気に入ったから。」
「わかってるのか? ここがどういう所か?」
「わかってるよ。よく来てるもの。」
「よく来てるって……。お前はゲイじゃないだろう?」
「違うよ。だけど、お前は俺のこと『ノンケ』だって言った。あれも違うと思う。俺は、別にオトコを好きになる訳じゃないけど、オンナの事も好きにならない。」

 あいつは何を言っているんだ?
 俺にはよくわからない。
 じゃあ、誰を好きになるの?

「俺はこの店に来て良かったと思っている。自分の中でよくわからなかったものが見えた気がする。」
「自分の中でわからなかったもの?」
「自分自身の感情かな。いつも、どこかで誰とも違うと思っていて、俺自身それが認められなかった事。何人かに誘われて、寝てみて、俺はそれが嫌じゃなかったし、寧ろ気持ち良かった。」

「寝たの? お前、信じられない。」
「俺って、いっつも結局受身なんだ。誰かに誘われて、それは嫌じゃなくって、でも、俺から何かを求める事がないんだ。」
「でも、一人でこの店に来たのは自発的な行動なんだろ?」
「そうだね。何かここには俺が安らげるものがあるような気がしたんだ。普通に大学に行ってるだけだったら見つからなかったもの。お前には感謝してる。この店を紹介してくれた事。」
「別に感謝されたくって紹介した訳じゃないよ。俺の事を知ってもらいたかっただけ。」

「お前にとってはそうかもしれない。だけど、俺にとってはそうじゃなかった。ここに来ても、お前の事がわかったわけじゃない。わかったのは俺の事だけだ。」
「俺がお前に知ってもらいたかったのは……オトコをセックスの対象としてみてるってことだけだよ。それが、こんな事になるなんて。」
「俺は、ここである人に出会って言われた。俺は、俺自身を含めて誰の事も好きにならないんだって。」
「誰も好きにならないの? それって寂しくないのか?」
「寂しくない。『好き』っていう感情もわからない。でも、誰かに求められると嬉しいと思う。」
「だから、求められたらセックスしちゃうの?」

「俺は好きだと思われても思い返せない。返さなくっても良い関係を求めてる。その人は言ってた。そうする事は俺自身に忠実だからそれで良いんだって。男同士だって、オトコとオトコだって気持ちがいつも通じる訳じゃないし、変わらないんだって。」
「それで、オトコとセックスする、に結びついちゃう訳?」
「たまたまそれが結びついただけ、かな。」

 たまたま、だけで、そこに結び付けられちゃうのもある意味凄いと思う。
 だって、世間一般的には考えられないよ。
 だけど、そんな奴だから、ここまで受け入れられてしまうんだろうな。
 俺の事も。

「何か、そんな風にお前に思わせた奴が悔しいけど羨ましい。俺やっぱりお前の事が好きなんだと思う。」

 うん。多分好きなんだ。
 だからこんなに気になるんだ。
 オトコを好きだと思う俺を知って欲しかったんだ。

「俺の話聞いてた? 俺は誰も好きにならないって。」
「聞いてたよ。だけどそんなお前を好きだと思うんだ。」
「俺は、お前の事嫌いじゃない。だけど、お前が思うように想い返せない。」
「恋愛したって、同様に想い合うのって難しいんじゃないか? お前が拒否しないでいてくれるんなら、俺に好きでいさせてくれないか。」
「拒否は……しないよ。けど、それで良いのか? お前は。」
「良い悪い、っていう問題じゃない。それが、俺の気持ちなんだ。」

 大切なのは、俺が思う気持ち。
 そして、それを相手に押し付けない事。

「なあ、俺が、俺以外の奴とセックスするな、って言ったらどうする?」
「俺はセックスを求めている訳じゃないよ。別にするのが嫌な訳じゃないけど。そんな事をしなくっても良いって、もうわかったから。」
「それは、それを言ってくれた人がいるから?」
「うん。それもあるけど、お前にそう言ってもらえたから。お前にそう言ってもらわなかったら、やっぱり、俺、ふらふらしちゃうと思うんだ。」

「俺が、好きだって言ったから?」
「俺は、好きにはなれないけど、裏切りたくはないと思う。最低限それはしなくちゃいけないと思うんだ。」
「それは、それで十分じゃない? 友達だって恋人だって同じなんだと思う。」
「俺は、こんなんだから、人間関係希薄だから、そういうのにも気付けなかったんだ。」

 大学にいても異質だったけど、ここにいてもやっぱり異質なんだ。
 誰ともつるまないで変わった奴、と思われがちだけど、そうじゃない。
 やっぱり人間なんだ。

 色々こいつなりにも悩んでたんだ。
 俺だって人と向き合うのに勇気がいる。
 一対一で、きちんと話をすればよかったんだ。
 こいつにきちんと向き合うにはそれくらいしないと。

「お前に会って、この店紹介してもらえなかったら、その人とも出会うこともなかった。それで、俺自身に向き合う事もなかった。」
「俺は、その人にも感謝しないといけないのかな。」
 何となく不本意だ。
「そんな、嫌そうな顔をしなくっても。別に感謝しなくっても良いと思うよ? その人もそんな事別に望んでいる訳じゃないと思うし。」
「けど、お前は感謝してるんだろ?」
「それは、俺が勝手にね。良いバーも紹介してもらっちゃったし。」
「ええ? それってここら辺の店?」
「うん。そうだけど、ゆっくり飲める場所だよ。」
「紹介して、紹介して、紹介してー。俺も知りたい。」

「いいけど、騒ぐのはなしだよ。」
「そんなに改まった場所なの?」
「違うけど、静かに飲みたいバーだから。」
「ふーん。まあいいや。静かにしてるから。」

 そう言ってつれてきてもらったのは小ぢんまりとしたシックな雰囲気のバーだった。
 入り口に表立って広告してないから、わからない人はわからないんじゃないかな。
 俺もこんなところに店があるなんて知らなかったし。

 ああ、でもなんでだろ。
 あんなにどこにいても異質に見えたこいつが溶け込んで見えるのは。
 それぞれの人が、それぞれの世界で飲んでいる。

「この店はね、『一人で、でも、独りっきりでなくて飲める』場所なんだって。その人がそう言ってたし、俺もそう思う。俺は一人でいる事が多いからね。」
「恋人と来てもいいの?」
「それは良いみたいだけど、声を掛けるのを目的で来る人はいない。」

 物色したりする視線がないわけだ。
 騒がしくないし二人でゆったり飲むにはいいかもしれない。

「マスター、この間のお酒、またもらえます?」
「はい、かしこまりました。」
 そういって運ばれてくるお酒。

「俺、このお酒気にいちゃった。」
「気に入っていただけて何よりです。」
「何? それ、美味しい?」
「さあ、好みじゃない? 飲んでみる?」
 渡されて飲んでみる。

「うーん、俺は、もうちょっと甘めの方が好みかな。」
 渋い味だ。
「もう少し甘め……ですか。アルコールはこれくらい強くって大丈夫ですか?」
「あ、はい。」
「じゃあ、こちらなんか如何でしょう。」

 俺の前におかれた、琥珀色の液体。
 一口飲んでみる。
 うん、これならいける。

「美味しいです。これ。」
「良かったです。気に入っていただけて。」
 さっきの店でもアルコールが入ったし、飲むスピードは速くない。
 このお酒自体、アルコールが強い。
 あんまり急いで飲んでもカラダに毒だしな。
 それに夜はまだ長い。

「なあ、今夜、俺ん家来ない?」
 俺は一人暮らししてるけど、そういえば友達は何人かいるけど家に呼んだ事はなかった。
「うん? いいよ。」

 こいつになら全てをみせられる気がした。
 部屋は綺麗にしてるけど、例え散らかっていても、こいつなら気にしないんだろうな。

「それで今度お前ん家行ってみたいな。」
「え、いいけど、何にもないよ。あ、本が散らかってるから、前もって言って。」
 そう言えばこいつよく本を読んでたな。
「どんな本読んでるの?」
「主に、ミステリーかな。」

 まあ、こいつにエロ本とか合わないし。
 と言うか、見せてみたい、エロ本を。
 あんま、反応なさそうだな、とは思う。

「なあ、お前、オトコと寝てどう思ったの?」
「どうって、別に……。他人と分かち合える快感があるんだな、くらいかな?」
「ココロとか、どうでもいいんだ。」
「俺自身にそういう気がないからね。」
「じゃあ、今夜俺が人の温もりと言うものを教えてやる。そんでもって、俺じゃなきゃ、物足りないくらいに愛してやるから覚悟しとけよ。」
「何か良いなぁ。その自信。」

 ふん、自信なんてあるものか。
 だけど、簡単に手放してやらない。
 俺が一回捕まえたんだから。

 それでも普段はきっと変わらないんだろうな。
 こいつが少し冷めている、くらいでちょうどいいのかも。
 俺達は。

 ただ一つ言えるのは、今までより少し距離が縮められたんじゃないか、という事。
 俺がこいつを好きだといっていて、こいつがそれを受け入れてくれている。
 だから、セックスフレンドとも違うんだな。
 恋人と呼べるのかは怪しいけど。

 でも、そんな関係でも、長く付き合っていければいいな、と思ってる。
 こいつだけを異空間に放っておけない。
 俺がそこに飛び込むくらいの覚悟でいなくちゃ。


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あるバーのシリーズ(受身)

 元々、誰かをカッコイイとか、可愛いとか思ったことはあるけれど、好きだとは思った事がなかった。
 俺が誰かと恋愛をしている姿なんて思いもよらなかった。
 友達が誰かを好きだとか、付き合いたいだとか言っている姿が不思議だった。
 けれど(ちまた)にはそんな話が溢れている。

 芸能人だって、誰と誰が熱愛発覚だとか、結婚しただとか別れただとかで騒いでいる。
 俺は本をよく読むけれど、その本の中でも恋愛だとか、痴情のもつれとか書かれている。
 ミステリーをよく読む。
 気付いたときに手を取っていたのがミステリーだった。
 だからそこから、だんだん手を広げていろんなミステリー作家を読むようになっていた。
 俺にとって、恋愛沙汰は本の中の出来事でそれに一生懸命になっている登場人物をみてそれで満足だった。

 現実社会の人間関係で、それを行うのは難しいのではないかと思い、そんな面倒ごとに巻き込まれるのは厄介だとも思っていた。
 それでも、告白されれば、何となくその子と付き合っていた。
 高校時代なんて、大して金もない。
 昼食を一緒に食べたり、一緒に下校したり、休みの日にたまに彼女にねだられて映画を見に行ったり。

 何で、この子は俺と付き合っているんだろう。
 それが不思議だった。
 嫌いだとは思えなかったけれど、特に好きにもなれなかった。
 俺から決断を下さないのを彼女は優柔不断だと言って責めた。
 自分の事、好きなの? と聞かれても、答える事は出来なかった。

 付き合っていけば、好きと思えるかもしれない、けれどそれが出来なかった。
 当然彼女とは別れる事になった。
 それが寂しいとは思わなかった。

 俺から求めるという事をしなかったからセックスもなかった。
 興味がなかった訳じゃない。
 そういう場に自分をもっていく事が出来なかった。

 自慰行為を知らなかったわけじゃない。
 それはそれで快感があった。
 その性欲の対象として彼女を見る事はなかった。

 大学に入って出来た友人で自分をゲイだと言ってのける人がいた。
 そんな彼を避ける人もいた。
 俺はオトコもオンナも好きにはならない。
 けれど、その逆でオトコがオンナを好きになろうと、オトコがオトコを好きになろうと、それはどっちでも良いと思っていた。
 だから、その彼との友人関係も続いた。

 根暗な俺と違って、彼は明るかったし、話をよく俺にも振ってくれた。
 俺は独りでいるのが好きだったけれど、その彼といるのも何となく楽しかった。
 彼の話の聞き役にっ徹する事が多かった。
 好きなオトコの話、面白い映画の話、学校の話。

 彼は確かにゲイなのかもしれないけれど、取り立てて変わっている人間だとは思わなかった。
 そんな風に色眼鏡をかけて見ない俺を、彼も気に入ってくれているらしかった。

 自分のテリトリーを見ておいて欲しい、と言うので彼に誘われて彼がよく行くバーに行った。
所謂(いわゆる)、オトコがオトコを誘う店だ。

 不思議な感覚がした。
 そこでは、学校にいる時よりも彼は生き生きとしているように見えた。
 そんな彼が眩しかった。
 一般社会にいて抑圧される分、そういう店では開放的になれるんだろう。
 彼はその晩、この界隈についての話、今好きなオトコの話などを聞いた。

 二人で飲んでいて、周りの人たちに『恋人なの?』と聞かれたけど、彼は俺を『大学の友人だよ』と言って話していた。
 俺は、何故か、オトコの人に誘われたけど、彼が『駄目だよ、彼、ノンケだから』と言って制していた。
 果たして、俺はノンケなんだろうか。
 ゲイである、とは思わない。
 だけど、ノンケかと問われて、それもイエスであると答えられなかった。
 だって俺は、オンナの人も好きにはならないから。

 その晩は、それで終わってしまったけれど、俺はまだその店のこと、その界隈のことになぜか惹かれていた。
 自分の性癖について疑問に思っていたから、そこに何か答えがあるんじゃないかと思ったのだ。

 彼を伴わず、一人でその店に飲みに行った。
 周りを見渡すと、オトコだけの空間。
 ちびり、ちびり、と酒を飲みながら、色々考えていた。
 やっぱりなんだかこの空間に俺は癒されている。
 そう思った。
 男達が織り成すやり取りを俺は酒の(さかな)に眺めていた。

 一人で飲んでいると、声を掛けられた。
 俺にはそれを制御する気はなかった。
 そうしてその晩そのオトコに抱かれた。

 初めて俺が経験したセックスだった。

 一人でするのとは違った快感がそこにはあった。
 ただ単にカラダを求められている、その事にも俺は気を楽にしていた。
 俺に気持ちを求めないで、ただ単にカラダの快感を追う。
 そんなセックス俺は気に入った。

 自分から相手に声をかける勇気もなかったし、気力もなかった。
 いつも、常に受身だな。
 そんな中でも、俺なりの生き方を探していた。

 そんなある晩、ある男性に声をかけられた。
 綺麗な人だった。
 その気がない俺でもそう思った。
 その男性なら、俺なんかに声をかけなくても、その気になれば、どんな恋人だって手に入りそうな人だった。

 その男性に抱かれた後、不思議に思って尋ねてみた。
「なんで、俺なんか誘ったんですか? 貴方なら、声を掛けなくったって、選り取り見取りでしょ。」
「何?、その『俺なんか』っていうの。まあね、多分そういうところに惹かれたんだ。君、一人でいる事好きでしょ。ああいう店にいる割には飢えてないし。」
「貴方だって、飢えているようには見えない。」
「そうだね。でも嫌いじゃないからね。こういうセックスが。君も、嫌じゃないから付いて来たんでしょ。君、ゲイっていう感じはしないね。多分、誰の事も好きにはならないんだ。君自身を含めてね。」

「俺は、俺を好きじゃないんですか。」
「そう、否定出来ないでしょ? そういう感覚を元々持っていないんだ。」
「『好き』ってよくわかりません。他人を好きになるとか。でも、貴方が言ったように、俺は一人でいる事が嫌いじゃないです。」
「誰かを好きにならない代わりに、『寂しい』って言うのもあんまり思わないんでしょ。こうやって、カラダを求められて解放しても、ココロを許さないし、だから、カラダだけの関係で満足していられる。」
「カラダは、そこに快感があるから。それは求められて嬉しいっていうのはある。けれど、気持ちを求められても、俺は返せないから。」
「返す必要がない関係を求める、か。それはそれで君自身に忠実でいいと思うよ。私自身、君にそういう意味での気持ちを求めてないしね。だから、君みたいな子とは、気楽に付き合えるんだ。好きだ、と思われてもそれを自分に求められると、重荷になってしまうからね。それは、『好き』っていう感情を持っている人間でも同じ事だよ。好きになった相手が自分の事を好いてくれる訳じゃないし。」
「そうですね。想いが共通する事、現実では中々難しいですね。」

「君はまだ若くって、自分の事がわからなくって、探っている。こうやって、関係を持っても他人にぶつけることなく、自分自身の中で考えてる。まあ、ある種、人は誰でもそういうところはあると思うよ。自分自身で考えなくなったら終わりだと思うしね。」
「考える事は、重要、ですか。」
「人が成長していく上で、やっぱりね。その為に何をするか、それは人それぞれだよ。」

 こうやって、ゲイでもないのにオトコのカラダを、カラダだけを求めることも間違いではないというのだろうか。
 俺にカラダを求めてくる人間は何を考えているのだろうか。

 わからない。

 ただ、俺は、求められるがままにしただけだ。

「君みたいな子にね、あっていると思うバーがあるんだ。案内してあげるから行こう。」
 そうして、その界隈の一角にあるこじんまりとしたバーに案内された。
 まばらに客がいる。
 二人で落ち着いて話している人たちもいれば、一人でただ黙々と酒を飲んでいる人もいる。

「やあ、マスター久し振り。」
 彼が、店の主に話しかける。
「お久しぶりです。今日はお一人ではないんですね。」
 俺が横にいるのを見てそう言う。
「ええ。私が引っ掛けたんだ。この店に合いそうな子だと思ってね。紹介に来たの。」
「それは、ありがとうございます。」
 そうして、俺をマスターに紹介する。

「何か飲みたいものある? マスターは優秀だから大概のものは好みに合わせて作ってくれるよ。」
「いや、俺は特にこれといって好みは。何かお勧めはあるんですか?」
「うーん。お勧めといわれてもな。好き嫌いはないの?」
「はい。」
 大概のお酒なら、どんな味をしてようと飲める。
「じゃあ、とりあえずマスターいつものを2つ。」
「かしこまりました。」

「常連なんですか?」
「常連という程でもないね。でも、マスターとは友人なんだ。」
 なるほど、それで顔が利くわけか。
「この店はね、いわゆる、声掛けは禁止してるんだ。まあ、恋人二人でゆったり飲みに来てもいいけどね。独りで、でも独りっきりでなくて飲むにはいい場所だよ。」
「独りだけど、独りっきりじゃない、ですか。」
「本当に一人っきりだと煮詰まっちゃうこともあるからね。そういう時、他人を見渡せるし、マスターも、色々話を聞いてくれるし。」

 そういう場所があるなんて知らなかった。
 どこにいても疎外感を感じて、だからどうしても独りっきりでいる事が多くて慣れてしまっていた。
 他人と寝るのもそれだけでいるのに煮詰まっていたからかもしれない。

 カラダを通さなくっても純粋に悩める場所。
 疎外感を癒せる場所。
 そんな気持ちを助けてくれるお酒。

 自分から踏み出さなくては。
 ただ単に受身でだけで生きていける訳ではない。
 俺は、この店が好きになれるような気がした。

 たまに、オトコを漁りに他の店に行く事があるかもしれない。
 でも、帰ってくるのは、この店だと思う。

 誰に認められなくったっていいんだ。
 俺は俺なんだから。
 それに変わりはない。
 俺自身、そんな自分を認めよう。

 俺の明日の為に。


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あるバーのシリーズ(自然)

 客が一人、また一人と帰って行き、最後の客が勘定を終えて帰って行く。
 あの青年に尋ねられ自分の恋人の事を思い起こす。

 もう今頃は会社を終えて家へ帰って寝ている頃だろうな。
 そうか、もう6年になるのか。

 当時は俺もまだ会社勤めをしていた。
 会社があけると店に通い、相手を探していた。
 それまでに恋をした事がない訳じゃないけど、所詮叶う事のない恋だとわかっていた。
告白する事すらままならない恋。

 世間一般的にはオトコはオンナと付き合うものだ。
 女性に告白されて嬉しいと思う事はあるにせよ、オトコに告白されて嬉しいものか。

 物心ついた頃から俺はオトコにしか恋をしなくってそれがありふれているものではないという事がわかっていた。
 学生時代に女の子の話題をされて確かに可愛いと思うけれど、恋というものとは違うと思っていた。
 それでも、何とか付き合えないものかと大学時代に彼女がいた事はあるけれど、友達と言う以上の気持ちにも関係にもなれなかった。
 彼女もそんな俺の気持ちに気付いてか『他に好きな人が出来た。嫌いになった訳じゃないけど、  友達以上の関係になれない』と言って別れた。
 俺はそんな彼女を引き止める事はなかった。
 その彼女と別れてから意を決してこの界隈に通うようになった。

 オトコがオトコを好きでいて空間。
 そんな空間が俺には嬉しかった。

 初めは声を掛ける事が躊躇(ためら)われていた。
 ある日、年上の男性に声を掛けられて付き合うようになった。
 彼が会社の終わる頃店で待ち合わせて食事をしたり、ホテルに行ったりした。
 俺はまだ当時学生だったから時間に余裕があったし彼に合わせる生活が続いていた。
 彼と会う以外は普通の大学の友達と遊んだり、飲みに行ったりしていた。

 この界隈でも友達が出来た。
 友達は友達で、そんなに変わらないものだと思った。
 面白おかしい話も、くだらない話もノンケの人間だってゲイの人間だってするのだ。
 それがわかって、ノンケの友達の関係も窮屈ではなくなっていた。

 恋人との関係も上手くいっていたと思う。
 おおぴらにデートなんてものは出来なかったけれど。
 一緒にいられる時間があればそれでよかった。
 けれど、彼の転勤が決まってしまい、俺は付いて行く事も出来なかったし、彼もそれを望んでいなかった。
 そんなんで自然と別れてしまった。

 俺も就職活動に追われるようになり、特にやりたい事もなかった俺は、実家に帰る必要もなかったし、大学の為に出てきた東京の一般企業に目星をつけていた。
 何社か回っている内に何とか営業の職に就く事が出来た。

 その間も、この界隈に通うのを止めなかった。
 それなりに性欲のあった俺は、仮初の一夜限りの相手をするという事も覚えていた。
 そんな中でもやっぱりパートナーを持つという事にも憧れていた。
 何人かと付き合い、お互いの価値観の違いからか別れるという事をしていた。
 短くって3ヶ月、長くて1年といったところか。

 会社での生活も忙しかったもののそれなりに充実していた。
 会社でも学校に通っていた頃と同じようにやはり性癖を露にする事は出来なかったが、態々する必要もないと思っていた。
 両親にも姉にも話せずにいた。

 そんな中、今の彼と付き合い始めた。
 彼はお酒を飲むのが好きだったので自然と一緒に飲む事が多くなっていた。
 俺自身は酒は嫌いではないけれど、それ程強くもなかった。
 大抵、彼がアルコールを飲み続けるけれど、俺は2、3杯飲んで、ノンアルコールに移っていた。

 彼は俺の声がとても好きだと言ってくれた。
 それまで自分の声なんて意識した事がなかった。
 低く響く俺の声が良いのだと言った。

 それは、俺の営業と言う職にもよく合っていたようだった。
 俺の営業の成績は決して悪いものじゃなかった。
 人と接する事が好きなんだろうな、と思う。
 でも人と接する事が好き、だという事だけでは営業職はやっていけなかった。

 当然結果を求められる。
 ノルマはこなせていたと思うが、何となく職業に嫌気がさし始めていた。

 彼にも相談してみたし、この界隈にいる友達にも相談してみた。
 彼は、俺がやりたいと思っている事だったら、なんでも応援する、と言ってくれた。
 相談してみてよくわかった。
 相談に乗ってくれる人がいるというありがたい事を。
 そして、そんな場所を提供してくれる空間を。

 彼の好きなお酒の勉強をしてみようと思った。
 この界隈でバーテンのバイトを募集をしていると言うのを見て速攻応募した。
 俺の人当たりの良さを買ってくれてか、バイトの面接に合格した。

 初めは会社とバイトを両立させていたけれど、それはやっぱり肉体的にもきつかったし、彼と会う時間もなくなってしまっていた。
 悩んだ結果、やっぱり会社を辞める事にした。
 営業という職にも嫌気がさしてきていたし、やっぱり、自分の性癖を公に出来ないのは窮屈だった。
 彼は、会社があけると、よく俺がバイトをしているバーに通ってくれた。
 初めは恥ずかしかったけれど、彼が、俺の作った酒を飲んでくれるのが嬉しかった。
 だから、益々お酒の勉強をした。

 一年が経とうとしていた頃、友達がバーを開きたいんだけど、マスターをやらないかと誘ってきてくれた。
 その友達は不思議な人だった。
 何回か寝た事もある。
 だけど、友情以上には発展しない人。
 彼もそんな関係を何人かと楽しんでいるようだった。
 俺より2歳も若いくせにしっかりしていた。

 趣味で店を開きたいんだけど、自分自身で接客をする気がないという事だった。
 彼は大学時代から普通の友人にも自分の性癖を知らせていたし、職場でもゲイだということを公言していた。
 今は、法医学教室の大学准教授をしながら、監察医としても働いている。
 一般社会にゲイだと公言して大学と言う閉じた空間だけれど働いている。
 どこで、そんな大金が稼げるのか不思議だったけれど、不正な手は働いていない、全うに稼いだ金だと言っていた。

 元々、ホストクラブでホストとして学費を稼いで大学に行ってたらしい。
 ホストをしていたからには接客なら自分で出来そうになのに、と言ったが、自分には今の職があっていて安らいで飲める場が欲しいのだと言う。

 俺にとっては美味しい話だったから、基礎がきちんとしているなら、と言う条件でOKした。
 店の場所や内装は彼の意見も取り入れて二人で行った。
 華美な装飾はなく俺一人でまかなえるだけのスペース。
 所謂(いわゆる)、声賭けは禁止していた。

 オープンと共にどっと客が押し寄せたわけではないが、口コミで広まってはいるらしく、静かに飲みたい客、二人っきりで恋人達が飲みたい客が徐々に増えていった。
 恋人もオープンと同時に飲みに来てくれた。
 だから、俺がこの店を開いて一番先に酒を作ったのは恋人という事になる。
 出資者の友人もオープンの日に飲みに来てくれた。

 恋人は飲みたくなったら、週に2~3回は飲みに来てくれる。
 そんな恋人に酒を振舞うのは楽しかった。
 出資者の友人は仕事がかなり忙しいらしく、月に1回くらいだ。

 だが、たまに、友人はどこで引っ掛けたのか知らないが客を紹介してくれる。
 紹介してくれた客は店の雰囲気をよく知ってくれて、たまに飲みに来てくれる。
 まあ、元々その友人がこの店の雰囲気にあった客を紹介してくれるのだろうが。

 そんなこんなで、一応、俺一人の身が暮らしていけるだけの賃金は稼げている。
 店が終わったら、まず自分の部屋に帰り、家事をする。
 それから、彼の部屋に出向き彼がまだ眠っている中、朝食の用意をして一緒にご飯を食べる。
 一応彼の部屋の鍵は持っているがこの時しか利用した事がない。
 それから、彼が出社するのを見送り、自分はまた家へ帰って夜、店を開けるまで熟睡する。

 彼が休みの日はたまに外に映画を見に行ったりもしている。
 だが基本、昼間は寝ている事が多い。

 彼と接せられるのは、彼が店に来た時か、朝食を摂る時だけ。
 彼が店に来た時は、俺が仕事が終わるのを待って一緒に寝たりもする。
 そんな付き合いをして6年だ。
 俺は、今のこの関係に満足している。

 『一緒に暮らす』か。

 考えた事がない訳ではないけど、特に取り立てて、という事でもない。
 そうなると、引越しもしなければならないし、一大労働だ。
 彼の事は好きだし、一緒にいる時間は楽しいと思う。
 だが、それだけの若い情熱は失ってしまっているような気がした。

 彼も、同性と一緒に住むとなったら、社会的な目というものもあるだろう。
 俺は、こういう職業に就くという事になったから、一応親には報告している。
 理解はされていないと思うが、俺の好きなようにさせてもらっているからありがたい。
 そういう意味では俺は幸せなのかもしれない。

「おはよう。何かあったか? 考え事でもしてた?」
 あ、彼が起きてきたようだ。
「ちょっとね。店に来た客にね、恋人のことを聞かれてね、『一緒に住みたいと思わないのか』って」
「それでなんて? お前は俺と一緒に住みたいと思うのか?」
「イエス、ともノーとも言わなかったね。どうだろ? 住みたくないわけじゃないけど、取り立てて、とは思わないかな。俺だけが決める事じゃないし。」

「結構すれ違いだからな、俺達って。お前は家族にもカミングアウトしてるんだから、取り立てて問題はないだろ?」
「まあ、そうだけどね。」
「俺もな、もうこの年だし、お前との付き合いも長いし、そろそろ一緒に住んでもいいかな、って思ってる。」
「え、それ本気?」
「本気だよ。冗談で言う訳ないだろ。多分、俺から言い出さなきゃ前には進めないと思ってる。お前は知らないだろうけど、俺は前から両親にはカミングアウトしてるんだよ。勘当されたけど。会社も、まあ、問題ないだろ。引っ越す事自体。ばれたらばれたで居心地は悪くなるかもしれないけど、辞めさせられるとも思わないしな。今度一緒に不動産や行ってみるか?」
「え、何か嬉しいな。って言うか知らなかったよ、両親にカミングアウトして勘当されてたなんて。」
「自慢できる事じゃないしな。お前が親にカミングアウトして、それでも、家族の関係が変わらなかったって言ったとき、正直、羨ましかったよ。でも、仕方ないよな。理解しろっていう方が無理なんだし。勘当されても、やっぱり、カミングアウトして良かったと思ってるし。自由になれたから。何が悪かった訳でもない、親も、俺も。変えようがないもんな。」
「そうだね、変えられないものね。それぞれの感じ方は。」

「で、お前は? 俺と一緒に住むのOKなの?」
「俺から断るわけないじゃん。そうだ、多分、不動産屋なら、俺の友達が詳しいと思う。良いところ知っていると思うし。」  

 出資してくれた友人、多分彼なら、そういうことに偏見を持たない不動産屋を知っていると思う。
 ゲイとして、顔が広いからな、彼は。

「それって、俺たちと同類の友人なのか?」
「うん。そう。俺と、君との事も一応知ってるんだ。」
「いいな、そういう友人がいて。中々いないもんな、そういう人間って。」
「彼って、自分がゲイなことにすごくオープンなんだ。厳しい目にもあってると思うよ、実際。でもくじけないんだ。それでいて、ゲイの友達もノンケなオトコもオンナも友達もいるって言うから凄いよ。」

 そうなんだ。
 ゲイだってわかっていたら、やっぱりオトコの友人は偏見を持つだろうし、そんな彼と友人をしていて、自分まで偏見の眼差しで見られるとも限らない。
 彼も凄いし、彼の友達をやっているノンケの友人も凄いと思う。
 色んな偏見と戦って生きているんだとは思う。
 自分が、自分でありたいだけなのに。
 それって、とっても難しい事なんだな。

「じゃあ、その友達に頼ってみようか。」
「うん。連絡とっておくよ。それから、日程決めよう。」

 また一歩、彼との関係が進めた。
 きっかけを与えてくれた客にも感謝しないとな。

 色々見る人間風景。
 そんな店を任されて、本当によかったと思う。


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あるバーのシリーズ(声)

 彼と付き合って時は行かなかったバーへ向かった。
 そのバーはほんと小ぢんまりしていて、落ち着いた雰囲気を持った店だった。
 マスターが独りっきりでやっているから、そんなに規模も大きく出来ないんだろう。
 俺が、独りで飲むには物静かで落ち着いていて良い。

 客が入っていない訳では決してない。
 そこそこ客が入っているし、恋人同士で話している人達だっている。
 けれど騒々しくならない。
 声掛けを目的にしていないから、独りで飲んでいても絡まれる事はない。

 それに何よりマスターの低く響く声が好きだった。
 この界隈に通うようになって出来た友達が、俺が静かに一人で飲むのが好きなタイプの人間だとわかって教えてくれた店。
 その友達にも感謝している。
 今でもたまに会って一緒に飲んだりする。
 恋愛関係には決してならないけど、大切な友達。
 似た空気を持っていたからなんだろうな、彼が声を掛けてくれたのは。

 彼はゲイだという自覚があってこの界隈に通っているけれど、あんまり恋愛をするタイプじゃないらしい。
 カラダが寂しくなったら、若しくは、同じゲイの人間と話をしたくなったら相手を探しに出掛ける。
 そして、カラダを重ねたとして、それが一回限りでなく数回寝たとしても恋愛関係には発展しない。
 声を掛ける相手もその相手の意見を尊重している。

 だから、俺も声を掛けられた。
 けれど、寝るだけの関係というのは俺には出来ないから、結局カラダの関係がない普通の友達となった。
 彼も、それで良かったようだ。
 カラダの関係を断っても彼はその時俺に接する態度を変えなかった。
 彼は、それでも中々人望があるらしく、カラダの関係になっても恋愛はしないけど普通の友達感覚を持っていられるようだった。
 友達として以上には見られなかったけれど、そんな彼が好きだった。

 今日別れたばかりの恋人が知らないオトコ。
 別れたばっかりで、誰か他人と話をしたいと思うのはその彼くらいだった。

 けれど残念ながら、彼は今日は飲みに来ていないようだ。
 まあ、良い、この店でなら独りで飲んで寂しくならない。

「いらっしゃいませ」
 マスターが俺が入ってきたのを確認して声をかける。
 俺は酒に強いけれど、詳しいわけじゃない。
 だから、大概、飲みたいタイプを伝えて、それをマスターに出してもらっていた。
 この店ではそれが利く。

 この店以外では、誰もが知っているような聞きなれた無難なメニューを選ぶ事が多い。
 無難なメニューなら、どこの店でも大概置いているからだ。
 俺は、人と離れてカウンターに座るとマスターに注文した。

「強めので辛いものをお願いします。」
「かしこまりました。」
 マスターの声が心地よく耳に響く。
 俺は今どんな顔をしているだろう。
 今の心境では笑えという方が無理だった。
 好きだった恋人と別れたばかりなのに。
 不幸そうな顔をしているだろうな、そう思う。

 でも誰にも問い詰めて欲しくはない。
 独り寂しく、でも完全に独りっきりではなく、感傷に浸っていたかった。

「おまたせしました。」
「ありがとうございます。」
「差し出がましいようですけれど、お酒で潰れないようにしてくださいね。」
「大丈夫です。俺酒には強いですから自棄酒(やけざけ)ではありません。ただちょっと飲みたいだけです。」
「そうですか。このお酒が貴方の今の心境に合うと良いです。」

 出された酒を飲んでみる。

 あー、辛い。
 涙が出そう。
 でも、今はこれくらいが調度良い。
 甘い酒なんて嫌いじゃないけど、今は飲んでいられないからね。
 マスターの心遣いもありがたかった。
 やっぱり客の事をよく見てくれてるんだな、と思う。
 このお酒も今の俺にぴったりだった。
 別れた恋人。
 彼は、別れようとは言わなかった。
 けれど、俺としては付き合い続けるのは無理だった。

 『結婚するんだ』

 なんで? なんで? なんで?
 あなたはゲイでしょ? オンナの人愛せないんでしょ? それなのに結婚するの?
 彼は決して馬鹿な訳じゃない。
 一流大学の医学部を卒業して大学病院で優秀な外科医としてやっているのは知っていた。
 実家は大きな病院だけど、次男だから、継がなくっても良いって言ってた。
 家の人にゲイだという事を伝えろとは言わないけど、結婚しなくったって良いじゃないか。

 『仕方がなかったんだ。お見合いさせられて、相手は付き合いがある病院の一人娘で世話になってるから、こっちからは嫌とは言えなかった。向こうがイエスと言ってきたらそれに従うしかなかったんだ。お前にわかってもらおうとは思ってない。だけど、そういう家の付き合いを俺は断る事が出来ない。見合いだから、向こうだって恋愛なんか別だとは思ってるさ。』

 確かに、俺に継ぐような家なんてないよ。
 だけど、貴方はオトコが好きなんでしょ? それを止められるの?

 『オトコが好きなのを変えることは出来ない。だけど、義務として子供を作る為に仕方なく女性と関係を持とうと思えば出来ないでもない。そこに快楽なんて伴わない。精神的に女性を愛する事だってできないから、妻になる女性を愛する事はない。ただ、カタチとして夫婦となるだけだ。』

 カタチとしての夫婦、それにどれだけ意味があるの?
 そうして生まれてきた子は不幸じゃないの?

 『夫婦の愛だけが子どもを育てるわけじゃない。俺は、父親を演じろと言うのなら、その役割を演じる事が出来る。』

 そりゃ、貴方は器用だからさ、温厚な夫や優しい父親を演じることは出来ると思うよ。
 実際、貴方は温厚だし優しいんだから。

 『俺が、お前を好きなのは変わらない。だけど、こうなって堂々とお前の恋人でいられるわけにもいかなくなった。お前がもう、俺と付き合えないって言うんならそれに従うしかないよ。』

 俺さえ良いって言えば、貴方が結婚しても付き合うって言うの?
 俺は無理だよ、そんな事。
 確かにおおっぴらには言えない関係かもしれないけれど、家族を持とうとしている貴方と付き合う事なんて出来ない。

 『俺はこういう人間なんだ。酷い奴だと思ってくれて良い。そのほうがお前も救われるだろ?』

 確かに酷いと思う。
 だけどそこで優しさなんて見せないで。
 余計に残酷だよ。

 『勝手な事だと思ってる。でも、やっぱりお前には正直なところ話しておこうと思って。』

 正直すぎて呆れるよ。
 騙してくれれば良かったのに。
 その方がもっと貴方の事を嫌いになれたのに。

 『仕方がない、これが俺だ。』

 そう言って煙草をふかす貴方。
 医者のくせに身体に悪いってわかっていて煙草を吸うんだから。

 そんな風にして、きっと貴方は俺と別れて、奥さんと結婚してもオトコを求めることを止められなくて夜の街を彷徨(さまよ)うんだろうな。

 もう貴方とは会いたくない。
 だから、貴方と出会った店にも行かない。
 貴方とよく行った店にも行かない。

 俺は、貴方を好きになって、それまで嫌いだった煙草も、コーヒーも、音楽も、映画も好きになった。
 自然とそうなれた。
 そうする事で、貴方と趣味を分かち合うことが出来て嬉しかった。

 だけど、貴方と別れて、貴方を嫌いになって、好きになった煙草も、コーヒーも、音楽も、映画もまた嫌いになった。
 街で煙草を吸う人を見かけて眉をひそめた。
 スーパーでコーヒー豆の匂いを嗅いだだけで嫌な気分になった。
 貴方との思い出の曲が流れるのを聞いて悲しくなった。
 貴方を知る為に買った映画のDVDも処分してしまおうと思う。

 貴方と知り合う前の状況に戻っただけなのに、こんなに辛い。
 知り合う前に通っていたこの店が救いだった。
 貴方と知り合ってからだって、貴方は忙しい人だから、独りっきりでいる事に慣れていたはずなのに、こんなにも誰か他人の存在を求めている。
 別れて初めて、独りが寂しいんだってわかった。

「お客様、お酒が口に合いませんでしたか? 泣きそうな顔をされてますよ。」
「いえ違うんです。恋人と別れたばっかりで辛かっただけです。泣いたりはしません。今の辛い気持ちに、このお酒は凄く合っているような気がします。」
「それでしたら良いんです。このお酒が、少しでもお客様の心を癒してくれたらいいと思います。やはり、適度なアルコールは必要ですからね。」
「はは。俺が酒に溺れるほど飲んだら大変な量になると思います。俺の(ふところ)の方が泣いてしまう。適度……そうですね。やっぱり最初は酒に溺れてみたかったのかもしれません。それじゃあ、ご迷惑を掛けてしまいますね。」
「お店の迷惑の事は考えてくださらなくても良いです。ただ、お客様にとってあまりそういう飲み方をされるのは良くないと思っただけです。お節介ながら。」
「いいえ、嬉しいです。そうやって心配してくださるだけで。俺は今、この味と適度なアルコールに癒されている気がします。」

「でも、泣きたい時に思いっきり無理なんてしなくて良いと思いますよ。泣く事で感情が晴らされる事もあるでしょう。科学的に言っても涙を流すのは良い事みたいですよ。」
「今、ここでは泣きません。多分、家に帰って独りになったら泣いてしまうと思いますけど。」
「それなら、それで良いと思います。誰にも気兼ねせずに泣いてください。」
「オトコだから、って強がって我慢しなくっても良いんですね。」
「オトコとかオンナとかそういうのは関係ないでしょう。やはり辛い時は辛いんですから。」

「マスターにそう言ってもらえて助かります。お酒に慰められて、マスターに慰められて。俺にもまだまだ幸せになれる機会(チャンス)はあるなって思えました。」
「それは光栄です。」

 マスターの声にも癒されてるな、そう思う。
 やっぱり強いお酒だったらしく数杯お変わりしていたら、ほんのり温かくなった。
 ここら辺で切り上げるのが潮時だろうな。

「マスター、お勘定お願いします。」
「はい。かしこまりました。」

 お金を払い店を後にする。

 今日は思いっきり泣いて、明日はまた新たな一歩を踏み出そう。
 色々会ったけど、多分これからも色々あるだろうけど、あのお店を知って、あのマスターに出会えて良かった。
 もう元には戻らないけど、別れた恋人も『家』と言うものを押し付けられて窮屈ではなかったんだろうか。

 『家』を押し付けられて出来た家族って一体何なんだろう。
 そんなた大層なものじゃないけど、俺にも一応両親と兄がいる。
 目立って不幸だったとか、幸福だとか思った事はない。
 兄は自立して結婚して奥さんと子供がいる。
 俺も一応自立してしまったから、両親は二人で実家に住んでいる。

 両親は俺にも家庭を持って欲しいと思っているだろうか。
 俺は両親にも兄にもカミングアウトしていない。
 ゲイじゃなくっても独り身でいる男は今現在珍しくない。
 だから、無理してカミングアウトして両親を困らせたくない。
 多少言えなくて息苦しいと思う事はあるけれどこの世界では珍しくない事だ。
 例え、話したとしても理解してもらえるかどうかだった怪しい。

 それなら、単に結婚に縁のない男を演じるだけだ。
 『演じる』といってもあながち嘘ではない。
 実際に、結婚に縁がないのだから。

 人は社会に出たら協調性を持つため何かしら自分を演じて見せるのではないだろうか。
 人間社会を成り立たせるために人が身につけた知恵だ。
 それを否定する事は出来ない。

 『自然体が一番』と思っても、難しいところだ。
 『演じて』いるからこそ『自然体』を望んでしまうんだ。

 俺は、幸せではないけれど、今お酒に酔って、自分の気持ちに素直になれていると思う。
 この素直な気持ちは大切にしよう。

 それで、今度は笑顔でまたあの店に通おう。


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あるバーのシリーズ(軽重)

 店をいつもどおりの時刻に開けると間もなく彼がやって来た。
 平日のしかも週初めの開店間際にやって来る客は殆どいない。
 大概は夜深まってから、わいわいと言い出すのだ。
 だから、こんな早い時間に店を開ける意味があるのか? と思われるが、何故か、界隈の他の店よりも一足早くいつも店を開けるのだ。
 家にいてもやる事がないからな。

 準備しながら開店させてしまう、という事をやってしまう。
 そんな関係でたまに今日の彼みたいに入ってくる客がいる。
「いらっしゃいませ。お早いですね。まだ準備も途中ですがどうぞ。」
「ああ、ありがとうございます。やっぱり早いから、誰もいないですね。ちょうどいい。ただ無性に独りで飲みたくなってそれでも独りっきりでいたくなかったので。」
「恋人はどうしたのですか?」
「ああ、彼とは待ち合わせをしています。でも、まだ時間が早すぎます。彼とは別に独りでただ飲みたかったんです。それに、マスターがお酒を作ってくれるから独りっきりでなくていい。」
「私に聞いて欲しいことでもあるんですか?」
「そうですね。親しい人ではない、ごく他人に戯言のように聞いて欲しいのです。」

 彼はかなりカッコイイ。
 自分から見てもそう思う。
 それでいて、おっとりした雰囲気を持っているからとっつきやすい。
 だから、かなりモテる。
 この界隈そんなに世界が広いものじゃない。
 彼ぐらい見た目がいいオトコとなれば噂にも登る。
 『来るもの拒まず、去るもの追わず』と言った感じでいつも誰かしらと付き合っている。
 重複して付き合ったりしないけど、大概は断らないらしい。

「私で何らかのお役に立てるんであれば貢献しますよ。」
「ありがとうございます。」

 プレイボーイといった感じでもない。
 こうやって話す彼はとても素直だ。
 今、彼が付き合っている恋人は、多分あの人だろう。
 この間一緒にこの店に飲みに来ていた。
 変わっている可能性はないとは言えないが。

 付き合う相手のサイクルが決して長くはなかった。
 その前までは違う相手と飲みに来ていたし。
 明るい、よくしゃべる人だった。
 それを、笑顔で聞いている彼の姿が思い起こされた。

「今の恋人ともね、もうそう長くはない、そんな気がするんですよ。」
 彼は、そう切り出し始めた。
「僕は誰かが、僕を好きになってくれるんなら、それに付き合ってあげたいと思うんですよ。実際それはそれで楽しいですし。けれどね、僕から好きになる事が出来ない、だから相手が離れていくんですね。」
 酒を一飲みして更に話を続ける。

「昔、もう大分昔になりますけれど、付き合っていた恋人がいたんですよ。僕が初めて好きになって告白して、付き合ってもらった相手でもあるんですけどね。」
「貴方から、告白したんですか。聞いた事のない話ですね。」
「この店に来るようになるずいぶん前の事ですね。ずっと一緒にいたい、一緒に暮らしたいと思ってました。彼も、僕の事を好きだって言ってくれてましたし、当然、僕と同じように彼も思ってくれてるんだと思ってました。長く付き合っていく内にね、やっぱり、彼は仕事が忙しくって連絡が取れなかったりして寂しい、と不満を漏らしたりしました。僕はその時まだ学生で、社会というものを知らなかったから、そんな忙しい状況知りもしなかったんですね。そういう時もある、仕方ないって彼は言ったんですよ。彼にも僕と会えなくって寂しい、と言って欲しかったのに。僕は正直に僕の気持ちを伝えました。彼は笑って受け流していましたね。世間の目、と言うものがわかってませんでしたから、一緒に住もう、と僕が言い出したんです。彼の立場も考えずにね。悪いけど、考えさせてくれ、彼はそう言うばかりでした。その内だんだん連絡が取れなくなってきたんですよ。夜に電話しても常に留守電で、これを聞いたら、いつでもいいから連絡をくれ、そう吹き込むしかありませんでした。初めの内は頻繁に、でも、折り返しかかってくる回数が減ってきたんです。それで、ある日言われたんです。別れようって。何で? って思いましたよ。それで彼の家まで押しかけていったんです。かなり感情的になってました。お前の恋愛は重すぎるんだ、って言われました。嫌いになったの? と尋ねても、そうじゃないけど、もう一緒にいて疲れるんだ、と。僕は、ずっと一緒にいたかったのに。拒絶されたんです。もう、僕とは付き合っていられない、の一点張りで。しつこく食い下がったけど駄目だった。その分余計ダメージは酷かったですね。家を追い返されてでも、自分の部屋以外行くところはなくて、帰って泣いてました。それから暫らくの間はいつか、また彼から連絡があるんじゃないかと思ってしばらく誰とも付き合いませんでした。結局、いつまでたっても連絡がなくって。ある日電話をかけてみたら、その電話番号は、もう使われてなくて、彼も引っ越して行ってしまっていました。会社に聞けばわかるんじゃないかとも思いましたがそこまでは出来ませんでした。もう決定的に僕からは避けられてるな、って思って。今、彼がどうしているかは知りませんし、もう、今となっては知りたいとは思いません。」

「彼の事、愛してらしたんですね。」
「そうですね。過去形ですね。もう。僕の中でそれなりの決着が付いてから、また店に通うようになったのは。彼と付き合ってた頃は通っていませんでしたから。いろんな店に行きました。で、声を掛けられたんです。嫌いなタイプじゃなかったし付き合うようになりました。でも、好きにはなれなかったんです。今もそうです。今の彼の事を愛しているとは思えない。」
「でも、手当たり次第に付き合っている訳じゃないでしょう。一応それなりにその人と向き合って付き合っていらっしゃる。」
「向き合ってみても駄目ですね。付き合っている間も、こうやって店には顔を出すし、まあ、声は掛けられますけど、一応付き合っている人がいるから、重複して付き合うだけのメリットもありませんしね。恋人になっても、僕が相手を愛していないという事を感じ出すと、相手が離れていく。それはそれで仕方がありませんね。僕も、追おうとは思いません。愛して拒絶されるのが怖くなってしまったんです。それで愛する事自体出来なくなってしまいました。今は、僕ももう独り立ちして仕事をして、僕自身食べていかなくちゃ生きていけない。だから、仕事に縋る事が出来る。それでも、寂しくなってしまうから、ついつい、こうやって店に顔を出してしまう。今度は、好きになれるんじゃないかと思って、誰かと付き合ってみるけど、やっぱり怖くって無理なんです。ごめんなさい。マスター、こんな話して。」
「いいですよ。まだ誰もいませんし。誰かに話したかったのでしょう?」
「こういう話、誰にも出来ませんからね。聞きたい話でもないでしょうしね。」
「お客さんの話に耳を傾けてあげるのもまた商売です。」
「そう言ってくださると助かります。」

「恋人なんて無理して作る必要もないと思いますし、ただ、他人のカラダを求める人間だっています。それが間違っているとは思いません。」
「僕は、カラダを求め合う必要がどこにあるかまだわかりません。でもやっぱり人の温もりを求めてしまう事がありますね。」
「他人を傷つけるのが良い事だとは思いませんけれど、時には仕方なく傷つけてしまう事もあります。実際貴方だって傷付いているでしょう。」
「やっぱり、僕は付き合う人間を傷付けてるんでしょうか。」
「そういう場合もあります。でもあんまり深く考え込まない方が良いです。そうやって貴方は、貴方自身を傷付けている。」
「僕自身を……ですか。」
「そうです。私にはそう見えます。」
「何か自虐的ですね。」

「人それぞれの性質というのもあります。貴方は、自分が前の彼によって付けられた傷を晒したままでいる。彼を許せとは言えません。でも、貴方自身が許されても良いんじゃないですか。」
「僕を……許す、ですか。」
「実際許されたいと願っているでしょう、こうやって話しているんだから。」
「僕は許されて良いんでしょうか。」
「それは誰かが決める事ではありません。貴方自身が許されたいと願うなら、許されても良いと思います。」
「僕はマスターに許されているような気がします。」
「それは気のせいですよ。私はそんなに偉くはありません。ただ、助けをしているだけです。手助けが必要なら私の手で良かったら貸してあげようと思っただけです。」
「僕を本当に許すのは何なんでしょうか。」
「それは何とも言えませんね。貴方自身であるとも言えるし、そうでもないと言えます。ただ、言える事は、貴方が許されたと思ったのならそれで良いのだと思います。」

「僕は、今日こうやって話せて良かったと思えます。今なら、彼の言うことも少しはわかるし、でも、僕は彼にはなれないし、なろうとも思わない。ずっと引きずっていた彼の事から一つ開放されたような気分です。」
「ならばそれで良いのですよ。」

「マスターは今恋人がいますか?」
「私ですか。一応いますよ。私がこんな夜の仕事をしているから、あんまり時間を取れないけれど、普通にサラリーマンをしている彼が。」
「長いんです?」
「私がこの店を持つ前からですからね。あの時30でしたから6年になりますね。」
「結構経つんですね。」
「そうですね。一緒に住んだりはしませんが彼の寝顔を確認して、朝ご飯を作って見送って私が家へ帰って寝て、くらいですけどね。」
「一緒に暮らしたいとは思わないんですか?」
「それぞれ、生活の基盤がありましたからね。それを崩すのは中々大変で結局今の関係で落ち着いていますね。将来どうなるかはわかりませんけれど。一緒に暮らす、暮らさないで付き合いの軽い重いが決まる訳ではありませんし付き合いが崩れるわけでもありません。」
「そう……そうですよね。大切な事を見落とすところでした。」

「貴方自身の今の気持ちを大切にしてください。」
「はい。それで、相手の事ももう少しよく見てみようと思います。」

「おっと、グラスが空になってますね。まだ飲みますか?」
「あ、はい。同じものをお願いします。今日は気持ちよく飲めそうです。」
「美味しくお酒を飲んで会話をしてくれると私も店をやっていて嬉しいと思いますよ。」
「良かった。暗いだけにならなくって。」
「そろそろ他のお客さんもやってきますね。私はそちらの方の準備もします。」
「ありがとうございます。聞いてくださって。」
「いえいえ。たいした事はしてません。お気になさらずに。」

 そう言って話を切り上げる。
 ちょうど、他の客が入ってくるところだった。

 いつもの夜に戻る。

 人それぞれ恋愛事情を抱えている。
 悩みを抱えながらそれぞれ探り合っていくしかない。
 それは、自分と恋人との間にも言える事だった。

 『一緒に暮らしたいと思わない?』

 果たして自分はイエスだろうかノーだろうか。
 自分から恋人を誘う事はないだろう。
 でも、恋人に誘われたら?
 多分今の状況だとイエスと言うだろう。

 やっぱり社会的な立場だと思う。
 自分は、こういう商売に就いているから自分の性癖を露にしてもいいがサラリーマンという性質上それはあまり良い事ではないだろう。

 元々、そういうことが窮屈で始めた商売だった。
 だからと言って、恋人にそれを強いる事は出来ないし、したいと思わない。
 恋人同士である事を、他人に認めてもらわなければ成り立つものでもない。
 でも、恋人がいてくれてよかったなと思う事は沢山ある。
 自分も今はそれで十分なのだ。

 恋愛の駆け引きを楽しむ人もいるだろう。
 それもまた一つの恋愛のカタチだ。

 報われなくてただカラダを求めて彷徨さまよう人もいるだろう。
 それとは別にカラダを求める人も。

 だけど、皆一回しかない人生だ。
 何が正しくて何が間違いだなんて言えるものじゃない。
 恋愛の重い軽いも感じ方人それぞれなのだ。
 それぞれが自分に合った生き方をするしかない。

 あの彼も今は恋人と楽しく飲んでいる。
 こういう店が一つの契機(きっかけ)になれれば良い。
 出会う人もいれば別れる人もいるだろう。
 それは終わりでも始まりでもない。
 道のりの途中なのだ。

 今を生きる。

 一寸先は本当に闇の中だ。
 それでも生きる。
 どんな人生になろうとも。

 だから、今一時が大切なのだ。
 そんな時間をこの場所で共有してもらえたら嬉しいと思う。


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